芦屋画廊で個展したある日。なんだかんだと終電になり、ぼーっと電車の中。
「なあなあ、きいてー」と喋る事を覚えて楽しい年頃の男の子の声がします。
「なあなあ、すごいねんでー、ほんまにすごいねんでー」どちらかと言うと、そんなに大きい声ではなく、ほとんどが疲れた乗客の空気を避けて聞こえてきます。
「なんやねんなーもう」と疲れた若いお父さんの声。おそらく行楽帰りなのでしょう。
「すっごいねんて」「だから、何が凄いねん。静かにしとき」こちらからは、向かい合わせの座席の背もたれ側に座っている父子は見えません。父子の手前には若いお母さんらしき人が見えます。彼女は眠っているようでした。
「ほっんまにすごいねん。あのな、あのなーあ、ばいきんまんってなあ、すっごいねん」
黴菌満? ああ、あのアンパンマンの黒いやつか…。音楽を聴いていない疲れた乗客達の皆、そう思った事でしょう。で、あの黒いやつの何が凄いのか?
「バイキンマンなんか凄ないわー。アンパンマンなんか、顔ちぎりよんねんで?」疲れているお父さんは不毛とも思える子供がする会話を中断させようとして失敗しました。
しかし、周囲には少し活気が見え始め、皆、聴力アップさせています。
顔ちぎるて…まあ、顔ちぎりよるわな。で、ちぎって笑っとるし。で、それ食ってるやつもおるし。…怖いわな。ってか、あかちゃんまんの方が凄いやん。あかちゃんにマンつけてねんで…ふふ…
なんて事を考えていた時、あの男の子が乗客全員にとどめを刺しました。
「ばいきんまんってなあ、からだ、100このカビでできてんねんでー」
百個の黴?あの黒いのはカビだったのか!? 周囲は皆、眉間にシワを寄せた空気に変わりました。それが聞こえたかのようにお父さんが「じゃあ、お風呂とか入ったらどうなんねん」と訊いてくれました。そして、男の子が間髪入れずに言い放ちました。
「ほそなる」
「なくなる」「ちっちゃくなる」や「ほそくなんねんで」と言うであろうと想像して我々ギャラリーに、オチ的に素敵な言い回しでシメた男の子。ブラボー キッズ。乗客は皆、疲れが少し取れ、癒されたようです。中には「そういや、食パンマンってさあ」と話し出す高校生達や、いきなりスマホを取り出して何やら調べ出した人が2人ほどいました。
お父さんは慣れているのか「へぇー」と流し、眠りにつこうとしています。
お母さんは父子の会話には入らずに静かに微笑んでいました。
百個のカビ説はご自分でググって下さいね。バイバイキーン!!