Joe's Labo

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というか避難所。移行か?
なんか使いづらいな・・・

ふと『東電OL殺人事件』を読み返してみた

2011-05-06 19:08:54 | 書評
東電OL殺人事件 (新潮文庫)
クリエーター情報なし
新潮社




毎日のように“東京電力”という言葉が飛び交う中で、ふと本書が頭に浮かんだ。
もう14年も前の事件だが、当時、“東電”というアングルでは事件を見てはいなかった。
というわけで、改めて連休中に本書を再読してみた感想を。

事件について簡単に触れておくと、昼間は東京電力の課長というエリート、
夜は渋谷の街角に立つ女という2つの顔を持つ女性が、安アパートの空き部屋で惨殺され
放置されていたという事件である。
「なんでそんなエリートキャリアウーマンが、夜の顔なんてもってるんだ」
というのが、当時の人の率直な疑問だったと思う。同じ疑問を抱いた著者が、被害者の
心の闇に迫るため、夜の渋谷からネパールの山奥まで駆け回って書き上げたのが本書だ。

あらためて事件の経緯には触れないが、今読んでみると、この事件にはいくつかの
コントラストがあるように思う。

東電と、渋谷の夜の世界
父親と、被害者本人
日本とネパール

東電という半官半民のインフラ大企業で課長まで昇格した彼女は、間違いなく勝ち組だ。
事実、夜の仕事の合間にさえ、異常なほどのエリート意識を垣間見せている。

だが、それはタダで手にしたわけではない。いつも言っているように、終身雇用の
目に見えないコストはけして安くは無い。女性ならなおさらだ。

私は男女雇用機会均等法の施行から十年以上たった今も、女性にとって日本の会社は
きつい。男性にとってもきついだろうが、女性にとってはそれ以上にきつい職場環境と
なっている、そしてその状況は以前とほとんどかわらないどころか、“平等”の名のもとに
ますますきつさの度合いをましているのではないか、と思わざるを得なかった。
(中略)
「私も結婚したらやめようと思って銀行に入ったわけではありません。けれど日本の企業には
結婚と仕事を両立させるシステムはあっても、出産と仕事を両立させるシステムはまだ
ほとんどないんです。名の通った大企業ほど女性が長続きしないのもそのためだと思います」

(被害者と同じゼミの出身女性)

東電同期女性の証言も興味深い。

東電の面接試験を受けた時、うちは四大卒であっても女性は短大卒と同じに扱いますと、
はっきり言われました。(中略)入社してからは制服も決められた通りに着て、東大卒だと
いうことはおくびにも出さず、お茶くみもしました。ずるいやり方だとは思いましたが、こういう会社
では、ちょっと目立つことをするとすぐに足をひっぱられると思ったからです。
W(被害者)さんの態度は私とは正反対でした。自分はエコノミストのスペシャリストでいくと、
堂々と言っていました。けれど、こんなにつっぱって本当にやっていけるのか、という一抹の
不安があったことも確かです。


重要なのは、それだけの負担をしつつも、父親には勝てなかったという事実だ。
被害者の父は東電で役員手前まで進んだエリート社員だった。
本書では(主流から外れる)子会社への出向や派遣留学の挫折が重要なターニング
ポイントだったと示唆している。

こうしていったん主流を外れてしまうと、もはや個人の努力ではいかんともしがたい
ところが、閉じた終身雇用というムラの恐ろしいところだ。
今のようにネットでいくらでも好きなことが探せて、転職もオープンになっていれば
状況も違っただろうが、80年代末ではまず無理だろう。自分を押し殺して生きるしかない。
元々押し殺して入った世界でもう一回押し殺すのだから、どこかに無理が出る。

その無理が形となったのが、もう一つの夜の顔だったのだろう。
ネパールの寒村から出稼ぎにきた男たちに、渋谷の安アパートで向き合うことで、被害者は
何を埋めようとしたのだろうか。

2000年代に入って、30代正社員のメンタルトラブル増加が問題となっている。
激しさの違いはあれど、基本的には本書で描かれた絵と同じだというのが、個人的な実感だ。

※ネパール人容疑者には高裁で無期懲役判決が下されたが、本書もたびたび指摘するように、
 明らかに冤罪の可能性が高い。検察のご都合主義という点も含めて、本書の内容は
 まったく色あせていない。佐野眞一の最高傑作だと思うので、未読の人にはおススメしたい。