広島カープ前田健太、野村祐輔、堂林翔太など なぜこのチームに名選手が続々と現れるのか カネをかけずに結果を出す方法
現代ビジネス2012/9/20木曜日 「Sports プレミア」
中日の落合前監督は、「警戒すべきは広島」と、よく口にしていたという。カネはなく、大物助っ人もいない。いつも何かが足りない---そんなチームが、生まれ変わった。季節はずれの鯉登りが始まる。
■いい選手より、必要な選手
いまセ・リーグで、大きな地殻変動が起きようとしている。
昨年まで14年連続でBクラスに沈んでいた広島カープが、5月29日の時点で最大11もあった借金を、7月中に完済。3位にまで浮上し、初のCS進出が、現実味を帯びてきた(成績は8月30日現在・以下同)。
主砲の栗原健太(30歳)が4月末に、東出輝裕(32歳)も6月から8月頭までケガでいなかったにもかかわらず、好調を維持。多くの記者、解説者が、「いまの広島は強い」と声を揃える。
さらに驚くべきは、「燃費のよさ」にある。
「2億3990万円」・・・(1)
「4億円」・・・(2)
(1)は、広島の先発野手(8月28日)の合計年俸(金額推定・以下同)であり、(2)は現在5位に沈む、阪神・城島健司捕手の今季の年俸である。これまでわずか42打席の代打要員の半額に近い年俸で、広島は快進撃を続けている。
長年、「お荷物」「貧乏」と揶揄されてきた地方球団は、一体どんなマジックを使ったのか。
最初の鍵は、昨年のドラフト。ある在京球団のスカウトが、悔しさを滲ませながら語る。
「さすがに1年目からここまで勝つとは思わなかった。ドラフトで野村祐輔(24歳・明大)の一本釣りに成功した瞬間から、広島の快進撃は始まったと言える」
野村は現在9勝を挙げ、防御率はリーグ3位の1・69。前田健太(24歳)、大竹寛(29歳)に続く先発3本柱の一人として、チーム躍進に大きく貢献している。
ただ昨年のドラフトで、野村は決して主役ではなかった。東洋大の藤岡貴裕(23歳・現ロッテ)は3球団から指名を受け、会場がもっとも沸いたのは、巨人の単独1位指名が確実視されていた東海大・菅野智之(22歳)を、日本ハムが強行指名した瞬間だった。
野村は、会議後に接触をもったスカウト部長の苑田聡彦氏に、
「僕って、そんなに他球団からの評価が低かったんですか?」
と聞いたという。
「その時は『違うんだ。こっちの戦略がうまくいっただけだよ』と言いましたけどね」(苑田氏)
野村だけではない。先発ローテーションを組むエース前田も大竹も福井優也(24歳)も、ドラフト1位選手。しかもハズレ1位の福井以外は、すべて単独1位指名に成功している。
苑田氏は言う。
「ウチは、戦力にかける資金も限られるから、FAにも、ほとんど参戦しない。だからこそドラフトでは、競合は避け、確実に『一番必要な選手』を獲りにいくことが求められるんです」
実は広島には、現場と編成が共有する、「育成と補充の計画表」が存在する。
「広島は一貫して、2~3年先を見据えたチーム作りをしています。巨人など資金が潤沢なチームは、ちょっとした綻びをいくつもの蓋で埋めようとしますが、広島は伝統的に、穴の大きさも正しく計測して、ピタリとハマる栓を自前で作ってきたわけです」(広島担当記者)
■迷うやつはいらない
現在、本塁打数チームトップの堂林翔太(21歳)ももちろん、「栓」の役目を果たす適材として、獲得された内野手である。その狙い通り、栗原が故障で抜けた穴を、今季は堂林が、必死に埋めている。
そして一度「栓」が決まれば、とことん鍛え上げ、使える選手に仕立てるのも、広島の特徴だ。
「彼は、この10年でも特別なオーラを持った選手だった。例えば新井貴浩(35歳・現阪神)などからは、オーラは感じなかった。我々は、こうした選手を育てる『義務』があるんです」
昨年まで二軍監督として堂林の指導に当たった山崎隆造氏は言う。今春キャンプでは、野村謙二郎監督もまた、山崎氏と同じセリフを何度も繰り返していた。
「堂林を一人前にすることが、今年の最大の仕事だ」
その言葉通り、野村監督は昨年まで一軍未出場だった堂林を、開幕から一度も二軍に落とすことなく使い続けている。
「江藤智、東出、栗原、そして前田健太。堂林は、『広島の顔』の系譜に連なる選手だということです」(山崎氏)
野村監督は、堂林の失策で落とした、何度目かの敗戦のあと、自らノックバットを振りながら、彼にこんな言葉をかけている。
「お前のせいでいくつ負けたと思っているんだ! 自分の力で取り返せ!」
堂林の守備率はあまり改善されていない。1年目、2年目と二軍で獲得した三振王のタイトルは、今年は一軍で、それもダントツで獲得しそうだ。一方、昨季二軍で1本しかなかった本塁打は、今季一軍で、すでに11本放っている。
左手に〈とにかく〉、右手には〈振れ〉—堂林が使う打撃用グローブには、そう刺繍が施されている。
「本当によく振る。江藤や東出もそうだったけど、打てなくてもエラーをしても使われる。失敗しても外されないというのは、それはそれでしんどい。でも堂林の三振は減らないでしょ(笑)。実はこれはすごいこと。あの重圧の中、振れているだけでたいしたものなんですよ」(山崎氏)
苑田氏を始め、広島が堂林の獲得に踏み切った背景には、「必ず伸びる」という確信があったからだ。苑田氏は、選手を見る第一条件として、「自分の能力を正しく理解しているかどうか」をあげた。
堂林が2位で指名された'09年のドラフト会議、実は彼には、「夏の甲子園優勝投手」という肩書もあった。最速147kmの投手・堂林を、高く評価する球団もあった。だが広島が欲しいのは、「打者」としての堂林だった。
苑田氏が明かす。
「断然打者。右方向に長打を打てるリストの強さは、10年に一人の逸材ですから。ただし、本人に『投手をやりたい』という気持ちがあれば獲らなかった」
過去、投手としてプロ入りしながら打者に転向した選手は少なくない。現役では、日本ハムの糸井嘉男(31歳)をはじめ、嶋重宣(36歳・現西武)も、先日引退を表明した石井琢朗(42歳)も、入団時は投手だった。
それでも苑田氏は、
「少しでも(投手への)未練が残っていたら、『いらない選手』になっていた」
とはっきり言う。
「予定が狂うんです。たとえ日本史上最速の投手が現れても、そのポジションが向こう5年間は埋まっていたり、2年後に先発争いに加わってきそうな若手がチームにいれば、無理に獲得すると誰かが要らなくなる。現場が即戦力を欲しがっても、その結果、貴重な戦力がムダになっては元も子もないですから」
■マエケンが変えた
つまり、「ピタリとはまる栓」である。しかし、そう語るベテランスカウトにも、苦い記憶はある。
現役引退後、苑田氏が、現職に転身した'78年のことだ。初めて担当したドラフトで、仙台育英のエース大久保美智男を2位で指名した。大久保は背番号1を与えられ、将来を嘱望されたが、投手として大成することはなかった。
苑田氏が回想する。
「打撃もよかったので、2年目くらいから転向を勧めてはいたんです。でも『あと1年やらせてくれ』と。結局どっちつかずでタイミングを逃してしまった」
そして大久保が、打者として一軍登録されることは、結局一度もなかった。
「嶋が首位打者を獲った時も『おめでとう』とは言えなかった。チームとしては15勝の投手になると期待していたので・・・・・・」(苑田氏)
どっちつかずだった大久保と、ヒジに致命的なケガを負った嶋では、転向の事情が違う。しかし、チームの未来予想図に少なからぬ影響を与えたことに変わりはない。
「堂林は自分が『打者』で輝けることを、プロ入り以前に自覚していた。嶋は投手としても打者としても素質があったが、いかんせん体が弱かった。転向後も故障を重ねた。それをカバーできない選手は、やはり使えないわけです」(山崎氏)
加えて、「自己管理能力」も、近年広島が求める選手の大きな条件のひとつになっている。
「象徴のひとつが、マエケンの存在でしょうね」(野球評論家・池谷公二郎氏)
担当の宮本洋二郎スカウトは、まさに一目惚れで1位に推した。そして大げさではなく、毎日PL学園のグラウンドに通った。
「各スカウトには、選手を見るときのポイントを、20項目ぐらい伝えています。例えばユニフォームの着こなしや、グラブの使い方、軸足の向きなどもそうです。
しかし、それと同時に『惚れたら惚れ抜け』とも伝えました。もちろん、投手が補強ポイントなのに内野手に入れ込まれたら困りますが。実は、直感に勝る確信ってないんですよね」(苑田氏)
前田は入団当時から、現場の選手やコーチから見れば異色の選手だった。投げ込みはしない。線が細く、マイペース。
しかし苑田氏ら、編成サイドは、それらの性格もすべて把握済みだった。
「毎日通って、入団前にはクセも性格も把握できていた。そういう意味での驚きはない。ただ体は細すぎましたけど(笑)」(苑田氏)
一方でマイペース過ぎるとも言える彼の「自己管理能力」は、意外な副作用も生んだ。野村監督の就任1年目の春キャンプのことだ。当時4年目だった前田が、監督の出した「投げ込み指令」を、やったフリで済ましてしまったのだ。
逆に、前田より5年先輩の当時のエース・大竹寛などは真面目に270球も投げ込み、肩を壊してしまう。
「自分で考えず、合わない練習をただ闇雲にやっては、ケガを生むだけです。その年、マエケンがマイペース調整の結果、沢村賞を獲る活躍をし、前例を作った。最近の広島の選手には、自分のすべきことを自分できちんと分かっている選手が増えました」(スポーツ紙デスク)
マエケンの成功は、その後の「補充」活動にも、好影響を及ぼしている。前述の野村は昨年、「先発完投型」の即戦力として、ピックアップされた。
彼もまた、実に「マイペース」な男である。
「大げさではなく、まるで野球をするために生まれてきたような男だ」
と、苑田氏は野村を表現する。
「ドラフト前の日米大学野球でアメリカに行った時も、試合が終わってみんながバスに乗り込んでいるのに、野村だけは一人で走っている。環境が変わっても、自分がやるべきことはやる。その報告を聞いて、よしよし、と思いましたね」
野村は、すべてを誰に言われるでもなくこなす。大学では、部の練習が終わると街中のジムに通い、トレーナーに教えを請う。投球前には、プロでも驚く最新の器具を使って念入りに体をほぐした。
前田以上に、自分のルーティンを重視する男だった。
「自分のルールがある選手は、失敗を人のせいにしない。それは反省できるということ。つまり伸びしろもあるということです」
■よっし、任せた
今季、ますます凄みを増す前田と、復活した大竹に、「予想以上」(苑田氏)の活躍を見せる野村。「計画」よりもおそらく早く、12球団随一の先発3本柱は完成した。
そして今季、絶対エースに成長した前田に、新たな一面が見られるようになった。彼はお立ち台で、
「今年はCSに行かなければならない年です」
と声を張り続けている。6月には、1点差を守備の乱れで覆され負けた試合の後、「こんな負けは納得出来ない。野手には気を引き締め直して欲しい」と、同僚に対して猛省を促すコメントを残した。
「12勝目を挙げた試合の後も、『(前々日に引退表明した)琢朗さんのためにCS行きます』と。カープでこんなことを言う選手は、ここ数年ずっといなかった。マエケンは、広島では久々の全国区の選手。いま変革期を迎えているチームの中で、今後彼がリーダーとなり、若い選手たちがそれに追随していくようなら、広島はもっと面白いチームになる」(広島担当記者)
「選手こそ財産である」
とは、先代の松田耕平オーナーの口癖だという。
「他の球団はどこもそんなことしていませんが、実はウチのスカウト会議って、毎回必ず、松田(元)オーナーが同席するんです」(苑田氏)
先代・耕平氏時代から続く、広島独自の会議は、オーナーの都合に合わせて開かれている。ちなみに、前述の「育成と補充の計画表」は、現オーナーの提案によって始められたものだ。
オーナーは、毎回席につくと、全体を見渡して言う。
「どういう選手が、今年はおるんか?」
そして各スカウトの報告を聞き、ビデオを観終えると、「よっし、任せた」と言って退室する。野村の時も、堂林の時も、体が特に細かったマエケンの映像を観た時も、何も口出しすることはなかった。
しかし、毎試合球場で観戦し、暇さえあれば二軍練習場にまで顔を出すオーナーの熱意は、フロントだけではなく、選手にも伝わっている。足りないものを、外からの「補強」で埋めるのではなく、自前で「補充」していくことを選んだ貧乏球団。それはつまり、一度獲得した選手を、最後まで「ムダにはしない」という、決意の表れでもあるのだ。
「CSに行くでしょう」
と語るのは、'84年の優勝メンバーである、達川光男氏だ。
「この間も、チームが逆転した瞬間に全員万歳していたでしょう? あれCSどころか日本シリーズの喜び方だったよ(笑)。私の経験上、こういうときは勝ち上がると思いますよ」
広島の試合が行われる球場の外野席には、こんな横断幕が掲げられている。
〈乗り越えた壁は、いつか自分を守る盾になる〉
14年越えられなかったAクラスの壁に、新生カープが挑んでいる。
「週刊現代」2012年9月15日号より
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オーナー的に広島を勝たせる気がないので、
野村監督はその意思をくんでいる。
四位になっても三位はないんじゃって思います。
まぁ、カープは負けてこそってところがあるのでww