『人殺しの息子と呼ばれて…』張江CPが3カ月ぶり再会の息子に感じた″変化″とは
北九州事件 受刑者の息子に変化
2017年12月14日 7時0分 マイナビニュース
●短期間で見えた成長と冷静さ
フジテレビのドキュメンタリー枠『ザ・ノンフィクション』(毎週日曜14:00~ ※関東ローカル)で、10月15日・22日の2週連続放送された『人殺しの息子と呼ばれて…』が、あす15日(21:00~22:52)にプライムタイムの全国ネットで放送される。
2時間枠で放送される今回は、前回放送時に未公開だった母・緒方純子受刑者からの手紙の内容や、息子の少年時代の証言、そして、再度息子に実施したインタビューの模様も加えて構成。そのインタビューアーである張江泰之チーフプロデューサーに、再会した息子から感じた"変化"などを聞いた――。
○北九州での放送後「本当に人に恵まれている」
同番組は、2002年に発覚した北九州連続監禁殺人事件の犯人の息子(24歳)が、初めてメディアのインタビューを受けたもの。顔は映さないが、肉声を公開するリスクを負い、想像を絶する証言の数々に大きな反響が集まり、「前編」の視聴率(ビデオリサーチ調べ・関東地区)は、日曜昼帯にもかかわらず6.3%、「後編」は10.0%に跳ね上がった。
マイナビニュースが前回張江氏を取材してから放送が終わると、6媒体から取材が殺到。フジテレビでは、現在英語版も制作中で、今後、海外のコンクールに出品していく考えだ。
こうした現状について、張江氏は「とにかくプラスの反響が多かったことにすごく驚いています」と心境を明かし、「ネット上でも、放送直前までザワザワしていましたし、マイナスの風が吹いたら息子にも申し訳ないので、本当に放送していいのだろうかと思っていたんです。息子に話したら『なにビビってるんですか』って言われてしまったんですけどね(笑)。それが、放送を終えたら、追い風どころか、息子の生き方に対する称賛の声も多く集まってきて、本当に私自身も驚きましたね」と振り返る。
番組宛てには、直接本人に渡してほしいという視聴者からの手紙が数多く届き、それを全部送ると、息子も勇気づけられたそう。11月にはテレビ西日本で放送する話が持ち上がり、在住する北九州でも視聴できることから、息子はさすがに「特定されたら引っ越します」と、ネガティブな心境になったようだが、放送後には「大丈夫でした。会社に気づいた人もいたようだけど、あえて話しかけてこなかったし、本当に人に恵まれている」と話していたそうだ。
○「自分も変わらなきゃいけない」
張江泰之1967年生まれ北海道出身。中央大学卒業後、90年にNHK入局。『クローズアップ現代』『NHKスペシャル』などを担当し、05年にフジテレビジョン入社。『とくダネ!』やゴールデン帯の特番などを担当し、14年から『ザ・ノンフィクション』チーフプロデューサー。現職は、情報制作局情報企画開発センター部長。
そして今月上旬、再びインタビューを行うため、北九州で息子に3カ月ぶりに再会した張江氏は、その時の彼の印象について「この短期間で、ちょっと成長したような感じなんですよ」と、"変化"を発見した。具体的には「前は母親に対して憎しみの言葉ばかりだったんですけど、今回は『自分も変わらなきゃいけない』っていう発言が出ていた」という点。前回の放送で、両親の面会にはもう行かないと宣言していたが、実は、その後に足を運んでいたのだという。
父・松永太死刑囚への面会は2回試みたが、1回目はあの父親に、初めて自分の言いたいことが言えたそう。2回目は面会拒否されたが、その後手紙が届き、最後に「一応の父より」と書いてあったそうだ。このことは、今回の放送で息子から語られるが、張江氏は「やっぱり息子に対して、済まないっていう気持ちもあったんでしょうね」と推察する。
別の"変化"は「前回はわれわれに、一生懸命身振り手振りをして話していたんですけど、今回は手元を撮っても全然動かないくらい落ち着いていたんです」という点。さらに、インタビュー終了後、すぐにLINEで「今日はありがとうございました」とメッセージが届いたそうで、張江氏は「そんなことを言う青年ではなかったんですよ」と驚く。「やはり、前回の放送によって、自分の生き方がここまで人々の心を打ったということで、話して良かった、報われたという思いがあったようです。それまでは、何も言えずに堪えてきた人生だったので、それが解放されたということではないでしょうか」と解説した。
ちなみに、息子には妻がおり、伝えていなかった過去もあったため、放送への反応に不安があったそうだが、視聴した妻から「今さらのことだよね」とひと言かけられ、「すごく救われた。ああ、こいつ(妻)に感謝しないといけないな」と、ホッとしていたそうだ。
●同じような境遇の人をサポートしたい
こうした変化もあって、今回のプライムタイムでの全国放送に対し、「息子は、自分の思いが全国に伝わるのであれば、一緒に番組を作りましょうっていう感じなんです」といい、最近ではよく「自分と同じような境遇の人たちをサポートするような仕組みができないか」と張江氏に話すほど、ある種の使命感も芽生え始めた様子。
むしろ、張江氏が遠慮がちになると、「もっとぶつかってきてほしい」と受け止めようとする態度をとるそうで、張江氏は「最近はお互い平気でケンカになったりして、確実に距離が縮まってる感じがあります。決して親子の感じではなく、"同志"の感じで見てるんですよ。今まで、何かを一緒にやるとか一緒に遊ぶ人がいなかったので、そこが彼の中で大事なことなんです」と分析する。
放送時間が上がっても、息子が目撃した両親による残忍な犯行の表現はカットせず、「あくまで直球勝負で行きます。例えば、ナレーターを有名な俳優さんにお願いするという考え方もあると思いますが、そんな小手先のことをやっても何も意味はないので、息子の気持ちをお茶の間にどう届かせるかということを意識しています」と、鋭意編集中。
放送日は、日本テレビで映画『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の地上波初放送、テレビ朝日で『金曜★ロンドンハーツ3時間スペシャル』、TBSで『中居正広のキンスマスペシャル』という強力コンテンツが裏番組に編成されている中、「息子の生声をベースに2時間放送するというのは、視聴者に届くのか…。心配でもあるんですが、われわれ現場からぜひ全国放送でやりたいと訴え、編成担当者も受け止めてくれたので、奇をてらわず勝負します」と意気込んだ。
○『ザ・ノンフィクション』に追い風
『人殺しの息子と呼ばれて…』で大きな反響を受けてから、『ザ・ノンフィクション』への"追い風"を実感しているそうで、「前日の放送が、翌日に話題になるっていう、昔よくあったテレビの見られ方をしてる感じですね」と手応えを語る張江氏。『人殺しの息子と呼ばれて…』はイレギュラーな形だったが、「女性目線のネタに徹底するという取材方針は、変わらずやっていきます。ただ、『ザ・ノンフィクション』という枠にとらわれてしまうと窮屈になってしまうので、冒険的なテーマもやって、カラフルなラインアップにしていきたい」と意欲を示した。
それを踏まえ、今後は12月24日に、日本の有名ラーメン店主が上海に出店するドタバタを描く作品を予定。年明けには、番組史上初となるアメリカ・スペイン・カナダの3カ国取材で、大西洋のクロマグロを追いかける作品を予定し、張江氏も「一本釣りでどんどん獲れていく。とにかく画がすごいです」と太鼓判を押す。そして、人気シリーズ『雄太とユキノ』は、2人がついに結婚することになり、「涙、涙の放送になると思います」と予告した。
来年春で『とんねるずのみなさんのおかげでした』『めちゃ×2イケてるッ!』というゴールデンタイムの2つの看板バラエティが終了するフジテレビだが、一方で、今年10月には、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(1988~89年)の宮崎勤元死刑囚の取り調べでの肉声、暗殺された金正男氏の生前最後の映像と、報道・情報番組のスクープが連発。今回の『人殺しの息子と呼ばれて…』がプライム帯で実績を出せば、白紙ベースでの見直しを表明している今後のタイムテーブル作りに、影響を与えることもあるかもしれない。
◎上記事は[livedoor NEWS]からの転載・引用です
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北九州監禁殺人事件の全容。 7人はどのように殺害されたのか
「人殺しの息子」が“その後の人生”を語る番組が放送予定
3 Lines Summary
・マンション仲介の男性を暴言と暴力でマインドコントロールし、金を奪い殺害
・緒方受刑者の家族を巻き込み様々なルールと暴力などでマインドコントロール
・家族同士を殺害させあう卑劣な犯行
*福岡県北九州市で7人が監禁・殺害された事件。
日本史上稀に見る残酷な事件が2002年に発覚したきっかけは、当時17歳の少女が監禁先から逃げ出し、警察に通報したことからだった。
初めは1人の少女の監禁事件として考えられていたが、真実が明らかになるにつれ、その凄惨さに世間は震撼することとなった。
犯人は松永太死刑囚と緒方純子受刑者の2人。どちらも当時40歳だった。
詐欺と脅迫容疑で指名手配されて逃亡を続けてきた2人は、どのように監禁・殺害事件を起こしたのか。
(2人の出会いや事件が起きるまでの概要はこちらから https://www.houdoukyoku.jp/posts/23090)
*そして始まる殺人事件
金に困った2人が目をつけたのは、逃亡中にマンションを仲介してくれた男性だった。
松永死刑囚は偽名を使って一流メーカーで働く優秀なエンジニアを演じ、投資話を持ちかけた。それに男性は取り込まれた。
松永死刑囚は、男性の妻に対する不満などを聞いては煽り、別居させ、過去に犯した悪事などを書面にするなどして弱みを握った。男性は当時8歳の娘を連れ、彼らと共同生活をはじめるようになる。この娘は17歳になり逃走するまで、9年間を2人と過ごすこととなる。
しかし、同居が始まると、松永死刑囚と緒方受刑者は、男性の行動に難癖をつけては“通電”などの暴力を始めた。体をペンチでつねる、殴る、剣道のそんきょの姿勢や長時間の起立。食事はラードを乗せた白米のみで、浴室に閉じ込め、真冬に冷水のシャワー、睡眠時間の制限などありとあらゆる虐待を加えた。
そしてその虐待は当時8歳だった男性の娘にも行われた。
男性と娘は虐待に次ぐ虐待で、松永死刑囚のマインドコントロール下に置かれ、口止め料・慰謝料・娘の養育費などと様々な名目で、多額の金を要求されるようになる。男性は消費者金融や親、知人などから借金して金を渡し、その総額は少なくとも1083万円にのぼった。
虐待を続けられた男性は次第に衰弱し、共同生活をはじめて1年4か月後、1996年に死亡した。享年34歳だった。
松永死刑囚は緒方受刑者に、遺体をバラバラに解体させ、刻んで捨てさせた。
この行為について松永死刑囚は「私は解体の構成に関わり、プロデュースしました。設計士がビルを建てるのと同じですよ。私の解体方法はオリジナルです。魚料理の本を読み、応用し、佃煮をつくる要領でやりました」と語っている。
*家族をマインドコントロールし、殺害させあう
男性を殺害する前、松永死刑囚は男性の知人の妻を結婚詐欺にかけ、男性と同様に監禁し、金を奪って虐待をしていた。男性が殺害され、知人の妻が逃走した後は、緒方受刑者の母親からの送金で暮らしていた。
しかし、その送金が1500万円を超える頃、母親の蓄えが底をつき、送金がなくなった。
松永死刑囚は緒方受刑者に資金作りを要求したところ、緒方受刑者は内緒で湯布院で働きに出た。それに対して松永死刑囚が逃げたと思い込んで激昂し、緒方受刑者の家族が巻き込まれることとなる。
松永死刑囚は緒方受刑者の家族に芝居をさせ、緒方受刑者を呼び戻した。さらに家族に対して「緒方受刑者が男性を殺害して死体を解体し、さらに女性を海に突き落として殺害した」など事実を誇張して伝え、家族から“緒方受刑者を時効成立まで逃走させる知恵料”などの名目で結果的に4000万円以上もの金をだまし取った。
両親と妹が、まず頻繁に松永死刑囚からマンションに呼び出され金策などを話し合わされるようになった。さらに、元警察官だった妹の夫まで松永に取り込まれ、妹夫妻の娘と息子も含めた同居生活が始まってしまう。
松永死刑囚は妹の夫にわざわざ不満を言わせ、暴力を振るわせた。家族に対しては、緒方受刑者の犯行に加担したとの負い目を感じさせるために、男性を殺害して処理した台所の配管などの取り替えをさせたりした。また、独自のルールを決め、家族全員をマインドコントロール下に置いていった。
そのルールとは、松永死刑囚が指示するときだけとれる1日1回の食事。水も松永死刑囚が許したときだけ、緒方受刑者が準備して飲むことができた。ご飯の内容は炊事がいらないという理由から、ほとんど食パンか菓子パン。そんきょの姿勢で食器を使わせず、7〜8分以内に食べられなかったら“通電”や殴る蹴るの制裁が加えられた。
排泄や睡眠も松永死刑囚が支配し、自由な行動や会話は許されず、一日中無言のまま足がむくむほど立たされたこともあったという。
もちろん知人や仕事先などとの連絡は一切断たせた。また、家族一人一人に「ランク付け」をして、その時々によってランク付けを変えることで、お互いに敵対心を生まれさせた。
逃げ場のない異様な環境で、松永死刑囚は独自のルールと暴行と暴言、そして“通電”などによって緒方受刑者一家を支配し、何かを考えさせる余地を与えなかった。
緒方受刑者は「父は『もうこうなったら松永さんにぶら下がって生きていくしかありません』と話していたことを覚えています」と裁判で語っている。
そして松永死刑囚は、ついに緒方家の命を奪っていく。それも、自らの手は汚さずに。
日常的に暴行と“通電”が行なわれていたが、父親の些細な言葉に腹を立てた際、緒方受刑者に“通電”をさせると父親は前かがみに倒れ、そのまま息を引き取った。
緒方一家は松永死刑囚の指示で父親の遺体をバラバラに解体。これにより、一家にさらなる弱みを負わせた。
その後、日常的な虐待や“通電”、そして夫を亡くし自ら処理をしたショックで、母親が奇声を発するようになった。
松永死刑囚は緒方受刑者に母親を浴室に閉じ込めさせた上、「困るのはお前たちだろう」と妹夫婦に問いかけた。「よくなるかもしれないから、もう少し様子を見ましょう」などの提案には耳を貸さず、各々に役割分担を指示し、殺害させた。
そして、それまでと同様に、遺体は解体され、捨てられた。
今度は肉体的、精神的なストレスから妹の耳が聞こえにくくなり、松永死刑囚の指示によって夫の手で絞殺された。
その後、妹の夫が通電などの虐待によって死亡、甥と姪も殺害された。
*罪を認めない松永死刑囚
緒方受刑者の家族が全員殺害されたのち、およそ4年たってから、1人目の被害者の娘がマンションから逃げ出したことで事件は発覚する。
2005年9月28日、福岡地方裁判所小倉支部で行われた一審判決で死刑が2人に言い渡された。
緒方受刑者は罪を認めたが、松永死刑囚は法廷で「控訴だ」と叫んだという。
2007年9月26日に行われた二審で、緒方受刑者については「松永死刑囚の暴力に支配され犯行への関与も従属的だった」として一審の死刑判決を破棄し、異例の減刑となる無期懲役を言い渡された。
松永死刑囚は、2011年12月12日、最高裁での上告は棄却となり死刑が確定した。
(2人の出会いや事件が起きるまでの概要はこちらから https://www.houdoukyoku.jp/posts/23090)
*二人の息子は今どう感じているのか
フジテレビ(首都圏エリア)で10月15日(日)と22日(日)の2週にわたって放送した『ザ・ノンフィクション 人殺しの息子と呼ばれて…』。
北九州連続監禁殺人事件の犯人である松永太死刑囚と緒方純子受刑者の間に生まれ、「人殺しの息子」と呼ばれながら生きてきた息子(24)が、初めてメディアのインタビューを受けたもので、自身の怒りや悲しみ、そして苦悩の日々などを激白した。
反響が大きかったため、12月15日に全国放送される。今回は、10月に放送した内容だけでなく、放送後、再度息子に敢行したインタビュー、母・緒方純子受刑者による未公開の手紙などの内容を加えて、再編集した形で放送される。
「ザ・ノンフィクションSP 人殺しの息子と呼ばれて・・・」
放送日時:12月15日(金)21:00~22:52 放送
http://www.fujitv.co.jp/b_hp/171215thenonfx/index.html
◎上記事は[ホウドウキョク]からの転載・引用です
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◇ 2002年北九州連続監禁殺人事件『人殺しの息子と呼ばれて』松永太死刑囚と緒方純子受刑者の息子 フジテレビ『ザ・ノンフィクション』2017/10/15・22
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