元農水次官の息子殺害事件 同じような“子殺し”裁判では執行猶予付き判決も多数

2019-06-17 | 社会 身体・生命犯

元農水次官の息子殺害事件、同じような“子殺し”裁判では執行猶予付き判決も多数

社会2019年6月16日掲載

■「俺の人生は何なんだ」と叫んだ長男
 元農林水産事務次官の熊沢英昭容疑者(76)が、長男の英一郎さん(44)を刺殺した事件は、6月1日の午後3時半ごろに発生した。

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 息子を殺した熊沢容疑者が自ら110番通報した。新聞各社は2日の朝刊から報道を開始したが、当初は「元農水次官」という肩書に注目した記事が多かった。
 しかし翌3日、朝日新聞は朝刊に「事件前『長男を注意』 元農水次官『家庭内暴力も』供述」の記事を掲載した。
《熊沢容疑者が警視庁の調べに対し、「長男は引きこもりがちで、家庭内で暴力を振るうこともあった」という趣旨の供述をしていることが同庁への取材でわかった》
 ここで「引きこもり」と「家庭内暴力」というキーワードに注目が集まる。同日の夕刊で朝日は「川崎事件よぎり長男殺害か 子ども被害、危惧 容疑の元次官供述」と報じた。
《この日は朝から隣接する区立小学校で運動会が開かれていた。熊沢容疑者は「運動会の音がうるさい」と言う英一郎さんを注意。英一郎さんが不機嫌になるのを見て、「怒りの矛先が子どもに向いてはいけない」と感じたといい、数時間後に殺害したとされる》
 熊沢容疑者は「殺さねば殺されていた」と供述するほど追い詰められていたという。5月28日に起きた川崎20人殺傷事件は当然ながら大きな動揺を与えたに違いない。
 英一郎さんは中高一貫の名門私立校に合格するも、中2頃から家庭で暴力を振るうようになった。その後は専門学校や大学などを卒業し、両親と別居していた時期もあったが、朝日新聞によると自ら望んで5月25日に実家へ戻ったという。
 実家ではゲームに没頭。そして翌26日には熊沢容疑者へ「俺の人生は何なんだ」と叫びながら暴行を振るった。熊沢容疑者は妻に「次に暴力を振るわれたら、長男に危害を加える」と明かした。そして事件当日、台所で熊沢容疑者は英一郎さんから暴行を受けたという。凶器は自宅の包丁だった。
 少なくともネット上では、熊沢容疑者に同情的な意見はかなりの数にのぼる。実際、過去の判例を調べてみると、子供を殺めた親に執行猶予の判決が下ったのは、決して珍しいことではない。具体的に見てみよう。

■ 「ごめん、ごめん」と謝りながら絞殺
 2015年3月、和歌山地検は80歳の父親を起訴した。罪名は殺人罪。2月に自宅和室で長女(41)の首を電気コードで絞めた。殺人未遂で逮捕されたが、長女が搬送先の病院で死亡したため、殺人罪での起訴となった。
 和歌山県警の取り調べに対し、父親は「娘が精神的に不安定で暴れるので、言うことを聞いてほしいと思って首を絞めた」と供述。朝日新聞が7日に報じた「殺人罪で父親起訴 和歌山・長女死亡で地検」の記事によると、自宅の壁には穴が開いていたり、ものが壊れていたりしたという。
 そして7月、和歌山地裁の裁判員裁判は「約20年間長女の暴力に耐え、努力を続けたが一向に改善せず、肉体的、精神的に限界を迎えた末の犯行で強く非難できない」とし、懲役3年、執行猶予5年の判決を言い渡した。判決から殺害の状況を確認しておく。
《被告は2月14日午後10時20分ごろ、自宅寝室で横になっている病身の妻を長女が布団の上からたたく姿を見て怒り、自分の死後に親族に迷惑はかけられないと考え、長女を殺害した》
 執行猶予の判決が出たこともあり、毎日新聞と朝日新聞が事件と裁判を詳細に報じた。前者は「和歌山・長女殺害:社会と考えたい 精神障害で家庭内暴力20年…行政への相談も途絶 父、28日に講演」、後者は「精神障害、一番苦しんだのは 暴力受けた20年、長女絞殺 【大阪】」との見出しで掲載された。それぞれの一部を引用させていただく。
《3人の子供がいる5人家族。末っ子の長女は、【註:原文は父親実名】さんにフレンチトーストを手作りしてくれる「優しい子」だった。だが、高校卒業後に就いた仕事はいずれも長続きしなかった。20歳ごろからは家にひきこもり》
《01年12月。長女は買い物で帰りが遅くなった妻をとがめ、窓から皿10枚を隣の家に投げつけた。警察に保護され、精神鑑定の結果、「情緒不安定性人格障害」と診断された。「ショックだった。外見もしゃべり方も普通の子なのに」
 暴力は毎日のように続いた。標的は妻だった。ハサミで刺す。家中のガラスを割る。隣の家に包丁を投げたこともある》
《相談を受けた警察が暴れる長女を保護し、保健所の職員が精神科に連れて行くことも度々あった。自己中心的、他罰的になり、暴言や暴力行為などの症状が見られるパーソナリティー障害などと診断され、入退院は11回を数えた》
《警察から「事件でない限り、これ以上の対応はできない」として刑事告訴の選択肢も示されたが、できなかった。(略)考えつく全ての機関に助けを求めたが状況は変わらなかった》
《長女はクラシックなど音楽が好きだった。「お父ちゃん、聴いてみる?」。よくお気に入りの音楽を保存した携帯電話につけたイヤホンを差し出し、メロディーを聴かせてくれた。そしてあの日、いつものように勧めてくる長女のあどけない表情を見て、頬を手でなでた。「お母ちゃんからもらったきれいな肌を大切にしいや」。ひょう変したのは、その数時間後だった》
《「お菓子買うてこい」市中心部の住宅街にある築50年の一軒家。午後7時半ごろ、2階の部屋から起きてきた長女が言った。【註:父親実名】さんはワッフルを買って来たが、長女は「こんなもんいらん」と拒んだ。午後10時すぎには、自宅が気に入らないと大声をあげ始めた。長女はベッドに横たわる妻(75)を布団ごしに何度もたたいた。
 妻と長女との3人暮らし。妻は昨年5月から間質性肺炎を患い、足腰も弱っている。布団を頭までかぶり、おびえる妻の姿が目に入った。なぜ暴力を振るうのか、自分が死んだらどうなるのか――》
《約20年前から繰り返されてきた光景。限界だと思った。【註:父親実名】さんは「ごめん、ごめん」と言いながら、こたつの電気コードを持ち、背後から長女の首を絞めた》

■「友だちのような」三男を刺殺
 2014年6月、警視庁南大沢署は会社員の父親(64)を殺人容疑で緊急逮捕した。自宅で午前3時ごろ、警備会社でアルバイトをしていた三男(28)の胸を包丁で刺したのだ。
 裁判は東京地裁立川支部で開かれ、裁判長は同年11月に「相当やむを得ない部分があった」として懲役3年執行猶予5年を言い渡した。
 法廷で何が明らかになったのか、朝日新聞は同年12月に「父『更生の道、歩ませるべきでした』 暴力ふるう三男殺害、父の刑猶予」を掲載した。デジタル版の記事と併せ、裁判の推移を紹介しよう。
 父親は逮捕前、監査法人で働く会社員だった。同僚の印象は「まじめ」、「誠実」だったという。
《約10年前、三男は都立高2年生のとき、精神の障害と診断された。浪人生活を経て大学に進学。卒業後はガス会社に就職した。
 しかし、次第に変化が生じる。仕事がうまくいかず職を転々とした。「自分をコントロールできない」と本人も悩んでいた。昨年夏ごろから家族への言動が荒くなり、暴力も始まった。
 今年5月には母親が蹴られ、肋骨(ろっこつ)を骨折。「これから外に行き、人にけがをさせることもできる」。三男はそんな言葉も口にした》
 父親は警察、保健所、主治医に相談を重ねた。そして警察や保健所が医師任せにする中、主治医は「警察主導の措置入院」を勧める。警察による強制的な入院を指すが、警察は前向きではなかった。三男が暴れ、父親などが通報しても、警察官が駆け付ければ落ち着いた。警備会社でのアルバイトも続いていた。
 そして6月6日を迎える。三男がアルバイト先で使う仕事道具を、母親が誤って洗濯。三男は「殴る蹴る以上のことをしてやる」と怒鳴り、母親は父親に助けを求めるメールを送信した。
 父親が急いで帰宅すると、三男が暴れていた。両親の顔を殴るなど、いつも以上に暴力的だった。父親が110番し、警察官が駆け付けると再び落ち着いた。父親は措置入院を懇願したが、警察官は「措置入院にするのは難しい」と否定した。
 父親は妻と長女を守ろうと、三男の殺害を決断。翌7日の午前3時前、寝ている三男の左胸を包丁で突き刺した。その後、父親は何をしたのか、朝日新聞の記事「『妻と娘を守る義務がある』 三男殺害、父への判決」(14年12月4日掲載)を引用させていただく。
《刃物を胸に突き刺すと、血が流れ出る音がした。しばらくして、手を三男の鼻にかざした。息は止まっていた。
 父親はそのまま、三男に寄り添って寝た。
 弁護人「何のために添い寝を」
 父親「三男とは、もとは仲が良かった。三男のことを考えたかった」
 父親は法廷で、何度か三男との思い出を口にした。
 ともにプラモデルが好きで、かつて三男は鉄人28号の模型を自分のために作ってくれた。大学受験の時には一緒に勉強し、合格通知を受け取った三男は「お父さん、ありがとう」と言った。大学の入学式、スーツ姿でさっそうと歩く三男をみて、とてもうれしかった――と。
 弁護人「あなたにとって、三男はどのような存在でしたか」
 父親「友達のような存在でした」「三男にとっても、私が一番の話し相手だったと思います」
 朝になり、父親は家族に事件のことを話さぬまま、警視庁南大沢署に自首した。
 家を出る前、「主治医に相談に行かない?」と尋ねた妻に、「行くから。休んでて」とだけ告げたという》
 出廷した母親は涙ながらに「私は三男と心中しようと思ったが、できませんでした。警察などに入院をお願いしても、できなかった。どうすれば良かったか、わかりません」と証言した。
 判決で裁判長は「被害者の人生を断ったことは正当化されないが、相当やむを得ない部分があったと言わざるを得ない。被告は、被害者の人生の岐路で、父親として懸命に関わってきた」と指摘した。その後の説諭は、記事を引用させていただく。
《裁判長「家族を守ろうとしていたあなたが、最終的には家族に最も迷惑をかけることをした。これからは、もっと家族に相談するよう、自分の考えを変えるようにして下さい」
 父親は直立し、裁判長の言葉を聞いた。
 法廷には、母親のすすり泣く声が響いていた》

 ■被告の大半は高齢の父親
 2009年7月、千葉県警は経営コンサルタントの父親(67)と母親(61)を殺人の疑いで緊急逮捕した。無職だった長男(35)の首を電気コードなどで絞め、弁護士と共に船橋東署を訪れて自首した。
 千葉地裁の裁判員裁判では、長男が10年前に精神疾患を発症。父母が殴られたり蹴られたりして将来を悲観していたことが明らかになった。
 まず母親がバンダナで長男の首を絞め、父親が長男の名前を呼び、「これしかないよ」と言って電気コードを首に巻きつけた。そして父母がコードを引っ張りながら殺害したという。判決では父母の2人に懲役3年、執行猶予5年が言い渡された。

 他にも3つの判決がある。これまで記事で紹介してきた判決と合わせて表にした。ご覧いただきたい。

 

 78年に判決が下された事件は「開成高校生殺人事件」として大きく報道された。“子殺し”で執行猶予がついた判決も注目を集めた理由だが、やはり近年の事件と比べると、親も子供も若いことが印象的だ。
 読売新聞は17年、「[孤絶 家族内事件]親の苦悩(9)独房で読経 苦しむ父」を掲載し、《親が障害や病気に悩んだ末に子供を手にかけた殺人事件(2010~16年)の判決を調べたところ、実刑は6割で、残りは執行猶予だった》と報じた。

 今後、熊沢容疑者の事件は、捜査や法廷でどこまで真相が明らかになり、どんな判決が下るのだろうか。

 週刊新潮WEB取材班

   ◎上記事は[デイリー新潮]からの転載・引用です
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