2011/05/09 鈴木邦男 ①大学の時は、毎日のように激突してたのに。 大学で激突した日々が続き、それから25年が経ち、再会した。初めは、田宮高麿さんの「お別れ会」(1996年)の時だった。田宮さんは、1970年によど号をハイジャックして北朝鮮に渡った赤軍派9人のリーダーだ。 同じ早大で闘った ところが、それから、ロフトプラスワンなどで一緒にトークすることが多くなった。木村氏も何度も出た。さらに僕は、荒さんのブントの集会にも呼ばれた。新左翼の非合法路線は清算し、市民運動として生まれ変わっていた。だから宮崎学さんを初め、多くの人を呼び、討論会をやったのだ。そこに何度か呼ばれた。「市民運動」といっても、圧倒的に、元活動家が多い。革命の志を持った人々だ。私なんかを呼んだんでは反対も多いだろうと思った。 「右翼反動の鈴木を呼ぶくらいなら、俺たちは辞める」と言う人もいたという。「じゃ、辞めていい」と言って、集会を強行した。荒さんが言っていた。申し訳ない。私ごときを呼ぶために、昔からの同志を切ったのだ。 〈監獄で民族派の野村秋介と過激派の荒岱介が同じ土俵に。刑務所最大の祭典・運動会で協力し勝利…。獄中での心の旅路を描く〉 ②野村秋介さんとの感動的な交流。 『監獄ロック ロウソクの焔を見よ』 ③よど号の田宮さんが会わせてくれた。 木村氏は、田宮高麿さんの「お別れ会」(1996年)で初めて荒さんと会ったのだ。この時、木村氏を荒さんに紹介した。そうだ。その後、「よど号」グループの田中義三さんにも荒さんを私が紹介した。「紹介した」というのは変だな。2人は前からの知り合いだから。 そうだ。懲役12年の判決が出たばかりだったんだ。「これから12年だよ。キツイよ」と田中さんは、つい漏らしていた。運動の先輩として、普通なら、「でも頑張ってくれよ。体に気を付けてな」とでも言うだろう。ところが荒さん。 ところが、田中さんは、刑務所で亡くなった。荒さんも亡くなった。「アッという間だ」と言ってたのに、なんだよ。と荒さんに文句を言いたい気分だ。 荒さんの訃報は、産経新聞(5月4日付)に載っていた。他にも載っていたと思うが、産経では、こう出ていた。 荒岱介氏(あら・たいすけ=元共産主義者同盟議長)3日、前立腺がんのため死去。65歳。 荒さんの著書には、野村さんとの交流を書いた『監獄ロック ロウソクの焔を見よ』(彩流社)。それに、『破天荒伝=ある叛逆世代の遍歴』(太田出版)。そして、『新左翼とは何だったのか』(幻冬舎新書)などがある。今でも手に入る。又、私との対談が収められている『左翼はどこへ行ったのか』は、今、宝島文庫に入って出ている。 ④連合赤軍よりもソ連崩壊の方がショック…。 〈もちろん、新左翼はソ連のスターリン主義を厳しく批判してたけど、それでも現実の共産主義国家の存在は大きかったんですよ。スターリン主義は間違っているが、国として共産主義が成立しているかどうかは大きい。まず国として成立しているから、それのよしあしは別にして、議論の前提となるわけです。国がなくなると、語ることがなくなってしまう〉 〈たとえば鈴木邦男さんが実在するから、右翼運動を評価する…という人がいたとしても、鈴木さんが完全に思想転向して違う場所に行ってしまったら、支持者は何も語れなくなる。それと同じですよ。ソ連と東ヨーロッパがことごとく崩壊していったのは大きかった〉 ウーン、分かりやすいとたえのようだけど。「私の崩壊」によって何が生まれたか。どうなんでしょう。 ⑤ロープシンの話で意気投合! 休み時間の時、落ち着きを取り戻した野村さんは、影山さんの自決について話す。「本当の右翼は、あんたが思ってるようなものではない。民族を愛し、山や川を愛す。街宣車を乗り回して企業から金を取る。そんなんじゃないんだ」と言う。荒さんは本の中で言う。 野村さんは、工場雑役からボールペンを借りてきて、その節を書き留めた。それは、こういう言葉だ。 「秋の夜が落ちて、星が光りはじめたなら、わたしは最後の言葉を言おう。わたしの拳銃はわたしとともにあると」 そして、野村さんは1993年10月20日、朝日新聞社で自決する。その話を聞き、荒さんは、府中でのロープシンの談義を思い出したのだろう。その荒さんも、5月3日、亡くなってしまった。 http://kunyon.com/shucho/110509.html --- 鈴木邦男をぶっとばせ! ----- 11月17日、『愛国と憂国と売国』が出ます!
http://kunyon.com/shucho/110509.html
元・戦旗派代表の荒岱介(あら・たいすけ)さんが亡くなった。5月3日(火)のことだ。体調を崩している、とは聞いていたが、危篤だとは思わなかった。65歳だった。若かったのに。何とも残念だ。
僕は大学時代から知っている。同じ早稲田だし、荒さんはブント(社学同)を率いて、雄々しく闘っていた。僕は右翼学生で、いつも激突していた。圧倒的に彼らの方が強い。数も多いし、社学同は体のデカイ、武闘派が多かった。
だから、激突しても、こちらはいつも撃破されていた。荒さん自身も、180センチ以上あるし、武闘派だ。そして論客だった。なんせ、早稲田では、「組織された暴力を!」と叫んでいた。学生・人民の暴力は全面的に認め、それを組織化して、権力抵抗しよう。そして、革命を!というのだ。「組織暴力」といったら、暴力団・ヤクザと誤解される。でも、荒さんは、「勝手に誤解しろ!」と思ってたんだろう。自分たちだって、革命的暴力団だ、と思っていたのだろう。
その時は、荒さんとは、「久しぶりです」と挨拶しただけだった。昔の敵とバッタリ会って、何か、気まずいというか、ぎこちない感じだった。この時、木村三浩氏も紹介した。
さらに、荒さんとは、別冊宝島の『左翼はどこへ行ったのか』で対談している。08年に。それは今でも手に入る。私にとってもいい記念になった。
又、荒さんは、野村秋介さんとも会っている。それも府中刑務所で。そのことを、『監獄ロック ロウソクの焔を見よ』(彩流社・08年)で、詳しく書いている。この本を本棚から探して、手に取ってみた。アレッ、本の帯にも、書いてるよ。野村さんのことが…。「過激派の“祭り”の記録」として…。
これは貴重な〈獄中文学〉だ。獄中文学といえば、『天皇ごっこ』の見沢知廉氏を思い出す人も多いだろう。獄中で、連合赤軍の幹部や、金属バットの一柳氏や、いろんな人たちと会い、その交流が書かれている。
「運動会」では、一柳氏も連赤幹部も皆、一所懸命に頑張る。『囚人狂時代』『獄の息子は発狂寸前』などに、実に生き生きと、面白く描写されている。
実は、見沢氏は、一水会に来る前は、戦旗派にいた。荒さんの下で闘っていた。設楽秀行氏も戦旗派にいた。又、ロフトでよく会うが、早見慶子さんや、深笛義也さんも戦旗派にいた。多くの人材を産みだしているんですよ。戦旗派は。
かつて戦旗派といえば、成田闘争で名を上げ、又、皇居に火炎弾を発射し、全国の右翼の車が殺到した。あの頃は、私らも「許せない!」と思い、抗議に行った。ともかく、新左翼の中でも、最過激派だった。ところが、ある日、過激派をやめて、「市民運動」に変身する。そして、右翼も、サブカルも呼んで、シンポジウムをやる。荒さんは、どんどん本を書き、ロフトでもトークをやる。
「鈴木さんや一水会の動きに刺激されたんですよ」と荒さんは言ってくれたが、そんなことはない。向こうは圧倒的に多いのだし。なんせ、仲間から市会議員も出している。
集会は、社会文化会館などでやっていたが、いつも満員だった。本人たちは皆、素顔で、堂々と市民運動をやっている。ところが、公安はいつまでも、「過激派扱い」だ。
100人以上も公安が張り付いて、写真を撮っている。それに公安はサングラス、マスク、フード付きジャンパーで、顔を隠している。こいつらの方がずっと「過激派」だ。胡散臭い。そのくせ、「何で右翼の鈴木が来るんだ」と言って写真を撮りまくっている。「この野郎!」と思い、こっちが襲撃しそうになった。
荒さんが亡くなったのは、木村三浩氏から聞いた。5月2日(月)の夜だった。『情況』の人から木村氏は聞いたという。「爽やかな人でしたね、スケールの大きな人でした。ロフトで何度か、一緒にトークさせてもらいました」と言う。「残念です」と言う。
田中さんは、タイで裁判を受け、その後、日本に帰国して、「よど号」事件の裁判を受けた。その時、私は、「弁護側証人」として、田中さんを弁護する証言をした。面会にも何度も行った。
その時、「昔の仲間が来てくれない」と言っていた。「荒さんに会いたい」と言うので、連絡をつけて、小菅に一緒に行った。2人は実に楽しそうに話をしていた。
同じ運動をしていた仲間だ。羨ましくなった。革命の話だけではない。「あの時の彼女は、どうした?かわいかったな」といった話もする。隣にいて笑ってしまった。
「何言ってんだよ。12年なんて、アッという間だよ」。
これには驚いた。田中さんも呆気にとられて、「人のことだと思って、簡単に言うなよ」と。そして2人で爆笑。いいですね、同志愛ですよ。
昭和40年に早稲田大に入学。共産主義者同盟(ブント)の学生組織・社会主義学生同盟に参加、学生運動の活動家に。社会主義学生同盟委員長にも選ばれ、40年代の三里塚闘争や東大安田講堂占拠では、警察当局から取り締まりを受けた。日向翔などの名前で知られ、執筆活動も行った。著書に「マルクス・残された可能性」など。
この対談は、08年に宝島社で行った。「ここの社長も昔、早稲田で学生運動をやってたんだよな」と2人で話し合いました。あれだけ盛んだった新左翼が、なぜ、衰退したのか。そのことについてトコトン話し合った。
連合赤軍が左翼崩壊の原因だと私は思ったが、「いや、それよりも内ゲバだ」と荒さんは言う。党派間の内ゲバに巻き込まれ、さんざん苦労してきた。だからこそ言えることだろう。
又、「ソ連崩壊」も大きかったという。「反帝反スタ(=反帝国主義・反スターリン主義)」なんだから、ソ連が崩壊しても気にならなかったと思ったが、違ったのだ。
「反スタ」を言ってたんだから、ソ連が崩壊したら、「ほら見ろ。俺たちが言ってたことが正しかった」と、喜んだと思った。しかし、違うんだね。荒さんはこう言う。
ウーン、そういうものか。と、私は聞きました。さらに、こんなことを言う。
そうだ。野村さんの話だ。府中刑務所だ。同じ工場にいたんだ。ヤクザとか、いろいろ、荒っぽい人がいる。理屈は通じない。そんな人たちに荒さんがからまれた時、よく野村さんが助けてくれたそうだ。ちょっとした言葉の行き違いから、突っかかってくる人がいる。
「お前、何様のつもりでいやがる」とヤクザにからまれ、野村さんが仲介してくれた。というケースがよくあったという。ここでは皆、「違う次元」で考えてるんだ、と野村さんは荒さんに教えたという。
大東塾の影山正治さんが亡くなったことを聞き、野村さんは興奮して荒さんに説明したそうだ。荒さんは影山さんのことは知らない。でも、野村さんにしたら、そうした思想的なことを話せるのは荒さんしかいない。他の人では「次元」が違うし、〈言葉〉が通じないのだ。
〈野村はいつになく雄弁だった。
「大川周明、北一輝、彼等のことは私よりあんたのほうがよく知っているだろう」
私は黙って聞いていた。ヤクザ右翼と本当の右翼を混同するな。それが彼の言いたいことだった。しかし、だからといって超えられない一線が私達にはあった。
この後、一言天皇といってくれなんて、三島のセリフでも言うのだろうか〉
東大全共闘と激論した時、三島は、「君達が一言、天皇陛下と言ってくれたら共闘できるのに」と言った。そのことを荒さんは言っている。
しかし、野村さんはそんなことは言わない。ロシア革命前夜のテロリストの話をする。2人はここで意気投合した。ロープシンの『蒼ざめた馬』の話が出る。2人とも好きだ。荒さんは、そらんじていた一節を口にする。
〈彼は書き留めた一節を、何度も口にしていた。
「私の拳銃は私と共にある。そうなんだ!」
何か深いところでの野村の決意が、私に伝わってきた〉
原発への告別
マスコミへの告別
司法への告別
11月6日(日)15時~経済産業省前 原発・マスコミ・司法への告別式にご参加ください
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風立ちぬ
堀辰雄
それらの夏の日々、一面に薄(すすき)の生い茂った草原の中で、お前が立ったまま熱心に絵を描いていると、私はいつもその傍らの一本の白樺の木蔭に身を横たえていたものだった。そうして夕方になって、お前が仕事をすませて私のそばに来ると、それからしばらく私達は肩に手をかけ合ったまま、遥か彼方の、縁だけ茜色(あかねいろ)を帯びた入道雲のむくむくした塊りに覆われている地平線の方を眺めやっていたものだった。ようやく暮れようとしかけているその地平線から、反対に何物かが生れて来つつあるかのように……
そんな日の或る午後、(それはもう秋近い日だった)私達はお前の描きかけの絵を画架に立てかけたまま、その白樺の木蔭に寝そべって果物を齧(か)じっていた。砂のような雲が空をさらさらと流れていた。そのとき不意に、何処からともなく風が立った。私達の頭の上では、木の葉の間からちらっと覗いている藍色(あいいろ)が伸びたり縮んだりした。それと殆んど同時に、草むらの中に何かがばったりと倒れる物音を私達は耳にした。それは私達がそこに置きっぱなしにしてあった絵が、画架と共に、倒れた音らしかった。すぐ立ち上って行こうとするお前を、私は、いまの一瞬の何物をも失うまいとするかのように無理に引き留めて、私のそばから離さないでいた。お前は私のするがままにさせていた。
風立ちぬ、いざ生きめやも。
http://www.aozora.gr.jp/cards/001030/files/4803_14204.html
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「邪馬台国」以来、日本は「礼節」「あいさつ」「儀式」の国であります。
日本の基底には古代道教があります。日本とは儀式の国であります。
告別式とは生き残った人間が、おのれの心に決着をつけるための
別れの宣告という儀式であります。
今こそ、わたしたちは、原発とマスコミと司法に対して
心の底から「決別」の宣告をいたしましょう。これが儀式であります。
すべての準備をいたしました。
11月6日(日)15時~経済産業省前 原発・マスコミ・司法への告別式にご参加ください。
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http://www.aozora.gr.jp/cards/001030/files/4803_14204.html
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「邪馬台国」以来、日本は「礼節」「あいさつ」「儀式」の国であります。
日本の基底には古代道教があります。日本とは儀式の国であります。
告別式とは生き残った人間が、おのれの心に決着をつけるための
別れの宣告という儀式であります。
今こそ、わたしたちは、原発とマスコミと司法に対して
心の底から「決別」の宣告をいたしましょう。これが儀式であります。
すべての準備をいたしました。
11月6日(日)15時~経済産業省前 原発・マスコミ・司法への告別式にご参加ください。
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戦旗・共産同の元議長が死去 荒岱介氏
成田空港の建設反対運動などを展開した戦旗・共産同の元議長荒岱介氏が3日午後8時15分、前立腺がんのため、さいたま市の自宅で死去した。65歳。千葉県出身。葬儀・告別式は9日午前11時からさいたま市浦和区本太1の42の2、延命寺会館で。喪主は妻久江さん。
戦旗・共産同は、60年安保闘争の中核だった共産主義者同盟(ブント)の分派の一つ。成田闘争では他派とともに激しい反対運動を繰り広げた。
荒氏は早稲田大在学中にブントに参加し、戦旗・共産同のリーダーとして活動。最近は出版社の社長を務めていた。
2011/05/04 22:59 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201105/CN2011050401000853.html
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荒岱介氏がすでに死亡していたことを教えられたのは
10月23日のに日曜日、霞ヶ関経済産業省前、反原発テント村で闘争している方からであった。偲ぶ会には反原発テント村から何人か参加したという話。
それを聞き、わたしは愕然とした。
荒岱介氏は、まだ、元気に活動していると思っていたからである。
荒岱介氏は前立腺がんのため5月3日に亡くなった。
誰もわたしには知らせてはくれなかった。
孤独の荒野には乾いた風が唸りをあげている。
7月17日の日曜日、わたしは、おーるさんが生まれ育ち働き生活していた、いわき市での反原発集会デモに参加した。そのとき登山姿の荒岱介氏がひとりデモ最後尾を歩いていたことを発見していた。その人は、いつのまにか消えていた。あれは荒岱介氏の幽霊であったのだろうか? それとも似た人だったのだろうか?
今のわたしには理解不能である。
荒岱介氏とは1980年代日本革命運動の政治組織思想者であると思う。
「高校卒業の大いなる労働者革命者」という人材を生み出してきた。
「高校卒業の労働者革命者」でありながら論文も書ける人材を輩出してきた。
荒岱介氏とは荒正人氏の系譜でもある。
荒正人氏は敗戦後、「近代文学」誌創設に参加し、敗戦後主体性論争はこの「近代文学」誌から現出したのである。「死霊」の埴谷雄高も参加していた。
荒岱介氏が愛した作家とはロシア文学のドストエスキーである。
荒岱介氏は70年代後半「人民の戦旗をかかげて」で、革命運動組織内の規範を提起した。
1982年に出版、獄中で書いた「武装せる蒼生(そうせい)」においては、アジア革命運動を総括し、「武徳の思想」を提起した。1980年代日本革命運動の展望を提示した。
荒岱介氏の文章がもっとも輝き「試練としての苦行」として、人の魂に響いたのは1980年代の政治組織思想の論文であったと、わたしは思っている。
「北西風に耐える革命主体のガイスト」は1983年に書かれた論文だが、荒正人氏が参加し「近代文学」誌から現出した敗戦後主体性論争の帰結であったと、わたしは思う。
荒岱介は名前のように山岳を踏破する登山人でもあった。
政治組織思想とはリアリズムとの一寸における人間の闘争である。
ゆえに「政治とはつねに一寸先は暗黒」の落とし穴が待っている。
政治とは究極のリアリズム検証がなければ冬の山岳登山のように遭難してしまう。
武装とはおのれをどこまでも問い詰め検証していくリアリズムとの自己闘争である。
ゆえに政治とは「一寸」なのだ。一寸とは「3.03 cm」である。
政治とは3センチの方向めぐる身体感覚なのだ。
そして武装の基本とは3センチという間合いの防衛である。
この3センチの方向を誤れば、政治者は暗黒という落とし穴に陥没していく。
落とし穴はいたるところに用意されている。
これが古代以来の政治社会であり、人間とは政治的社会動物でもある。
一匹の動物なのだ。
65歳で亡くなった、
元戦旗・共産主義同盟議長荒岱介氏を追悼し哀悼する。
荒岱介氏よ「2012過度期世界の革命」がやってくる。
わたしの現在の思想とは
「非暴力主義による協働的世界形成」である。
長文を書けるように鍛えてくれた1980年代の荒岳介氏に感謝する。
荒岱介氏よ「日本の血は立ったまま眠っている」寺山修司。
ぜひともあの世で、寺山修司と対話してほしい。
荒岱介氏よ、寺山修司と、青森恐山で唸り風をあげてくれ。
厳しいが、わたしは荒岱介氏の死を、70年代日本革命運動における、革命的共産主義者同盟本多延嘉氏、革命的労働者協会中原一氏の系譜としてはみてはいない。
荒岱介氏は小説風「破天荒伝」を1990年代に書いて出版したが、それは文学ではなかった。
自慢話であった。
小説という文学とは、どこまでも人間をえぐり、人間の暗黒と地獄心理まで描く行為である。寺山修司演劇「観客席」でもある。舞台も観客も盲目となるのだ。
中国古代史における民衆の定義とは、目をつぶされた民である。
ゆえに、荒岱介氏はあの世で、寺山修司と対話する必要がある。
荒岱介氏よ、「2012過度期世界の革命」だ。
「日本の血は立ったままで眠っている」寺山修司。
前衛の定義とは脱皮する間であり蛇人間である。
牧歌の孤独な荒野、乾いた風が恐山に唸りをあげている。
ひとつ、つんでは父のため
ひとつ、つんでは母のため
それを鬼がつき崩す
荒岱介氏よ、恐山賛歌をあの世で聞くのだ。
TPPを断固拒否するデモ
TPP加入を絶対的に拒否する国民デモの開催情報です。
http://tpp-negative.seesaa.net/article/229457085.html
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TPPは農業問題じゃないヨ!
放射能のように、日本人すべての上に降りかかってくる大問題!
原発よりも危険かも!!
だって、日本がTPPに加盟したら…
〇国民皆保険制度がなくなってしまうかも。盲腸の手術だけで500万円、それが
払 えない貧乏人は死ぬような社会がやって来る!?
〇日本の食料自給率は39%から13%に下がる。近いうちに必ず世界的な食料危機
が起こるから、突然食料輸入が途絶えて餓死者が出るようなことになるかも。
〇遺伝子組換え食品が蔓延し、そうでない食品を選ぶ自由すら奪われちゃう。
〇牛肉の月齢制限や添加物など食の安全基準が緩くなって、健康への悪影響が心配。
〇と、いうことはだ……もしも仮に、脱原発運動の成果として、日本で国民投票が どうか、このホームページをよく読んで。
〇低賃金労働者が外国から入ってくるから、日本人の給料はますます下がる。職を
奪 われて失業も増えるよ。そのうち外国まで出稼ぎに行かなきゃならなくなるかも。
〇デフレがますます加速するよ。今まで日本国内で回っていたお金がどんどん海外
へ 流出しちゃうよ。景気はますます悪くなり、日本はどんどん貧しくなるよ。
〇そして何よりも問題なこと……国民を守るために、国民の代表が決めた法律や制
度 が、アメリカ企業の都合によって、いくらでも変更してしまえるようになる。
国民 の主権が奪われちゃうよ。民主主義の崩壊だよ。
行 われ「日本はすべての原発を廃炉にし、永遠に原発の新設はしない」と決めたと
しよう。でも、もしも日本の原発で儲けてるアメリカの企業が「そんな取り決めは
けしからん! わが社の利益に反するじゃないか!」と言ってきたら、そちらの言
い分の方が優先されてしまう(もしくは巨額の賠償金を支払わされる)ということ。
つまり、どんなにがんばって市民運動をしたって、あるいは政治家がまともな政治
をしようとしたって、なんの意味もなくなってしまうということだ。。
えぇ~、なんでなんで!? そんなのあり得ない! と思ったキミ。
TPPに加盟したらもう日本は終わり、ってことを、一刻も早く理解してほしい。
http://luna-organic.org/tpp/tpp.html
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10月16日(日)マスゴミ新聞の朝刊は「TPPに参加しなくては日本は遅れてしまう」の
嘘キャンペーン一色だ。
NHK朝9時からの政治討論会では、陰謀で経済産業省大臣になった原発ペテン師枝野の詐欺師話法の
大展開。さすがは原発ペテン師枝野は悪徳弁護士で国民をだます弁が立つ。
悪徳弁護士枝野は悪徳弁護士仙谷と同様に、アメリカTPPの代理人である。
NHK朝9時からの政治討論会、悪徳弁護士ならびに原発ペテン師枝野の詭弁大展開が終わると
今度は立ち腐れた御用学者どもの登場だ。さすがはNHKだ。
TPPだましの地平こそ10月16日のマスゴミTPP参加キャンペーンだった。
勇気と尊厳をもった人々は、TPP断固拒否国民デモに参加し、新宿でデモを貫徹した。
TPPを拒否する大きな日本国民運動の一歩が東京新宿で刻印された。
マスゴミ報道のすべてを疑え、疑問から現実への一歩は出発する。
たたかいはこれからだ。行動の時がきている。
そして街頭は全世界へと接続している。
世界の人々を感動させるTPP断固拒否のデモを日本各地で実現しよう!
平成23年10月16日(日)
TPP参加に反対するデモを実施いたします。
日時:平成23年10月16日(日)集合 14:30 出発 15:00
場所:集合場所:柏木公園
(東京都新宿区西新宿7-14 JR新宿駅西口・東口より徒歩5~8分、 西武新宿駅より徒歩5分)
地図(http://chizuz.com/map/map95457.html)
印刷用地図(http://chizuz.com/map/print/print.php?id=95457)
デモコース)柏木公園出発~新都心歩道橋~甲州街道(新宿駅南口前)~明治通り~職安通り~大久保公園に終着・解散 約70分
ルートマップ http://g.co/maps/aeb7c
主義信条、支持政党、人種国籍を問いません。
ただひたすらTPPに反対するデモです。
追加情報をこちらウェブページに更新して参ります。
よろしくお願いいたします。
※ 団体にてご参加希望の方は、必須ではありませんが、ご一報いただければ助かります。
10・16新宿 TPP反対国民デモ
実行責任者 小吹 伸一
Mail: kobukidesu@livedoor.com
℡ :070-5552-8284
<script type="text/javascript"></script>
<script src="http://blog.seesaa.jp/js/bookmark.js" type="text/javascript"></script>
TPP断固反対デモ
TPP加入に絶対的に反対する国民デモの開催情報です。
http://tpp-negative.seesaa.net/
自民党の石原幹事長は、「小沢は議員辞職しろ!さもなくば、証人喚問に応じろ!」と吼えているが、
その石原には、4000万円迂回献金疑惑など疑惑は山ほどある。
汚職・脱税企業の役員続々…石原伸晃議員に献金した人々
自民党の石原幹事長の腐敗した素顔
■石原氏に献金続々 贈賄・脱税・指名停止企業役員… 政治資金収支報告
自民党総裁選に立候補している石原伸晃元政調会長の資金管理団体「石原伸晃の会」(東京)が、
贈賄側とされるゼネコンや、指名停止処分を受けた建設会社、脱税したシステム開発会社の役員ら3人から、
少なくとも計135万円の寄付を受けていたことが12日、総務省が公開した政治資金収支報告書で分かった。
政治資金収支報告書などによると、同会は平成16年から19年にかけ、
中堅ゼネコン「前田建設工業」(東京)の元名誉会長、前田又兵衛氏から、計20万円の寄付を受けていた。
同社は福島県発注のダム工事をめぐる汚職事件で前知事の佐藤栄佐久被告(69)らへの贈賄側とされる。
前田氏は18年11月、一連の不祥事を受けて引責辞任した。
また、18~19年には、秋田県内の建設会社の社長から、計100万円の寄付を受けた。
同社は16~18年、資産を水増しした財務諸表を国の登録機関に提出し、
公共工事の入札資格審査申請をした建設業法違反で、国交省東北地方整備局から今年1月、5カ月の指名停止処分を受けていた。
17~19年には、東京都内のシステム開発会社役員の男性から、計15万円の献金を受けていた。
男性は18年3月、同社が法人税約7000万円を脱税したとして、懲役10月(執行猶予3年)の有罪判決を東京地裁で受け、確定している。
産経新聞は12日、石原氏の事務所に取材を申し込んだが、回答が得られなかった。
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080913/stt0809130130000-n1.htm
【疑惑の献金】自民党の安倍議員、塩崎議員、石原議員、根本議員
★日歯連側が自民4氏に資金提供 同時期に陳情橋渡し依頼
http://www.asahi.com/national/update/0219/003.html
(前略)日本歯科医師会は政治団体の日歯連を通じて自民党を中心に3年間(00~02年)で総額22億円にのぼる巨額の献金をバラまいていた。
東京地検特捜部は吉田幸弘・前自民党代議士へのヤミ献金事件を突破口に、
そのカネがどんな目的で配られたかという政界工作の全容解明を進めている。
その矢先に、日歯連から安倍氏や石原伸晃・国土交通相ら自民党の≪将来の総理・総裁候補≫とみられている若手議員たちへの献金問題が浮上した。
安倍、石原両氏と塩崎恭久・政調副会長、根本匠・元厚生政務次官の4人はそれぞれの頭文字をとって『NAIS』という政策グループを結成している。(中略)
日歯連とその関連団体から4人への献金額(00~02年)は、判明しているだけでも、
■根本氏 724万円
■塩崎氏 524万円
■石原氏 380万円
■安倍氏 100万円
――にのぼっている。
安倍氏にはその前年の99年にも日歯連から100万円の献金があった。
日歯はNAISに協力を求めた。
00年8月、日歯幹部が議員会館で安倍氏ら4人と会談し、法改正を働きかけたことがわかっている。
それから1年後、日歯は悲願を達成した。(中略)
日本大学法学部の板倉宏教授(刑法)が指摘する。
「複数の政治家が日歯連幹部から法改正の請託を受け、
それらの政治家が職務権限のある厚労省の役人に働きかけをして実現させると同時に、
政治家には日歯連からの献金が増えた。
そういう経緯があれば斡旋収賄にあたる可能性も出てくる。…」
これを収賄疑惑といわずに何というのか。(後略)
http://www.weeklypost.com/jp/040319jp/edit/edit_2.html
■自民・石原伸晃衆院議員(自民改革本部長)/事務所費二重計上の疑惑/2000万円はどこに消えた!?
石原議員に事務所費の“二重計上”疑惑が浮上しました。
石原議員の政治団体はおもに二つ。資金管理団体「石原伸晃の会」と、石原氏が代表の「自由民主党東京都第八選挙区支部」です。
03年から05年の政治資金収支報告書などによれば、2団体は東京・杉並区のビルの1階に同居しています。
選挙のない04年でみると、党支部と「石原伸晃の会」の両方で事務所費を計上し、合計約2647万円。
しかし、両団体が使用している1階フロア(約77平方㍍)の家賃は、「第八選挙区支部」が払っていました。
同支部が政党助成金の使途について報告した「政党交付金使途等報告書」には、家賃支出として年間約377万円の記載が。
これは年間360万―420万円(不動産業者)という家賃相場と一致します。
ほかに駐車場代や電話料金も加えた約637万円が事務所費として報告されています。
つまり「石原伸晃の会」は党支部がすでに家賃などを負担した事務所に、さらに約1506万円もの事務所費を計上しているのです。
家賃ゼロの議員会館に事務所をおき、巨額事務所費を計上したのと同じ構図です。
2団体の事務所費で内訳が判明しているのは約24%で、約2千万円が不明です。
政党支部には国民の税金である政党助成金が流れており、政治資金の透明化がいっそう求められます。
編集部は石原事務所に、事務所費について問い合わせをしましたが、「回答は差し控える」という答えしか返ってきませんでした。
http://www.jcp.or.jp/akahata/html/menu20/index_0.jpg
★石原政調会長の自民党支部、会場料10倍に記載
自民党の石原政調会長が代表を務める「自民党東京都第8選挙区支部」が2003年分の政治資金収支報告書に、
講演会場の使用料を誤って10倍の金額で記載していたことが分かった。
添付した領収書の金額は6万8000円だったのに報告書には68万円と記載しており、
読売新聞の指摘を受けて31日、東京都選挙管理委員会に収支報告書の訂正を届け出た。
差額は翌年への繰越金の額に上乗せして訂正しており、06年までの4年間、
毎年、繰越金の額を間違って記入するという、ずさんな処理が浮き彫りになった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070901-00000201-yom-soci
★自民総裁選候補「政治とカネ」(4)
★高級料亭ざんまい・疑惑の献金…
福田首相が政権を投げ出して、実施される自民党総裁選。立候補者の「カネ」の問題をみてみると―。
■石原元政調会長 <4000万円迂回献金醜聞>
国土交通相時代、迂回(うかい)献金疑惑が国会で取り上げられたのは、石原伸晃元政調会長です。
〇〇年七月から〇二年五月までの間に、「日本歯科医師連盟」(日歯連)から
自民党の政治資金団体「国民政治協会」に一千万円ずつ四回、計四千万円が流れ、
その直後に自民党本部を経由して、石原氏が支部長の「自民党東京都第八選挙区支部」に渡っていたというもの。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-09-11/2008091115_02_0.html
■石原銀行 自民党・石原伸晃議員の元秘書が口利き
問題となっている石原銀行の口利き融資に、石原都知事の長男、
石原伸晃・元自民党政調会長の元私設秘書(31)がかかわっていたことが分かった。
その上、この元私設秘書は、決算書類が改ざんされていることを知りながら、
自民党都議に融資の口利きを依頼していた。18日の読売新聞が報じた。
都内の不動産管理会社が、2006年春ごろ、仲介ビジネスを行っていたブローカーを通じ、
新銀行東京から500万円の融資を受けた。
その際、元秘書は、知人の紹介で知り合ったというブローカーから、
都内のレストランで2回の接待(2万円)を受け、新銀行への融資の口利きを依頼された。
ブローカーからは、決算書類は「改ざんしているから大丈夫」と伝えられたという。
元秘書は、この不動産管理会社を含む3社について、ブローカーの仲介を引き受け、都議を通じ新銀行への口利きを依頼した。
http://news.livedoor.com/article/detail/3866909/
石原伸晃がハマる「豪華ヨット」と「信仰宗教」
石原伸晃、自民党、山口市「新生佛教教団」、秋本日釈/ 週刊現代(2008/09/27)/頁:155
陰謀と裏切りの総裁選/「親子で森喜朗をヨイショ」石原伸晃と親バカ慎太郎
自民党総裁選、石原伸晃元政調会長、東京都知事・石原慎太郎/ 週刊新潮(2008/09/18)/頁:27
まさに、自民党の石原幹事長は疑惑のデパート