精神鑑定される山上徹也容疑者を追い詰めた戦後社会の「孤独」と病理を考える

2022-07-21 | 身体・生命犯 社会

精神鑑定される山上徹也容疑者を追い詰めた戦後社会の「孤独」と病理を考える
  2022/7/21(木) 6:02配信  現代ビジネス

「安倍は本来の敵ではない」

 《安倍は本来の敵ではないのです。あくまで現実世界で最も影響力のある統一教会シンパなのです》
《安倍の死がもたらす政治的意味、結果、最早それを考える余裕は私にはありません》

 山上徹也容疑者は安倍晋三元首相を殺害する直前、宗教法人「世界平和統一家庭連合」(旧世界基督教統一神霊協会・統一教会)に批判的なブログを発信しているフリーライター・米本和広氏に、銃撃を示唆する手紙を送っていた。
 そのなかで山上容疑者が、統一教会との約30年にわたる因縁に触れている。

 《母の入信から億を超える金銭の浪費、家庭崩壊、破産……。この経過と共に私の10代は過ぎ去りました。その間の経験は、私の一生を歪ませ続けたと言って過言ではありません》

 こう恨みを書き綴りながらも、襲撃対象の安倍氏に対しては、冒頭のように冷静だ。「本来の敵」でないのは自覚している。
 山上容疑者は、教団トップの韓鶴子氏を標的とし、それが果たせないから安倍氏に置き換えた。その短絡さと想像力の欠如には驚かされるが、報じられている「山上供述」は一貫しており、合理的で揺るぎがない。
 従って「心神喪失者の行為は罰しない」という刑法第39条には相当しないのではないかと思われる。しかし検察は、犯罪の重要性の観点からも精神鑑定を行う方針だという。精神鑑定の結果はともかく、動機の解明は不可欠だろう。
 安倍氏は憲政史上最長の8年2ヵ月、宰相の座にあった政治家である。6回に及ぶ衆参の国政選挙に勝利し、そういう意味では国民的人気を集めた。また、政治的には憲法改正に道筋をつける保守主義を浸透させ、経済的にはアベノミクスでデフレ脱却を目指し、外交的には米国のトランプ前大統領、プーチン露大統領、習中国国家主席と伍して交渉、日本の存在感を見せつけた。
 山上容疑者が安倍殺害によって、統一教会への鬱積した長年の感情を解放できたとは思えない。襲撃後、取り押さえられ無抵抗で空を見上げている姿も、奈良地検に送られる送検時の映像も、表情はなく空虚な目をしており、少なくとも満足感は窺えない。
 精神鑑定が明かすのは責任能力があるかないかの病理である。だが、国民にとって重要なのは戦後の代表的政治家の命を奪った男が持っていた社会的病理である。その解明なくして安倍氏は浮かばれず、好悪はともかく長年、日本をリードした政治家を失った国民の喪失感は克服できない。

「通り魔殺人」という拡大自殺

 自殺には至っていないが、山上容疑者の行為が「自死を遂げる際に周囲を巻き込む『拡大自殺』の一種」であるのは間違いなかろう。これまでの多くの拡大自殺が確認され、その数は年々、増えている。
 大阪教育大学付属池田小学校事件(2001年)、秋葉原無差別殺傷事件(08年)、相模原障害者施設殺傷事件(16年)、京都アニメーション放火殺人事件(19年)、そして昨年12月には26名が犠牲になった大阪・北新地のクリニック放火殺人事件があった。
 背景や事情はそれぞれに違うし、山上容疑者の場合は無差別大量ではない。だが、後先を考えず「本来の敵」ではない安倍氏を狙ったという意味では、本人の意識はともかく「通り魔殺人」には違いない。米犯罪学者のJ・レヴィンとJ・A・フォックスが、「大量殺人の心理・社会的分析」のなかで殺人を犯す六つの要因を挙げてる。

1. 長期間にわたる欲求不満
2. 他責的傾向
3. 破滅的な喪失
4. 外部のきっかけ
5. 社会的、心理的な孤立
6. 大量破壊のための武器入手

 いずれも山上容疑者の人生に重なり合う。
 手紙にある約30年前というのは、母親が統一教会に入信したときだろう。取材に応じている伯父によれば、以降、母親は自殺した夫の死亡保険金、相続した不動産などを売却、1億円以上を教会に注ぎ込んだという。
 あげく02年に破産。山上容疑者は海上自衛隊に入り、そこでも家族からの呪縛から逃れられず、自殺を図っている。除隊は05年8月である。
 以降は、測量会社など複数の会社でアルバイトをしながら暮らした。宅地建物取引主任者、2級ファイナンシャルプランナーなどの資格を取得したとして、13年からは派遣会社で働き始めている。
 1990年のバブル経済崩壊以降、労働市場の規制緩和が行われ、99年には派遣できる業種が原則、自由になった。2006年からは派遣期間は無期限となり、企業の使い勝手は良くなった。それを映して人材派遣業は急拡大、非正規雇用の割合は増えた。
 ロストジェネレーション、就職氷河期世代に重なる山上容疑者が、取得が難しい宅建主任などの資格を取ったということは、正社員のような安定した職を望んだのだろう。しかしそれは果たせず、どこかに帰属することなく派遣会社に登録、20年からは京都府内の工場で、フォークリフト免許を生かして働き始めた。
 YouTubeなどの動画サイトで銃の作製方法などを調べ、火薬などを調達し始めたのは昨年春頃からだった。襲撃対象が安倍氏に置き換わるのは、昨年9月の天宙平和連合が開催した大会に安倍氏がビデオメッセージを送ったのを観てからである。
 山上容疑者は、母親によって破壊的な喪失を受け、生活環境は改善しないまま欲求不満を抱き続けている。二極化する社会構造のなか、敗者をムチ打つ自己責任論に抗するには、他に責任を転嫁せざるを得なかった。そして家族や地域社会、会社というコミュニティとの縁を持てず、社会的にも心理的にも孤立していた。大量殺人を伴う拡大自殺の要件は満たしていたのだ。

カルト宗教にも新自由主義にも同根の怖さ 

 山上容疑者のTwitterには、頼り頼られる者のいない孤独と虚無が書き込まれていた。

 《だから言っただろう。最後はいつも一人だと。頼りになれるのは自分しかいないと。プライドしかないのだと》(19年12月7日)
 《何故かこの社会は最も愛される必要のある脱落者は最も愛されないようにできている》(20年1月21日)

 呪詛のような言葉を吐き散らしながら、フォロワーはおらず、また想定もしていないようだった。孤独ではあるが、80年生まれの山上容疑者は、物心がついた時には携帯電話があり、IT環境が整いつつあったネット世代である。
 皮肉なのは、安倍氏が声をあげ始めたネット世代の保守層に、比較的、支持されていた政治家であることだ。
 「草の根保守」といわれる日本会議を中心とする保守勢力は、『月刊Hanada』『月刊WiLL』などの保守系雑誌と連携、櫻井よしこ、百田尚樹といった論客に語らせることで憲法改正、嫌韓・嫌中といった動きをリードした。
 そうした勢力に支えられて安定政権を築いたのが安倍氏で、「物言うネット世代」には、「ネトウヨ」と呼ばれる保守勢力が一定数いて、安倍氏の人気は高かった。
 第一次安倍政権が発足したのは06年でツイッターが創業した年だった。同時にFacebookも一般に開放され、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)が始まった。病気による退陣後、第二次安倍政権が誕生した12年12月以降は、SNSは市民生活に根付き、誰もがどこでもつながることのできる必要不可欠なツールとなった。
 だが、SNSが失われた家族関係やコミュニティの“代役”を果たせるわけではなかった。家族、地域社会、企業といった価値観を同じくする集団のなかにいて人と連帯してアイデンティティを深める、といったリアル社会の安心感は得られない。
 一方で、同じ価値観の集団に属さないことによる生活の不安定さは収入の不安定さでもあり、精神的な孤独と孤立に追い詰められる。
 山上容疑者は「安倍殺害」という目標を定めたことで、職場での人間関係が煩わしくなったのか、派遣先では欠勤がちとなり、同僚などとのトラブルも頻発、今年5月には退職する。収入は途絶え、事件当日の通帳残高は20数万円。負債もあって、金銭面でも「やるしかない」と追い詰められていた。
 今回の事件を受けて記者会見した統一教会の元二世信者は、追い詰められ相談する先もない時、「いのちの電話」にすがりついたという。最も辛く、死を意識するのは孤独と孤立であり、必要なのはリアルな会話とぬくもりである。
 根こそぎ資産を要求し、完全なる帰依を求める宗教団体は怖いが、優勝劣敗のなか敗者を自己責任原則で追い詰める新自由主義にも同じような怖さがある。求められるのは、インクルージョン(包摂)の観点で、排除せず、孤立させないことだろう。
 安倍氏は、第二次大戦後、「テロなき国家」と思われた日本で起きた「テロ」に倒れた。その原因を解明のうえ、要因を除去することが、「国葬」以上の弔いになるはずだ。

 伊藤 博敏(ジャーナリスト)

 最終更新:現代ビジネス

 ◎上記事は[Yahoo!JAPAN ニュース]からの転載・引用です
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