胡錦濤政権 「毛沢東」の名前を“抹消” / 中国的「仇富と仇官」の背後 【石平のChina Watch】

2012-10-28 | 国際/中国/アジア

胡錦濤政権、毛沢東の名前を“抹消” 保守派は反発強める 「思想」存続めぐり激しい攻防 
産経ニュース2012.10.27 21:06
 【北京=矢板明夫】中国共産党の胡錦濤指導部が、11月8日に始まる中国共産党大会で、中国建国の父、毛沢東の革命理念である「毛沢東思想」を党の規約から外す動きを見せている。革命期、冷戦時代に確立された同思想は今日の中国の実情と適合しなくなったほか、重慶事件で失脚した薄煕来氏の支持者が毛沢東思想を掲げて政府批判を強めているという事情が背景にある。毛沢東の家族をはじめとする保守派は毛沢東の記念活動を積極的に展開するなど反発しており、激しい攻防が始まっている。
 中国共産党の規約の中に、党の指導理論・理念として、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、小平理論などが羅列されているが、1978年以降、経済発展を重視する小平理論が政策立案の基本指針となり、農民や労働者による革命を重視する毛沢東思想は実質否定された。
 しかし、氏が主導した改革開放によって貧富の差が広がり特権階級に対する民衆の不満が高まった。毛沢東の「弱者の味方」としての一面が再び強調されるようになり、低所得層の間で毛沢東人気が高まった。薄氏が重慶で「共同富裕」のスローガンを掲げ、格差是正を強調したのは、毛沢東の政治手法をまねして民衆の支持を得ようとしたからだといわれる。
 日本政府による尖閣国有化をきっかけに全国に広がった反日デモでは、毛沢東の写真を掲げて「薄書記を人民に返せ」と叫ぶ人の姿もみられた。胡錦濤政権は、薄氏を失脚させた以上、民間の毛沢東崇拝を抑えなければならない。9月下旬以降、共産党指導者の発言や公式文書から毛沢東の名前が消えた。
 共産党筋によれば、党大会の規約改正で「毛沢東思想」を省略することが現在検討されているという。こうした「毛外し」の動きに毛沢東の家族や保守派は反発。メディアへの露出度が少ない毛沢東の長女の李敏氏らが10月初めに毛沢東ゆかりの地である江西省の井岡山を訪れ、1千万元(約1億3000万円)を寄付したほか、毛のおいで、文革後に失脚した毛遠新氏も26日、数十年ぶりに公の場に登場、毛沢東が提唱した水利工事の現場を視察して、毛の功績をアピールした。
 共産党筋は「胡主席らは毛沢東思想を外したいと強く思っているが、党内保守派の抵抗も強い。習近平国家副主席はまだ態度を明らかにしていないため、(外すことが)できるかどうかはわからない」と話している。
 ■毛沢東思想 中国共産革命の指導者である毛沢東の政治理念と革命理論。マルクス・レーニン主義の理論と中国革命の実践を統一したものとされる。大衆路線、実事求是(現実から理論を立てる)、階級闘争などを柱としている。矛盾した主張も多くあり、思想として体系化されていないとの指摘もあるが、第7回共産党大会(1945年)以降、党の公式イデオロギーとして絶対化された。
 ■重慶事件 重慶市トップの薄煕来党委書記(当時)の側近が2月に四川省成都の米総領事館に駆け込んだことをきっかけに、次期最高指導部入りが確実視されていた有力者の薄氏が失脚した事件。毛沢東の崇拝者である薄氏は政治運動で大衆を盛り上げる手法を使い、重慶の企業家らを「暴力団との癒着」を名目に次々と摘発した。保守派に称賛されたが、改革派から「文化大革命の再来」と批判された。
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【石平のChina Watch】中国的「仇富と仇官」の背後
産経ニュース2012.10.25 11:12
 今月13日に中国・成都市で開かれた経済関連の国際フォーラムで、西南財経大学経済学院の院長で、同大学所属「中国家庭金融調査と研究センター」の主任を務める甘梨教授は、自ら行った研究調査の結果として、「現在の中国では、上位の10%の家庭が民間貯蓄の75%を有している」との数字を披露した。
 この衝撃的な数字が各メディアによって大きく報じられ、中国の国民は改めて、この国の格差拡大の深刻な実態を認識した。実は上述の研究センターが今年5月に発表した『中国家庭金融調査報告』で55%の中国の家庭が貯蓄をほとんど持っていないことが分かっているから、格差が拡大している中で、半分以上の中国家庭は「貯金ゼロ」の極貧状態に陥っていることが分かった。
 このような現実からさまざまな問題が生じてきている。まず経済の面では、今後の成長の牽引(けんいん)力として期待されている「内需の拡大」が難しくなっている。「貯金ゼロ」55%の中国家庭に「内需拡大」を期待するのは最初から無理な相談だし、貯蓄の75%を持つ1割の裕福家庭の消費志向はむしろ海外へと向かっているからだ。
 たとえば「中国財富品質研究院」と称する研究機関が行った最近の調査によれば、中国国内の富裕層の67%は現在、海外での不動産購入を考えている、もしくは購入しているという。
 この一点をとってみても、「永遠不滅の中国経済成長」の神話はただの神話であることがよく分かるであろう。
 格差の拡大から生じてくる社会問題も深刻である。
 近年、中国ではやっている新造語の一つに「仇富」というのがある。日本語に直訳すれば「金持ちを仇敵にする」となるが、要するに経済成長から取り残されている貧困層の人々が富裕層を目の敵にして恨んでいるという意味合いである。
 とにかく「金持ちは恨むべきだ」というのが現在の中国に蔓延(まんえん)している普遍的な社会心理である。先月に起きた反日デモでは、日本車や日系企業の商業施設が暴徒たちの打ち壊しの対象となったが、その背後にはやはり、高価な日本車を乗り回し、上品な日系スーパーで買い物を楽しむ富裕層に対する貧乏人たちの恨みもあったのであろう。
 仇富と並んで「仇官」という流行語もある。「官僚=幹部を目の敵にする」という意味だ。共産党幹部の汚職・特権乱用があまりにもひどくなっているので、彼ら全体は今、中国人民の仇敵となっている。今月17日のMSN産経ニュースでも報じているように、中国共産党機関紙、人民日報系の雑誌「人民論壇」がこのほど実施した官僚腐敗に関する意識調査では、回答者の70%が「特権階級の腐敗は深刻」とし、87%が特権乱用に対して「恨み」の感情を抱いていると回答したという。
 このような調査結果に接して深刻な危機感を抱いたのは共産党の最高指導部であろう。そのままでは体制の崩壊はもはや時間の問題だ。現在の胡錦濤政権は10年前に誕生した当時から「協調社会建設」の目標を掲げて何とか格差の是正をやろうとしていたが、10年たった今、それが完全に失敗に終わっている。ならば来月に誕生する予定の習近平政権には果たして、「仇富・仇官」を解消するための妙案があるのかといえば、それがまた疑問だ。
 もし習近平政権が今後、「仇日」を煽(あお)り立てて国民の恨みの矛先を「外敵」へと向かわせるようなことがあれば、われわれ日本にとって、甚だ迷惑なことになる。
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【プロフィル】石平
 せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。
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薄煕来氏夫人への判決の直前、尖閣騒動で中共幹部が隠したこと=「裸官」 中国現代史研究家・鳥居 民 2012-09-04 | 国際/中国/アジア 
 中国現代史研究家・鳥居民 尖閣上陸は「裸官」への目眩まし 尖閣騒動で中共幹部が隠したこと
 産経ニュース2012.9.4 03:17[正論]
 中国が尖閣諸島でごたごたを起こした。この騒ぎによって、過去のことになってしまった出来事がある。それは、中国共産党首脳部が自国民に一時(いっとき)でもいいから忘れてもらいたい問題である。
 ≪薄煕来氏夫人への判決の直前≫
 尖閣諸島に香港在住の活動家の一隊が上陸したのは8月15日だった。続いてどのようなことが日本で起き、さらに中国で起きるのかは、2004年3月にその島に上陸した「七勇士」、さらには10年9月に巡視船に体当たりした中国漁船の先例があることから、その時、北戴河に集まっていた中国共産党の最高幹部たちは、はっきり読み取ることができた。
 さて、渤海湾深部のこの避暑地にいた彼らが国民の関心をそらしたかったのは何からであろう。
 実は、尖閣諸島上陸の騒ぎが起きた直後、薄煕来氏の夫人に対する判決公判があった。初公判は8月9日に開かれ、「いかなる判決も受け入れる」と彼女は言って即日、結審し、10日ほど後の8月20日に判決が言い渡される素早さだった。単純な殺人事件として片付けられて、彼女は死刑を宣告された。後で有期刑に減刑されて、7年後には病気治療という名目で出所となるかもしれない。
 今年1月に戻る。広東省の党の公式会議で、「配偶者や子女が海外に居住している党幹部は原則として、党組織のトップ、重要なポストに就任できない」と決めた。
 党、政府の高い地位にいて家族を海外に送っている者を、「裸官」と呼ぶ。中国国内での流行語であり、家族とともに財産を海外に移している権貴階級に対する批判の言葉である。
 ≪年収の数万倍もの在外資産≫
 この秋には、政治局常務委員になると予測されている広東省の汪洋党委書記が「裸官」を許さないと大見えを切ったのは、今にして思えば、汪氏の政敵、重慶の薄煕来党委書記に向けた先制攻撃だったのであろう。そして薄氏が3月に失脚してしまった後の4月になったら、薄夫妻の蓄財や資産の海外移転、米国に留学している息子や前妻の息子たちの行状までが連日のようにネットに載り、民営紙に報じられるようになった。
 薄氏の年間の正規の所得は20万元ほどだった。米ドルに換算すればわずか2万8千ドルにすぎない。ところが、薄夫妻は数十億ドルの資産を海外に持ち、夫人は他の姉妹とともに香港、そして、英領バージン諸島に1億2千万ドルの資産を持つというのだ。夫人はシンガポール国籍を持っていることまでが明らかにされている。
 薄夫妻がしてきたことの暴露が続く同じ4月のこと、今秋には最高指導者になると決まっている習近平氏が党の上級幹部を集めた会議で演説し、子女を海外に移住させ、二重国籍を持たせている「裸官」を批判し、中国は「亡党亡国」の危機にあると警告した。
 党首脳陣の本音はといえば、痛し痒(かゆ)しであったに違いない。実のところは、夫人の殺人事件だけを取り上げたかった。だが、そんなことをしたら、これは政治陰謀だ、党中央は経済格差の問題に真剣に取り組んできた薄党委書記が目障りなのだ、そこで荒唐無稽な殺人事件をでっち上げたのだ、と党首脳たちに対する非難、攻撃が続くのは必定だからだ。
 こうして、薄夫妻が行ってきたことを明らかにしたうえで、汪洋氏や習近平氏は「裸官」批判もしたのである。
 だが、最初に書いた通り、裁判は夫人の殺人事件だけで終わった。当然だった。殺人事件の犯人はともかく、「裸官」は薄氏だけではないからだ。汪洋氏の広東省では、「裸官」を重要ポストに就かせないと決めたと前述したが、そんなことは実際にはできるわけがない。
 ≪中央委員9割の親族が海外に≫
 中国共産党の中央委員を見れば分かる。この秋の党大会でメンバーは入れ替わることになろうが、中央委員は現在、204人を数える。国と地方の党・政府機関、国有企業、軍の幹部たちである。彼らは選出されたという形を取っているが、党大会の代表が選んだのではない。政治局常務委員、政治局員が選抜したのだ。
 香港で刊行されている月刊誌、「動向」の5月号が明らかにした政府関係機関の調査によれば、この204人の中央委員のうち実に92%、187人の直系親族、総計629人が米国、カナダ、オーストラリア、欧州に居住し、中にはその国の国籍を取得している者もいるのだという。ニューヨークや米東海岸の諸州、そしてロンドンで高級住宅を扱う不動産業者の最大の顧客はここ数年、圧倒的に中国人であり、現金一括払いの最上得意となっている。党の最高幹部たちが自国民の目を一時でも眩(くら)ましたいのは、こうした事実からである。だからこそ、夫人の判決公判に先立って、尖閣上陸は必要不可欠となったのである。
 ところで、中国の権貴階級の人々がどうして海外に資産を移し、親族を米英両国に移住させるのかは、別に取り上げなければならない問題である。(とりい たみ)
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習近平氏「日本による尖閣諸島国有化は茶番」/「愛国無罪」の裏側で・・・・ 2012-09-20 | 国際/中国/アジア 
 反日デモはプチ紅衛兵か、義和団か 大衆の不満に火を付けた中国指導部の対日強硬姿勢
日経ビジネス(中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス)2012年9月19日(水) 福島 香織
 まるで紅衛兵だ、と思わずつぶやいた。そうすると、いやいや義和団<編集部注>でしょう、という答えが帰ってきた。ツイッターという、極めて速報性の強いインターネットツールによって、9月15~16日に全国50~100都市以上で同時に発生した反日デモの群衆のものすごい蛮行を目の当たりにして、中国で何が起きているのか、と肝胆を寒からしめた人も多いのではないか。
■愛車の日本車を叩き壊して愛国をアピール
 風光明美な美しい地方都市・青島ではミツミ電機など日系企業に次々に火がかけられ黒煙をあげて炎上していた。市民から愛されていたはずの黄島区のジャスコは破壊と略奪の限りが尽くされ、被害総額は2億元を下らないという。西安では日本人が泊まっているホテルに、日本人を出せと要求するデモ隊が突入、ロビーで機動隊と衝突した。
 同じく西安で中国人学生がデモ隊に踏みつけられて死亡したとか、日本車のカローラに乗っていた中国人男性がデモ隊に引きずり出されて頭を殴られ意識不明の重体になったとか、中国人の被害について微博(中国のマイクロブログ)に流れていた。
 湖南省・長沙では日系スーパー平和堂3店舗が打ち壊し略奪にあった。そのほか各地で、日本車ディーラーが焼き討ちにあい全焼した。コンビニも百貨店の高級ブランド店も略奪にあった。デモ隊の中には「毛沢東」の肖像画を掲げるものもあった。8月19日のデモのように「蒼井そらは世界のもの」といったユーモアのあるスローガンは今回はほとんどなく、「日本人男を殺しつくせ、日本人女を犯しつくせ」といった物騒な言葉が飛び交った。香港企業のワトソンなど日本商品を置いている店舗も襲撃のターゲットになった。
 日本製品を持っている者は、ロゴを五星紅旗で覆い隠した。自ら愛車の日本車であることを告白して叩き壊し、愛国をアピールする者もいた。中国人の中産階級が愛用する日本衣料品ブランド・ユニクロは「釣魚島が中国の領土であることを支持する」という張り紙を張って、略奪を逃れた。日本人は中国人や韓国人のふりをして身の安全を図った。
 それはまるで文革時に紅衛兵の吊るし上げを逃れるために、泣く泣く自らの手で舶来品を叩き壊したりチャイナドレスを切り裂いてみせたり、毛沢東の写真を掲げるのと同じ方法の自衛策である。自分の安全のために家族や友人を密告する悲劇がまだ起きていないが、この方向がエスカレートすれば、日本人と結婚している中国人はけしからん、叩き出せといった人身攻撃に発展するのではと、不安になってしまう。
 この事態は「プチ文革」と呼んでもいいくらいだ。2005年にも2010年にも反日デモは起きた。最近では8月19日にも全国20カ所以上で反日デモは起きた。しかし、今回の反日デモは規模も被害も予想を超えた。いったい、なぜこんな酷い反日デモが起きたのか。
<編集部注>清朝末期に排外運動を行った結社
■「動員」された反日デモ
 この反日デモのきっかけは、尖閣諸島の国有化に対し、胡錦濤、温家宝、呉邦国、李克強ら、中国指導部(党中央政治局常務委)が相次いで日本に対する強硬姿勢を示したことだ。温家宝は「寸土も譲らず」と言い放った。これを指導部の反日デモ容認、日貨排斥容認の意をうけて各地方でデモが動員された。
 「動員」された、と言っていいだろう。長沙の平和堂を襲ったデモ隊は地元紙・株州日報の動員によるものだったという参加者の証言がある。西安のデモ隊のリーダーが地元派出所所長だったというのは制服姿の顔写真付きで、ツイッターで流れていた(後に人民ネットなどで事実でないとされている)。「動員」のレベルがどのあたりの「官」によるかは別として、中央指導部がちょっと、強硬姿勢を見せれば、その意を受けて、地方レベルであらゆる動員が起きる。そういう意味では官製デモであった。しかし完全なコントロールがとれるほどの官製デモではない。
 マッチで火を付けたのが「官」であっても、そこに燃料がなければ燃え広がらない。焼き討ち略奪の発生など「中央政府も制御不能」とされるほどデモが広がったのにはそこに燃料があって、それに燃え移ったからだ。それは簡単に言えば「社会不満」である。
 私はこういった「暴力的な反日デモ」が本当に訴えたいことが「反日」や「日本の尖閣(釣魚島)国有化」であるとは考えていない。それは「石炭」の上におかれた「麦藁」程度のもので、「麦藁」は火を付ければぱっと燃え上がるがすぐ消える。従来の反日デモはちょっと麦藁に火をつけても、すぐ火を消し止められるところを中国政府は見せてきた。しかし今回15~16日のデモ炎上はすぐに消し止めなかった。それどころか息を吹きかけて火を煽ったように見える。16日の深圳デモになって、放水と催涙弾でようやくデモ隊を鎮圧した。
 略奪や火付けなどの破壊行為について「中央政府がデモ隊へのコントロールを失った」と分析したメディアもあったが、本当にコントロールを失ったのか。私から見れば、未必の故意、といって言いくらいだ。こういう言い方をすると手あかがついた分析と言われるのだが、やはり第18回党大会直前という政権委譲の大政治イベントを前にした権力闘争の文脈で考えるのが普通だと思う。
■大衆運動を利用した権力奪還闘争
 プチ文革と思わず言ったが、文化大革命というのを一言で説明すれば、大衆運動を利用した権力奪還闘争である。政治・経済の失策を続けた毛沢東が、小平とともに市場経済を取り入れ庶民の疲弊の回復に努めた劉少奇を失脚させ、権力を奪還するために、庶民の格差不満という燃料に火を付けた。無知な少年少女たちが一番簡単に煽られて、紅衛兵となった。工場労働者が工場長を吊るしあげ、従業員が部長に自己批判を迫った。彼らのやったことの本質は、ちょっと自分たちより金持ちで文化的に上な人たちを引きずり降ろしたい、それだけだ。
 元重慶市党委書記の薄煕来が同じ文革式の大衆動員運動で、権力争奪をたくらんだ、と言われている。「打黒(マフィア撲滅)」という運動は汚職官僚一掃といえば聞こえはいいが、ようするに自分たちよりまんまとうまいことしてちょっと金持ちになった奴らを引きずり下ろす運動だ。直轄都市で最も貧しい重慶市の庶民に、お前らを搾取しているのはこいつらだといい、司法を無視した粛清のナタを振るった。「唱紅」(革命歌を歌う)キャンペーンで農民や低層労働者を動員し、自分の人気ぶりを可視化して中央に乗り込み、いつか軍と結託して習近平を国家主席の座から引きずり降ろそうという計画があったとか、なかったとか。薄煕来はすでに失脚し、その陰謀説は確かめるすべがない。
 中国の大衆は政治の雰囲気をよみながら口パクでスローガンを唱える程度にしか、政治というものを信頼してこなかった人たちが多い一方、ある一定のゾーンに達すると自分でモノを考えることを放棄して、大きな流れに身を任せる特質がある。一種の集団ヒステリーともパニックともいえる。そして、そういった大衆運動が起きる背景には、必ず貧富の格差、隣の金持ちを憎む心と権力闘争がセットになっている。
 今回の反日デモに「プチ文革」ともいえる匂いがするのは、経済の失速が明らかになり、高級官僚が大金を持って高跳びする現象が増え、今貧しい人がいつか豊かになるという希望を持てない状況でぶすぶすくすぶっている「不満」と、日本大使公用車が公道で襲撃され、9月あたまから2週間も習近平氏が姿を消しているなど不正常な事態に複雑な権力暗闘の存在を感じるからだ。
 では今回の大衆の反日暴動デモを利用したのは誰なのか。黒幕は存在するのか。それは誰がこの一連の反日デモで得をするのか、ということになる。
 たとえば次期国家主席の座が約束されている習近平か?米国の華字ネットニュース博訊によれば、習近平が尖閣対応を含めて対日強硬策について決定権があると報じており、最近の一連に対日強硬姿勢や尖閣近海への中国公船の出動も習近平の指示だという。だが、政権を委譲される側にとっては、得どころか日中関係悪化も国内不安定化はデメリットばかりだ。ちなみに、習近平は対日強硬姿勢を公の席では打ちだしていない。何しろ14日まで習近平は消息不明で、尖閣国有化閣議決定が発表された10日には、軍の301病院に入院中と噂されていた。その理由は暗殺未遂説から軟禁説、水泳で背中を痛めた、肝臓がん、腸腫瘍、心臓発作という病気説までいろいろ言われたが、いまだにわからない。
 私がとある中国筋から耳打ちされたのは、胡錦濤黒幕説である。胡錦濤は党中央軍事委主席に留任しない、つまり習近平に政権を完全委譲することになる、というのが目下の観測であるが、そうなると胡錦濤の政治的影響力は激減する。江沢民は胡錦濤に政権を委譲したあと2年、中央軍事委主席に留任し、その間、なかなか激しい権力闘争を見せた。そこで胡錦濤は、尖閣国有化に対する強硬姿勢をみせ軍の支持を取り込み、自分の留任はなくとも、腹心を軍事委副主席の地位にねじ込みたいなどの狙いがあるのではないか。日中関係や国際社会での立場が悪くなり、社会不満に火が付きかけの危ない状況であっても、自分自身は完全引退の身なので、直接の責任は引き受けなくていい。もっとも、こういうことをささやく人は明らかな上海閥なので、鵜呑みにするわけにはいかない。
 もう1つ説があるのは、これも華字ネットニュース・アポロニュースネットで流れた話。公安・司法トップの中国共産党中央政法委員会が配下の公安組織にデモを指示し、現政権・次期政権への圧力をかけている、という。確かに、一部のデモ隊で警察関係者がリーダーシップをとっている姿は目撃情報がある。それはデモをコントロールするための策かという見方もあるし、デモの許可自体は公安マターなので、そういう話があっても不思議ではない。政法委書記の周永康は薄煕来と利権関係があり、2014年にまでにクーデターを企て習近平を追い落とすという陰謀を画策していたという噂まで出た人物。薄失脚に連坐するかどうかという瀬戸際を踏みとどまったと言われている。次期政権では中央政法委主席の職は政治局常務委員に入らない。
 もちろん、これらいずれも噂話の域を出ない。こんな様々な噂が、ネットメディア上の流布すること自体、中国の内政の混乱ぶりを示している。
■今の状況を歓迎しているのは軍部
 はっきりと言えるのは、軍部は今の状況を歓迎しているだろう。台湾が馬英九政権となって中台関係が良好になって以降、解放軍の対台湾作戦は現実味を失った。解放軍の存在価値を今高めてくれるのは、対尖閣(釣魚島)作戦である。今すぐは無理だとしても、いずれ尖閣を奪う、というのは解放軍内では常識となっており、それを後押しする国民レベルの大衆運動が起きれば、軍としても求心力を取り戻し、国家予算を増やす口実にもなる。放っておくと戦争になる、という言葉は軽々しく言いたくないが、これから日中間で尖閣をめぐって不測の偶発的な事件が起き得るという覚悟は必要だろう。
 もっとも私は、紛争リスクよりも、「反日の麦藁の炎」から「中国の社会不満の石炭」に火が移り燃え広がるリスクの方がありそうな気がする。
 いずれにしても、一番貧乏くじを引くのは利用される庶民である。文革にしても、反日デモにしても。
著者プロフィール
福島 香織(ふくしま・かおり)ジャーナリスト
 大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。著書に『潜入ルポ 中国の女―エイズ売春婦から大富豪まで』(文藝春秋)、『中国のマスゴミ―ジャーナリズムの挫折と目覚め』(扶桑社新書)、『危ない中国 点撃!』(産経新聞出版刊)、『中国のマスゴミ』(扶桑社新書)など。 
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