石平太郎@liyonyon 3 時間前
トランプ次期政権の米通商代表に対中強硬派のライトハイザー氏が任命された。これでトランプ政権の対中国戦略の全体像がはっきりと見えてきたが、それはどういうものか、先月掲載の小論が参考になる。
2017年はやはり、米中本格対決の年だ!
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8459
――――――――――――――――――――――――
2016年12月15日
台湾総統との電話会談、中国との対決も辞さないトランプ次期大統領
石 平 (中国問題・日中問題評論家)
■長年のタブーを破った電話会談の意味
ドナルド・トランプ氏が次期米大統領に当選して以来、彼のとった最も衝撃的な行動の一つはすなわち、12月2日に台湾の蔡英文総統と電話会談したことである。
周知のように、1979年に米中両国が国交を結んで以来、中国の主張する「一つの中国の原則」の下で、アメリカの大統領あるいは次期大統領は公式・非公式を問わず、台湾の指導者との接触を避けてきた。アメリカ政府のトップが台湾総統と直接にやりとりするようなことは長年タブーとされてきたのである。
しかしトランプ次期大統領はこの30数年来のタブーをいとも簡単に破ってしまったことから、米国国内でも大きな反響と反発を呼ぶこととなった。
どうしてこのような破天荒な行動をとったのかについて、トランプ氏自身は「台湾総統から祝福の電話をもらい、それに応じた」と釈明しているが、それを額面通り受け取る人はほとんどいないだろう。第一、トランプ氏が当選したのは11月9日のことであり、台湾総統がそれから数週間経って当選を「祝福」する電話をかけるようなことは常識的にはあり得ない。
しかも前述のように、台湾政府はアメリカの大統領や次期大統領と「音信不通」となってから久しく、台湾総統がアメリカの次期大統領に「祝福」の電話をかける前例や慣例はない。したがって蔡英文総統が自発的にトランプ氏に電話をかけたとはとても考えられない。
しかし実際、蔡総統が電話をかけてくるような形で会談が実現したということは、要するにトランプ氏サイドから、台湾総統に「祝福」の電話をかけてくるよう働きかけ、驚喜した蔡総統がそれに従って電話をかけたのだろう。
つまり、トランプ次期大統領と台湾総統との電話会談は、トランプサイドが計画して仕掛けた一つの外交事件なのである。
計画して仕掛けた会談なら、トランプ氏は当然、長年のタブーを破って中国が自らの「核心的利益」と称する台湾問題に関わるこの行動は、虎の尾を踏むが如く中国を激怒させるリスクがあることを十分に承知しているはずである。少なくとも習近平政権からすれば、トランプ氏のこの行動は中国に対する「敵対行為」以外の何ものでもない。トランプ氏があえてこのような行動に打って出たことは要するに、彼は中国との対決も辞さない覚悟をすでに決めていることを意味するのであろう。
実際、2015年6月16日、トランプ氏は米大統領選への出馬表明の際、中国のことを「敵」だと明確に位置づけた。その時彼は、「私が中国を敵として扱うことが面白くない人間もいるが、やはり中国は敵以外の何者でもない。アメリカは深刻な危機に直面しており、かつて勝ち組だったのは昔話である。最後にアメリカが誰かを打ち負かしたのはいつだった? 中国に貿易でアメリカが勝ったことがあるのか」と、「中国は敵だ」と言い切ったことから自らの選挙戦を始めた。これこそがトランプ氏の中国に対する基本認識であり、12月2日の台湾総統との電話会談という大胆不敵な行動につながったのだろう。彼はやはり「確信犯」だったのである。
■外堀を一つずつ埋めていく用意周到なトランプ氏
大統領に当選してから12月2日の電話会談まで数週間かかったことから、トランプ氏は次期米大統領の行動の重みを自覚した上で、この一歩を踏み出すために周到な準備を進めてきたと思われる。このような視点からトランプ氏が当選後にとった一連の外交行動を眺めてみれば、バラバラに見えるそれらの行動は、一本の太い線で貫かれていることが分かる。その線とはすなわち「中国との対決」、トランプ氏はまさにこの世紀の対決に備えるために、当選以来次から次へと外交上の布石を一つずつ打っていった、と見てよいだろう。
トランプ氏が打った布石の一つひとつを、順を追って見てみよう。
次期米大統領に当選した翌日の11月10日、トランプ氏はまず、日本の安倍晋三首相と電話会談を行い、17日にニューヨークで会談を実現させる方向で調整を進めるとした。
同日、トランプ氏は弾劾される前の韓国の朴槿恵大統領とも電話会談を行い、強固な韓米同盟と米国の防衛公約を改めて確認した。
当選翌日に行ったこの2つの電話会談の相手は、いずれもアジアにおけるアメリカの同盟国、米軍基地のある国の指導者である点に注目すべきであろう。選挙中の米軍基地負担問題に関する発言や同盟関係見直し論とも言われるような発言をうけ、日韓両国ともトランプ政権下での同盟関係の行方に不安を感じていたことは周知の通りであるが、当選翌日に行った上述の2つの電話会談によって、トランプ氏はこうした同盟国の不安を払拭したと同時に、アジアの同盟国を重視する姿勢を鮮明にした。来るべき「中国との対決」に備えて、トランプ氏はまず、アジアにおける同盟関係を固めておこうとしたのだろう。
11月14日、トランプ氏はプーチン露大統領と電話会談を行い、両国関係の正常化に向けて努力する、と合意した。クリミアの一件以来、米ロ関係は悪化の一途をたどってきたが、選挙中からプーチン大統領との「相思相愛」を表明してきたトランプ氏が、次期大統領としてロシアとの関係改善に乗り出すのは自然の流れである。
そして「中国対策」という視点からも、ロシアとの関係改善には大きな意味がある。米国との関係が悪化していく中で、プーチン大統領はオバマ政権との対抗のためにそれまで以上に中国の習近平政権と連携する姿勢を強めたが、それが逆に、中国のアメリカに対する立場を強くした。しかしトランプ氏による米ロ関係の改善は、このような中国に有利な状況を変えていく可能性が十分にあるのだ。
11月17日、日本側との約束通り、トランプ氏は次期大統領として安倍首相との直接会談に臨んだ。この原稿を執筆した12月14日時点で、安倍首相はトランプ氏が対面して会談した最初にして唯一の外国首脳である。会談は1時間半にも及び、安倍首相が大満足している様子からも、実りの多い会談であったことが推測できよう。
そして12月2日、トランプ氏は、フィリピンのドゥテルテ大統領とも電話会談し、来年にもホワイトハウスを訪れるよう求めた。周知のように、以前のアキノ政権時代、フィリピンはアメリカとの軍事的な連携関係を回復し、オバマ政権と手を組んで南シナ海における中国の膨張を封じ込める戦略の一端を担っていた。
しかし今のドゥテルテ大統領の政権になると、度の過ぎたフィリピン国内の麻薬撲滅措置に対してオバマ政権が批判的な立場をとったことから、ドゥテルテ大統領はオバマ大政権と文字通りに「喧嘩別れ」し、中国に寄り添う姿勢を示した。このままではアジアにおけるアメリカの「中国封じ込め戦略」の一角が崩れてしまうところだったが、トランプ氏がフィリピンの国内問題を不問にしてドゥテルテ政権との劇的な関係改善に乗り出したことで、その一角を守ることができそうな兆しが見えてきた。
このように当選から1カ月足らずで、トランプ氏は実によく練り上げた計画とスケジュールで、日韓両国との同盟関係を固め、ロシアやフィリピンとの関係改善に乗り出した。これらの行動は、中国に対するアメリカの外交的立場の強化につながるだろう。習近平政権の外堀を一つずつ埋めていく作業を続けていたのである。
■「台湾問題」という本丸に攻め込む
この一連の用意周到な準備の上、フィリピン大統領と電話会談した12月2日、満を持して前述の台湾の蔡英文総統との電話会談を敢行した。
トランプ氏はこの日のツイッターで、蔡氏を「台湾総統(The President of Taiwan)」と呼び、「私の当選祝いのために電話をくれた。ありがとう」とも書き込んだ。
そしてトランプサイドの発表によると、両者は「経済、政治、安全保障での緊密な関係が台湾と米国の間にある」と確認し合ったという。
中国が決して国として認めない台湾の総統をまさしく「総統」と呼んで、「経済、政治、安全保障での緊密関係」を確認し合ったとは、それはもはや国家間首脳同士の会談以外の何ものでもない。中国が米中関係の「基本原則」としている「一つの中国」は、このように骨抜きにされたのである。
言ってみればトランプ氏は当選以来、アジアの同盟国や周辺国との関係強化を図り、習政権の外堀を一つずつ埋めた上で、今度は一気に、中国が対米外交と国際戦略において死守してきた「台湾問題」という本丸に攻め込んでいった、ということである。
■対決姿勢を強めるトランプ氏
そしてその日以来、トランプ氏は中国との対決姿勢をよりいっそう鮮明なものにしていく。
12月4日、ツイッターに「中国は南シナ海の真ん中に巨大な軍事施設を建設していいかと尋ねたか。私はそうは思わない!」と記し、南シナ海で中国が進める軍事拠点化の動きを批判した。
中国の通商政策に関しても、「米企業の競争を困難にする通貨の切り下げや、中国向けの米国製品に重い課税をしていいかと尋ねたか」と書き込んだ。
12月7日、トランプ氏は、真珠湾攻撃75周年に当たって談話を発表した。その中で彼は「米国の敵は75年間で変わったが、平和の追求には、勝利に代わるものはない」と訴えた。このタイミングでのこの発言は実に興味深いものであった。
真珠湾から75年、米国にとっての敵は当時の大日本帝国から別の国に変わったと彼が言っているが、その別の国はどこの国なのか。現実的に、今の世界でアメリカの敵国となり得る国力、軍事力を持つのはロシアと中国であろうが、プーチン大統領との関係改善を急ぐトランプ氏にとってロシアは当然敵ではない。ならば、彼の意識の中にある「新しい敵」はまさに中国のことではないか。こうして見れば、「平和の追求には勝利に変わるものはない」という言葉は、中国に対する「宣戦布告」の意味合いを帯びてくるのである。
そしてトランプ氏は12月11日放送のFOXテレビの番組で、中国大陸と台湾がともに「中国」に属するという「一つの中国」原則について「なぜ我々が縛られなければならないのか」と疑問を呈した。37年間、米中関係の基礎となってきた同原則の見直しの可能性を示唆した。
その中で彼はさらに、中国は為替操作などで米国に不利益を与えていると批判し、南シナ海に大規模な軍事施設を建設すべきではなく、北朝鮮への対応も不十分だと指摘した。
ここまでくると、今後のトランプ政権の対中戦略の基本的輪郭がはっきりと浮かんできたように思われる。要するに、アジアの同盟国との関係強化と中国の周辺国との関係改善を図り、実質的に対中包囲網を構築した上で、中国の「核心的利益」となる台湾問題を強力な戦略的な外交カードとして使うということだ。そうすることによって習近平政権に圧力をかけ、南シナ海における中国の戦略的後退と対米貿易の不均衡に関する中国の大幅な譲歩を迫っていくのであろう。
それこそがトランプ次期大統領の考える「敵」の中国に対する「勝利」であろうが、中国は当然、そう簡単に引き下がるようなこともできない。特に、「台湾問題」という中国にとって最も敏感な「核心的利益」が脅かされるような事態となれば、共産党政権には妥協する余地はほとんどないであろうから、トランプ政権成立以降、中国側の激しい反発と米中対立の先鋭化も予測できよう。2017年という年は、アジア太平洋地域にとっての波乱の1年となることはほぼ確実であろう。
<筆者プロフィール>
石 平 (せき・へい)
中国問題・日中問題評論家
1962年、中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒業。1988年に来日。神戸大学文化学研究科博士課程修了。2002年に『なぜ中国人は日本人を憎むのか』(PHP研究所)を著して以来、評論活動へ。近著に『私はなぜ「中国」を捨てたのか』(ワック)、『日中をダメにした9人の政治家』(ベストセラーズ)などがある。
◎上記事は[WEDGE Infinity]からの転載・引用です
――――――――――――――――――――――――
◇ 『「カエルの楽園」が地獄と化す日』百田尚樹×石平 第2章 中国はなぜ日本侵略を企むのか