「遺族だって笑っていい」風化と闘った25年 今も残る犯人の血痕

2024-09-08 | 死刑/重刑/生命犯
風化とたたかう 第3部 支え合う仲間(上)
 中日新聞 2024/09/08 Sun
「遺族だって笑っていい」風化と闘った25年 今も残る犯人の血痕
 2004年9月9日、愛知県豊明市の会社員宅で妻の加藤利代さん=当時(38)=と子ども3人が殺害され放火された事件(豊明事件)で、犯人逮捕を願い風化とたたかう利代さんの姉天海としさん(62)には、信頼しあえる仲間がいる。全国の殺人事件遺族の会「宙(そら)の会」で、絆を深めた人たちだ。
事件現場、25年も保存
 互いに苦しみや悩みを背負いながら、共感し、支え合ってきた。中でも、天海さんが「兄い」と慕う人がいる。名古屋市西区で1999年11月、妻の奈美子さん=当時(32)=を殺害された、同じ未解決事件遺族の高羽悟さん(68)だ。宙の会では代表幹事を務め、会員たちの事件のビラ配り活動を手伝うために、手弁当で全国を飛び回る。
 天海さんが高羽さんを尊敬する理由の一つは、事件のあったアパートを今も自腹で借り続け、現場を保存していることだ。豊明事件の現場の住宅は発生から2年後に取り壊され、今は更地になった。放火で傷みが激しく、いたずらも相次いだとして利代さんの夫が決めたが、天海さんには事件解決の手がかりや妹たちが生きていた事実まで失われてしまったようで、やるせない思いが残った。
 高羽さんは、玄関に残された大量の血痕をしばらく奈美子さんのものだと思っていたが、後に犯人のものだと判明した。奈美子さんを刺した時に犯人は自分の手も切ったとみられ、その血の中に足跡がくっきりと残っていた。犯人は当時40~50歳くらいの女で血液型はB型、靴のサイズは24センチ。DNAも目撃情報も残っていて、愛知県警捜査1課特命係が手がける約30件の未解決事件の中でも、最も解決に近いと思われてきた。しかし-。
 事件から25年の月日が流れ、高羽さんは「捕まる気がしない」ともらすこともある。「恨みを買う覚えも、前兆となるような嫌がらせもなく、なぜうちなのか全く思い当たらない。これで犯人が捕まるなら日本警察は本当に優秀だ」と自ら期待値を下げて感情をコントロールしてきた。一方で、年金受給者になっても現場アパートを借り続け、今もほぼ全ての取材に応じるのは、犯人に対して「絶対に枕を高くして寝させないぞ」との思いから。犯人は報道を気にしていると信じるからだ。
 事件当時2歳だった長男航平さんに「なぜお父さんは一生懸命に犯人を捕まえようとしなかったのか」と言われたくない。奈美子さんと天国で再会したときに「頑張ってくれたね」と言ってもらえるように、全力を尽くしたい。そういう思いでやってきた高羽さんの姿を、天海さんは「父親の鑑(かがみ)だ」と感じる。26歳になった航平さんは今、父と同じ宙の会にいる。
時効撤廃獲得の同志
 天海さんにとって高羽さんは、宙の会で共に署名活動を繰り返し、時効撤廃を勝ち取った「同志」であるとともに、「遺族だって笑っていいじゃないか」と言ってくれる友だ。天海さんは「私たちは普通の人間なのに、意に反して遺族になってしまった。周りの目を気にしてしまうけど、兄いは一緒にお酒を飲んで笑ったり歌ったり、言葉を選ばずに付き合える人。感謝している」と話す。高羽さんは元営業マンの社交性を発揮して、会の仲間たちと時折、ささやかな食事会やカラオケを楽しむ。遺族たちが笑顔を見せて、リラックスできる貴重なひとときだ。
 高羽さんは会員の事件の情報提供を求める活動で東京や石川、岐阜など全国を回り、各県警の取り組みを見てきた。特に警察官一人一人の「熱さ」を感じたのが広島県警だという。2004年に同県廿日市市で女子高生が自宅で何者かに殺害され、祖母も重傷を負った事件。その年のニュースや世相をチラシに盛り込んで当時の記憶を喚起する手法はそれまで見たことがなく、「非常に参考になった」。
 発生から14年後、山口県で会社の同僚に暴行した男が通報された。山口県警が指紋と、後にDNAを採取したことで、廿日市事件の犯人と判明した。「単なる職場のけんかで済まさず、緻密な捜査をしてくれたおかげ。何がきっかけで犯人が捕まるか分からない」と実感する。
 一方で、未解決の強盗殺人事件で、毎年の情報提供の呼び掛けに署長が一度も来たことがない県警もある。高羽さん自身も近年、名古屋の地元署で署員に名乗ったら「どちらの高羽さんですか」と言われ、寂しく感じた。風化とたたかいながら、警察官のモチベーションを上げるためにも自分が積極的に活動し続けなければ、と感じる。刑事だけでなく、運転免許証の更新や交番業務に携わる署員にも「訪れた人の手に古い傷痕がないか、犯人の特徴を確認する癖をつけてもらえたら」と期待する。
 8、9日に豊明市内で行われる天海さんのビラ配りにも、高羽さんは参加する予定だ。「誰もがいつ被害者になるか分からない。自分のこととして考えてほしい」。ビラを受け取る人が一人でも増えることを、心から願っている。
(編集委員・加藤美喜)

 ◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です

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