訪問、ありがとうございます。
JR中間駅に集合し、江戸時代黒田藩が、毎年氾濫する遠賀川の治水のため、
人力で開通した堀川運河沿いを歩きました。明治に入って堀川運河は、日本の
近代化を支える運河になりました。
堀川運河の始点にやってきました。明治に入り堀川運河は、筑豊で掘りだされ
た石炭を、五平太舟で運ぶ水運の要所になりました。現在は水門で仕切られて
います。
運河の全長は、約12キロメートルです。現在ウオーキングコースとして整備された、
道を歩きました。運河は、後に鉄道が敷設され、石炭輸送の役目を終えました。
途中の、水巻の「河守神社」まで、たどり着きました。名前からして「水」に
関わる社です。ここで昼食。
江戸時代、堀川開通の難所です。当時の技術で厚さ12メートルの岩盤を削るのは、
至難だと推測できます。堀川車返しの切り通しまでやってきました。ここを抜
ければ、解散地点の折尾駅まで僅かです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます