3人の元少年に2審死刑判決の「木曽川・長良川連続リンチ殺人事件」2011/2/10最高裁弁論

2011-02-09 | 死刑/重刑/生命犯

連続リンチ殺人 あす最高裁弁論 16年余・・・向き合う日々
 愛知、岐阜、大阪の3府県で1994年、11日間で19~26歳の4人の若者の命が奪われた連続リンチ殺人事件で、強盗殺人などの罪に問われ、2審で死刑とされた犯行当時18~19歳の元少年3被告の上告審は10日、最高裁第1小法廷(桜井龍子裁判長)で弁論が開かれる。事件発生から16年余。死刑確定を待ち続ける被害者の遺族。面会を通じて被告と交流を始めた遺族。弁論を前に思いを聞いた。
 昨年10月初旬、事件で長男江崎正史さん=当時(19)=を失った愛知県の江崎恭平さん(66)、テルミさん(65)夫婦は、殺害現場の岐阜県輪之内町の長良川河川敷に立った。テルミさんはつらさで倒れそうになり、恭平さんは15分余りたたずんだ。
 その日、夫婦は事件の経過と同じ時刻に長男が連れ回された5つの現場を巡った。すべての現場に足を運んだのは初めて。「追悼というより、上告審の前に気持ちを再確認したかった」と恭平さん。死刑という2文字にすべての謝罪と贖罪が含まれると考えている。
 事件後の数年間。夫婦は長男の部屋をそのままにしたが、遺品に手が伸びると動けなくなってしまった。「これではいかん」。恭平さんは自分の書斎に改造し、長男と共有する日常の空間にすることで何とか乗り越えた。
 それでも、最高裁の弁論期日決定を待ちわびた時期は、気分が激しく落ち込んだ。テルミさんは訴える。
 「遺族の気持ちは事件当時と少しも変わらない。この16年は長く、負担でした。判決が確定しなければ、新しい一歩を踏み出せないのです」
 事件で弟を奪われた愛知県内の男性(43)は2009年4月、大阪府松原市生まれの被告(35)と、弁護士の勧めで面会した。
 被告の言動に直接触れ、「その場の雰囲気に流されて犯行に及んだのではないか」と考え始め、「自分が助けなくては、ひとりぼっちだ」と思うようになった。
 面会のたびに、ぶ厚いアクリル板越しに手を合わせる「握手」を被告に促す。「体温を感じるか」「人を信じろ」と言葉を掛けたこともある。ただ、被告のことを完全に許せるかどうか---。家族との意見はまだ一致していない。
 男性との交流について、被告は「初めは遺族と会うことが怖かった。しかし、気持ちが以前より前向きになれた」と話している。〈中日新聞2011/02/09朝刊〉
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3府県連続リンチ殺人、当時少年の3被告の判決は3月10日
産経ニュース2011.2.21 16:31
 大阪、愛知、岐阜の3府県で平成6年、男性4人が殺害された連続リンチ殺人事件にからみ、強盗殺人罪などに問われ、2審で死刑とされた事件当時18~19歳だった3被告=いずれも(35)=の上告審で、最高裁第1小法廷(桜井龍子裁判長)は判決を3月10日に言い渡すことを決めた。
 2月10日の弁論で、弁護側は更生可能性を強調して死刑回避を求め、検察側は「4人をなぶり殺しにし、人間性のかけらもない」と上告棄却を求めていた。
 1審名古屋地裁はリーダー格と認定した1人を死刑、2人を無期懲役としたが、2審名古屋高裁は「刑の選択を分けるべき差異はない」などとして、全員に死刑を言い渡した。
 2審判決などによると、3人は6年9月、大阪市内で男性=当時(26)=を絞殺し、遺体を遺棄。10月には男性=当時(22)=に暴行し、愛知県の木曽川河川敷に放置して殺害。さらに、当時20歳と19歳の男性を岐阜県の長良川河川敷で金属パイプで殴って殺害した。
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「正義のかたち:死刑・日米家族の選択/3 遺族、少年の更生に参加」
 毎日新聞 2009年2月17日 東京朝刊
◇極刑求めて…揺らぐ
 カップ酒一つとたばこ1箱、菊の花3本。昨年10月、岐阜県輪之内町の長良川河川敷に、供え物が並んだ。
 少年グループによる連続リンチ殺人事件で、江崎正史さん(当時19歳)と、友人の渡辺勝利さん(同20歳)は、94年10月8日、この河川敷で亡くなった。
 <正史さんをみな様から奪いとってしまいほんとうに本当に申し訳ありませんでした>
 昨年の命日の前日、江崎さんの父恭平さん(64)に手紙が届いた。死刑を宣告された3被告(いずれも上告中)のうち、愛知県一宮市生まれの元少年(33)からだった。供え物は、彼が知人に頼んで手向けた物だ。
 だが、恭平さんは「手紙を素直に受け入れることはできない」と言う。責任のなすり合い、傍聴席の知人に送る目配せ。殺意を否認する3人からは「反省」を見いだせなかった。
「昔なら『死んでおわびを』と聞けたところであろう。貴様らの口からはそんな言葉はみじんもない」。05年3月、恭平さんは6枚の陳述書を読み上げた。3被告の弁護人の一人は「あの意見陳述で、裁判長の態度が明らかに変わった」と振り返る。05年10月に名古屋高裁が全員に死刑を言い渡すと、恭平さんは検事と握手を交わした。
    ◇
 「君たちが更生しようがしまいが知ったことじゃない。私みたいな人間を出さないために、ここに来ている」。06年9月から、恭平さんは愛知少年院(愛知県豊田市)で少年の更生のプログラムにかかわり、被害者遺族の置かれた状況を訴えている。その決意の背景には、少年院が更生の役割を果たしていない、という疑問があった。
 一宮市生まれの元少年は事件前の1年5カ月をここで過ごしている。事件は、仮退院した7カ月後だった。
 元少年の実母は、生後2カ月で他界。養母からたばこの火を手の甲に押し付けられた。小学3年の時、教師の万年筆が盗まれた。女児がやったのに犯人扱いされた。教師から謝罪はなく、大人への不信感を強めたという。
 拘置中の98年、死刑囚らで作る交流誌に「聖書を学びたい」と投稿。面会に訪れた名古屋市のクリスチャンの女性(58)が、汚れた服を引き取り洗ってくれた。面会を重ね、3年前から、女性を「おかん」と呼んでいる。
 「家族のつながりを奪い、許されないことをしてしまった」。拘置所で「家族」と出会い、奪った命の重さを知った。「生きたい、と言うのはずうずうしい。けど、自分が死ぬことで解決しないのかなとも……」。元少年は、面会した記者に揺れる思いを口にした。
    ◇
 恭平さんは、犯罪被害者の遺族として、命の尊さを訴える「生命のメッセージ展」の活動に5年前から参加している。死刑を求めることは、3人の命をくれ、と言っているのと一緒。サークルにおれがおってもいいのかな。そうつぶやいた恭平さん。
 「死刑を求める気持ちに変わりはない。ただ、ちょこっと揺らぐ部分がある」(毎日新聞 2009年2月17日 東京朝刊)


「正義のかたち:死刑・日米家族の選択/2 遺族と被告、拘置所で面会」
  毎日新聞 2009年2月16日 東京朝刊
   ◇別れ際に握手…なぜ
 弁護人に付き添われ、面会室のドアを開けた。アクリル板の向こうに現れたのは、160センチに満たない丸刈りの男だった。06年4月、名古屋拘置所。満開だった桜も、葉が目立つようになっていた。
 大阪、愛知、岐阜3府県で94年、男性4人が殺害されたとされる連続リンチ事件。2人目の犠牲者となった建設作業員、岡田五輪和(さわと)さん(当時22歳)の母(71)は、兄弟で一番仲の良かった弟(35)と、息子の命を奪った男に向かい合った。名古屋高裁で05年10月に死刑を言い渡された3被告(事件当時18~19歳、いずれも上告中)のうち、大阪府松原市生まれの元少年(33)だった。
 元少年は1審の時から、10月7日の命日に合わせて毎年、手紙を送ってきた。
 <犯してしまった過ちが大き過ぎてどうしたら良いのか解(わか)らず苦悩するばかりです>
 拘置所の請願作業で蓄えた1万円余りの現金も届くようになった。もちろん、許せるわけはない。だが、謝罪の思いは伝わってきた。死刑判決後、元少年の弁護人から頼まれ、会ってみようと思った。
    ◇
 少年らのグループによる五輪和さんへの暴行は、6時間以上にわたった。愛知県一宮市の木曽川の河川敷に放置され、息絶えた。所持品の中に、べっとりと血がついた10円玉が2枚あった。瀕死(ひんし)の体で電話をかけようとする姿を思うと、母は涙が止まらなかった。
 面会室で、弟が事件の詳細を問い詰めた。元少年は記憶をたどり、小さく答えた。
 「殴ってる時、気持ち良かったか」「そんなことないです」。「何発殴った?」「10発ぐらいです」
 弟の口調はきつかった。ただ、自身も荒れていた時期があったといい、年を重ねての自分の変化も口にした。
 「頑張って出て来い。出て来たら10発殴ってやる。指切りして約束しろ」。アクリル板越しに小指を当てた。
 元少年をじっと見つめていた母も口を開いた。「頑張って償って。出て来たら線香の1本も上げて」。別れ際、母がふいに声をかけた。「握手をしよう」。アクリル板越しに、手のひらを重ねた。
    ◇
 事件から10年余りを経て、初めて言葉を交わした遺族と加害者。元少年は「直接謝りたかった。それで済むとは思ってない」と、言葉少なに記者に語る。
 一方、母の思いは複雑だ。「死刑になったら、それでおしまい。サワ(五輪和さん)の苦しみを(被告に)味わわせてほしい。そしたら人間の命はどういうもんか初めて分かる」。厳しい言葉を吐いた。
 あの時なぜ握手しようと思ったのか。元少年を見ていて五輪和さんの姿が浮かんだのだという。
 「けじめをつけた。いつまでも事件のことを思いよったら、自分が前に進まれん。もう(被告)3人の誰とも会いたくない」。線香を上げ、遺影に言葉をかける日々が続く。
◇死刑制度
 「アムネスティ・インターナショナル日本」によると、死刑を維持する国・地域は59。廃止した国・地域は、10年以上執行を停止している「事実上廃止」を含め138。廃止が潮流になりつつある。主要先進国で維持するのは、日本と米国。欧州連合(EU)は、死刑廃止が加盟の条件。日本と同様、国民が裁判に参加し、量刑まで決めるフランスやドイツの国民が死刑を言い渡すことはない。(毎日新聞 2009年2月16日 東京朝刊)


 「凶悪犯罪」とは何か(1~4) 【1】3人の元少年に死刑判決が出た木曽川・長良川事件高裁判決
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