2024年7月25日(木)
先日のセミナーでも少し話しましたが、この世に生を受けて今だ「許せない~~!」という御霊がいる気がしてならない私です。
阿弖流為 他戸(おさべ)親王 淳仁天皇 の御三人方の御霊です。
他戸(おさべ)親王の墓から阿弖流為の墓までと、他戸(おさべ)親王の墓から淳仁天皇の墓までは、共に460㎞です。
そろそろ、そろそろ・・あっても何ら不思議ではないと私は思いますが・・。
2024年7月25日(木)
先日のセミナーでも少し話しましたが、この世に生を受けて今だ「許せない~~!」という御霊がいる気がしてならない私です。
阿弖流為 他戸(おさべ)親王 淳仁天皇 の御三人方の御霊です。
他戸(おさべ)親王の墓から阿弖流為の墓までと、他戸(おさべ)親王の墓から淳仁天皇の墓までは、共に460㎞です。
そろそろ、そろそろ・・あっても何ら不思議ではないと私は思いますが・・。
2023年1月20日(金)
生石高原にある生石ヶ峰は、淳仁天皇の墓です。
その墓の石室は、淳仁天皇の生母である当麻山背(たいまのやましろ)の墓に向けて造営されていました。
それらの点を結んだら星の形が浮かび上がりました。
淳仁天皇の墓と、淳仁の父である舎人親王の墓と不動七重滝は、正三角形を描きます。
2023年1月19日(木)
1月9日(月)淳仁天皇の墓へと行った。
それはもう感動のひと時だった。
このときの事を武部さんが沢山書き綴ってくれました。
コンパスグラスで見事に90度ラインで列石が山頂まで並んでいました。
春には生石高原へ皆さんと一緒に行きたいと思っています。
日帰りで「聖地巡礼ツアー」を行います!
2023年1月17日(火)
兵庫県高砂市に生石神社(おうしこじんじゃ)があって、そこに石の宝殿があります。謎の巨石があります。
淡路島に淳仁天皇陵がありますが、この場所から生石神社(おうしこじんじゃ)までと、淳仁天皇の墓の東にある生石神社(しょうせきじんじゃ)までは共に57.6㎞と同距離で二等辺三角形を描きます。
また、高砂市の石の宝殿から東へ78.99mの場所に早良親王の墓があって、このすぐ近くには石宝殿古墳が在ります。そして早良親王の墓から77.74㎞行った場所に生石ヶ峰があって、この場所が淳仁天皇の埋め墓です。このすぐ東に生石神社(しょうせきじんじゃ)があり、ここには巨大な磐座があります。石の宝殿といい生石神社といい、その3ヶ所には立派な磐座が存在しています。冤罪の二人・・淳仁天皇と早良親王の墓の場所が分かるようにと、二つの二等辺三角形と生石と磐座と石宝殿の文字がそこに在ることの不思議をして、重大なことを教えているようです。
2023年1月14日(土)
8日(日)に光仁天皇の墓へ行きました。そして次の日9日には淳仁天皇の墓へと調査に行きました。
この二つの墓に対して、大日山(1689m)から光仁天皇の墓までと淳仁天皇の墓までは凡そ共に56㎞と同距離で二等辺三角形を描きます。
そして、大日岳(1521m)と光仁天皇の墓と淳仁天皇の墓の三点で正五角形の一部をなす直角三角形を描きます。
また、和歌山県田辺市本宮町渡瀬にある大日山(369m)と二つの墓との関係では、91度と直角ではありませんが直角三角形に近い位置関係です。この三角形を90度に補正した場所に、熊野三山 大斎原(おおゆのはら)があるのは、偶然でしょうか。そして田辺市本宮町渡瀬にある大日山(369m)は、コンターラインの形状から女性の墓と思えます。これら三つの山 大日が教えるものと、光仁天皇の墓と淳仁天皇の墓と熊野三山 大斎原との3点で2:1:√3の直角三角形を描く意味は重大であると私には響いてきます。
2023年1月10日(火)
8日、JR奈良駅に12:00武部さんと待ち合わせしていた。
そして光仁天皇の墓へと連れて行ってもらった。
予想通りに黄金をキャッチした。 石室の中央に黄金を囲むような配置は、推古天皇の墓を思い起こさせるものだった。
そしてその後は、ただただ空海コードの凄さに放心状態の私だった。
ホテルにチェックインしたのは4時で、光仁天皇の墓の造営の様子を想像しながら沈みゆく夕日とその変化をボーッと眺めていた。・・つづく
2023年1月9日(月・祝)
淳仁天皇の墓から淳仁天皇陵までと淳仁の父である舎人親王の墓までとは二等辺三角形を描きます。
孝謙天皇の墓と淳仁天皇の墓と舎人親王の墓は一直線に並んでいます。
新年早々、空海コードは冴えていますよ~~!