2016年10月17日(月)
武部さんは私に白髭神社と磐長姫神社との関係の素晴らしい情報を届けてくれました。
それでこの霊ラインから奈良県吉野にある後醍醐天皇陵との3点が、3:4:5という大矩(おおがね)の直角三角形を描くことが浮かび上がりました。
これはもう、磐長姫神社が重要で重大な意味を教えていることが理解できました。
・・それで私はもう、一刻も早く磐長姫神社へと参拝に行き、その足で吉野の後醍醐天皇陵へと行きました。
15日(土)の出来事です。
磐長姫神社に着くと、境内上空に六甲山の方角からエネルギー体の不思議な雲が現れ、その雲は、吉野までついて来たようで、そしてずっと私の上に陽が沈むまでいたような気がしました。
後醍醐天皇が、「磐長姫は、イエス・キリストの血を引く、女王卑弥呼である!」と。
磐長姫(石長姫)は、248年11月17日イエス・キリストの命日を選んで、自ずから造営した陵墓に入定しました。
その5日後に命は途絶えました。享年71歳でした。
卑弥呼は自分の命と引き換えに、倭国大乱後に修復した我が国が再び分裂するのを食い止めようとしました。
でも・・卑弥呼が政権を安定させたウガヤの流れをくむ側は、卑弥呼を失ったことで政権を奪われ、クーデターを企んだものたちの思うままに国造りが行われていきました。
ですから、純粋に自分の命と引き換えに、国が真っ二つに割れることのないようにと願って卑弥呼が入定したのですが、結局は卑弥呼が想定していなかった大混乱が国中で続いたことでしょう。
磐長姫がブスで醜い女として語られている由縁でしよう。
自分の命をかけて行った行動が理解されないどころか、1700年以上にも渡って、ブスで見にくい女の代表にされては可哀そうでなりません。
その存在さえも隠され続けているわけです。
人間は肉体を無くしても、魂はこの世に生き続けています。
卑弥呼を始め、この国の礎を築かれたイエス・キリストやモーセらの御霊が、それを黙って見過ごすことはしないでしょう。
一日も早く、神河町にある卑弥呼の陵墓の中に眠る卑弥呼の磐戸を開けて、供養しなくてはなりません。
これができなければ・・、ますます世界は混乱していくことでしょう。
この地球上でおこる事象は、目に見えるものの影から目に見えない霊体によって動きが決められるからです。
磐長姫様は、身体も御霊も・・、人類まれにみる美人で、世界の人々に愛されるべき女性なのです。
おお~、この文章を書き足して何気なく外を見ると、綺麗な満月のお月さんが微笑んでいましたぁ!
PM7:35 突然、武部さんから携帯に電話がかかってきました。
「電話をいただきまして・・」と武部さん。
「エッ、電話はしていませんよ。指一本もさわっていませんよ」と私。
「そうですかぁ・・、卑弥呼さんが武部さんにお礼を言いたかったのでしょう」と私。
「昨日のことをブログにUPしましたから・・」と武部さんは報告してくれました。
・・
武部さんは以前から、磐長姫がブスで醜いと言われているが、その逆ではないかと以前から思っていたと言われます。
そしてブログで磐長姫神社の情報を私に伝えてくれたので、月の世界に自ずから旅立たれた卑弥呼さんが、窓越しに見ていて、私の携帯電話で武部さんに電話したようですね。
このようなことが現実にあるのですね。 本当に驚いてしまいました。 その場に居てた人も驚きの事象でした。