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自信、希望【日本人の真価が問われる時・・!】

2013年11月11日 | 陽明学
「The New York Times」にこんなエッセイが掲載されました。「悲しみ」「不安」を少し癒し、「希望」「自信」につながる、日本への共感に満ちたメッセージです。
◆Sympathy for Japan, and Admiration
日本へのいたわり、そして称賛

痛ましい地震のその後、我々は日本の人々と思いを共にしている。
これは日本で記録された最悪の地震である。しかし、私が本紙の東京事務局長として日本に住んでいた1995年の阪神大震災(6千人の犠牲者を出し、30万人の人々が家を失った)において報道した経験を思い起こすと、私はこう付け足さなくてはならない。

「今後数日、数週間の日本を見ていよう。私たちはきっと何かを学ぶだろう」
日本の政府が特に地震をうまくコントロールしている、というのではない。政府は1995年の震災においては救助活動の管理を完全に誤り、他国から送られてきた薬や救助犬を取り上げて、その名を汚すこととなったのである。気も狂わんばかりの最初の数日間、人々はまだ瓦礫の下で生きていたのであるが、政府の無能によって不必要に死んだ人たちがいたのである。

しかし日本の人々自身の忍耐力、冷静pさ、そして秩序は、実にみごとであった。日本でよく使われる言葉に「我慢」というものがある。英語にはぴたりと当てはまるような訳はないのだが、言うならば"toughing it out."(耐え抜く)と同じような意味である。そしてこれが神戸の人々が実際に行ったことであった。畏敬の念を抱くほどの、勇気と協調性、共通目的を持って。

日本の秩序と礼儀正しさに、私はしばしば感動していたが、神戸の震災後ほど、それに感動したことはない。神戸空港のほぼ全体が破壊され、街中の商店のガラスが割れていた。私は略奪や、救援物資をめぐる乱暴な押し合いへし合いなどの場面を街中探し回った。ようやく、2人組の男に強盗に入られたという店主に出会い満足したところで、いくぶん芝居がかったふうにこのように尋ねた。

「同じ日本人が、自然災害を利用して犯罪に走るということについて、驚きはありますか?」店主は驚いたように「誰が日本人だと言ったのだ。外国人だったよ」と答えたのである。
日本にも貧しい人々はいる。しかし他の国々と比べると、極端に貧しい人々はほとんどいないし、非常に高い共通の目的意識を持っている。

中流階級が非常に多く、実業界の成功者であっても、儲け過ぎていると思われることを伝統的に恥じる傾向がある。そのような共通目的意識は、日本社会の構造の一部であり、自然災害や危機の後では、特に顕著に表れるのである。

これについてはあまり良く言い過ぎてもいけない。日本の礼儀正しさの裏には、学校や職場におけるいじめや、不法行為によって利益を得るやくざ、政治家と実業家の癒着といった問題が存在する。しかし神戸の地震の直後、やくざまでもが被災者に食料などを配るためにカウンターを設置していたのは、衝撃的であった。そして日本の社会構造は決して壊れることはなかった。かすり傷ひとつ負わなかったのである。

日本人のこういった冷静さは、日本語の中に組み込まれているといえる。
人々は「仕方がない」と言うのが常であり、他の人にかける言葉として最も多いのが「頑張ってください」―耐え抜け、強くなれ―という言葉である。そして自然災害は「運命」の一部と考えられている。16世紀の日本を訪れたイエズス会の者による、古い記述を読んだのを思い出す。
地震が村を破壊したその数時間後には、農民たちは自分の家を建て直し始めたというのである。忍耐強く、周りと協調して立ち直ろうとする精神は、日本人に深く根付いている。私はしばらく長男を日本の学校に通わせたことがあるが、幼い子供たちが真冬でさえ半ズボンで学校に行かされている光景を忘れることができない。気骨をつくるというのがその考えであったようだが、単に風邪をひかせるだけだと私は思っていた。しかしそれは「我慢」を徐々に教え込むためのまたひとつの努力だったのである。

そして「我慢」こそが、日本が第二次世界大戦から立ち直り、バブル崩壊後の「失われた10年」を耐え抜くことを可能にしたのである。いやむしろ、日本人はもっと不平を言ったほうがいいのかもしれない。そうすればおそらく、政治家はもっと答えてくれるだろう。

自然との関係性については、もうひとつの要素が関連している可能性がある。アメリカ人は、自分たちを自然と対立した存在として考え、自然を飼いならそうとする。対照的に日本人は、人間は自然の一部であり、それに身をまかせるものと考える。そしてその自然は、たくさんの地震をもたらしてきた。

1923年の関東大震災は、10万人もの命を奪っている。日本語の「自然」という言葉は、たった100年と少し前にできた新しい言葉である。なぜなら、そのような概念をわざわざ表現する必要が、伝統的に無かったからである。神戸の震災の後の本紙エッセイに、私が同じようなことについて書き、日本の最も偉大な俳人、松尾芭蕉の句で締めくくっているものがある。

「憂き節や竹の子となる人の果て」
日本の回復力と不屈の精神に、私は気高さや勇気を見出している。そしてまもなく世界は、それを目の当たりにするだろう。これはまた、綿密に編まれた日本の社会組織、その強さと回復力が、輝きを放つときでもある。
私は日本の人々は必ず力を合わせてくれると信じている。その姿は、分裂と口論と私利私欲にまみれたアメリカの政治の現状とは対照的であると言っていい。

私たちには、日本から学ぶことがある。私たちの思いは日本に向かっている。痛ましいこの地震に深い同情と、そしてまた、心からの称賛を表したい。
 By NICHOLAS KRISTOF
 (訳:英語塾 田畑翔子)
原文:「The New York Times」ホームページ
 http://nyti.ms/gQXVsT
元気のでる言葉
「重要なことは、必ずしも闘う犬の大きさではなく、犬の闘争心の大きさである」
(ドワイト・D・アイゼンハワー元アメリカ大統領)
男性諸氏は、戦国時代がお好きですよね。少ない人数で、大きな軍勢を倒すことが可能なことは、歴史が証明している通りですよね。
ランチェスター戦略なども面白いですが、ホントの基本は”戦う犬の闘争心の大きさ”であると私も思います。

向島、因島、生口島、大三島、伯方島、大島しまなみ海道大崎上島、下島、直島、豊島

2013年10月31日 | 陽明学
平成25年10月30日午前6時50分、東京駅集合、毎日新聞旅行。瀬戸内海国際芸術祭。ーー宇野港ーー直島の宮浦港・自然と人間を考える場所として地中美術館を設立、館内にはモネ、マリア、タレルを設置、庭には睡蓮。--宇野港、鷲羽山ハイランドホテル。 50年ぶりの宇野港ーー豊島・家浦港=心臓音のアーカイブ=豊島美術館(瀬戸内海を望む小高い岡に建設された建築家・西沢立衛による美術館)昼食は豊島「島キッチン」旨い。交通はまずい。かえり。 ◇島好きの私は、向島、因島、生口島、大三島、伯方島、大島、大崎上島しまなみ海道はオープン当日、愛機JA4037で大渋滞の連続する大橋道路を上空から、観光し、後日連絡船でも観光しました。

オバマ政権下の米を展望 ◇核廃絶の方向をどこまで実現できるか

2013年10月22日 | 陽明学
平成25年6月の米中首脳会談の際にオバマ大統領は「日本は同盟国であり、友人だということを、アナタ方は理解する必要がある」と中国に言い渡していたことをカート・キャンベル国務次官補は日本記者クラブで語った。 ◇20年11月27日午後2時から、日比谷の日本記者クラブで共同通信の会田弘継元ワシントン支局長の「新政権下のアメリカを展望する」。

オバマ政権は人事から見れば中道派。 経済は「規制」派。チャイナ、コリア重視(駐日大使に注目)。アメリカは新たに軍事力を使用しない。
イラクの兵力をアフガンに転進させる。


◇オバマ米次期大統領は、アメリカは「核兵器の無い世界を求める」と言って、究極的な核廃絶の方向を示し、地球温暖化を世界の安全保障の危機どの認識を示したことなど、世界の期待に今のアメリカがどれだけ応えられるか。核廃絶の方向はまず北朝鮮の核兵器をどうするか。

シティ銀行の救済は決まったが住宅、商業ビルの下落で170余の銀行倒産が見込まれる情勢であるが、新大統領がフレディ・マック連邦住宅金融公庫とファニーメイ連邦住宅抵当公庫から多額の献金を受けていたことが判明した。なお二つの公庫はクリントン設立である。




陽明学十話◇四句教◇この心、光明なり ◇洛陽、鄭州で気球大会

2013年10月18日 | 陽明学

陽明学十話

中江藤樹の感化を受けた河原市宿の馬方又左衛門が、加賀の飛脚を宿場に送った時、忘れた大金に築き、夜中16キロを折り返して届け、礼金も受けとらなかった。この話を聞いた熊沢蕃山は、藤樹こそ師なりと弟子入りを願い出たという、1641年。
1608年、藤樹、近江小川村に生まれる
1616祖父と米子へ
1617祖父と大洲へ
1618古本大学を読む
1634小川村に帰る
1640翁問答を著す
1644陽明全書を読む
1648藤樹書院完成2月
8月25日朝死す

◇四句教
善なく悪なきはこれ心の体
善あり悪あるはこれ意の動
善をしり悪を知るはこれ良知
善を為し悪を去るはこれ格物(陽明四句教)

◇この心光明なり

1528年10月、陽明58歳戦地における臨終の言葉は「この心、光明なり」。明代は明朝の元祖がハゲていたため、ハゲとか光とか言うと密偵の告発を受けた時代であったが、陽明最後の言葉は、この心光明ーーであった。

80人余の臨終ボランティア体験をもつ友人は「人は生きたように死ぬ、生はデタラメだったが立派な死だったはない。感謝して光りの世界に入る人と身内をも暗闇に引き入れて行く人がいる」と。

◇洛陽、そのとなりの鄭州で気球大会
その大会前夜の宿泊ホテルに警察公安職員が踏み込み臨検、職務質問!当日の朝は女性の怒鳴り声で目覚めた。女性の部屋にも男性公安が入ったらしい。欧米チームは怒って帰ってしまったが、日本チームの世話役は親中人なので残留。

◇洛陽郊外での気球大会でチャイナ上位独占、国家機密を理由に外国チームは地図なし。禁止条項を山のように並べるので、「飛んではいけないということか」と問えば「可」。


香港「鴨」のロシア・シベリア、北極海への渡り方

2013年10月12日 | 陽明学
鴨のシベリア渡り経路が面白いですね。 おそらく香港から、VFR(有視界飛行)でカムチャッカへ渡る最適経路に違いありません。 香港の鴨の往復がGPSで確認された。 昨2010年2月25日に香港をたち、山東半島から、3月には朝鮮半島、4月にはハルビン、5月にはアムール河口、6月に北極海に近いコりマ川湖沼。9月の帰路は間宮海峡を渡り、サハリン、北海道、本州、九州、沖縄から上海の南にわたり、香港。 時速50キロ、往復1万2千キロ。


ルーズベルト米32代大統領の日本人殲滅オレンジ作戦

2013年09月18日 | 陽明学

第2次世界大戦時の米ルーズベルト32代大統領はいつから、日本との戦争を決意したのか?真珠湾から?とんでもない!
ΝΗΚ「真相はこうだ」マッカーサーの東京裁判によれば、日独伊3国同盟、日本軍の仏印進駐ということになっているが、ルーズベルトは就任当初から、人種差別に乗じて日本に敵対的であった。

日米関係の悪化は日露戦争時から、オレンジ作戦などで始まり、第1次世界大戦で激化した。それは日本がアメリカに何かをしたわけでわない。1922(大正11)年のワシントン会議の軍艦制限、日本との同盟破棄の英国への強要(チャーチルは英外交の失敗と岸首相に語る)24年の対日移民制限法、貿易制限など日本を圧迫しているが、日本は日米友好を基本に対抗措置をとっていない。

ルーズベルトはニューディール政策など内政専念の公報だが、外交はモンロー主義を捨ててチャイナなどに秘密軍事援助を拡大した。34年には公共事業促進局の予算で空母エンタープライズ、ヨークタウンを建造している。

国府空軍は航空機材、教官ともアメリカの丸抱え援助で建設された。派遣教官は退役将校とされているが、退役は紙上だけで、シェンノートなど実際は給与支払いも米軍であった。37(昭和12)年には対日爆撃命令にルーズベルト大統領は署名している。日米戦争は真珠湾で始まった訳ではない。
桂林は米軍飛行場であったが、昭和19年日本の第2戦車師団など地上軍が、占領したため、ルーズベルトは激怒、蒋介石没落の原因となった。

日露戦争時の米大統領もルーズベルトであるが、32代大統領の叔父にあたり、甥を海軍次官に任じた。叔父さんは日本に好意を持っていたが、縁故の海軍次官は日本撃滅のオレンジ作戦を立案し、官とにつくたびに改訂していたことがわかっている。根は人種差別でしょう。


陽明学九話◇誠と仁 ◇泰山登山、青島、孔子廟の曲阜

2013年09月17日 | 陽明学
王陽明臨終の言葉は「この心、光明なり」。

陽明学を1字で教えてくれという弟子にこたえた言葉は「それ誠の一文字か」

心のむく意と言行が一致するのを誠といいますが、正心誠意、誠意、誠いずれも日本人の好きな徳目言葉ですが、半島大陸の人は「まこと」でも信のほうです。言ったことを実行する能力です。

仁は儒教始祖孔子以来中心徳目ですが、陽明は、仁者は天地万物を以て一体となすと言い、大きな思いやりの社会的働きをみている。

孔子は論語のなかで仁についてさまざまな場面で説明しているが、「忠恕=真心からの思いやり」「克己履礼=利己心に打ち勝って礼を踏み行う」といっている。

礼は個人的儀礼を含む伝統的社会規範の意味で、孔子にとって税が収入の十分の1ということは礼(歴史的伝統のなかで皆が正しいとみとめてきたこと)で王が「必要だから2倍にする」合法より、はるかに上位にあった。

陽明は礼=儀礼と狭く考えていたが、心をこめて身体を屈曲させることが心身壮健の本と考え、児童教育では特に礼法を重く見たという。

◇泰山、青島、孔子廟の曲阜
◇平成3年9月29日 成田発ーーウルムチ北路の上海賓館泊
9月30日 南京路、虹口公園、豫園、玉仏寺など観光
     夕刻、空路青島へ、わい泉王朝大酒店泊
10月1日 青島ビール、海洋博物館、ドイツ時代の1木造住宅に今1室1世帯居     住など観光?
   2日 列車で山東省都せい南へ、市内観光。 せい魯賓館泊
   3日 泰廟、中天門など泰山登山。午後、バスで曲阜へ、けつ里賓舎泊
   4日 孔子廟、孔府、孔林、孟子廟など曲阜観光。
     えん州から夜行寝台列車で長江鉄橋を渡って上海へ車中泊。
   5日 バス市内観光とフリー。1元は30円
   6日 上海空港税40元、9:10--12:45成田



芝弥生そばの会 ◇河津さくら、日の出荘で鮟鱇鍋・そばの会 ◇熱川温泉ホテル

2013年09月06日 | 陽明学
◇平成25年12月6日午後6時半から、シーサイドホテル芝弥生でそばの会。 ◇25年9月13日午後6時半から、シーサイドホテル芝弥生で東京そばの会。 ◇25年5月17日午後6時半から、「たかさご」主人のそば打ち

シーサイドホテル芝弥生(ゆりかもめ竹芝駅から2分、浜松町駅から7分、港区海岸1-10-27電話03-3434-6841)で東京そばの会、会費5000円。 四方洋、090-2643-9197、 予約メールtokyosobakai@yahoo.co.jp

◇新宿駅西口に、2007年2月24日午前9時集合
大川照志、小橋和子、田島清志同乗3500円

7時間半かかって河津桜16:25着ーー5:00踊り子温泉会館入浴千円
午後6時半から伊豆で温泉なしの元旅館「日の出荘」で鮟鱇鍋・そばの会。

会費1万円★小橋句会
25日9時53分今井浜海岸駅から
14:00西船橋まで3880円

◇熱川温泉ホテル
蒸気になるほどの高温だが、単純泉。ここでは地熱発電の法が向いているようだ。地熱即温泉ホテルが単純すぎる。




陽明学七話◇人みな聖人なり ◇成都からチベット・ラサ

2013年08月17日 | 陽明学
聖人の学はただこれ一の誠のみ。
聖人の本体明白なり。事々この天理のあるところを知り、すなわちゆいて個の天理を尽くす。
聖人はただこれその良知の発用にしたがい、天地万物ともにわが良知の発用流行中にあり。
人心は本これ天然の理にして精精明明、繊介の染着なし。
人心はその始めはまた、聖に異なるあるにあらざるなり。

人心は天地と一体なり。故に天地上下と流れを同じうす。
聖人の心の体は自然。聖人の心は明鏡のごとし。
満街の人みな聖人なり。

寧王の反乱に、約1万人の農民義勇兵が立ち向かい、寧王を取り押さえた働きに感じた陽明の言である。

世のため、人のため、命懸けで働こう事が人間の本性と考えた陽明が、孔子のような特別な人だけでなく、総ての人が聖人だという宣言です。

次の8話は抜本塞源を質した質問者への回答の手紙ですが、一人への手紙が即、万人への呼び掛けになっていると思うのですがーー

◇13/50上海15/50から空路・成都
平成5(1993)年7月12日17/15、成都空港から市内へ入る道路が午後8時というのに大渋滞。理由は完成まじかの高架高速道が落下したというのである。参加者は甲村夫妻、石川洋子、山下滋、横山恵美子、伏見万美子、新井喜八郎、田中成明、薮野典子
帰路は16日成都入り。今回は到着後に市内観光。武侯し(示編に司)竹細工場、成都動物園、刺繍研究所など、、、パンダの成都動物園では禅の「隻手の音声を聞け」の公案の話をしながら歩いていたら、その人(円悟克勤禅師)の墓の前に出た。その墓は協賛革命まで寺院だったが現在は動物園になっている。

7月13日4時半のモーニングコール、9時ラサはホリデイイン休養泊、支配人イタリア、従業員チベット、客は日独伊。
  14、ポタラ宮殿は極彩色の曼荼羅、壁画、経典で埋め尽くされている。
     河口慧海もいたというセラ寺葉和解300人の修行僧、うまい茶を饗される。
  15、ガンデン寺と並ぶ三大チベット学院、鳥葬が行われるらしいがそこは見せない。民家訪問。
  16、ラサ10時ーー成都11時半着、ラサへ行って休養、翌日高山病で送り返される人あり。
  17、成都観光、14・05--16・25上海
  18,9時発ーー成田12・55


三田の「東京サーカスカフェ」でウォータークラブ

2013年07月16日 | 陽明学
13日は、ウォータークラブの例会日ですが、今年7月は、16日です。ゲストは「スロージョキング」の川上義昌さんです。 ゲストの話を最初に聞き、その後、飲みながらざっくばらんに話し。場所が、新橋の「集」から、三田駅A6出口第1京浜通りを浜松町方向へ3分、(向かいにアパホテル)港区芝4−12−3、S4SビルのTOKYO CIRCUS CAFE店内2階に代わっています。

1月15日のゲストは株式会社リクルートジョブスの鈴木佐和子さん、テーマは「小学校出前授業」キャリア教育による会社の地域貢献活動の27歳の事務局。

◇渋谷のDiner868に変わっております。渋谷駅から徒歩10分です。
開始時刻は今まで通りで19時からです。
1月の例会は「ワンダーランド 北朝鮮」と題して元東京新聞論説主幹小林一博さんに語っていただきます。
金政権の特徴は「内政、外交ともに行動原理は脅し」である。おどされれば、さらにかさにかかってくる。
小林さんは、東京新聞で北朝鮮の多くの記事は小林さんの執筆によるものです。
2010年に二度目の北朝鮮を訪問した時の様子、3代目に替わっていく状況、何で戦争・内紛がないのに国民が貧しく餓死者までだすのかの三点を中心に語っていただきます。
独裁をするのをちょうどよい北朝鮮の素顔に迫ります。
朝鮮半島の緊張が高まる中、みなさんにも是非聞いていただきたい内容です。
小林さんは中舘さんの紹介です。
1月13日(木)19時から 例会 2000円
         20時45分から 二次会 3000円(希望者)

◇Diner868(ディナーはちろくはち)http://www.diner868.com/
渋谷区神南1−15−7公園ビル2F 電話03−3477−0868
渋谷駅から徒歩10分 公園通り「たばこと塩の博物館」の路地を越えた先
           「渋谷東武ホテル」の交差点を挟んだ斜め向かい