加藤敏春ブログ:21世紀の経済評論を語る!

2000年度東洋経済・高橋亀吉最優秀賞等を受賞。地域通貨「エコマネー」提唱者。

総括ライブドア対フジテレビ(その5):マネーの意味も変質する②

2005-08-03 01:38:29 | Weblog
 おカネを貸すことを「信用を与える」と言います。「信用」とは英語やアフランス語で「Credit」ですが、この言葉の語源は、神を信ずるという意味です。それが次第にヒトに信用するという意味にも使われるようになり、最終的に、信用したヒトにおカネを貸すという意味に転化したのです。
 資本主義の第2、第3段階における金融は、モノないしカネに対して信用を与えると言うことで、本来の「Credit」ではありませんでした。しかし、第4段階における金融は、信用したヒトにお金を貸すと言う金融本来の姿が、再び前面に出てきたことを意味します。
 日本の金融システムは、バブル崩壊が残した大量の不良債権の重圧によって、つい最近まで資本主義の第4段階に対応した仕組みに脱却できないでいました。しかし、ようやくデフレの終焉と公的資金の注入に助けられて不良債権処理が一段落しつつあり、ようやくヒトを信用してお金を貸すと言う本来の意味での金融活動を開始しつつあります。
 この点に関して拙著『安心革命』(2003)は、以下のように述べています。
 「・・・このような地域金融への取り組みは、メガバンクにとっても課題です。というのは、2006年から実施される予定のBIS第3次規制では、与信額1億円未満の小口の中小企業向けローンについては、リスク分散効果を考慮して、同じ信用リスクの大口貸し出しに比べてリスクウェイトを25%軽減する措置がとられることになっているからです。2006年から実施予定といっても、銀行としては改定を織り込んで事前に与信管理をしていかなければなりません。
 また、不良債権問題がかたづいたと仮定しても、メガバンクの収益が改善するでしょうか。いますでに、大手の企業は資金調達を、銀行による間接金融に頼ってはいません。事業資金は、株式市場や債券市場で調達したほうがコストは安いということが常態化しました。したがって、メガバンクも従来の産業金融モデルを抜け出し、新しい銀行のビジネスモデルを構築することが必要になっています。
 ホールセールの世界では、「グローバル・トップ10」から「グローバル・トップ5」に銀行の選択と集約が起こっています。バンカース・トラストがドイツ銀行に買収され、J・P・モルガンもチェース・マンハッタンと合併し、世界でトップ5がしのぎを削っています。これは、ホールセールの競争ではすでに勝敗がついてしまったことを意味しています。国内メガバンクがどのように頑張ったところで、キャッチアップすることは事実上不可能な状況です。
 半面、いま世界的な金融再編でイニシアティブをとっているのはリテールであり、今後は、いかに個人との決済チャネルを持っていくかということに、重心が移ろうとしています。そうした金融の場では、ハイリスク・ハイリターンが期待されるというよりは、むしろローリスク・ローリターンで、相手の顔が見え互いに信頼できるという「関係性」をもつことが重要視されています。
 銀行の収益が構造的に低迷しているなかで見えてきた大きなトレンドは、「対顧客紐帯型貸し出し(customer relationship lending)」の再評価です。従来の貸し出しは、融資に当たって財務諸表や担保資産評価、企業格付けに依存する「取引型貸し出し(transaction-based lending)」でした。「取引型貸し出し」を続けていた金融機関は、その方式をとっているかぎりうまく融資を行えず、自分で自分の首を絞める結果に陥っていました。そこに気づきはじめた中小金融機関が、貸し出しの方式を大きく見直し、融資に成功するケースが目立ってきたのです。
 たとえば、多摩信用金庫のケースが典型として挙げられるでしょう。手堅い営業を続けてきた多摩信金は2000年1月、新理事長の下で方針の一大転換を行っています。
 まず、理事長の指示に基づいて、支店長が取引先の貸し出しと回収状況を洗い出したところ、融資による企業収益は取引先の格付けとは関係がないということをつきとめたのです。そこで2003年度には融資先を2年前の10倍以上に増やし、融資額を拡大、いっぽうで自己資本比率は、貸し倒れ引当金を積まなければならないために7・68%へと0・24%減少するという計画を立案。理事長は「信金が自己資本比率だけにこだわるのは恥ずかしいこと」であり、「地域への貢献度を高め、利益を上げることが大切」と狙いを話しています。
 同様の対応は、浜松信用金庫などでも起こっています。浜松信金では、本店に市場開拓班なる部門を設置して各支店を結び、融資先に中小企業診断士の資格を持つ職員を派遣し、きめ細かく業務をサポート。あわせて、支店長が融資先企業のトップを訪ねて経営の技術指導をするという念の入れようです。
 いずれも信用金庫という小さなユニットの例ですが、ここで行われつつある融資の形態こそ「対顧客紐帯型貸し出し」そのものなのです。このようなケースがいま、信用金庫から地方銀行、大手銀行・金融グループへと拡大しつつあります。
 金融機関がなぜ融資の失敗を繰り返しているのかといえば、十分な担保がないために融資ができず、融資残高が中長期的に低下して、収益を上げられない構造になっているからです。
 担保がないために融資ができないという構造を、経済学的に説明すると、「情報の非対称性」ということになります。たとえば、事業者が事業計画をつくって設備投資をしたいと申し込んできたときに、金融機関にはその事業がどのくらいの収益性を持つ事業なのか判断ができません。だからこそ担保を出してください、その担保に対して融資しましょう、という形になっていたのです。事業者が持っている情報と、金融機関が得られる情報が“非対象”であるため、担保がないかぎり融資をすることができない、という関係が続いていました。したがって、この「情報の非対称性」を解消する知恵を絞ればスムーズな融資ができるのではないか、という筋道が見えてきます。
 先の多摩信用金庫のケースでは、支店長クラスの職員が企業の現場を訪れ、事業者の持っている情報を徹底的に聞き出します。また、浜松信金のケースでは市場開拓班の中小企業診断士を派遣して、同様のことを行います。中小企業から融資の申し込みがあれば、設備投資後に生産される新製品のユーザーリストを入手、それをひとつひとつつぶしていくことで売り上げを弾き出し、投資回収の時期をはっきりさせ、融資を可能にするわけです。
 新しい設備を入れることによって、どのような製品を製造することが可能で、その潜在的な販売先は何社あり、具体的な企業名は……という情報は、事業者のトップおよび幹部にしかわからない機密です。融資を受ける際に、事業者がこのような情報を金融機関に開示することもこれまではありませんでした。これが経済学でいう「情報の非対称性」であり、この情報ギャップを埋めることができないかぎり適切な審査はできないことになります。情報の非対称性の解消は、金融の成立にたいへん重要な意味を持っているわけです。
 もっとも、事業者が金融機関に対して情報を開示するためには、事業者と金融機関との間で良好な「関係性」をつくっていかないとすすまないという問題はあります。お互いに「顔の見える関係」をつくり、信頼し合うことが欠かせないポイントになるでしょう。
 じつは昨年、ある雑誌の企画で竹中金融大臣と対談をしたときに、私はこの「対顧客紐帯型貸し出し」がこれからは重要になるとお話しした経緯があります。欧米流の投資銀行にしてもすでに収益力が落ちており、これから先の金融ビジネスモデルをつくるのであれば融資先のソフトの情報を重視する「対顧客紐帯型貸し出し」ではありませんか、と申し上げました。金融庁も、情報の非対称性を解消するための「リレーションシップバンキング」に関する研究会の報告を2003年3月にまとめています。こうした融資形態に対する期待は、今後より高まっていくと考えられます。
 もうひとつ、これからの金融で注目していくべきものは、「市場型直接金融」です。これは、ベンチャー・キャピタルやエンジェルなどが担っている直接金融の形態を指しています。ベンチャー・キャピタルやエンジェルは、単に金融を行うだけでなく、企業と企業とを仲介するネットワーカーやビジネスのアイデアを融合させるカタリスト(触媒)としての役割を果たします。
 市場型直接金融を行う側には、利潤以外の動機や情熱が必要です。ベンチャー・キャピタルやエンジェルは、じつは巨額のキャピタルゲインだけを求めているわけではない、という側面があるのです。シリコンバレーの例を仔細に調べると、新しい価値を創造するプロセスに積極的に参加しようとする意欲や情熱が随所に見られます。新しい価値を創造する、という点が、ベンチャー・キャピタルやエンジェルの投資行動のなかで大きな比重を占めているのです。
 また、「市場型直接金融」に対して「市場型間接金融」という形態も今後、重要になると考えられます。「市場型間接金融」というのは、ひとつの金融機関が家計(資金運用者)と企業(資金調達者)を直接つなぐのではなく、家計と資本市場をつなぐマネー投資信託と、企業と資本市場をつなぐ金融機関としてのファイナンス・カンパニーとが登場して、それぞれ機能分化し、家計の資金が間接的に資本市場で運用されたり、家計の資金が間接的に企業に回ったりする金融の姿です。
このうちファイナンス・カンパニーの典型はアメリカのGEキャピタルなどのノンバンクで、自ら資本市場から資金調達しながら、企業と資本市場をつなぐ金融仲介機能を果たしており、近年アメリカで急成長してきたものです。また、九章でふれますが、シリコンバレーでシリコンバレー・バンクが行っている融資はまさにその典型で、企業のニーズに応えながらきちんとした審査を行い、融資を行うというモデルです。日本でも同様の先行事例が出はじめています。
 あまり知られてはいませんが、2002年10月の「竹中プラン」のなかには、中小企業融資を行なう新規参入の促進がうたわれています。しかし、新規参入があれば問題が解決するというわけではありません。対顧客紐帯型貸し出し、リレーションシップバンキングの考え方に基づいた「市場型直製金融」や「市場型間接金融」の新しいビジネスモデルを構築するというのが、いま日本が直面している本当の課題だといえます・・・」。