ビタミンP

苦心惨憺して書いている作品を少しでも褒めてもらうと、急に元気づく。それをトーマス・マンはビタミンPと呼んだ。

氷の中で眠っていた病気が 目を覚まそうとしている

2020年03月28日 00時58分15秒 | Weblog

何世紀もの間、氷や永久凍土層の中で休眠していた細菌とウィルスが
地球温暖化でよみがえりつつある。

情報源:4 May 2017 BBC
There are diseases hidden in ice, and they are waking up.
Long-dormant bacteria and viruses, trapped in ice and 
permafrost for centuries, are reviving as Earth's climate warms
By Jasmin Fox-Skelly

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)


 歴史を通して、人間は細菌、及びウィルス(訳注1:細菌とウィルスの違い)と共存してきた。ペストから天然痘まで、我々はそれらへの耐性を進化させて来たが、そのことに呼応して、それらもまた、我々を感染させる新たな道を展開してきた。

 我々は、アレクザンダー・フレミングがペニシリンを発見して以来、一世紀近くの間、抗生物質を使用している。それに対して細菌は、抗生物質耐性を獲得することにより対応してきた。その戦いはきりがない。我々は病原体とあまりにも長い年月を過ごしてきたので、我々は時にはある種の平衡状態になっているからである。

 しかし、もし我々が突然、数千年の間、休眠していた、あるいは以前には決して遭遇することがなかった致死的な細菌やウィルスに暴露したら、何が起きるであろうか?

 我々は、そのことを今、見つけようとしているのかもしれない。気候変動は、数千年間、凍てついた永久凍土層を融かし、地下に潜んでいた古代のウィルスや細菌を放出して、生き返らせようとしている。

■移動するトナカイ 

 2016年8月、北極圏にあるヤマル半島と呼ばれるシベリアのツンドラ地帯の僻地で、炭疽病(訳注2)に感染して、12歳の少年が死亡し、少なくとも20人が入院した。

 この事件についての仮説は次のようなものである。75年以上前、炭疽病に感染した一匹のトナカイが死んで、その死体は永久凍土層として知られる凍った土壌の層の下に閉じ込められた。それは2016年夏の熱波で融けるまで、そこにあった。

 トナカイの死骸は感染性炭疽菌で汚染されており、それは近くの水や土壌に放出され、やがて食物供給系も汚染した。近くで草を食んでいる 2,000頭以上のトナカイが感染し、その後少数の人間にもその感染症をもたらした。

 恐ろしいことは、このことは孤立した例ではないであろうということである。

■北極圏スヴァールバル諸島(ノルウェー領の永久凍土層)

 地球が温まると、もっと多くの永久凍土層が融けるであろう。通常の環境下では、凍土の表層約 50cm は毎年夏に融ける。しかし今、地球温暖化はもっと下の古い凍土層を徐々に露(あらわ)にしている。

 凍った永久凍土層は細菌にとって、非常に長い期間、おそらく百万年の間、生存するのに完璧な場所である。そのことは、氷を融かすということは、病気のパンドラの箱を開けるということを意味する。

 北極圏の温度は急速に上昇しており、その速度は世界のそれ以外の場所より約 3倍速い。氷と凍土が融けると、他の感染病原体も放出されるかもしれない。

 ”永久凍土層は、冷たく、酸素がなく、暗いので、細菌とウィルスの非常に好都合な保存庫である”と、フランスのエクス=マルセイユ大学の進化生物学者ジーンマイケル・クラベリは言う。過去に世界的な流行を引き起こしたような、人間や動物に感染することができる病原ウィルスが古い凍土層に保存されているかもしれない”。

 20世紀の初期だけでも、100万頭以上のトナカイが炭疽病で死んだ。深い墓穴を掘るのは容易ではないので、それらの死体の大部分は表層近くに埋められ、それらは北方ロシアの約7,000か所の墓場に散乱している。

 しかし大きな脅威は、凍てついた土壌の下に、ほかに何かが潜んでいるということである。

 人間も動物も数世紀の間、永久凍土層に埋葬されてきたので、他の感染病原体が解き放たれることが想像できる。例えば科学者らは、アラスカのツンドラにある大規模な墓地に埋められている死体から 1918年のスペイン風邪のウィルスの RNA の断片を発見した。天然痘とペストの死者もまた、シベリアに埋葬されたらしい。

 2011年のある調査で、ボリス・レビッチとマリナ・ポドリナヤは次のように書いている。”永久凍土層の融解の結果、18世紀及び19世紀の致死的感染症の媒体は、特にこれらの感染症の被害者らが埋葬された墓地の近くで生き返るかもしれない”。

 例えば1890年代、シベリアで天然痘の大きな流行があった。ある町では最高40%までの人口を失った。その死体はコリマ川の土手の永久凍土層の上部に埋葬された。120年後、コリマ川の洪水の流れが土手を削り始め、永久凍土層の融解がこの浸食プロセスを加速させた。

 1990年代に始まったあるプロジェクトで、ノヴォシビルスクの国立ウィルス学・バイオテクノロジー研究センターの科学者らは、南部シベリア、ゴルノ=アルタイ地域で発見された石器時代人の遺体を調査した。彼らはまた、19世紀のウィルス感染症の流行中に死亡し、ロシアの永久凍土層中に埋葬された男の死体からサンプルを採取し、検査した。

 研究者らは、天然痘による痕跡の特徴を持った死体を発見した。彼らは天然痘ウィルス自体は発見しなかったが、その DNA の断片を検出した。

 確かに、氷の中で凍った細菌が生き返ったということは、初めてのことではなかった。

 2005年の調査で、NASA の科学者らは、アラスカの氷結した池に 32,000 年間、閉じ込められていた細菌の蘇生に成功した。Carnobacterium pleistocenium と呼ばれるその微生物は、まだウーリーマンモスが地球上を歩き回っていた更新世以来、凍っていた。一旦氷が融けると、それらは何事もなかったように、あたりを泳ぎ始めた。

 二年後、科学者らは、南極大陸のビーコン・マリンズ渓谷にある氷河の表面の下の氷中に休眠していた800万年前の細菌を蘇生させた。同じ調査で、細菌はまた 10万年前の氷から蘇生した。

 しかし、全ての細菌が、凍土中で凍った後に蘇生することができるわけではなかった。炭疽菌は、極めて丈夫で一世紀以上の期間、凍っても生き延びることができる胞子を形成するので、蘇生することができる。

 胞子を形成できる、したがって永久凍土層中で生き延びることができるその他の細菌には、破傷風菌及び、マヒを引き起こし、致命傷にすらなる稀な病気であるボツリヌス中毒症の病原体のボツリヌス菌がある。ある真菌類もまた、長期間、永久凍土層中で生き延びることができる。

 あるウィルスもまた、長期間生き延びることができる。

 2014年のある調査でクラベリに率いられたチームは、シベリアの永久凍土層中に3万年の間、閉じ込められていた二つのウィルスを蘇生させた。ピソウイルス・シベリカム及びモリウイルス・シベリカムとして知られるそれらは、ほとんどのウィルスとは違い、それらは非常に大きいので通常の顕微鏡で見ることができ、両方とも ”giant viruses (巨大ウイルス)”と呼ばれる。それらは海岸のツンドラで深さ100フィート(約30メートル)の地下で発見された。

 いったん生き返ると、ウィルスは直ぐに感染性を持つようになる。我々にとって幸いなことに、これらの特定のウィルスは、単細胞であるアメーバーにのみ感染する。それでもその調査は、人間に感染することができる他のウィルスが同じやり方で生き返るかもしれないことを示唆している。

 その上、地球温暖化が脅威を及ぼすのは、永久凍土層を融かすことだけではない。北極海の氷は融けているので、シベリアの北部海岸は海から接近しやすくなっている。その結果、金や鉱物の採鉱及び石油と天然ガスのための掘削を含んで、工業的開発が行われるようになった。

 ”現時点では、これらの地域はさびれており、永久凍土の深層はそのまま残っている”と、クラベリは言う。”しかし、これらの古代の層は、採鉱のための採掘や掘削作業によりむき出しになることがありうる。もし活性のウィルスがまだそこに存在すれば、それは深刻な惨事である”。

 巨大ウィルスはそのようなウィルスの突発にとって最も犯人らしく見える。  ”ほとんどのウィルスは、宿主細胞の外では、光、乾燥、又は自然に発生する生化学的分解のために、急速に不活性化する”と、クラベリは言う。例えば、もし彼らの DNA が修復不可能なダメージを受ければ、そのウィルスの感染性はなくなる。しかし、知られているウィルスの中で、巨大ウィルスは非常に頑強で、ほとんどこじ開けることが不可能である傾向がある”。

 クラベリは、北極に植民したまさに最初の人間からのウィルスが明らかになるであろうと言う。我々は、シベリアに住み、様々なウィルス性疾患だらけであったネアンデルタール人やデニソワ人のような大昔に絶滅したヒト族(hominin)からのウィルスさえ見ることができるであろう。3~4万年前のネアンデルタール人の遺跡がロシアに点在する。人の集団が何千年もの間、そこに住み、病気になり、死んだ。

 ”我々が絶滅したネアンデルタール人からウィルスを受け取ることができる可能性があるということは、ウィルスは地球上から’根絶できる’という考えは間違っており、我々に誤った安心感を与えることを示唆するものである”とクラベリは言う。”このことが、もしもの場合に備えて、ワクチンを備蓄すべきとする理由である”。

 2014年以来クラベリは、人に感染することができるウィルスと細菌の遺伝的記号を研究しつつ、永久凍土層の DNA 内容物を分析している。彼は、人間におそらく危険であるでろう多くの細菌の証拠を見つけている。細菌は、病原細菌及びウィルスが生成し、宿主に感染する能力を高める病原性因子を暗号化する DNA を持っている。

 クラベリのチームはまた、ヘルペスを含むウィルスに由来するように見える少数の DNA 塩基配列を発見した。しかし彼らはまだ、天然痘のどのような痕跡をも発見していない。その理由は明らかなように、彼らはその病原体のどのような蘇生をも試みなかった。

 人間から切り離された病原体は、氷や永久凍土層だけでなく、他の場所でも出現するらしく見える。

 2017年2月、NASA の科学者らは、メキシコの鉱山の洞窟にある結晶の内側に1~5万年前の細菌を発見したと発表した。

 その細菌はメキシコ北部ナイカにある鉱山の一部である結晶洞窟中で発見された。その洞窟は、数十万年の間に形成された多くの鉱物セレンの乳白色の結晶を含んでいる。

 細菌は結晶の小さな流水ポケットの内側で捕捉されたが、それらは取り出されると蘇生し、増殖し始めた。その微生物は、遺伝的にユニークであり、おそらく新たな種のようであったが、研究者らはまだこの調査についての発表を行っていない。


■レチュギヤ洞窟中の亜セレン酸塩形成

 さらにもっと古い細菌がニューメキシコ州にあるレチュギヤ洞窟の地下1,000フィート(約300メートル)で発見された(訳注3)。これらの細菌は、400万年以上の間、地表では見られなかった。

 その洞窟は決して太陽の光が当たらず、非常に隔離されており、地表からの水がその洞窟に達するのに約1万年かかる。

 それにもかかわらず、その細菌は、感染症対策の”最後の切り札”であるとみなされている薬剤を含んで、18種類の抗生物質に幾分、耐性を持つようになっていた。

 2016年12月に発表された研究で、研究者らは Paenibacillus sp. LC231 として知られる細菌が抗生物質の70%に耐性があり、それらの多くを完全に不活性にすることができることを発見した。

 その細菌は400万年の間、洞窟中に完全に隔離されたままであったので、それらは人間や人間の感染症治療に用いられる抗生物質に遭遇したことがなかった。そのことは、その抗生物質耐性は他のやり方で獲得したに違いないということを意味する。

 関係している科学者らは人を害さないその細菌は、抗生物質への耐性を自然に獲得した多くのうちのひとつである信じている。このことは、抗生物質耐性は数百万年、あるいは数十億年の間、方々に存在していたことを示唆する。

 明らかに、そのような古代の抗生物質耐性は、抗生物質の使用の結果として病院で獲得されたものではない。

 このようなことの理由は、真菌類、そしてその他の細菌でさえ、その多くの種類は、他の微生物に対して競争的優位性を得るために、抗生物質を天然に生成するためである。それはフレミングがペニシリンを最初に発見した方法である。すなわちペトリ皿の中の細菌は、そのひとつが抗生物質を排出するカビで汚染された後に、死ぬということである。

 食物がほとんどない洞窟では、生物は生き延びるためには冷酷にならざるをえない。パエニバチルス(Paenibacillus)のよな細菌は、ライバルの生物に殺されるのを避けるために抗生物質耐性を獲得しなくてはならなかったのかもしれない。

 このことが、細菌がなぜ細菌や真菌に由来する天然の抗生物質だけに耐性を持つのかを説明するであろう。その細菌は、人間が作った抗生物質にかつて遭遇したことはないので、それらには耐性を持っていない。

 ”我々の研究、そして他の人々の研究は、抗生物質耐性は新奇な概念ではないということを示唆している”と、オハイオ州のアクロン大学の微生物学者であり、この調査を率いたヘーゼル・バートンは言う。”我々の微生物は、400~700万年の間、表面種(surface species)から隔離されており、それらが持つ耐性は表面種に見られるものと遺伝的に同等である。このことは、これらの遺伝子は古く、治療のための人間の抗生物質使用から出現したものではないということを意味する”。" 

 パエニバチルス自体は人間に有害ではないが、原理的には、それはその抗生物質耐性を他の病原体に移すことはできる。しかし、それは地下 400メートルの岩盤の下に隔離されているので、そのようなことはありそうにない。

 それにもかかわらず、天然の抗生物質耐性はおそらく非常に広がっているので、永久凍土層の融解から出現する細菌の多くはすでにそれを持っているかもしれない。それに沿って、2011年の調査で、科学者らは、ロシアとカナダの間のベーリング地域の 3万年前の永久凍土層の中で発見された細菌から DNA を抽出した。彼らはβ-ラクタム系抗生物質、テトラサイクリン系抗生物質、及びグリコペプチド系抗生物質への耐性を暗号化する遺伝子を発見した。

■我々は、この全てについてどのくらい懸念すべきなのか?

 ひとつの主張は、永久凍土層病原体からのリスクは、本質的には知ることができず、したがって明らかに我々を懸念させるべきものではなく、その代わり、我々は気候変動からのもっと確立された脅威に焦点を合わせるべきであるというものである。例えば、地球が温暖化しており、マラリア、コレラ、デング熱のような”南”の疾病の病原体はより高い温度で繁栄するのだから、北の諸国はそれらの発生にもっと敏感になる必要があるというものである。

 それに対して、もう一方の展望は、我々はリスクを定量化することができないというだけの理由で、それを無視すべきではないというものである。

 ”我々の研究、及び他の人々の研究を考察すれば、病原性の微生物が生き返り、我々に感染するという見込みはゼロではない”と、クラベリは言う。”その可能性がどのくらいかはわからないが、それはありうることである。細菌に対して治療可能なのは、抗生物質、又は耐性菌、又はウィルスである。もし、病原体が長い間、人間と遭遇していないなら、我々の免疫系はその対応の用意ができていないであろう。だかろこそ、それは危険なのである”。

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