中国はなぜいま少数民族の弾圧を加速させるか──ウイグル強制収容所を法的に認めた意味 六辻彰二 2018/10/16

2018-10-17 | 国際/中国/アジア

中国はなぜいま少数民族の弾圧を加速させるか──ウイグル強制収容所を法的に認めた意味
塗り替わる世界秩序  六辻彰二 2018年10月16日(火)16時00分

  
   国外逃亡を図りタイで身柄を拘束されたウイグル人 Andrew RC Marshall-REUTERS

・中国政府はこれまで存在を否定していたウイグル人の強制収容所に法的根拠を与えた
・これはアメリカが人権問題を中国批判のツールとして用いることへの外交的な対抗手段である
・さらに、ウイグル問題で中国に批判的なトルコを抑え込む目的もうかがえる

 中国政府は10月10日、これまで存在を否定していた、少数民族ウイグル人を収容する事実上の強制収容所である「再教育キャンプ」を、社会復帰を促すための「職業訓練センター」として法律に明記したことを明らかにした。
 少数民族への弾圧が強化されることは習近平体制の強権化を大きな背景にするが、それがこのタイミングで行われたきっかけには、アメリカとの対立やトルコへの圧力といった国際的な要因があげられる。
■「再教育キャンプ」とは
 「再教育キャンプ」とは「過激思想にかぶれた」とみなされるウイグル人を拘束し、共産党体制を支持する考えに改めさせる強制収容所で、2018年5月段階で100万人以上が収容されているとみられる。
 約1,100万人のウイグル人は中国の少数民族のうち最も人口が多く、そのほとんどが西部の新疆ウイグル自治区に暮らしている。大多数がムスリムのウイグル人の間には、漢人・共産党支配への反感が根強くあり、1990年代からは分離独立運動やイスラーム過激派の台頭もみられる。
 これまで中国政府は、「新疆では信仰の自由が守られている」と強調し、分離独立を求める勢力を「テロリスト」と呼んで取り締まりを正当化してきた。
 歴代の国家主席と比べても習近平国家主席は権力を絶対化しようとしており、その一端として少数民族への取り締まりも強化されている。その結果、「テロ対策」としてウイグル人のDNAや虹彩が採集されるなど、新疆ウイグル自治区は巨大な監獄と化しており、再教育キャンプはその象徴となってきた。
 ただし、中国政府はこれまで再教育キャンプの存在そのものを否定してきた。それが一転して法的根拠を与えたことは、国策としての「反体制的な少数民族の管理」を、これまで以上に進める意志を内外に示す。
■なぜこのタイミングでか
 とはいえ、既に国際的に高まっていた批判を公然と無視するものだ。中国はなぜこのタイミングで再教育キャンプに法的根拠を与えたのか。
 そこには大きく二つの理由があげられる。第一に、アメリカとの関係悪化だ。
 貿易戦争だけでなく、中国製スマートフォンに情報漏洩の危険があるとFBIやCIAが注意喚起するなど、米中対立がエスカレートの一途をたどるなか、9月21日にポンペオ国務長官は新疆ウイグル自治区での人権侵害を批判。これ以来、アメリカはしばしばウイグル問題を取り上げてきた。
 中国がこのタイミングで再教育キャンプを合法化したのは、アメリカの「人権攻勢」に抵抗するためとみられる。
■先進国での評価 ≠ 世界の評価
 なぜ再教育キャンプを合法化することがアメリカへの抵抗になるのか。ここで、やや面倒だが、前提として4点ほど確認する必要がある。
1.アメリカをはじめ欧米諸国の政府は人権や民主主義の重要性を強調するが、外交的に関係の悪い国に対して、そのトーンは特に強くなる(中国、キューバ、イランなどの人権問題は頻繁に取り上げられる一方、インド、コロンビア、サウジアラビアなどでのそれは不問に付されやすい)
2.友好国の国内問題に口を出さないことは現実の外交の観点から当然かもしれないが、しばしば先進国から「説教される」立場にある大多数の開発途上国の目からみて、それが「先進国のご都合主義」と映っても不思議ではない
3.さらに、開発途上国には「国家独立のシンボル」でもある法律の策定が外部からの圧力や干渉にさらされることへの警戒が強い
4.ところで、中国の国際的な支持基盤は、今も昔も開発途上国である
 実際、ポンペオ長官の声明以前、「アメリカ第一」のトランプ政権は中国の人権問題に大きな関心をみせていなかった。つまり、トランプ政権は対立が激化する中国の国際的イメージを低下させるためにウイグル問題を強調し始めたわけだが、これは「人権を本心から尊重しているから」というより、露骨に「手段として人権を利用するもの」である。
 この状況下、再教育キャンプを合法化することは、中国政府にとって「アメリカは人権を政治的に利用している」、「過激派を取り締まる法律を策定する権利はどの国家に認められているはずなのに、それさえもアメリカは自分が気に入らなければ批判する」、「理不尽なのはアメリカの方だ」というメッセージを世界に発することになる。
 つまり、再教育キャンプに法的根拠を与えることで、中国は開発途上国での支持を固めようとしたといえる。
■トルコへの圧力
 このタイミングで再教育キャンプが合法化された第二の理由は、トルコへの圧力である。
 中国にとってウイグル問題はイスラーム世界での評判にかかわるアキレス腱だが、なかでもウイグル人と民族的に近いトルコは、中国のウイグル政策を批判し続けてきた。トルコの歴代政権のなかでも現在のエルドアン大統領は、中国によるウイグル弾圧を「大量虐殺」と呼んだことさえある。
 しかし、そのトルコは現在、四面楚歌の状態にあり、そのなかで中国との関係改善を模索している。
 NATO加盟国でありながら、国内の人権問題やシリア内戦でのクルド人支援をめぐり、トルコはアメリカとの関係が悪化してきた。また、EUを率いるドイツとは歴史的に関係が深いものの、ドイツ国内のトルコ系移民をめぐり、やはりギクシャクしている。
 欧米諸国との関係が悪化するなか、トルコはシリア内戦の処理をめぐってロシアやイランとの協力を進めてきたが、シリア反体制派の最後の拠点となっている北西部イドリブ攻撃をめぐり、ロシアとの関係にも隙間風が吹き始めている。
 そんななか、とどめのようにトランプ政権がトルコ製鉄鋼製品の関税を引き上げたことをきっかけに、トルコ経済は一気に冷却化。その結果、エルドアン政権は「中国との貿易を増やすこと」を掲げ始めたのである。
 米ロの力をそれぞれ利用しながら綱渡りを演じ、実際の国力にそぐわない強気の外交を展開してきたエルドアン大統領だが、各国との関係が怪しくなるなか、中国に接近しようとしているのだ。
■今後ウイグルの件に口出しさせない
 この状況下、中国はいまだにトルコのラブコールに応えようとせず、むしろ再教育キャンプを合法化することで、ウイグルでの弾圧を正当化している。
 これに加えて、中国政府はハラル(豚肉やアルコールなどムスリムが避けるべき食材を用いない食品の総称)に反対するキャンペーンをウイグルで強化している。イスラームの食文化の否定は、再教育キャンプに法的根拠を与えることと並んで、新疆ウイグル自治区を漢人の土地にする取り組みの一環といえる。
 イスラーム世界における中国批判の急先鋒であるトルコが中国への接近を画策するなか、中国政府がこれまでより踏み込んだウイグル弾圧に着手したことは、トルコに対して「もし中国との取り引きを増やしたいのであれば、今後ウイグルの件に口出しするのは控えなければならない」というメッセージになる。
 つまり、中国は簡単にトルコのラブコールを受け入れるにではなく、この期に乗じてトルコを封じ込めにかかっているのだ。
 これに対して、現在のところ、他のイスラーム諸国と同様、トルコ政府から再教育キャンプの合法化に関する公式のコメントは出ていない。
 こうしてみたとき、中国政府が新疆ウイグル自治区の再教育キャンプに法的根拠を与えたことは、一見ただイスラーム勢力の取り締まりを強化するもののようでいて、開発途上国とりわけイスラーム諸国からの批判を出にくくする外交的な試みといえる。これに対して、アメリカやトルコが仮に批判を強めても、ウイグル人のために、外交的非難以上の具体的なアクションを起こすことは想定しにくい。したがって、どう転んでもウイグル人の人権状況が改善する見通しは暗いと言わざるを得ないのである。
 ※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

 筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。
 
 ◎上記事は[NewsweekJapan]からの転載・引用です
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