Joe's Labo

城繁幸公式。
というか避難所。移行か?
なんか使いづらいな・・・

書評『成熟日本への進路 』

2010-07-27 20:09:55 | 書評
成熟日本への進路 「成長論」から「分配論」へ (ちくま新書)
波頭 亮
筑摩書房

このアイテムの詳細を見る


本書の主張はシンプルだ。
今の日本には、長期的なヴィジョンが欠けている。
そして、清国や共産圏を引き合いに出し、ヴィジョン無き国は滅びると説く。

そして、著者の掲げるヴィジョンもまた明快である。
日本は人口や生産性といった点で既に成熟フェーズに突入しており、どうあがいたところで
成長フェーズには戻れない。
ならば、効率的な再分配で国民の幸福度を高める方向にシフトしようというもので、
そのための具体策が本書では様々に展開される。

「何が何でも成長で増税回避」という上げ潮な人とはかなり異なるスタンスだが、現実には
同様の立場の人の方が多数派ではないか。要するに、社会保障の効率化である。

ところで、著者はかなりのリベラルな発想の持ち主で、医療、介護の全額無料化および、
生活保護の拡大による全貧困層の救済を提言する。
そのために必要な追加予算は24兆円、消費税にして約10%で、それでもヨーロッパの
国民負担率に比べればむしろ低い方だとする。※

一方で、著者は社会保障と同様、市場メカニズムもとても重視している。
著者はデンマークやアメリカを引き合いに出しつつ、解雇規制が緩やかで流動性の高い
労働市場が、両国の高い経済成長の原動力だとする。
雇用の自由度はそのまま企業の競争力につながるためだ。
一方、同じアメリカ企業でも、労働組合のせいでその自由度を享受できなかった自動車産業
は凋落した。

労働者は従業員として企業に守られるべきなのではなくて、
国民として国家に守られるべきなのである。


これが、著者の主張の本質である。
「労働者は保護されるべき」「企業は社会的役割を果たすべき」というべき論は、現実社会
ではなんの価値もない。必要なのは、知恵を絞ってよりよい結果を追求することだ。

これはとても重要なポイントだ。
本来は国が行うべき社会保障を、終身雇用という名の下で企業に担わせてきたために、
企業倒産をほっておくわけにいかず、バブル崩壊以降はひたすら景気対策でバラマキを
続ける原因となった。
著者も指摘するように、早期に増税によって企業から社会保障を
切り離して独自のセーフティネットを構築しておけば、ここまで惨憺たる
財政状況にはならず、逆に産業構造の転換も進んでいたはずだ。


社会保障のための増税と、その幅を決めるための「日本のヴィジョンに対する議論の必要性」
という点で、本書の主張には強く同意する。

ところで、僕は著者のスタンスがとても新鮮に感じられた。
はっきりいうと、かなり大きな政府志向であり、個人的に全面的に賛成というわけではない。
ただ、高負担で高福祉、かつ市場メカニズムを追及して持続可能な社会を模索するという
スタンスは合理的だと思う。要するに、持続可能な社会を構築するという延長線上に立って
議論しているからだ。
社民党は既に死に体だが、新たな社民主義は本書の延長線に出現するはずだ。


※既に毎年垂れ流している分を増税でまかなうとすれば、あと20%以上の引き上げが必要
 であり、個人的にはハードルの高い目標だと思う。