中日新聞 2022.7.18. Mon.
破綻 元首相銃撃 ㊦ 計画の果て 急転奈良へ
7月8日午後5時3分。安倍晋三元首相は奈良県立医大病院で息を引き取った。「晋ちゃん」。35年連れ添った妻昭恵さんの声は届かなかった。
37時間前の7日午前4時ごろ。静まり返った奈良市の住宅街で山上徹也容疑者(41)が銃口を向けていた。その先には世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関連施設が入るビル。壁面などに6か所の弾痕と、轟音を残して立ち去った。
「標的を絞りやすい」。容疑者が復讐の凶器に選んだのは、手製の銃だった。始動は昨春。圧力鍋の爆弾も作ったが「無関係の人を巻き込む」と考え、使うのをやめた。金属製の筒、バッテリー、テープ、配線…。必要な部品や材料をそろえ、動画投稿サイト「ユーチューブ」を参考に銃をつくり上げた。
奈良市の自宅マンションの一室には、7丁の手製銃。奈良県の山中でもドラム缶や木製の板に向けて試射した。重ねてきた準備を、実行に移す時は近づいていた。
2020年10月から派遣社員として京都府の工場で働いていたが、今年3月から無断欠勤を続け5月に退職。約60万円の負債を抱えるに至った。
元首相は参院選が公示された6月22日、東京・有楽町や埼玉県で街頭演説した後、各地を遊説。7月7日夜には岡山市の市民会館で自民党候補への支持を呼びかけた。
試射から半日、会場近くの商店街にショルダーバッグを掛けて歩く男の姿があった。防犯カメラは容疑者に似た男が会場の方へ歩く様子を捉えていた。バッグには手製銃が入っていたとみられる。銃撃の機会をうかがったが「周囲にSP(警護官)がいて近づけなかった」。
帰りの新幹線車内。自民党のホームページを見ると、翌日の遊説先は自宅近くの奈良市だった。これまで合うことがなかった照準が急に定まった。
8日午前11時半ごろ、近鉄大和西大寺駅前のロータリー。元首相は笑顔で演壇に上がった。容疑者は拍手をし、周囲を見回した。行き交う車と自転車。左手を振り上げ、候補者を紹介し「彼はできない理由を考えるのではなく…」と言いかけた元首相。背後から歩みを進めると背中が次第に近づいた。狙いを定め、バッグから取り出した手製銃を発射。3秒後、2発目を放った直後、歴代最長の政権を築いた元首相は静かに崩れ落ちた。
母親による旧統一教会への多額の献金で歯車が狂った。父と兄の自殺、家庭崩壊、進学の断念、自殺未遂…。「14歳の時、破綻を迎えた」。容疑者のものとみられるツイッターには2年半前にこう書き込まれていた。
警察官に抵抗することなく地面に押さえつけられた容疑者は、虚空を見つめた。その目には何が映っていたのだろうか。
◎上記事は[中日新聞]からの書き写し