kirekoの末路

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第十回『もう一人の龍』-1

2008年04月25日 19時24分24秒 | 『英雄百傑』完全版
― 黄州 国中(コクチュウ)郡 根島(ネジマ)城 ―

 鏃門橋の戦いから暫し経って。
南部方面の戦況は、少し前の膠着状態が嘘のようにガラッと変わっていった。
 ジャデリン率いる1万の南部官軍は、最難関であった鏃門橋の砦を攻略すると、援軍派兵によって手薄になった北、東、西の頂天教軍の要害を突破し、風前の灯であった背兎城を開放した。

 その後、勢いをそのままに歩を北へと進めた南部官軍は、四谷郡からの兵糧の補給を受けると、黄州の北は国中郡に足早に入り、頂天教討伐、ならびに内部反乱の起きていた城下の平定に乗り出したのだ。

 国中郡は、大陸でも内陸に位置し、草原地帯が広がる農産牧畜が盛んな平地で、小さな支流の河川はあったが、比較的街道も整備されており、鏃門橋のように進むのに困難な地理も少なく、官軍隊は足早に行軍を進めることが可能だった。

 たしかにここにも、頂天教の兵達が多数存在し、要害という要害を占拠していた。

だが、各所に置かれた要害といっても、街道に建設される屈強な城塞とは程遠いほどの小さな関所のようなものばかり。それに長い間、南端の鏃門橋に守られて戦の心配の無かったこの地が、城壁や門の補強や整備をするはずも無く、どの砦も城も放置されて、住民たちからは『古城』と蔑(さげす)んで呼ばれるほど、脆い城ばかりであった。

 陸続きで行軍も容易く、城も脆く攻め易いとなれば、平地での戦に優れた兵、猛将知将を抱え、勝利に沸き立ち士気もあがる南部官軍を止めることなど出来なかった。

 ジャデリン率いる官軍1万は、破竹の快進撃を続けていた。
その中でも、群を抜く智将ミケイの用兵によって動いていた、気運のミレム、豪傑のスワト、徳者のポウロの三勇士と義勇軍は、毎度死を恐れず進んでは目覚しい活躍をし、輝かしい戦績を飾っていた。

 時が六月の半ばを迎えると、快進撃を続ける南部官軍の下へ官軍の別働隊が合流した。
合流し、膨れ上がった南部官軍の兵は、その数にして2万の大軍となった。その数を頼りに官軍は一路、国中郡の中枢都市が立ち並ぶ北西へと向かった。

 立て篭もる頂天教の部隊を次々に撃破する官軍は、兵を進め、ついに西方最大の堅城『関下(カイカ)城』を攻略した。

 翌日から「関下の堅城落ちる!」の報が郡を越えて広まると、知らせに恐れをなした頂天教軍は、別郡の部隊と合流するために退却を開始した。

官軍は、誰も居なくなった砦を次々に制圧していくと、内部反乱に徹底抗戦を決め込んでいた国中郡最後の城、ここ『根島城』を解放し、大陸の南部に位置する黄州全土を平定させるのだった。

季節は既に春を過ぎ、青々とした木々が育つ初夏七月を迎えていた。

 ワイワイ…
 ガヤガヤ…
 ワイワイ…

 城下の人々の沸きあがる声を受けながら、城へと進む将兵たち。
黄州の解放を祝う今夜は、太守の働きかけで、南部官軍のために盛大な酒宴が催されていた。

 「皆この二ヶ月の間、よく頑張ってくれた。今日は、それを祝っての祝宴じゃ、太守から美酒名酒を400樽、郡きっての楽隊(音楽演奏隊)の差し入れが届いておる。見張りをしている内外の兵士達にも酒を振舞い、皆、戦に疲れた気をほぐし、楽にして騒ぐが良い!」

 主席に立ち、乾杯の音頭をとるジャデリン。
その挨拶と共に、鼓弓(こきゅう)や太鼓を持った楽隊が、顔の見えない幕の中で演奏をはじめ、宴に招かれた将兵達は、目の前に置かれた美酒名酒を口に運ぶと、酒席は高らかな笑い声と穏やかな会話が入り混じり、誰もがその喜びに酔いしれ、戦を忘れるように互いの安らかな心を分かち合っていた。

 「グビグビ…プハァー!ウへへへ…勝利の美酒ってのはいいもんだなぁポウロよぉ…ウへへへッ」
 「ミレム様の酒癖の悪さには、このポウロ。ホトホト感服いたしております」
 「酒の席で嫌味を聞くたぁ。こりゃ耳が痛いなぁ。まあ良いから呑め呑め!ハハハハハッッ!!!!」
 「ふふふ、適いませんな。ミレム殿には、少し勝利の美酒が利きすぎているようで…しかし、我々もこのような席に呼ばれるとなるとは」
 「あの頃から比べると、たしかに偉くなったもんだなぁ。ウへヘへッ…でもまあそれなりに俺たちが頑張ったってことだろうよぉ」

 ミレムとポウロは、宴の場でも扉に近い末席に隣同士に座っていた。
グビグビと喉を鳴らしながら、杯を唇に重ねては次の酒を待つミレムは、すでに出来上がっており、隣に座りながらチビチビと酒を飲み、未だ冷静さを保っていたポウロに絡んでは、給仕に注がれた酒を胃袋へ飲み込んでいく。

 「すっかり出来上がっておりますなミレム殿」

 そんな中、杯を持ってミレムの前に現れたのは、白銀の甲冑を脱ぎ、丈の長い白い公服に、黒紐で結わった冠を付けた美男子、智将ミケイの姿があった。

 「おうこれはミケイ将軍じゃないかあ。そのように杯を持って現れたとなると、わしと勝負する気かぁ?ふっふっふっ…戦の席では負けるかもしれないが、酒の席では我が三勇士は負けんぞぉ…ヒック!」

上官であるミケイに対して、余りにも無作法な態度で迎えるミレムを、ポウロが慌てて押さえつける。

 「み、ミレム殿!ミケイ将軍になんという口を!ミケイ将軍、申し訳ありませぬ。ミレム殿は酒に滅法弱い御仁で、平素は、このような失態をするようなお方では…」
 「よいよいポウロ殿。今回の戦でミレム殿達三勇士には世話になった。私の用いた策、用兵の術、ひいては国中郡を平定するという軍略も、そなたらが居なかったら成しえなかった事だろう」
 「もったいなきお言葉!我が明主に代わりまして厚く御礼を申し上げます!」

 「ングッングッ・・うめえ、うへへへぇ、ミケイ将軍、この勝負、俺の勝ちは決まったなぁ!?ほれ!悔しかったら呑んでみろ!うはははは!」

 「あわわ…み、ミレム殿!」

悪態に悪態を重ねるミレムに、額に汗を浮かべて青ざめてゆくポウロだったが、ミケイはその度に「よいよい」と言って、小さく笑うと、ミレムの差し出した杯に手をつけ、落ち着き払った態度でこう言った。

 「ははは、たしかに酒の席ではミレム殿には勝てないな。私は酒に弱くてな。すぐ顔が赤くなって意識がなくなるのだ。ポウロ殿も、そう固くならず、私に気を使わずともよい。今宵は祝いの席の無礼講。どなたも楽しく飲むが良いことだ。それにミレム殿の仰ることもあながち間違いではない。私はあのようには飲めんよ」
 「は、はっ…?」
 「あっちを見てみよ」

 ミケイが指差した方向には、三勇士の座る席を抜け出して、大きな平たい盃を片手に掲げながら、あまたの郡将達から酒を貰い受けては飲み干す、豪傑スワトの姿があった。

 「グイッグイッ・・・フウッ、それそれ、次の酒はまだか」
 「おおお、流石は豪傑スワト殿。飲みっぷりも豪傑じゃ」
 「ハッハッハ!それがしが豪傑ぶりを示すには、こんなものじゃ足りぬ。どれ、次はそれを飲み干そうか」

 そういうとスワトは、料理を運ぶ給仕の前にあった酒樽をグイッと持ちあげると、郡将達の前に置き、一通りその大きな酒樽を見せると、グッと力をこめ、酒樽を持ち上げ、まるで大蛇が鳥の卵を飲み込むように、グイグイと大きな樽に入った酒を呑み始めた。

ゴクリ…。

 流石に無茶だと目を丸くして、息を飲む郡将達。
だがスワトは、樽の角度をさらにきつくすると、大口を一杯に広げ、流し込むように勢い良く飲んでゆくと、酒樽から溢れてしまいそうな酒を一滴残らず、息つく暇もなく飲み干してしまった!

 「プファァー…さあさあ、次のそれがしの相手(酒)は誰かな?」

 「「「 ワーワーッ!ヤンヤヤンヤ! 」」」

 余りの見事な光景に、郡将達は手を叩き、場の歓声は歓声を呼んだ。
次々に酒を煽るように飲んでも、酔いすらしない豪傑スワトの酒豪ぶりは凄まじく、言うならば、まさに底なしの甕(かめ)のごときものであった。

 「なんたる頼もしき豪傑じゃ。ははは、愉快じゃのう」

 それを見ていたジャデリンの表情にも、思わず笑みがこぼれた。
だが、ジャデリン自身は、もっぱら料理に箸を伸ばし、二、三と口にするだけで、決して酒の入った杯には手を付けなかった。

 猛将と呼ばれた彼は酒が苦手であった。
総じて全ての酒が飲めないというわけではないが、やはり下戸であり、沸き立つ諸侯の中には彼に酒を勧める者もいたが、ジャデリンは、その全てを断っていた。

 酒を飲まない彼を見て、宴を催した太守が疑問そうに聞く。

 「ジャデリン様。用意した酒は、将軍のお気に召すますまいか?」
 「いや。美味しく頂いておる。しらふの内に、皆の喜ぶ顔が見たいだけじゃ」
 「ははは、では、ここらで余興の時間と致しましょう」
 「余興?」
 「ジャデリン様。城内に、人物眼と占いで有名な土地の名士カカツという者がおります。その者に、官軍のこれからを占ってもらうのはどうでしょう」

 自分の城の兵士に目配せをしながら、気を使ってくれる太守に対して、ジャデリンは申し訳なさそうに答えた。

 「いやいや酒の席で飲めずに申し訳ない。その一興。是非お願いいたそう」
 「それでは・・・カカツをこれへ!」

 パンパンッ!

手を叩く音を聞くと、室内の末席にいた文官風の男二人が立ち上がり、素早く部屋の扉を開くと、城内のどこかへと消えていく。

 …そして数分すると、文官二人は一人の初老の男を連れてきた。

太守は、右手をスッと差し出すと、幕の中に居た楽隊は演奏を止めて中座し、郡将達は給仕の者に従って自席に戻っていく。文官達は、そそくさと前へ出て、全員の前で名士であるカカツを紹介すると、自分たちも末席近くの席に座った。


 「ただいまご紹介に預かった、名をカカツと申す老いぼれにございます。先ほどまで道楽の旅をしておりましたが、官軍勝利の報を聞き、はせ参じた次第であります」
 「これはこれはご丁寧に。では早速だが占ってもらおうではないか」

殆どの郡将達は、小さな麻の袋を持ったカカツに視線を浴びせていたが、ミレムだけは違った。用意された酒を手に持った杯に手酌で注ぎ、一口、また一口と、他の者にバレないようにチビチビ飲んでいた。


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