さてそのようなブルックヘブン主張に対して(MuLan Collaboration)は2010/12月に次の様な報告をしました。
「正のミューオン寿命の測定とフェルミ定数の百万分の1の精度での決定」
Measurement of the Positive Muon Lifetime and Determination of the Fermi
Constant to Part-per-Million Precision: https://arxiv.org/pdf/1010.0991.pdf :
概要を引用します。
『我々は、正のミューオンの寿命を100万分の1(ppm)の精度で測定しました。これはこれまでに測定された中で最も精密な粒子寿命です。この実験では、時間構造化された低エネルギーのミューオンビームとセグメンテッドなプラスチックシンチレーターアレイを使用して、2×10^12以上の崩壊を記録しました。2つの異なるストップターゲット構成が独立したデータ取得期間で使用されました。これらの結果を組み合わせると、τµ+ (MuLan) = 2196980.3(2.2) psという値が得られました。これは、これまでの実験の15倍以上の精度です。ミューオンの寿命は、フェルミ定数に対する最も精密な値を提供します: GF (MuLan) = 1.1663788(7) × 10^−5 GeV^−2(0.6 ppm)。また、これは、µ−pシングレット捕獲率を抽出するために使用されます。これは、プロトンの弱い誘導的疑似スカラー結合gPを決定します。』
このレポートの図2に今までとの測定と今回の測定値がプロットされています。
『図2. 寿命測定の要約。MuLan R06とR07の結果は一緒にプロットされており、一貫性を示しています。垂直の影付きの帯は、MuLanの加重平均を中心に配置され、結合された不確かさと同じ幅になっています。』
それを見ると2000年以降でブルックヘブン以外にも(MuLanコラボ)を含めて3つの測定が行われていた事が分かります。
それを前のページの表に追記します。
『VALUE(1.0*10^-6秒) DOCUMENT ID YEAR TECN CHARGE
2.1969803 ±0.0000022 MuLan 2010 MuLanコラボ +
2.197083 ± 0.000037 Barczyk 2008 ???? +
2.197013 ± 0.000025 Chitwood 2007 ???? +
2.197301 ± 0.0002 g-2 2006 BNL +
2.197078 ± 0.000073 BARDIN 1984 CNTR +
2.197025 ± 0.000155 BARDIN 1984 CNTR -
2.19695 ± 0.00006 GIOVANETTI 1984 CNTR +
2.19660 ±0.002 g-2 1977 セルン +
2.19711 ± 0.00008 BALANDIN 1974 CNTR +
2.1973 ± 0.0003 DUCLOS 1973 CNTR +
(但しセルン 1977、Chitwood 2007、Barczyk 2008の値は前述のBNLレポート図8.1及び上記レポート図2からの当方の目視読み取りによる値である事に留意されたい。以下、注1に続く)
さてこの表を見ればわかります様に
τµ(MuLan) = 2196980.3 ± 2.2 ps (1.0 ppm),
という(MuLan Collaboration)の測定値が現状の一番正しい値である、としてよさそうです。
それに対して蓄積リング内を光速に近い速度でμ粒子を回転させてミュー粒子の崩壊曲線を観測する、と言う方法で出した静止時のミュー粒子の寿命の推定値は精度があまり良くない、という事がわかります。
これはつまりは
①、蓄積リング内を光速に近い速度でμ粒子を回転させてミュー粒子の寿命曲線を観測する、と言う方法では寿命曲線の精度が悪い。
②、蓄積リング内を光速に近い速度で走るμ粒子の実際の速度を測定する事が難しい。
という様な事に起因しているものと思われます。
もしこの①と②の項目が精度よく決定出来ていたならばあとは相対論の時間遅れの式によって静止時のミュー粒子の寿命は精度よく決定出来ていたはずでありますから。
その様にできていなかった、という事は結局は「蓄積リング内を光速に近い速度でμ粒子を回転させた時にミュー粒子に発生している時間遅れの値は正確には測定できない」という事を表しています。(注2)
そうして「異常磁気モーメント測定との関係」で言いますれば特に②の項目、「蓄積リング内を光速に近い速度で走るμ粒子の実際の速度を十分な精度を持って決定できていない」という事は「セルン~BNL~フェルミ研で行われた実験が持つ致命的な弱点である」という事が出来ます。
何となれば「それらの実験はマジック運動量に依存した実験である、にもかかわらずその運動量を十分な精度をもって決定できていない可能性が大きいから」であります。(注3)
注1:「円軌道上の正および負のミュオンの相対論的時間遅延の測定」1977 年 7 月 28 日: https://archive.md/4HZxH :によれば
γ = 29.33の時に寿命はτ + = 64.419 (58) μs、従って静止寿命はτ +=2.1963(72)μsとなります。
注2:少し話は戻りますが、この理由によって「蓄積リング内を光速に近い速度でμ粒子を回転させてミュー粒子に発生している時間遅れを測定する事で、地球が基準慣性系であるかどうか判定する」という試みは相当難しいという事になります。
注3:前出のBNLレポートによれば『γ = 29.314(速度がβ = 0.9994cに対応)でτμ+= 64.4084 』となっています。
そうであれば
τµ(MuLan)*29.314=『τμ+= 64.4084 』
となっていなくてはいけません。
で、実際にその値を計算すると
2.1969803*29.314=64.402280514
64.4084/64.402280514=1.000095019
γの値が0.01%(≒0.0028)程りない事になってしまっています。
つまりは『τμ+= 64.4084 』の値を信用するならばγは
γ=64.4084/2.1969803=29.31678540
でなくてはならないのです。
さてそれで前出のBNLレポートのP128に実験で得たγ一覧表(P1~P5)が載っています。
その平均値を計算しますと
Ave γ=29.313036
この数字を使ってもやはり必要なγの値にはなっていない様です。
さてそれはつまり「BNL~フェルミ研でのミューオンの異常磁気モーメント測定方法の前提条件=蓄積リング内をミュー粒子は所定の速度で回転させる事が出来ている、という主張には疑問符がつく」という事を「正のミューオン寿命の精密測定の最新の結果は示している」という事になります。
追記:フェルミ研でのレポートからも静止時のミュー粒子の寿命が計算出来てその値はτμ(0)=2.199583617・・・(μs)でした。
これを含めて上記MuLanコラボの結果とBNL~フェルミ研の結果を比較します。
『VALUE(1.0*10^-6秒) DOCUMENT ID YEAR TECN CHARGE
2.1969803 ±0.0000022 MuLan 2010 MuLanコラボ +
2.199584 ± 0.0002 g-2 2023 フェルミ研 +
2.197301 ± 0.0002 g-2 2006 BNL +
こうして並べてみるとよく分かるのですが「ストレージリングを使ったミューオン寿命測定」ではいずれもMuLanコラボの値よりも大きな値を出してきているのです。
そうして寿命測定の確定値をMuLanコラボの値とするならば、「ストレージリングを使ったBNL~フェルミ研のミューオンの寿命測定には明らかな系統誤差が認められる」という事になるのです。
追記の2:アインシュタインの「慣性系で成り立っている物理法則はどの慣性系であっても同じ形で書ける」という主張について
その主張は結局の所「客観的な存在としての静止系はない」という事であって、従って「全ての慣性系は平等である」となり結論としては「どの慣性系に立つ観測者であっても『自分こそが静止している=自分の慣性系が静止系である』として良い」という事になっています。
従って「地球上で行われている加速器実験の際にも『加速器が設置された場所の慣性系が静止系である』として実験がおこなわれ、またその前提で実験の解析計算が行われます。」
加えて「実験内容を表す理論計算ももちろん『静止系ベースで行われている』のです。」(注4)
そうであれば「理論計算と実験の解析計算は一致するはず」となっています。
さて今までの加速器実験では「地球はほぼ静止系である」とみなせていた為に不都合はあまり表面化しませんでした。
つまり「それまでの実験は実験内容が加速された粒子速度の高精度な決定を必要としていなった」と言えます。
しかしながら「ミュオン異常磁気モーメント測定の実験精度はとても高かった」、その為に従来の前提「地球は静止系として良い」が成立しなくなっていた可能性があります。
つまりはアインシュタインが言った「慣性系で成り立っている物理法則はどの慣性系であっても同じ形で書ける」という主張について、「初めて疑問符が付いた実験が「ミュオン異常磁気モーメント測定の実験である」と言えそうです。
さてそれはまたコトバを変えますれば「地上で行われているミュオン異常磁気モーメント測定の実験は静止系での実験ではなくて、静止系に対して運動している、運動系での実験である」となるのです。
注4:「理論計算が静止系の上での計算になっている」という事実はあまり認識されてはいませんが、理論計算で使われている特殊相対論の部分が静止系ベースになっているので理論計算自体は自動的に静止系上での計算になっています。
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