くみちゃん日記

日本共産党長野市議が
暮らしの中の声と
政治への願いを
ご紹介します。

中屋のとうやん、ありがとう

2010-12-28 21:55:00 | Weblog
鬼無里で日本共産党の村議会議員として3期12年勤めた大先輩、米山忠一さんが急逝された。突然の訃報で信じられなかったが、静かに息を引き取ったという。

何度も鬼無里へ行くが、「このトンネルが最後だったかな」と思いながら、いつも外れる。最後のトンネルには、大きな水芭蕉の絵が描かれている。その手前のトンネルには鬼女紅葉の舞いが描かれている。

奥裾花の水芭蕉や秋の紅葉は、息を呑むほどの美しさ。おやきもおいしい。お茶をいただきながら、ゆっくりほおばるとほっかほか。

中屋は屋号、80歳を過ぎても感性が若い。本当にありがとう。

民主的でない手法に抗議

2010-12-27 21:57:34 | Weblog
市役所庁舎・市民会館建て替え問題で議会の会派への説明会がありました。

結局、市民会館と庁舎の一部合築するB案をもとに現在地で建て替えると言う説明でした。

ところが、市が設置した「建設検討委員会」では、市の基本方針に対し、不足の部分について1月17日に協議するという段階だということが明らかになり、今日の記者会見で発表するということは、市民の意見を反映することにならないと共産党市議団の意見を言いました。

市は予定通り、午後記者会見で発表しました。私達は、抗議文を持って申し入れを行いました。総務部長が対応しました。

現在地で建て替えを賛成する意見のなかに、用地が狭いので庁舎を仮移転をして対応すべきとの意見があります。また駐車場は平面を優先すべきとの指摘もあります。そうした意見について、明確に方針が定まらない中で、しかも「建設検討委員会」の審議が途中であるにも関わらず、方針決定として発表するのは、あまりに一方的だと指摘したわけです。

「勝手に言うことをいっていればいい」では、何のための諮問機関か。市民の合意を得ることを全く軽視したこの姿勢では、よいものができないですよ。先に結論ありきで、民主主義ではない、何度こうしたことを繰り返すのか。抗議は当然です。

一億円あれば

2010-12-23 22:08:43 | Weblog
私達議員は簡単に億円の単位を使います。自宅ではまったく関わり合いのない数字ですが、長野市政を語るとき、それは頻繁に使う数字です。

だけど、一億円て見たことありますか。持ったことありますか。100万円の束は見たことも持ったこともある人は少なくないかもしれませんが、一億円となると、多くはいないでしょうね。

もし、一億円あったら、とこの頃よく考えるのです。

200万円の年収の人が50人、働ける、とまず若い人の雇用に使えますね。老人憩いの家の利用者は年間で約20万人です。1回150円の利用料を払っていますが、一億円あれば3日間、すべての人が無料で利用できますね。教室のクーラーは何機入れられるかな。

介護や保育や年金相談など、市民の一番身近な相談相手になる職員を
ふやしたいな。

庁舎・市民会館・立体駐車場で125億円掛けると言います。改修して使い続けて、小さな臆にできませんか。市民の願っていることはそういうことです。いつかは建て替えないと、と市は言います。いつかがきたら皆で議論するのです。どうするかと。「炭平ホールではないんだ」と市民の声です。

一億円あったら、あなたが市長だったら何をしたいですか?


本格的な冬の訪れ

2010-12-18 23:58:49 | Weblog
今朝は冷え込みました。水溜りも氷が張っていましたね。パリパリと氷が割れる音は気持ちがいいですね。

今日は「浅川デー」でした。午前中は全県から浅川のダム建設予定地と、改修されたメガネ橋、千曲川との合流地点の浅川排水機場の三箇所を回る現地見学会。150名くらいでしょうか。

私も、現地案内人として排水機場のそばで、「千曲川の水が増えないうちに浅川の水を出すことが一番のポイント。だから、ダムを作るとかえって被害が大きくなるのです。内水対策としては、遊水地の整備が何より優先です。4年前はあと7センチ立ヶ花での水位が上がれば、ポンプも止めなければならなかった。住民の避難命令直前までいったのです」と説明しました。

昭和58年の災害で自宅に水が入ったお宅では、当時良く乾かして処理したはずなのに、今頃になってやはり腐れがでて改修の必要が出てきたと、話しておれれました。自宅へ水が入ることのないよう、最低それは防いで欲しいものです。

午後の集会は、私用で出れませんでしたが、350人の参加だったとか。あきらめていません。ダム建設はやめさせよう!雪が舞う中での説明にも思いがこもります。危険をただ大きくするだけです、本当に。

お寺の役で初めての体験

2010-12-15 21:15:36 | Weblog
私達は越してきたもの。お寺もお墓も豊野へ来てあらためてのことばかり。宗派が同じお寺の檀家となり、お墓も建てた。ただ、そうしたことは年寄りの仕事と、あまり私自身は関わっていなかった。ところが、いよいよ出番が回ってきた。義母がもうおまいりに行けないので、替わっていくことになった。

前任者の突然の引越しで、役が我が家に突然やってきたこともあり、私は、13軒のとりまとめをして、初めて報恩講に出かけたのです。

行って見ると知り合いが何人もいて、「初めてですがよろしく」とご挨拶。「佐藤さん、お寺のことは私が先輩だから何でも聞いて」と嬉しい言葉。精進料理のおときを頂き、お経をあげ、説教を拝聴してきました。

12月8日はお釈迦様が悟りを開いた日なのだそうです。開戦記念日とジョン・レノンの殺された日と一緒なのですね。興味深い話もたくさん聞きました。南無阿弥陀仏の意味も教えていただきました。

お茶を一緒に飲んだ方のこんな話もありました。「黒いネクタイを使うことが多くなったが、白いネクタイを使うことがめったにない。何年も使っていないので、黄色いネクタイになってしまう」と。

築120年の家で、昔は千曲川の川船の旅籠をしていた。薬売りやバクロウなどが飯山へ行くときの宿だったそうです。大正10年の飯山線開業で商いはすたれ、農業になったと話しておられました。

あの世の話から、この世の話まで聞けて新しい出会いもあった一日でした。

孫の手

2010-12-11 22:54:18 | Weblog
長男夫婦が近くに越してきて、孫の顔がちょくちょく見れるようになった。忙しい日常に、ホッとする時間がくる、と言う感じです。

近くの公園に、残念ながら自分の子どもを連れて遊ぶことはできませんでした。そして、いつも「早く、早く」と追い立てながら育ててきましたね。

4歳と1歳半の男の子。上の子は少し危ないようなことをしたい年頃。でも「見てみて」とほめてもらうのが得意。下の子は、わが道を行く。アスファルトの割れ目に指を入れて小さな小石を拾ってニコニコ。水抜きの塩ビ管の穴に手を突っ込んでぐちゃぐちゃ。

何とゆっくりな時間の流れ・・・・。

手をつなごうとしても、手を払って一人で歩いている。あっちへよりこっちへより、真っ直ぐは歩かない。私もゆっくりついていく。

アルプス一望の大岡へ

2010-12-06 19:28:11 | Weblog
午前中に一般質問の原稿提出後、大岡へ向かった。午後2時~地域審議会が開かれる事を知って、傍聴に出かけたのです。私が今回取り上げる、平成17年合併地区の支所の宿日直が廃止される問題で、代替案の説明がされるのに対し、地元の皆さんの意見を聞きたかったからです。

今日もアルプスは光っていました。それにしても長野市役所から27キロの道のりは近くはありませんでした。道の駅であったかい山菜とろろそばを食べて支所へ上がりました。ナスのお焼きも買いました。地域でがんばる母ちゃんたちの姿がすきなんです。

最初の議題はバスの問題。アンケート結果の報告もあり、かなり丁寧な説明でした。篠ノ井駅で降りて、長野行きの電車に接続できるように時刻を早めて欲しいとか、土曜日のハッピー号の運転など具体的な要望が議論されていました。便利になれば、利用者は増えますよね。

宿日直の廃止に伴って、各担当課より対応策が示されていました。出席者からは、火災の場合の放送が朝7時半から夜8時までとあるが、これでは困る、とか建物火災の場合所有者名を言わず、○○地区の目標○○西と言われてもダメだ、どこへ行ったらいいのか判らない、と意見が出されていました。

すべて本庁の警備員室への情報集中で対応するとのことですが、不安がよぎります。参加者からも不安が大きくせめて合併後10年ぐらいはこの体制続けて欲しい、との声も出されていました。

自治体が合併しても、住み続けられる地域づくりは行政責任として当然です。そのために交付税の10年間の特例措置もあり、合併特例債もあるのです。ところが、声を上げないとどんどんサービスは切られていきます。私は現場の声を議会へ持ち込む、これが大事と思っています。

自宅に戻ったら若穂の女性から、「市民会館建て替えやめさせて、応援してるよ、頑張って。」と励ましの電話。嬉しいですね、元気がでます。