死刑存廃議論打ち切りは疑問/小川敏夫法相は「刑罰の在り方を決めるのは主権者である国民」と云うが

2012-04-06 | 死刑/重刑/生命犯

死刑執行 存廃議論打ち切りは疑問
2012年4月5日 10:41 西日本新聞朝刊 社説
 3月末、3人の死刑囚に刑が執行された。民主党政権になって2回目、1年8カ月ぶりの死刑執行だった。
 小川敏夫法相は執行理由について「職責を果たすべきだと考えた」と述べた。死刑制度がある以上、法相として「当然の判断」ということなのだろう。
 法相は「刑罰の在り方を決めるのは主権者である国民」「(その)国民の声を反映した裁判員裁判でも死刑は支持されている」とも述べた。
 現行法とそれに伴う刑罰体系、大多数が死刑制度を容認する国民世論や被害者感情に照らして、この判断は現時点では恐らく間違ってはいない。
 ただ、その一方で死刑制度には慎重な意見も少なくない。死刑は人の命を奪う究極の刑罰であり、執行すれば「後戻りできない刑」である。
 捜査や裁判に誤りがあってはならないが、冤罪(えんざい)は起きてきたし、これからも起こり得る。法の名の下に国家が人を殺すことの是非論とともに、死刑の廃止や停止を求める議論の根拠でもある。
 死刑制度の存廃については、法務省内勉強会の報告書が述べているように「ともに哲学や思想に根差しており、どちらか一方が正しく、一方が誤っているとは言い難い」というのが現実だろう。
 執行命令に署名しなかった歴代法相が少なくないのも、死刑という刑罰の「重さ」ゆえだろう。だからこそ、就任3カ月足らずで死刑執行を命じた小川法相の「早い決断」が気になる。
 「国民の負託を受けて刑罰権を行使」したこと自体には異論はないが、小川法相が死刑制度に関する省内勉強会を打ち切り、前法相時代に検討されていた死刑存廃の是非を議論する有識者会議の設置を見送ったことには疑問を感じる。
 「刑罰権は国民にある」と言うのなら死刑について容認、廃止両論からの開かれた議論が必要だろう。それを封じることは、死刑という刑罰の実態をさらに国民の目から遠ざけることになる。
 とはいえ、日本国民の大半が死刑を容認しているという現実は重い。2009年の内閣府の世論調査では86%が死刑を「やむを得ない」と回答し、「廃止を求める」人は6%弱しかいない。
 ただ、死刑を容認する人のうち、3分の1強が「状況が変われば、将来的には廃止してもよい」と答えている。死刑をめぐる世論は実は多様で、揺れていると見るべきかもしれない。
 だからこそ、刑執行の実態をタブー視せずに死刑に関する情報公開や、制度存続の是非をめぐる幅広い国民的な議論が必要だと、私たちは考える。
 その意味でも、死刑廃止論に立つ人権派弁護士でありながら、死刑執行を命じ自ら執行に立ち会い、初めて刑場公開を指示した2年前の千葉景子元法相の問題提起の重さをいま一度かみしめ、死刑制度について、一人一人が感情に流されることなく、真剣に考えてみたい。
=2012/04/05付 西日本新聞朝刊=
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死刑制度 法相が負う職責とは/法務省 98年から執行事実と受刑者の人数、07年から氏名と刑場を公表 2012-04-04 | 死刑/重刑/生命犯 問題 
 死刑制度 法相が負う職責とは
信濃毎日新聞[信毎web]社説 2012/04/04(水)
 死刑制度をめぐる小川敏夫法相の発言が気になっている。
 「法相の職責として執行すべきだ」と、就任当初から死刑執行に前向きだった。
 1年8カ月ぶりに3人の死刑を執行した3月、「刑罰権は国民にある。裁判員裁判でも死刑が支持されている」と述べている。執行の責任を国民に転嫁しているようにも受け取れる。
 各種世論調査で、国民の大半が死刑を容認している。けれど、制度についての確かな情報は乏しい。国の情報公開があまりに不十分なためだ。
 民主党は2009年の政策集に、死刑の存廃を「国会内外で幅広く議論する」と明記していた。法相は、情報公開を進め、議論を深める場をつくることに、大きな職責を負っている。
 3人の死刑を執行した後の記者会見で「なぜ、この3人なのか」「なぜ、この時期なのか」という質問に、法相は「特別な理由はない」と答えていた。
 法務省は1998年になってようやく、執行の事実と人数の公表を始めた。07年からは氏名と刑場を示しているが、対象者の選定理由は説明していない。
 再審請求の有無、死刑の確定時期がより古い、心身ともに健康―などが条件とされるが、正確なことは分からない。
 04年、再審請求を準備していた死刑囚が執行候補者になっていたことが判明した。命令直前に回避されたものの、同じような事例はほかにもなかったのだろうか。
 小川法相が執行した死刑囚の1人は、再審請求に前向きだったという。死刑廃止を求める市民団体のアンケートに「本当の真実を伝えるまでは死ねません」と記していた。何を言いたかったのか、知るすべはなくなった。
 裁判員裁判で死刑が支持されているという法相の見解も疑問である。死刑判決に関わった裁判員の多くが「一生悩み続ける」と苦しい胸の内を明かしている。死刑廃止を訴える人もいた。裁判員経験者の多様な声を、存廃論議に生かさなければならない。
 法相は、法務省内にあった死刑制度の勉強会を打ち切った。「議論は出尽くした」と理由を述べている。ならば、問題点を整理し、一つ一つに対する見解を分かりやすく示す必要がある。
 死刑を維持するとしても、“秘密主義”のまま続けることは認められない。果たすべき役割は、情報の開示と議論の進展にあることを忘れてはならない。 *リンクは、来栖


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