ブログ原稿76号
ある日の芭蕉 「まゆはきを俤(おもかげ)にして紅粉(べに)の花」
尾花沢を立ち立石寺に向うと紅花が咲いている。道端に立ち止り、じっと紅花を眺めていると追憶に芭蕉はひたった。あれはいつのことであったろう。歩きながらの白昼夢でもあった。
目覚めると女の気配がある。薄目を開けて見回すと女は鏡に向っている。忙しなく女の肱が動く。女が眉に付いた白粉を掃いている姿が鏡に写っている。女の肱が動くたびごとに顔に生気が宿っていく。女に背を向け寝たふりをしていると女は静かに立ち上がると襖を開けた。冬の朝日が部屋に一直線に刺した。女は部屋を出ると階段を降りる足音がした。しばらく惰眠を貪っていると階段を上がってくる女の足音がする。芭蕉は起きると寝床に胡坐をかいた。
「お客さん、ようやすんでおりましたえ。お顔洗いますか。下に降りていくと右手に水場がありますねん。そこで洗ってきておくれやす」
女は芭蕉に手ぬぐいを渡した。水場に降りた芭蕉は井戸水をくみ上げ、桶に水をあけ顔を拭った。井戸水は暖かった。褞袍をかき寄せ階段を上り部屋に入ると朝食の用意ができていた。
芭蕉はふっと句が沸いた。「まゆはきを俤(おもかげ)にして紅粉(べに)の花」。紅花の影には花魁がいる。