認知症事故と損害賠償/(下)在宅ケアの流れに逆行、鉄道会社の責務、厳密な見守り義務ない(2013/10/17)

2013-10-18 | Life 死と隣合わせ

特集ワイド:認知症事故と損害賠償/下 在宅ケアの流れに逆行、鉄道会社の責務、厳密な見守り義務ない
 毎日新聞 2013年10月17日
 認知症の高齢者が線路内に入り、列車にはねられて死亡した徘徊(はいかい)事故。遺族に厳格な見守り義務を認め、賠償金支払いを命じた今年8月の名古屋地裁判決をどう考えればいいのか。介護、運輸安全対策、法律の専門家に問題点や課題を聞いた。【浦松丈二】
 <事故・裁判の概要>
 2007年12月7日、愛知県大府(おおぶ)市のJR共和駅構内の線路上で、重い認知症の男性(当時91歳)が列車にはねられて死亡した。JR東海は男性を在宅介護していた遺族に対し、列車遅延による損害賠償720万円を請求。名古屋地裁は8月に「注意義務を怠った」として遺族に全額賠償を命じた。遺族は控訴した。

*判決は在宅ケアの流れに逆行−−東洋大准教授・柴田範子さん
 判決は「民間のホームヘルパーを依頼したりするなど、父親を在宅介護していく上で支障がないような対策を具体的にとることも考えられた」として、家族の過失を認定した。だが判決の事実認定をみると、長男の妻がわざわざ介護のために転居するなど家族は献身的に介護しており、一時的に目を離したことを過失とされたのでは、在宅介護が成り立たなくなる。
 認知症の人が外に出るのは何かをしたいからで、本人の気持ちが背景にある。このため、どれほど家族が注意しても徘徊は起きる。私たちが運営する施設に通う70代の認知症女性も現金を持たずにJR川崎駅の改札をすり抜け、立川駅まで行ってしまったことがある。この時は女性が間違えて息子の靴を履いていたため、駅員が認知症を疑って声をかけてくれた。徘徊は認知症の特性であり、地域全体で見守っていくしかない。
 厚生労働省は今年度から「認知症施策推進5カ年計画(オレンジプラン)」をスタートさせた。病院や施設中心の認知症ケアを、できる限り住み慣れた地域で暮らし続けられるように在宅介護にシフトさせる内容だ。その柱の一つ、認知症の人と家族を支援する「認知症サポーター」養成講座の受講者はすでに400万人を超え、全国レベルの取り組みが始まっている。
 ところが今回の判決は、地域で認知症の人と家族を見守っていこうという時代の流れに逆行するものだ。男性の外出を検知する玄関センサーをたまたま切っていたことや、男性の妻(当時85歳)が短時間まどろんだことなどから、見守りを怠ったと判断したことは大変な誤りだ。
 公共性の高いJR各社や裁判所などの公的機関は認知症の特性をよく理解して対応してもらいたい。徘徊を前提とした見守りができるよう、超小型の全地球測位システム(GPS)の開発なども求められている。

*事故防止は鉄道会社の責務だ−−関西大教授・安部誠治さん
 認知症の男性をはねたJR東海について、判決は「線路上を常に職員が監視することや、人が線路に至ることができないように侵入防止措置をあまねく講じておくことなどを求めることは不可能」として、注意義務違反を認めなかった。しかし、ただ免責するだけでは事故の教訓は生かされない。ホームや踏切など施設の安全性を向上させていく鉄道会社の社会的責任を指摘すべきだった。
 JR東海は決して余力がない赤字企業ではない。旧国鉄から東海道新幹線という「ドル箱」を引き継ぎ、巨額を投じてリニア中央新幹線を建設しようとする超優良企業だ。収益の一部を既存路線の安全性向上に投じ、施設改善を図る十分な財務基盤がある。JR西日本は05年の福知山線の脱線事故の後、ATS(自動列車停止装置)を大量に導入している。
 事故現場の駅は、ホームから簡単に線路に下りられる構造だったという。同じような構造の駅は多数あり、それだけで過失だとまでは言えない。しかし、JR東海に認知症の人が時に予測不能な行動を取り、線路に入ってしまうという認識があれば、重い認知症の人の遺族に損害賠償訴訟を起こすという対応はなかったのではないか。
 JR東海は、事故の直接的な責任者を追及していく旧国鉄時代からの「責任事故」という考え方に縛られているようだ。線路上に本来いないはずの人がいたために事故が起きた。その人は認知症で責任を問えない。ならば見守りを怠った家族の責任だ、と人的ミスを次々に追及する論理だ。
 人的ミスは根絶できない。だから人的ミスを追及していくだけでは事故はなくならない。認知症の高齢者が急増しているという背景にこそ目を向けるべきだ。認知症の高齢者の事故をどう防ぐかは、安全性向上を責務とする鉄道各社共通の課題だ。事故原因を人的ミスだけに帰し、責任者を追及するだけでは社会的責任を果たしたことにならない。

*家族に厳密な見守り義務ない−−早稲田大教授・田山輝明さん
 この判決の影響は極めて深刻だ。判決によると、認知症の親を積極的に介護した者は重い責任を負うことになる。これでは誰も介護できない。
 まず第一に、判決は、死亡した認知症の男性の子どものうち長男だけを「法定監督義務者や代理監督者に準ずる者」として、親を監督する義務を負わせた。「法定監督義務者」とは例えば未成年の子どもに対する親権者だ。また「代理監督者」は子どもを預かった保育園の保育士さんに相当する。
 しかし、高齢の親に対し、非常に厳密な見守り義務や介護の義務を家族に負わせる法律は日本にはない。従って今回のケースでは、認知症男性の法定監督義務者は存在せず、当然、その代理もいないと判断するのが妥当だ。確かに、兄弟姉妹や直系血族は互いに扶養義務を負ってはいるが、可能な範囲で経済的な支援をすればいいことになっている。認知症の父親を24時間、厳密に監督して、その行動に全責任を負う義務も「準じた義務」もなく、判決の論理は法律上、無理がある。
 第二に、判決は認知症の男性が財産の管理能力を失っていたことから「本来は成年後見の手続きが取られてしかるべきであった」と指摘した。だが成年後見人になることは義務ではない。成年後見人にならない選択も許されると理解すべきだ。
 判決に従えば、成年後見人を引き受けた場合、被後見人に対して厳密な見守り義務を負うことになる。認知症の高齢者は今後急増が予想され、精神障害者や多重債務者の一部にも成年後見人の制度は必要なのに、このような判決がまかり通れば、成年後見人のなり手がいなくなり、制度の存続すら危ぶまれる。
 成年後見人には被後見人の財産管理と適切な見守りをお願いすべきだ。被後見人により第三者が被害に遭った場合のために、保険会社が徘徊事故についての損害保険を開発したり、限定的な公的補償制度も検討すべきだろう。

*人物略歴
・しばた・のりこ
 1949年生まれ。介護サービスの特定非営利活動法人「楽」理事長。著書に「介護職のためのきちんとした言葉のかけ方・話の聞き方」など。
・あべ・せいじ
 1952年生まれ。NPO・鉄道安全推進会議副会長。公益事業学会前会長。著書に「鉄道事故の再発防止を求めて」など。
・たやま・てるあき
 1944年生まれ。東京・多摩南部、杉並区の成年後見センター理事長。早稲田大学前副総長。著書に「成年後見読本」など。
 *上記事の著作権は[毎日新聞]に帰属します
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認知症事故と損害賠償/(上)介護現場に衝撃の判決 (毎日新聞 2013/10/16) 
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記者の目:認知症高齢者の施設受け入れ=中西啓介
 毎日新聞 2013年05月14日 00時40分
 1月から3カ月間、神奈川県三浦市の介護老人保健施設(老健)「なのはな苑」に密着し、認知症で行き場を失った人たちを連載企画「老いてさまよう ある老健より」(4月掲載)で取り上げた。取材で目の当たりにしたのは、十分な介護技術がないために多くの施設が認知症の人の受け入れを拒否している現実だ。認知症の高齢者はこれからも増加する一途とみられ、受け入れ先を求めてさまよう人を出さないためには優れた介護技術の普及が急務だ。
 ◇自立支援の介護技術が要
 なのはな苑に泊まり込んだ2月5日午前4時ごろ、ソファで寝ていると突然、花瓶の水をひっくり返したような音が枕元で響いた。施設利用者の女性が記者のすぐそばの廊下で放尿していた。
 認知症は物を忘れるだけの病気ではない。進行すると、尿意などの知覚や飲み込み動作など生きるために必要な機能が失われることもある。ここでは失禁は日常的な光景だが、もしこれが深夜の家庭で起こるとなると、家族は冷静ではいられないだろう。
 「介護のため寝かせてもらえない極限状態を経験する。首を絞めようと思ったことがない家族はいないと思う」。同県横須賀市で認知症の妻を介護する男性(65)は、そう本音を打ち明けた。はた目には仲の良い夫婦だが、介護する家族の思いは複雑だ。
 ◇症状進むほど、なくなる行き場
 短い期間でも受け入れる施設があれば家族は緊張を一時的に解くことができる。だが、実際は施設探しに多大な苦労を強いられる。若年性認知症となり昨年12月に68歳で急逝した妻「ハーちゃん」の夫(75)は、長年の介護から「刻々最善」という言葉を考え出した。施設からいつ介護を打ち切られるか分からない妻のため、常に数カ月先の施設探しに最善を尽くさなくてはならないとの意味だという。
 言葉による意思疎通が難しい妻は、ショートステイ先の特別養護老人ホーム(特養)などで、介護担当の職員をたたくこともあった。「何で怒り出すのか分からなかった」(職員)ため、夫は抵抗を感じつつ、妻に向精神薬を飲ませざるを得なかった。
 少しでも病の進行を遅らせようと「脳トレーニングドリル」に励む妻の姿を、今も夫は忘れない。少しずつ、しかし確実に失われる妻の記憶。「私はバカになっちゃったの?」と涙を流すいとおしい妻は、次々と行き場を失って6カ所の施設をさまようことになり、夫は怒りを覚えた。
 ◇「強制せず理解」新手法で実践
 だが、介護を拒否される原因となった妻の暴力は、なのはな苑に来ると消え、和やかで明るい女性に戻った。他の施設の介護とどのような違いがあるのか。寝泊まりしながら取材を続ける中で、気付いたことがある。施設利用者が24時間自由にフロア内を歩くことができ、他の利用者の部屋に入ってもとがめられることがないのだ。
 「行動を制限したり、嫌がることはしない。この基本を実践しているのです」と同苑の松浦美知代看護部長は説明する。施設が果たすべき役割は、認知症の人たちが自分で食事や排せつができ、自立した生活を続けるためにサポートすることだという。
 ここではトイレの場所が分からなくなったという理由だけで、おしめを着けることはない。食事の時間は決まっているが、食べたくない人には無理強いをせずに待つ。職員は利用者の発言や行動を詳細に記録し、うまく言葉で伝えられない要求を理解するように努めるなど最新の介護手法も積極的に取り入れている。
 松浦部長は「認知症介護のスキルアップは現状では施設の自主努力に依存しており、介護技術に大きな差がある。国レベルで本当に優れた技術を確立し、全国に広めるべきだ」と訴える。同感だ。多額の予算がかからず即効性のある認知症対策だし、在宅介護の助けにもなるだろう。
 「妻には悪いと思いながら、毎月2泊3日のショートステイの時だけが、ゆっくり眠れます」とある男性(61)は胸の内を語った。男性も特養から突然妻の介護を拒絶され、途方に暮れたことがある。疲弊した家族にとって、数日でも安心して入所させられる施設が住み慣れた地域に確保されることは切実な願いだ。
 認知症の人たちと話を重ねるとユニークな経験や経歴に驚かされることが多かった。4月8日に死去した英国のマーガレット・サッチャー元首相も10年以上の闘病生活を送った。認知症は地位や経歴にかかわらず、誰もが当事者になり得る。本人が行き場を失ったり、家族が心をすり減らしたりしないための支えが必要だ。(特別報道グループ)
 *上記事の著作権は[毎日新聞]に帰属します
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 認知症男性の列車事故 720万円損害賠償命令で波紋 社会で保障する仕組みを  
認知症の親が加害者になってしまったら、賠償をどのように負わなければならないのか 
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上田哲・長門栄吉裁判長「アホ判決」(名地裁・高裁)91歳の認知症夫が電車にはねられ、85歳の妻に賠償命令 2014-05-28  
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認知症徘徊男性の列車事故訴訟 最高裁弁論 2016/2/2 家族側「一瞬も目を離さずに見守るのは不可能」 
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認知症徘徊男性のJR事故死 ≪家族側、逆転勝訴≫ 家族の賠償責任認めず 最高裁 2016/3/1
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