加藤敏春ブログ:21世紀の経済評論を語る!

2000年度東洋経済・高橋亀吉最優秀賞等を受賞。地域通貨「エコマネー」提唱者。

「愛・地球博」のテーマ「自然の叡智」の真の意味を考える(その4):知力、創造力の向上

2005-08-29 00:40:14 | Weblog
 アマーティア・センがいうように、今後の経済は「利得のゲーム」から「共感(シンパシー)と使命感(コミットメント)のゲーム」へと向かいます。「カネ」から「チエとバ」へのパラダイム転換です。そこではウサギの瞬発力ではなく、カメのスローイズムが創造性の開花、文化の生成・発展に結びつきます。
 21世紀においてわれわれがまず必要とするのはイノベーションを起こす「知力」ですが、そのためには「創造力」の担い手が必要です。そのために最も重要なことは、「移動型知識」から「埋め込み型知識」へという流れが起こることを適確につかむことです。マニュアルなどで移動の容易な「移動型知識」の多くは、製品や図面のなかにパッケージ化されるか、数式やデータなどで明確に表わすことができるため、ネットワークのなかを簡単に移動することができるようになります。そのとき貴重になるのは「埋め込み型知識」であり、これが21世紀の企業価値を決めるといっても過言ではありません。

 ところで、「埋め込み型知識」の移動は企業の枠を超えて起こりますが、その移動はつねに人間を介して行われます。したがって、ネットワーク上で「移動型知識」を瞬時にやり取りするのと異なり、つねに時間と距離の制約が伴うものです。また、「埋め込み型知識」の移動は企業の立地特性に大きく影響されます。時間と距離の制約の下で「埋め込み型知識」の移動をスムーズに行うためには、企業がクラスター(房)状に高密度に立地していることが必要になります。
とすると、こうした「埋め込み型知識」の問題は、世界のハイテクのメッカともいうべきシリコンバレーではどのように扱われているのでしょうか。
 まず産業クラスターを有効に機能させる上での必須の要素は、柔軟な分業システムの下でメンバーの組み合わせが需要条件に応じてダイナミックに切り替わっていくことです。さらに、メンバー間の調整にかかる取引コストが上昇しないように、メンバー間で信頼関係が構築されていることが不可欠です。
 シリコンバレーの産業クラスターは、もちろん需要条件に応じて自在な組み合わせができますが、日本の産業クラスターとはっきり違う点があります。そこでは既存の企業間の組み合わせだけではなく、新規企業が次々と参入し、より自在な組み合わせができる環境になっています。どういうことかといえば、新しい企業が次々と誕生し、それを既存の取引先やメーカーに、ベンチャー・キャピタルがすべてつなぐという構造になっているのです。つまり、ベンチャー・キャピタリストたちがネットワーカーとして機能を果たしているわけです。
 シリコンバレーのベンチャー・キャピタリストは「ハンズ・オン」、東海岸のボストンのベンチャー・キャピタリストは「ハンズ・オフ」だという表現がなされます。東海岸の「ハンズ・オフ」は、リスクマネーを供給するものの、あれやこれや起業家の面倒は見ないということを意味しています。
 ところが、「ハンズ・オン」であるシリコンバレーのベンチャー・キャピタリストは、リスクマネーを供給するだけにとどまらず、ネットワーカーやカタリスト(触媒)としても機能します。シリコンバレーでは、新しい企業が次々と生まれるときに、技術や販路の開拓といったいろいろな結びつきをしたり、ビジネスのアイデアを融合させたりする必要があるわけですが、それをベンチャー・キャピタリストたちが「ハンズ・オン」で手伝うのです。これが、私が従来から指摘してきた「シリコンバレーモデル」なのです。
 そのようにしてシリコンバレーを眺めると、その仕組みが、地域全体を会社のような存在に仕立てているということができます。シリコンバレーのなかに、技術部門としてのベンチャー企業、金融部門としてのベンチャー・キャピタル、あるいは研究部門としてのスタンフォード大学、それをネットワーク化したり、触媒として機能したりする「知創部」のような事業部門などがあり、全体として組織であり、会社のようなものになっているわけです。しかも、そこではダイナミックな組み換えが行われ、かつ信頼関係も安定しており、伝統的な産業クラスターとは一味も二味も違っています。