君が代起立斉唱義務付け条例:大阪府議会で成立 教員に義務付け--全国初
大阪府内の公立学校教職員に君が代の起立斉唱を義務付ける全国初の条例が3日、府議会本会議で成立した。橋下徹知事が率いる首長政党「大阪維新の会」府議団が提出。公明、自民、民主、共産は反対したが、過半数を占める維新や、みんなの党などによる賛成多数で可決された。橋下知事は、不起立を繰り返す教職員の懲戒免職を盛り込んだ処分基準を定める条例案を9月府議会に提出する方針を示している。
条例は「我が国と郷土を愛する意識の高揚」「服務規律の厳格化」などを目的に掲げ、府立と政令市を含む市町村立の小中高校、特別支援学校の教職員を対象としている。
「学校の行事において行われる国歌の斉唱にあっては起立により斉唱を行うものとする」と明記し、府施設での国旗の常時掲揚も義務付けた。罰則規定はない。
討論で、維新は「模範となるべき教職員が繰り返し職務命令違反する行為が子供に与える影響は計り知れない」と必要性を強調。これに対し、公明は「条例よりも職務命令など管理監督を徹底すればすむ」、自民、民主も「条例化の必要はない」などと反論した。自民が提出した国旗の常時掲揚だけを義務付ける条例案は否決された。【高山祐、堀文彦、佐藤慶】毎日新聞 2011年6月4日 東京朝刊
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君が代条例案 自治の土台が揺らぐ
行き過ぎた対応としか思えない。
大阪府の橋下徹知事が代表を務める「大阪維新の会」の府議団が、君が代の斉唱時に教員に起立、斉唱を義務付ける条例案を提出した。大阪府は今後、違反した教員の処分基準を定める方針も示している。
知事は「国旗国歌を否定するなら、公務員を辞めればいい」「職務命令に関しての思想信条の自由は認められない」と繰り返し主張している。何が目的なのか、これでは説明が足りない。
憲法は思想良心の自由を保障し、教育基本法は教育への不当な支配を禁じている。国旗国歌法が成立したのは1999年。当時の政府が「内心に立ち入ってまで強制するという趣旨ではない」と明言したことを踏まえれば、条例化は適当とは言えない。知事と府議団に再検討を求める。(信濃毎日新聞5月27日)
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君が代訴訟 少数者の「心」も大事に
中日新聞 社説 2011年5月31日
君が代斉唱時の起立命令は憲法に反しないと、最高裁が断じた。大阪府では起立・斉唱を義務化する条例案が提出されたばかりだ。国旗・国歌については、おおらかに考えてもいいのではないか。
不起立を貫く教員は、東京ではいまや少数者である。昨年度の卒業式で処分を受けたのは、六人にすぎない。二〇〇三年度の処分者数は約百八十人で年々、激減した。〇三年に都教育委員会が出した「起立・斉唱」の通達が、いかに効力を発揮しているか歴然である。
処分をめぐり数々の訴訟が起きた。〇四年に卒業式で起立せず、戒告処分を受けた元教諭のケースもその一つだ。不起立は「戦争の歴史を学ぶ在日朝鮮人、中国人の生徒に対し、教師としての良心が許さない」という意思だった。
別の裁判の一審判決では「日の丸・君が代が軍国主義思想の精神的な支柱だったことは歴史的事実」と書かれたこともある。
憲法一九条が保障した「思想・良心の自由」に抵触するかどうかが最大のポイントだった。最高裁は、校長が命じた起立・斉唱の行為を「慣例上の儀礼的な所作」という性質があり、「歴史観や世界観それ自体を否定するものではない」と合憲判断に導いた。
懸念されるのは、大阪府の橋下徹知事率いる地域政党が、君が代の起立・斉唱を義務付ける全国初の条例案を提出したことだ。秋には複数回の違反で懲戒免職となる条例案の成立もめざしている。
「公務員に(不起立の)自由なんてない」「三回違反すれば免職とするルールとすればいい」などと橋下知事は発言している。
教員をクビにしてまで、君が代を押しつけることに、どんな深い意味があるのか。一九九九年の国旗国歌法が成立した際には、当時の小渕恵三首相は、わざわざ「新たに義務を課すものではない」と談話を発表した。野中広務官房長官も「むしろ静かに理解されていく環境が大切だ」と述べていた。少数者の思いを理解する寛容さがほしい。
サッカーの国際試合やオリンピックなどで、大勢の国民が日の丸を振りつつ、君が代を口ずさむのは、決して誰かに強制されたものではないはずだ。
判決の補足意見では「自発的な敬愛の対象となるような環境を整えることが重要」との一文があった。自然な方がいい。「歌え、歌え」と強制される君が代は、ややもすると「裏声」になる。
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◆君が代起立命令は合憲=最高裁/「思想・良心の自由を間接的に制約する面がある、との指摘は重い」橋下知事2011-05-30
◆橋下徹大阪府知事 国歌起立条例案 これが民主主義だ2011-05-19
◆「君が代起立」条例案 橋下・大阪府知事、不起立教員「辞めてもらう」2011-05-18
◆大阪府立校など、国歌「起立義務付け」へ ルールを守らない教員は、処分も2011-05-15
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〈来栖の独白〉
本件に関しては、信濃毎日新聞も云う“憲法は思想良心の自由を保障し、教育基本法は教育への不当な支配を禁じている。国旗国歌法が成立したのは1999年。当時の政府が「内心に立ち入ってまで強制するという趣旨ではない」と明言したことを踏まえれば、条例化は適当とは言えない。”に尽くされているだろう。中日新聞の“判決の補足意見では「自発的な敬愛の対象となるような環境を整えることが重要」との一文があった。自然な方がいい。「歌え、歌え」と強制される君が代は、ややもすると「裏声」になる。”も、穏当だ。
憂慮するのは、知事率いる地域政党が議会で多数を占め、いかなる理不尽、暴力的な案件であっても知事の思惑通りに成立するという事態だ。
ところで、見過ごされてはならない重大なことがある。国際社会のなかの日本は、どうあるべきか、という問題だ。国防・安全保障のことだ。いずれ稿を改めたいと思っている。いまは、金美齢著『戦後日本人の忘れもの』から、わずかに引用しておきたい。
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p55~
もしそれを言うなら、世界で罪を犯していない「民族精神」など皆無だろう。中世北欧伝説(サガ)の英雄たちは、海上からヨーロッパ各地に侵入し、掠奪・征服をほしいままにするバイキングだった。
スペインが誇る「探検家精神」にあふれた船長たちは、南米を侵略し、インカ文明を見ごと潰してしまった。「ジョンブル気質」横溢のイギリス将軍たちは、世界最大の植民地帝国を築いた。アメリカ人の「開拓者精神(フロンティア・スピリッツ)」はインディアンを殺し、ドイツ人の「ゲルマン魂」はユダヤ人を殺し、そして今日、中国人の「中華民族主義」は、チベット、ウィーグル地方、モンゴルなどに対する厚かましい植民地支配を正当化して恥じるところがない。
このように、どの国も似たりよったりのあまり褒められない歴史を持っているわけだが、自国の歴史や民族に対する自虐的な捉え方において、日本人はいささか特別である。おそらく世界でもこのような国は絶無だろう。
大体において、世界に類例のないような考え方というものは、押しなべて不健全だと私は思っているが、日本では一般にこのような自虐意識が正義であり、良心的であるとされている。
日本人だけがなぜと、私はよく考える。日本人の国民性や歴史的条件などに部分的な解釈を見出すことも可能だが、最大の要因は、やはり日本が戦争に負けたことにある、と私は睨んでいる。
もっとも、日本が戦争に勝っていたら「日本精神」がどうなっていたかと想像すると、このほうがもっとぞっとすることではあるが・・・。
じつは、私が「日本精神」と呼ばれるものを嫌いな訳は、まさにそのあたりにある。そこには偏狭な、奇矯な、不寛容な空気が張りつめている。神がかった、バランスを欠いた、非合理的な精神状態が色濃く表出されている。
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田母神俊雄著『田母神国軍 たったこれだけで日本は普通の国になる』(産経新聞出版)
p169~
我が国が核武装を目指す場合、国内的な合意を取ることが相当に難しいし、また核武装国はこれを邪魔しようとするでしょう。(略)
日本の核アレルギーは相当なもので、核をアメリカに落とされたことも忘れてしまっているほどですが、1番の問題は、国民も政治家も核兵器がどういう兵器なのか、わかっていないということです。核兵器は先制攻撃に利用するものだと思われていますが、国際社会では「核兵器は防御の兵器」というのが常識です。
核兵器はその破壊力があまりにも強大であるために、核戦争に勝者はいません。核で先制攻撃したところで必ず報復されますから、これもまた負けに等しい。
ですから核は、「やれるならやってみろ、だけどやったら報復するぞ」と思わせておいて、実際は誰も使いはしないし、使わせもしないという“防御的”な兵器なのです。
また、核兵器は、これまでの通常兵器のように戦力の均衡というものを必要としません。通常兵器の場合は、相手国が100で自国が1というほどの戦力差をつけられていれば、たとえ1を持っていようとも何の抑止にもなりません。しかし、核の場合は、アメリカやロシアがそれを何千発保有していようが、インドや北朝鮮が数発持つだけで十分に抑止力になります。
日本の場合は、核武装について議論をするだけでも、核抑止力は向上します。外交交渉力も向上するのです。それだけでも、国際社会の中で日本の発言力は高まります。しかし、「核武装はしません」と公言した途端に、世界中から相手にされなくなるのです。(略)
アメリカもロシアも、自分たち以外の国に核武装をさせたくないのが本音です。NPTという枠組みで世界的に核軍縮を呼びかけていますが、あれはタテマエでしかありません。アメリカもロシアも「核を廃絶する方向に行くよ」と単なるジェスチャーをしているの過ぎないのです。
「私たちも核廃絶に向けて努力するのだから、いまから核武装しようとは考えないでください」ということで、本音は、「皆さんが核武装を考えなければ、私たち核保有国の優位は永遠に続きます」と言っているわけです。
そんな核保有国の意図もわからずに、日本の首相はそれにまともに乗っかってしまう。2009年9月、ニューヨークの国連本部で開かれた核軍縮・核不拡散に関する安全保障理事会の会合で、鳩山由紀夫首相(当時)は非核三原則を堅持すると改めて宣言しました。
鳩山さん本人は心の底から、そうすれば世界から尊敬されると思っているのだから重症です。当然ながら、世界中の国が、「馬鹿な首相もいるな」と思ったはずです。誰も言わないけれど、世界中の失笑を買ったのは明らかです。
あの場では、「日本は唯一の被爆国だからこそ、二度と核攻撃されないためにも核武装する権利がある」と言うべきでした。鳩山氏、ひいては日本の政治家は、「国際政治を動かしているのが核兵器だ」ということを全く理解していないのだから、呆れるばかりです。