加藤敏春ブログ:21世紀の経済評論を語る!

2000年度東洋経済・高橋亀吉最優秀賞等を受賞。地域通貨「エコマネー」提唱者。

「市民宗教」繁栄の礎:日本からアジアへ

2005-08-12 00:52:29 | Weblog
 「市民宗教」というのは、7月31日付読売新聞「地球を読む」の欄で劇作家の山崎正和氏が戦後60年の日本の繁栄の基礎として解明したコンセプトです。この言葉を一見するなり私は、その魅力にとり憑かれ、心底から賛同するとともに、それをアジアにも展開できるのではないかと考えるようになりました。
 山崎氏によると、第2次大戦後見た目の廃墟の中で、実は日本には大きな遺産が残されていたといいます。それは、すでに戦前の1930年代に、政治経済の近代化と市民社会の基礎が築かれていたからです。確かに30年代の終わりから軍国主義が台頭しますが、戦中でさえそれが国民の心を支配していなかったと、山崎氏は指摘しています。山崎氏は、宝塚歌劇団、プロ野球、谷崎潤一郎の耽美主義の小説などが生きながらえたことをその例示としてあげています。
 さらに国家神道についても、「国家神道は吹聴されたが、国民の心になじんでいたのはむしろ仏教に無常観に近いものであった。戦前からの数年間、日本人は思想的に奇妙な二重生活を送ったというのが実情だろう」といっています。
 山崎氏は以下のように続けます。
 「そしてこのことが日本の敗戦後の意向を滑らかなものにし、混乱を最小限に抑えて復興に向かわせる要因となった。にわか仕立ての軍国主義の衣を脱ぐと、国民は直ちに身についた市民感覚に帰れたからである」
 60年までの日本は30年代の延長であり、拡大でした。
 新しく女性の解放と農村の救済を加えれば、社会運営の思想もそのままで通用しました。勤勉、清潔、協調、向上心、核家族の愛といったモラルも、大宗教や大イデオロギーの指導なしに維持されました。自由か平等かといった大議論なしに、常識的な善意から福祉政策も充実されました。
 「日本人は『プロジェクトX』の時代を生きたわけですが、それを支えた精神は、暗黙の世俗的な道徳、常識的な規律、『市民宗教』(シビル・レリジョン)とも言うべきものであった」のです。
 その後日本人は経済摩擦を経験し、グローバリゼーションの波のもまれ、バブルとその後のデフレにも苦しまされることになりました。冷戦の脅威が過ぎ去ると、今度はテロの脅威に直面しています。
 「だがその間、国民の国家間、世界観に大きな同様がなく一貫して『市民宗教』を守り抜いたことは注目しよいだろう」

 山崎氏によると、戦後60年における日本人の思想的成熟は次の3つあるが、そのいずれもが「市民宗教」に根ざしているとのことです。
ー政教分離
 この近代国家の基本というべき点で日本は世界のどの先進国よりも先駆けている。アメリカ大統領選の争点には妊娠中絶や同性愛などの宗教問題となり、コーランへの冒涜があれほど中東の民を激怒させたのは日本人にとって意外。逆に、フランス政府が政教分離を叫ぶあまり学校でイスラムのスカーフを禁じたことは日本人の目には過度に神経質に映った。
 首相の屋数に神社参拝に関しても、争われているのは追悼すべき人間の名前であって、靖国神道の教義ではない。
ーナショナリズムの克服
 多くのサッカーの国際試合において、日本のサポーターの公平さは世界的な評価を受けてきた。竹島問題で韓国の攻撃を浴びているさなかにさえ「韓流ブーム」にかげりは見られなかった。中国の反日運動に対しても、日本の中では民衆のデモも中国人迫害も起こらなかった。
 このことは政治的無関心(アパシー)を意味しているのではない。若者の国際化は進み、NGOへの関心も高くなっている。むしろ若者の自然な感性が、もはや民族谷ではなく不変的な価値にそって動いていると見られる。そのことが、今日本の若者文化を力づけ、ポップアート、ポップ音楽、マンガ、ファッションを中心に、退去して国境を越えている。
ー英雄崇拝とポピュリズムの道がふさがれたこと
 もともと「市民宗教」は常識の体系であるから、社会は穏健な常識人に信頼を寄せがちになる。

 「大宗教も大イデオロギーもなく、1億人以上の国民が60年の安定を保ってきたことは奇跡に近い」。「いま日本人に必要なことは、『市民宗教』もまた宗教ダルこと、その暗黙の倫理の中には実は倫理が潜んでいること、したがって普遍化の可能性があることをこと、言葉にして語ることであろう。それは日本人の宗教を世界に布教するためだけではなく、日本人に自らがときに世界の無理解に耐えても、粘り強く生き抜くために必要なのである」と山崎氏は結んでいます。

 私は、この山崎氏の論考を読んで痛く感激しました。というのも、これは私が拙著『アジア・ネットワーク』(1997)で都市を拠点として「日本型市民起業家」の登場を予測し、それがアジアのパートナーと経済、環境、エネルギー、社会、文化などの各側面において、ネットワークを構築して「ハンザ同盟」のようなスキームを大胆に描いて見せたことと軌を一にするにする論考だったからです。
 『アジア・ネットワーク』は、次のように結んでいます。
 「20世紀最高の歴史家といわれるフェルナン・ブローデルは,文明の盛衰と交差のあり方を分析した古典『地中海』の中で、いみじくも『与えるものが支配する』と述べている。われわれが21世紀に向けて『新しい石田心学』を哲学として持った『日本型市民起業家』増を提示し、民度の高さと効率と公正をバランスさせたモデルを『アジア・アキュメノポリス』にまで拡大したとき、『新しい日本』がアジア太平洋に与え、そして与えられる日が訪れすに違いない。そしてそのとき、『この国のかたち』がアジア太平洋発として世界に発信させるだろう」