大河ドラマ 江 の関ヶ原について、 スルーしすぎだと思いませんか??
komasaram
女性の脚本家は合戦シーンを省く傾向があるようで、田渕久美子も女性の視点で合戦シーンを省いた可能性があります。
橋田壽賀子も同様で、鈴木嘉一氏の「大河ドラマの50年」によると、30年前の1981年、「おんな太閤記」のとき、橋田壽賀子は大河のスタッフに「合戦シーンを省いてください」と頼んで、スタッフは困った顔をしたそうです。
橋田壽賀子によると女性は人が殺されるシーンを見たくない(大河を見る女性は戦国時代劇を好みながら戦を見たくない?)そうで、しかも人間ドラマは戦の前後にあると思うのだそうです。
そういうこともあって「江」での関ヶ原の描写が簡単だったことには驚きませんでした。明智光秀と羽柴秀吉の山崎の合戦など、大将が陣で座っている場面だけで、朝鮮出兵など戦の描写もありませんでした(田渕さんの脚本でなまじ戦争シーンを描いたらどうなるかわかったもんではない)。
また、時代劇はただでさえ制作費がかかるのに合戦シーンはもっとかかるのでしょう。
それから「江」の場合、師走に「坂の上の雲」があって11月で「江」が終わるのに、江姫が信長を追いかけまわして取材する場面や、柴田勝家と親子の絆が深まる話や、茶々が秀吉を憎んでいたのが好きになる逸話、江が秀勝や秀忠をどう思うかなど、余計な人間ドラマ、家族愛、恋愛に話数を費やしてしまったというところがここにきて話の省略として現れているのでしょう。
何度も書いていますが、秀吉没、関ヶ原以降の浅井三姉妹については「葵 徳川三代」の方が遥かに細かく描かれていますから、もう今の大河ドラマ「江」に期待せず、さっさと
TSUTAYAにでも行った方がいいです。
「江~姫たちの戦国~」は文字通り、戦国時代の浅井三姉妹の話で、信長~秀吉の時代が中心で、秀吉没後で話は終わっていると思った方がいいでしょう。
私としては豊川悦司の信長と鈴木保奈美の市が相次いで退場した時点で、もう半分、この番組は終わったような気分になってしまいました。
そういうわけで「葵」をお勧めします。
千姫婚礼での江と完の再会シーンなど「葵」での描写の方が遥かに感動的です。
「江」の後半の展開が速すぎる点
大河ドラマで合戦シーンを割愛することについて
追加
主人公が関わらなかったから割愛されたのは確かですが、例えば本能寺の変など、主人公が家康だろうが利家とまつだろうが直江兼続だろうが関係なく、丁寧に描かれていたようです。
1983年の「徳川家康」では滝田栄が演じた家康が主人公でしたが、役所広司が演じた織田信長のインパクトが強烈で、本能寺での信長の最期は、ほとんど信長が主人公に見えて、あとになって「大河ドラマで役所が信長だったのは何だったっけ」という風に思い出せなくなるほどでした。
なお、「独眼竜政宗」では本能寺の変は主題歌の前の解説で過去の大河の本能寺のシーンをダイジェストで見せるだけで、本編では政宗の父が本能寺の変の知らせを受ける場面があっただけで、あとは伊達家の関係者が信長について色々言うという場面に留まっていました(それでも見応えはありましたが)。
江と信長、利休と秀吉の話でも、このドラマでは「誰かが誰かを好きか好きじゃないか」というガキみたいな基準で話が進んでいますね。戦国時代にそんな自由な価値観があったかどうか。脚本家が幼稚なんでしょうね。
回答日時:2011/10/5 23:03:09
編集日時:2011/10/6 10:43:24
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komasaram
女性の脚本家は合戦シーンを省く傾向があるようで、田渕久美子も女性の視点で合戦シーンを省いた可能性があります。
橋田壽賀子も同様で、鈴木嘉一氏の「大河ドラマの50年」によると、30年前の1981年、「おんな太閤記」のとき、橋田壽賀子は大河のスタッフに「合戦シーンを省いてください」と頼んで、スタッフは困った顔をしたそうです。
橋田壽賀子によると女性は人が殺されるシーンを見たくない(大河を見る女性は戦国時代劇を好みながら戦を見たくない?)そうで、しかも人間ドラマは戦の前後にあると思うのだそうです。
そういうこともあって「江」での関ヶ原の描写が簡単だったことには驚きませんでした。明智光秀と羽柴秀吉の山崎の合戦など、大将が陣で座っている場面だけで、朝鮮出兵など戦の描写もありませんでした(田渕さんの脚本でなまじ戦争シーンを描いたらどうなるかわかったもんではない)。
また、時代劇はただでさえ制作費がかかるのに合戦シーンはもっとかかるのでしょう。
それから「江」の場合、師走に「坂の上の雲」があって11月で「江」が終わるのに、江姫が信長を追いかけまわして取材する場面や、柴田勝家と親子の絆が深まる話や、茶々が秀吉を憎んでいたのが好きになる逸話、江が秀勝や秀忠をどう思うかなど、余計な人間ドラマ、家族愛、恋愛に話数を費やしてしまったというところがここにきて話の省略として現れているのでしょう。
何度も書いていますが、秀吉没、関ヶ原以降の浅井三姉妹については「葵 徳川三代」の方が遥かに細かく描かれていますから、もう今の大河ドラマ「江」に期待せず、さっさと
TSUTAYAにでも行った方がいいです。
「江~姫たちの戦国~」は文字通り、戦国時代の浅井三姉妹の話で、信長~秀吉の時代が中心で、秀吉没後で話は終わっていると思った方がいいでしょう。
私としては豊川悦司の信長と鈴木保奈美の市が相次いで退場した時点で、もう半分、この番組は終わったような気分になってしまいました。
そういうわけで「葵」をお勧めします。
千姫婚礼での江と完の再会シーンなど「葵」での描写の方が遥かに感動的です。
「江」の後半の展開が速すぎる点
大河ドラマで合戦シーンを割愛することについて
追加
主人公が関わらなかったから割愛されたのは確かですが、例えば本能寺の変など、主人公が家康だろうが利家とまつだろうが直江兼続だろうが関係なく、丁寧に描かれていたようです。
1983年の「徳川家康」では滝田栄が演じた家康が主人公でしたが、役所広司が演じた織田信長のインパクトが強烈で、本能寺での信長の最期は、ほとんど信長が主人公に見えて、あとになって「大河ドラマで役所が信長だったのは何だったっけ」という風に思い出せなくなるほどでした。
なお、「独眼竜政宗」では本能寺の変は主題歌の前の解説で過去の大河の本能寺のシーンをダイジェストで見せるだけで、本編では政宗の父が本能寺の変の知らせを受ける場面があっただけで、あとは伊達家の関係者が信長について色々言うという場面に留まっていました(それでも見応えはありましたが)。
江と信長、利休と秀吉の話でも、このドラマでは「誰かが誰かを好きか好きじゃないか」というガキみたいな基準で話が進んでいますね。戦国時代にそんな自由な価値観があったかどうか。脚本家が幼稚なんでしょうね。
回答日時:2011/10/5 23:03:09
編集日時:2011/10/6 10:43:24
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