2019年6月29日(土)
空海様は高野山を開いてから毎月一度は荒神岳に登って祈ったと言う。
それは、桓武天皇の亡骸が大地に返された場所(墓)を真北に拝む場所を位置だしし、又、その場所はイエスや卑弥呼、そしてイエスを囲む王家の子供たちを祀る遥拝の山である大嶽山と綺麗に直角三角形を描く場所に決められました。
これは、日本の宗教文化を山岳信仰と言いましょうか修験道の方々が大王たちの墓を守り、その祀り方と祈りを絶やすことなく行ってきました。
私は一連の不思議物語の初めの頃、荒神社にも連れて行ってもらう機会に恵まれました。その後も一度行っています。
空海さまが高野を開き、必ず高野山からわざわざ山深い奥山まで月に一度は必ず来ていたということに「なぜだろう!?」と思ったものでした。
今になってはっきりと空海様の心が理解できます。
そして荒神と言えば、琵琶湖の東にも荒神山があります。 行基さんや空海さま由来の山です。
これはもう二つの「荒神を繋げ!」と聞こえてきます。
・・すると、見事に綺麗な意味ある図形が浮かび上がります。
荒神岳と荒神山までは、奈良県山添村にある神野山の大塚(天照大神でありアブラハムの父・テラの墓)からの距離が全く同距離であり、イエス・キリストの墓からも全く同距離です。
行基さんも空海様も、「火の神、竈の神である荒神とは、天照大神でありイエス・キリストでありモーセだ!」と教えていますねぇ。
ですから、モーセの御霊もイエス・キリストの墓の近くに移されたのでした。
修験道の方々は、天体に輝く無限の星々を八百万の神々としたとき、その中でも太陽や月にも例えることができる天照大神(テラ)やモーセやイエス・キリストを根源である火や竈の神「荒神さん」として人々に感謝するように教えたのでしょうね。