カトリック正平協「死刑廃止と執行の即時停止を」2019/8/6 〈来栖の独白〉イエスは「命よりも大切なものがある」と云う

2019-08-07 | 死刑/重刑/生命犯

死刑囚2人の刑執行、カトリック正平協が抗議 「死刑廃止と執行の即時停止を」
2019年8月6日20時41分
 関連タグ:死刑日本カトリック正義と平和協議会(正平協) 
 死刑が確定していた東京拘置所の庄子幸一死刑囚(64)と福岡拘置所の鈴木泰徳死刑囚(50)の刑が2日、執行されたことを受け、日本カトリック正義と平和協議会は同日付で、安倍晋三首相と山下貴司法相に宛てた抗議声明を発表した。声明は、「尊いいのちが国家の手によって奪われたことに対して強く抗議します」としている。
 確定判決によると、庄子死刑囚は、神奈川県大和市で2001年、主婦2人を相次いで殺害し、金品を奪うなどした。鈴木死刑囚は、福岡県内で04年末から05年初めにかけて、女性3人を殺害して現金を奪うなどした。それぞれ収容先の拘置所で死刑が執行された。
 カトリック教会は昨年、死刑に関する教義を変更。これまでは積極的に肯定しないまでも、限定的に認めていたが、「人格の不可侵性と尊厳への攻撃」だとして、死刑を全面的に容認しない立場を表明していた。声明はこうした経緯に言及した上で、「刑罰制度の厳格な適用により、死刑以外の方法で、犯罪の再発を防止し、社会の安全を確保することが可能になってきた今の時代、人間のいのちの尊さという原点に立って、死刑制度はその存在理由をもはや失ったと考えている」と述べた。
 日本のカトリック教会内には、死刑廃止を訴える声が長年にわたってあるとし、「いのちの尊さをイエス・キリストから学んだ私たちは、たとえ困難ではあっても、回心とゆるし合い、真の和解へとつながるための希望を大切に考えています」と主張。「残酷でいつくしみに欠ける刑罰である死刑の廃止と、それに向けた執行の即時停止を強く訴え続けます」と述べた。

    ◎上記事は[Christian Today]からの転載・引用です
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〈来栖の独白 2019.8.7 Wed〉
 「日本カトリック正義と平和協議会」、私自身よく考えもせず(笑)、過去にはここで活動した。だが・・・・。
 聖書は、「命は地球よりも重い」とは言っていない。「命よりも大切なものがある」と言う。
 昨年3月5日中日新聞の記事であるが、末尾に記されたK受刑者の「どうか今後も、生きざまを見届けてください」との言葉、私は理解に苦しんで、最近までじっと考えてきた。
 K受刑者の被告人時代は法廷を傍聴もし、無期懲役が確定してからは岡山刑務所で面会を重ねた。手紙のやり取りもした。その中で、私に抑えようのない疑義が生まれたのだった。Kは模範囚である。面会時間も「30分以上あります」と言い、「1級受刑者ですから」と誇らしく言った。もちろん、被害者遺族への手紙、作業金からの送金も怠りなく、遺族は「釈放してやってください」と当局へ申請したとか…。立派に償いの生活を送っていると私は見ていた。
 そんな私に、Kに対する疑義が芽生えたのは数年前だったか。「早く社会へ出たい」と一貫して口にするKだったが、模範囚であることも遺族への行為も、結局K自身のためではないのか、という思いが私にわいたのである。昨年3月5日中日新聞の末尾に記された「どうか今後も、生きざまを見届けてください」との言葉。意味を測りかねたが、一日も早く社会復帰するためのアピールではなかったか。
 私は「殺人という行為は、償えない」と考える。「償う」とは、原状回復することだ。命を奪ったなら、生き返らせること。加えて、環境一切(時間も)を原状に戻すこと。髪の毛一本すら造れない人間に、それは不可能だ。人間は、せめて命で詫びること、それが精いっぱいだ。ところが多くの人は生きて償いたいという。挙句、少しでも早く自由になりたいと願う。これが人間というものか。
 カトリック教会は「いのちの尊さをイエス・キリストから学んだ」と云う。イエスは、そのようには言っていない。命よりも大切なものがあると云う。

マタイ10章
28 また、からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい。
34 地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。
35 わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。
36 そして家の者が、その人の敵となるであろう。
37 わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。
38 また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない。
39 自分の命を得ている者はそれを失い、わたしのために自分の命を失っている者は、それを得るであろう。

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尾形英紀氏の「将来のない死刑囚には反省など無意味」に疑義〈来栖の独白2012/2/8〉
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<少年と罪>第9部 生と死の境界で(中)贖罪 「名古屋アベック殺人」(中日新聞2018/3/5) 
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