日本も韓国も,少子高齢化社会(저출산 고령화 사회〈低出産高齡化社會〉)で,一人暮らしのお年寄り(독거 노인〈獨居 老人〉)が多くなりました。
今日のキーワードは「寝たきり老人」です。
まずはおばあさんと孫の会話です。
祖母:年をとったせいか,近頃は外出するのが億劫になってきたわ。
孫:でも,なるべく歩くようにしないと,そのうち寝たきり老人になるよ。
할머니: 나이를 먹어서 그런지, 요즘은 외출하는 게 귀찮아졌어.
손자: 그래도 되도록 걸으셔야죠. 와병생활을 하게 되면 어떻게 하시려고요?
どうですか。おばあさんの台詞は,もうちょっと短くなりそうですね。
할머니: 나이 탓인지 요즘은 외출하기가 귀찮아졌어.
お孫さんの言葉もちょっと短くできそうですね。
お孫さんの台詞ですが,日本語は「ため口」でも,韓国語にするときには尊敬を表さないといけません。
この尊敬の〈-시-〉は,韓国の文法用語で선어말 어미〈先語末語尾〉といいます。
「他の語尾の前に位置する語尾」と言う意味です。
・손자a : 하지만 가능한 한 걷지 않으시면, 곧 음직이지 못하게 돼요.
・손자b : 하지만 가능한 한 걸으시지 않으면, 곧 음직이지 못하게 돼요.
・손자c : 하지만 가능한 한 걷지 않으시면, 곧 음직이지 못하게 돼세요.
上の손자aと손자bの台詞を比較してみましょう。
尊敬の〈-시-〉を入れる位置はどちらがいいでしょうか。
この尊敬の〈-시-〉はどこに入れるかは個人の趣味で,とくに決まりはありません。
しかし,できるだけ文末に近いところに挿入する(손자a)のが自然です。
では次に돼요か돼세요ですが,ふつうの会話では돼세요(손자c)よりも돼요(손자a)の方が自然です。
と言うことで
・손자a : 하지만 가능한 한 걷지 않으시면, 곧 음직이지 못하게 돼요.
の会話が,一番よさそうです。
しかし하지만 가능한 한 걷지 않으시면…というのは,いかにも教科書的で,なにかぎこちないような感じがしますね。
このよう長い文章は,息切れがするのでふつうの会話では二つに分けて考えてみるとすっきりします。
前半部分は조금식이라도 걷도록 하새요. としたらどうでしょうか。
そして하지만の部分を안 그러면として後半につなげるのです。
조금식이라도 걷도록 하새요. 안 그러면…そのうち寝たきり老人になるよ。
さて,ここの本日のメインである「寝たきり老人」です。
와상 노인とか와병 생활とか言う単語は,福祉関係の専門用語としては使われていますが,日本語の「寝たきり老人」のように,一般の会話の中ではまだ普及していません。
「うちのばあさんは寝たきりなんだ」と言うときは,“우리 할머니는 와상 중이셔.”くらいなら意味が通じます。
しかし会話ですからもう少し工夫が必要ですね。要するに意味が通じればいいわけです。
「寝たきり老人になる」と言う表現は,몸을 음직이지 못하게 되다のように,別の言い方をすればいいでしょう。
조금식이라도 걷도록 하새요. 안 그러면 곧 음직이지 못하게 돼요.
日本人の男の子の孫だったら「そのうち寝たきり老人になるよ」ぐらいのぞんざいな言い方をしてもおかしくありませんが,韓国語ではここは,やはり丁寧な言い方が必要です。
そのほかの「祖母/祖父と孫の会話」を挙げましたので,参考にしてください。
●会話1
(祖母) 背中を掻いてくれないかい。手が届かないんだ。
(孫) おばあちゃん,いつも私を呼ばないで,孫の手でも買ったら?
(할머니) 얘야, 등 좀 긁어 줄래? 손이 안 닿는구나.
(손자-여) 할머니, 저만 부르지 마시고 효자손이라도 하나 사서 쓰세요.
●会話2 祖父と孫の会話
(할아버지) 高速道路で急に割り込まれて、危うく事故になるところだったよ。
(손자-남) おじいちゃんももう年なんだから、そろそろ運転をやめたらどうなの?
(남) 고속도로에서 갑자기 차가 끼어들어서 하마터면 사고가 날 뻔했어.
(남) 할아버지도 이제 나이를 생각해서 운전을 그만두시는 게 어때요?
今日のキーワードは「寝たきり老人」です。
まずはおばあさんと孫の会話です。
祖母:年をとったせいか,近頃は外出するのが億劫になってきたわ。
孫:でも,なるべく歩くようにしないと,そのうち寝たきり老人になるよ。
할머니: 나이를 먹어서 그런지, 요즘은 외출하는 게 귀찮아졌어.
손자: 그래도 되도록 걸으셔야죠. 와병생활을 하게 되면 어떻게 하시려고요?
どうですか。おばあさんの台詞は,もうちょっと短くなりそうですね。
할머니: 나이 탓인지 요즘은 외출하기가 귀찮아졌어.
お孫さんの言葉もちょっと短くできそうですね。
お孫さんの台詞ですが,日本語は「ため口」でも,韓国語にするときには尊敬を表さないといけません。
この尊敬の〈-시-〉は,韓国の文法用語で선어말 어미〈先語末語尾〉といいます。
「他の語尾の前に位置する語尾」と言う意味です。
・손자a : 하지만 가능한 한 걷지 않으시면, 곧 음직이지 못하게 돼요.
・손자b : 하지만 가능한 한 걸으시지 않으면, 곧 음직이지 못하게 돼요.
・손자c : 하지만 가능한 한 걷지 않으시면, 곧 음직이지 못하게 돼세요.
上の손자aと손자bの台詞を比較してみましょう。
尊敬の〈-시-〉を入れる位置はどちらがいいでしょうか。
この尊敬の〈-시-〉はどこに入れるかは個人の趣味で,とくに決まりはありません。
しかし,できるだけ文末に近いところに挿入する(손자a)のが自然です。
では次に돼요か돼세요ですが,ふつうの会話では돼세요(손자c)よりも돼요(손자a)の方が自然です。
と言うことで
・손자a : 하지만 가능한 한 걷지 않으시면, 곧 음직이지 못하게 돼요.
の会話が,一番よさそうです。
しかし하지만 가능한 한 걷지 않으시면…というのは,いかにも教科書的で,なにかぎこちないような感じがしますね。
このよう長い文章は,息切れがするのでふつうの会話では二つに分けて考えてみるとすっきりします。
前半部分は조금식이라도 걷도록 하새요. としたらどうでしょうか。
そして하지만の部分を안 그러면として後半につなげるのです。
조금식이라도 걷도록 하새요. 안 그러면…そのうち寝たきり老人になるよ。
さて,ここの本日のメインである「寝たきり老人」です。
와상 노인とか와병 생활とか言う単語は,福祉関係の専門用語としては使われていますが,日本語の「寝たきり老人」のように,一般の会話の中ではまだ普及していません。
「うちのばあさんは寝たきりなんだ」と言うときは,“우리 할머니는 와상 중이셔.”くらいなら意味が通じます。
しかし会話ですからもう少し工夫が必要ですね。要するに意味が通じればいいわけです。
「寝たきり老人になる」と言う表現は,몸을 음직이지 못하게 되다のように,別の言い方をすればいいでしょう。
조금식이라도 걷도록 하새요. 안 그러면 곧 음직이지 못하게 돼요.
日本人の男の子の孫だったら「そのうち寝たきり老人になるよ」ぐらいのぞんざいな言い方をしてもおかしくありませんが,韓国語ではここは,やはり丁寧な言い方が必要です。
そのほかの「祖母/祖父と孫の会話」を挙げましたので,参考にしてください。
●会話1
(祖母) 背中を掻いてくれないかい。手が届かないんだ。
(孫) おばあちゃん,いつも私を呼ばないで,孫の手でも買ったら?
(할머니) 얘야, 등 좀 긁어 줄래? 손이 안 닿는구나.
(손자-여) 할머니, 저만 부르지 마시고 효자손이라도 하나 사서 쓰세요.
●会話2 祖父と孫の会話
(할아버지) 高速道路で急に割り込まれて、危うく事故になるところだったよ。
(손자-남) おじいちゃんももう年なんだから、そろそろ運転をやめたらどうなの?
(남) 고속도로에서 갑자기 차가 끼어들어서 하마터면 사고가 날 뻔했어.
(남) 할아버지도 이제 나이를 생각해서 운전을 그만두시는 게 어때요?