醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  954号  白井一道 

2018-12-31 13:22:31 | 随筆・小説



  日本の保守本流


侘助 岸信介の政策は戦前の政策の正当性を信じ、これを継承するものである。
呑助 「八紘一宇」、「王道楽土」の実現ということですか。
侘助 「満洲国」建国の二大スローガンは「五族協和」と「王道楽土」であった。「王道(楽土)」とは「覇道」ではない。「覇道」とは、武力による征服、支配の政治をいう。が「王道」は皇帝(王権)の仁政によって万民が幸福に暮らす国家の理想だ。「満洲国」は、王道楽土を目指し、それを建国の
本義とした。この思想を岸信介は継承している。岸信介は「満州国」の閣僚だったからね。
呑助 儒教思想にある徳治主義ですか。
侘助 具体的に日本軍が中国で行ったことは、中国人の土地、財産を奪い、中国人を殺した。およそ一千万人以上の人々が犠牲になった。
呑助 口で言ったこととやったことは違っているということですか。
侘助 口では良いことを言うが、やることは悪い。岸信介は戦争犯罪人として訴追されたが、一切反省することなく、米軍に許されて戦後の日本政界に復帰した。岸のような人々がそのほかにもいた。それらの人々が自民党本流の基盤を作った。それらの人々に対して戦前から当時の対外膨張政策を批判した保守思想家が戦後政界に出た人がいた。
呑助 そんな政治家がいたんですか。
侘助 石橋湛山だ。湛山は大正デモクラシーのオピニオンリーダーだった。いち早く「民主主義」を提唱する。また三・一独立運動をはじめとする朝鮮における独立運動に理解を示す。帝国主義に対抗する平和的な加工貿易立国論を唱えて台湾・朝鮮・満州の放棄を主張するなど、リベラルな言論人として知られていた。戦後政界に出て、鳩山内閣の閣僚になる。
呑助 戦後総理大臣になってすぐ病気になり止めた人ですね。
侘助 そうなんだ。この石橋湛山が日本の保守本流だと田中秀征氏は述べている。
呑助 どのような政治家がいたんですかね。
侘助 石橋湛山を支えた政治家に池田勇人がいた。後に総理大臣になった。
呑助 岸信介が60年安保で下野した後が池田内閣でしたね。この時からですか、高度経済成長が始まったのは。
侘助 軍拡より経済成長ということで戦後世界第二位の経済規模を持つ国を作った。
呑助 軍事支出が無かったので経済が成長したんですかね。
侘助 そうだと思う。しかし日本が急速に経済成長したのは戦後すぐ始まった朝鮮戦争特需が日本経済を復興したと言われている。この朝鮮戦争に日本は軍隊を派遣しなかった。派遣できなかった。なぜなら憲法9条があったからね。見方によれば憲法9条があったから、経済が成長することができたとも言える。
呑助 朝鮮戦争が終わると間もなくベトナム戦争がおこりますね。
侘助 ベトナムでは日本敗戦後、フランスとの独立戦争が始まり、ディエンビエンフーの戦いでフランス軍が敗北し、休戦が成立、その後ベトナム戦争が始まり、ベトナム特需で日本が潤った。       

醸楽庵だより  953号  白井一道

2018-12-30 12:07:56 | 随筆・小説


  日本の保守政治家 自民党本流②

呑助 岸信介はA級戦争犯罪人として訴追されていたのにアメリカの意向によって釈放されたんですか。
侘助 岸自身が仲間に話していたようだ。米ソ冷戦が我々を解放するとね。その岸の予想は実現する。アメリカからの政治資金の援助を受け政治活動を再開した。
呑助 朝鮮戦争が始まると米軍は初め窮地に陥ってしまうんでしたかね。
侘助 第二次世界大戦後中国では蒋介石率いる国民党軍と毛沢東率いる共産党軍との内戦が始まり、
共産党軍が優勢に展開していた。米軍が支援した国民党軍は最終的には敗北し、台湾に逃げ、そこに中華民国を立ち上げた。大陸には1949年中華人民共和国が建国された。
呑助 第二次世界大戦が終わるとすぐ米ソ冷戦が始まる。東アジアでは中華人民共和国が成立する。第二次世界大戦後も引き続き戦争は続いていたということですね。
侘助 1949年に中国での国共内戦が終わると第二次世界大戦で2660万人という世界最大の戦死者を出したソ連の指導者スターリンの意を受け朝鮮の金日成は1950年南朝鮮解放戦争、朝鮮戦争を始めた。
呑助 米軍は朝鮮戦争の窮状を挽回すべく仁川上陸作戦をしたんでしたね。
侘助 そう。米軍が優勢になると彭徳懐将軍率いる中国共産党軍が北朝鮮軍を支援する。その結果元通りの北緯38度線で休戦が成立する。
呑助 その休戦状態が今も継続しているんですよね。
侘助 1953年以来現在に至るまで南北朝鮮は戦争休戦状態が続いている。
呑助 1990年代初めにはアメリカ大統領ブッシュ・ジュニアによって北朝鮮は「ならず者国家」と指定されていましたね。「ならず者国家」とは、どのような国だということなんですかね。
侘助 「rogue state」と英語では言うらしい。日本の外務省は「違法国家、無責任国家」と意訳していたようだ。北朝鮮と同様に「ならず者国家」として指定されたイラクは攻撃され、サダム・フセイン政権は倒され、フセインは殺されているからね。
呑助 北朝鮮の人々は戦々恐々とした日々を半世紀以上耐えてきているんでしょうね。
侘助 話をもとに戻すと朝鮮戦争が休戦になるとアメリカの対日政策は日本の保守党と一本化し、日本の社会主義化を阻止し、経済を再建させることになった。
呑助 戦後の日本には保守的な政党が分立していたんですか。
侘助 自由党と民主党が1955年に合体し、自由民主党が成立した。
呑助 米軍は戦後日本を民主化したんじゃないのですか。
侘助 確かに財閥の解体、農地解放、政治犯の釈放など民主的な施策をしたが1947年2月1日に予定されたゼネスト中止命令を境に米軍による対日占領政策は大きく変わった。それは日本の社会主義化阻止、日本を東アジアにおける反共の砦にするというものになった。
呑助 そうしたアメリカ軍の意向を実現すべく登場してきたのが岸信介だったということですか。
侘助 岸信介につながる政治家が「自民党本流」だと田中秀征氏は言う。       

醸楽庵だより  952号  白井一道

2018-12-29 11:34:11 | 随筆・小説


  日本の保守政治家


侘助 日本の保守政治家には二つの系統があるという話を聞いた。
呑助 日本の保守政治家と言えば自民党だけじゃないんですか。
侘助 1955年に保守合同が実現して自民党が成立した。その自民党の中に保守本流といわれる政治家たちと自民党本流という政治家たちがいると田中秀征氏は言っている。
呑助 そのような本を出版されたんですか。
侘助 そのようだ。『自民党本流と保守本流』という著作が講談社から出版社から出たようだ。
呑助 自民党本流と保守本流というのは何が違うんですか。
侘助 アメリカ政府の第二次世界大戦直後の対日政策は日本の国力を徹底的に破壊するというものだった。二度と立ち上がることができないように叩き潰すことだった。
呑助 戦争に敗北するということはそういうことだったんですね。アメリカ政府は日本が憎かったということですか。アメリカ兵が日本兵に殺されたんですから当然でしようね。
侘助 ところが日本の国力徹底的に叩き潰すのを止めざるを得ない状況が生れてきた。
呑助 それはどのような状況が生れてきたんですか。
侘助 それは中国の情勢が急変してきたからなんだ。当時中国には中華民国が成立していたが全中国を支配下においていたかとうとそうではなかった。中国各地には軍閥といわれる有力な将軍が各地に割拠していた。中華民国もそのような軍閥の一つのような存在だった。一方中国共産党軍もまた軍閥と軍閥の間を縫って勢力を拡大していた。
呑助 中国は日本の戦国時代のような状況だったんですね。
侘助 そのような状況だった中国に対して日本軍は軍を進めた。中国は共産党軍と中華民国政府軍とが協力し、日本軍と戦った。その結果、日本軍は中国軍に敗北した。アメリカ軍は中華民国政府軍を支援し、共産党軍に勝利するものと考えていたが、中国の情勢がアメリカ軍の考えたようにはならなかった。
呑助 毛沢東率いる中国共産党軍が蒋介石率いる中華民国政府の国民党軍を圧倒するような状況になっていたということですか。
侘助 そうなんだ。また世界的に見ればファシズム国家であったドイツ・イタリア・日本を打倒した連合国軍、米英仏ソの間に戦争直後の1946年には英国のチャーチルが「鉄のカーテン」演説をしている。これが米ソ冷戦の始まりだと言われている。
呑助 20世紀というのは切れ目なく戦争があった世紀なんですね。
侘助 こうした国際情勢を受けてアメリカ軍は日本を反共の砦にしよう。それには日本の国力を叩き潰すのではなく、国力を盛り立て、経済を立て直し、アメリカ軍の元に武装した日本軍を育てようと政策変更をしたんだ。
呑助 それでアメリカ軍の言うことを聞く日本の政治家を育てようとしたわけですね。
侘助 日本の保守政治家の中から選びだされたのが岸信介だった。彼の思想はアメリカ対外政策の思想と親和性があると見なされA級戦犯容疑者は無罪放免された。       

醸楽庵だより  951号  白井一道

2018-12-28 11:49:34 | 随筆・小説


  柚の花や昔しのばん料理の間  芭蕉  元禄4年

  ほととぎす大竹藪を漏る月夜  芭蕉  元禄4年




句郎 今栄蔵の『芭蕉年譜大成』によると元禄4年4月20日、「愛宕権現の例祭あり、凡兆・羽紅尼夫妻、去来が(落柿舎に)訪れる。おのおの同宿、暁方まで語る。去来の兄元端夫人より菓子・副食物が届く」とある。この時に詠まれた句が「柚の花や昔しのばん料理の間」と「ほととぎす大竹藪を漏る月夜」か。
華女 三百年前の落柿舎の一夜が研究者によって明らかにされているのね。
句郎 お大臣の別荘だった落柿舎を偲ぶ句が「柚の花や」の句なのかな。竹藪と月夜を初めて詠んだ句が「ほととぎす」の句なのかもしれない。この句以来竹藪と月光、竹藪と朝日などは手垢のついた句になったのかもしれない。
華女 「柚の花や」の句の「料理の間」の「間」は「あいだ」なのかなと初め思ったのよ。
句郎 料理を待つ間、柚の花を愛で、昔を偲んだということなのか。そういう解釈も成り立つように思うな。
華女 柚の花とは、常緑の堅い葉の間に咲く白く小さな明確な主張を持つ花よね。私、好きな花だわ。
句郎 「柚の花や昔しのばん」の「しのばん」と平仮名で書いているところに芭蕉の技があるようにも感じるんだ。
華女 なるほどね。分かるわ。「偲ぶ」と「忍ぶ」という二つの意味を持たせているということね。
句郎 柚の花を見ていると自然に昔の厳しい生活を忍んだ日のことが思い出されるということ、と同時に昔、この部屋では豊かな生活が営まれていたことが偲ばれるという。
華女 初め、お金持ちの別荘だったことが偲ばれるという句だとしたら芭蕉の句にしてはどうかと思ったけれども句郎の解釈を聞き、深みのある句なのかなと思ったわ。
句郎 「料理の間」も「あいだ」という意味と「部屋」という意味、二つの意味を芭蕉は持たせているのかもしれないな。
華女 柚の花が一点飾ってある質素であっではあっても高貴な茶室のような部屋ねということと料理を待つ間、柚の花を眺め、昔ここで豪勢な宴が行われたことだろうということね。
句郎 柚の常緑の堅い葉と白い小さな花は小さな茶室の床の間に似合う花のように思うな。
華女 柚の白い小さな花には高貴さがあるように感じるわ。
句郎 蝋燭の灯と月夜の明かりで一晩、語り明かしたということは、俳諧をしたということなんだと思う。
華女 初夏の夜、京都嵯峨野の金持ちの旧別荘で俳諧を詠みあう優雅な時間だったのでしようね。きっとお神酒もいただいたのよね。
句郎 谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を思い出すな。蝋燭の灯りに日本の美を谷崎は発見した。茶室のような従来の日本間には蝋燭の灯りがいい。芭蕉はすでに三百年前に蝋燭の灯りの美しさを発見していたのかもしれない。
華女 谷崎は京都の料理屋に行き、蝋燭の灯りの下でお酒をいただき、料理を食べたいと言ったという話を聞いたことがあるわ。       

醸楽庵だより  950号  白井一道

2018-12-27 12:59:14 | 随筆・小説


   嵐山藪の茂りや風の筋  芭蕉  元禄4年


句郎 この句を芭蕉は京都嵯峨野、向井去来の草庵落柿舎で詠んでいるようだ。
華女 芭蕉研究は進んでいるのね。この句はいつ詠まれているのかしら。
句郎 今栄蔵の『芭蕉年譜大成』によると元禄4年4月19日、嵯峨野の臨川寺(りんせんじ)に芭蕉は詣でている。
華女 では、その際に詠んだ句なのかしらね。この句には季語があるのかしら。
句郎 旧暦の4月19日は
新暦では5月16日になるみたいだ。当時の季節としては夏になる。季語は「茂り」のようだ。
華女 「草茂り」のような季語があったわね。
句郎 この句の季語「茂り」は木々の葉や枝の茂りをいう季語だ。
華女 旧暦の季節感は新暦の季節感とずれているように感じるわ。京都嵐山の木々の茂りは三百年前とそれほど変わっていないようにも感じるわ。
句郎 嵐山に吹く緑の風の音と保津川の流れの音が交響する音が聞こえるような気がするよ。
華女 芭蕉のこの句に学んだのかしら、角川源義の句に「灯ともせば雨音渡る茂りかな」があるわ。
句郎 嵐山の藪の茂りの中に風の通り道があることを発見した。このことを発見した喜びを句にしている。
華女 そうなのよね。角川源義は灯をともした時に雨音が茂りの中を渡っていく道があることに気が付いたのよね。
句郎 見えることによつて音がはっきりと聞き取れることがある。このことを角川源義は知ったということかな。
華女 視覚と聴覚とは補い合って外界を正確に認識するということがあるということね。
句郎 嵐山の藪の茂りの枝を撓ませる風の音を聞き、木々の枝が撓む姿を見て芭蕉は風にも通り道があるんだなぁーと思った。
華女 視覚と聴覚が一体化したとき、新たな認識を芭蕉は得たということなのね。
句郎 今よりずっと嵐山に住む人々は少なかっただろうしね。今より嵐山の木々の茂りは鬱蒼としていた。時折吹く強い風の音と木々の枝の撓む音はそれなりに迫力があったのかもしれない。
華女 芭蕉は藪の中を吹く強い風ではなく心地よい風を詠んでいるのだと思うわ。
句郎 嵐山の林の中の道を歩いているとどこからともなく吹いてくる心地よいそよ風がある。この風はどこから吹いてくるのかな。きっと風にも通り道があるのかもしれないなと感じたことを詠んでいるのかもしれない。
華女 角川源義は灯をともした時に雨音が渡ってきたと感じたのよ。芭蕉は嵐山の藪の茂りの中を歩いていた時に風が吹いてくる通り道があると気が付いたのよ。
句郎 日常生活の何でもない普通の出来事の中にふっと気が付く、発見したことが俳句になるということなのかな。
華女 そうなんだけれどね。ふっと気が付いたことを言葉で表現することがなかなかできないのよね。
句郎 思ったこと、感じたことを言葉で言い表すにはやはり訓練が必要なのかも。思ったことそのものを言い表すことは難しいからね。                           

醸楽庵だより  949号  白井一道

2018-12-26 12:09:28 | 随筆・小説


   衰ひや歯に喰ひ当てし海苔の砂   芭蕉  元禄4年



句郎 今栄蔵著『芭蕉年譜大成』によると、この句を芭蕉は元禄4年3月23日に郷里伊賀上野で詠んでいる。
華女 学者さんというのは凄いのね。芭蕉の日々の生活まで調べあげているのよね。
句郎 この著作によると初案であった「噛み当つる身の衰ひや海苔の砂」になっている。その後、推敲し「衰ひや歯に喰ひ当てし海苔の砂」になった。芭蕉は推敲の人だった。
華女 初案の「噛み当つる」の句に比べて「衰ひや」の句の方がはるかに良い句になっているように思うわ。
句郎 「噛み当つる」の句は理屈が鼻に付く。そんな感じがするよね。
華女 そうね。「衰ひや」の句は俳句ね俳句とは、このようなものをいうのだということを教えてくれているような句だ思うわ。
句郎 老いを実感する一瞬を見事に表現している。芭蕉はしっかり自分を見ている。芭蕉は人間を表現しているということかな。
華女 元禄4年と云うと芭蕉は何歳の時の句ということになるのかしら。
句郎 芭蕉は寛永21年西暦1644年の生まれだから元禄4年というと西暦1691年48歳だった。
華女 芭蕉は確か51歳で亡くなっているのよね。48歳というと、亡くなる三年前に詠まれている句ね。
句郎 芭蕉は身の衰えを覚えていたのかもしれないな。
華女 元禄時代に生きた日本人の平均的な寿命は何歳ぐらいだったのかしら。
句郎 江戸時代に生きた人々の平均寿命は身分によって大きく違っているのじゃないのかな。
華女 農民と武士じゃ、平均寿命が違うということね。戦国時代の武士の平均寿命はきっと短かったでしようね。
句郎 元禄時代は戦争のない平和な時代だったから、武士の平均寿命は農民や町人に比べて長かったのじゃないのかな。
華女 私が子供だった頃の農民のお爺さんやお婆さんの腰は皆曲がっていたように思うわ。最近になってからじゃないのかしら。腰の曲がった老人を見なくなったのは。
句郎 一説によると元禄時代の農民の平均寿命は30歳ぐらいだったのではないかという文書を読んだ記憶がある。
華女 そうなのかもしれないわ。フランス革命前の女性の農民の手はまるで50歳の女性の手のようだったという話を高校生の頃、世界史の授業で聞いたわ。芭蕉が51歳で亡くなったということは、当時としては長生きした方なのかもしれないわね。
句郎 元禄時代には入れ歯のような技術も眼鏡も無かった。痛い歯は抜くしかなかったんじゃないのかな。48歳の芭蕉には何本の歯が残っていたのか分からないが間違いなく、食べること、堅いものを噛むことは厳しかったのではないかと思う。
華女 読むことも辛かったのじゃないかと思うわ。
句郎 オランダ東インド会社が江戸時代、日本に虫メガネを持ってきたようだ。当時は大変高価なものだったろうから芭蕉は虫メガネのようなものを持つことはできなかったのじゃないかと思う。

醸楽庵だより  948号  白井一道

2018-12-25 13:09:20 | 随筆・小説


  政治家の言葉


句郎 昨日、テレビで「報道19.30」を見た。
呑助 何について、報道していましたか。
侘助 2018年を締めくくるに当てって「言葉」の問題を取り上げていた。
呑助 「言葉」の問題ですか。
侘助 特に政治家の「言葉」について取り上げていた。
呑助 政治家の「言葉」ですか。
侘助 安倍総理は「沖縄の民意に寄り添う」という言葉をよく使うが現実には沖縄の民意を逆なですることをする。辺野古の海に埋め立ての土砂投入を沖縄の民意に逆らってしているからね。だから「沖縄の民意に寄り添う」という言葉が嘘になる。
呑助 政治家の「言葉」は嘘だということですか。
侘助 言葉に嘘が多くなると政治家の発言自体が軽いものになる。信頼性を失うということなのかな。
呑助 確かに政治家の発言が軽いから選挙の際の投票率が50%以上にならないということですか。
侘助 天皇陛下が2018. 12月20日に行われた記者会見でのお言葉、「沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの、私
どもの思いは、これからも変わることはありません」と安倍総理の「沖縄の民意に寄り添う」という言葉とについてゲストの姜尚中氏と朝日新聞論説委員の高橋純子氏の意見を求めていた。
呑助 「沖縄の人々に心を寄せていく」という天皇の言葉と「沖縄の民意に寄り添う」という言葉は似ていますね。
侘助 確かに似ているけれども違っているのよね。天皇陛下の言葉には心が籠っているように感じるけれど、安倍総理の言葉には心が籠っていないように感じるね。
呑助 天皇は国民の象徴としての行為を必死になってしているという印象をうけますね。
侘助 安倍総理の言葉が軽いのは、小選挙区制度ににあると姜尚中氏は述べていた。
呑助 ほぉー、小選挙区制度ですか。
侘助 安倍総理の支持率はおよそ40パーセント。これだけの支持率があれば政権を維持することができると言っていた。安倍総理を支持するコアな支持者に向けた言葉には嘘はない。力のある言葉が必要だ。しかしそれ以外の人々に対する言葉はどうでもいいとね。だから軽い言葉になる。
呑助 自分の支持者を増やそうとはしていないということなんですか。
侘助 無駄な努力だと考えているのかもしれない。
呑助 民主主義というのは話合い、意見の違った人々との間で合意を形成していくのが民主主義なんじゃないですかね。
侘助 そうだよね。民主主義に基づく民主政治を安倍総理は実現しようとしていないのかもしれないな。
呑助 意見の違う野党は敵だということですか。
侘助 そのようだ。野党は潰すべき対象、敵だと安倍総理は野党を恐れると同時に憎んでいるのかもしれない。だからまともな言葉で野党の質問に答える必要はないと考えているのかもしれない。
呑助 まともな言葉は自分の支持者にしか使わないということなんですか。
侘助 「沖縄の民意に寄り添う」と玉城デニー沖縄県知事に堂々と安倍総理は発言する。
呑助 政治家の言葉ですか。


醸楽庵だより  947号  白井一道

2018-12-24 12:06:15 | 随筆・小説


  日本酒は日本が世界に誇る文化財だ


侘助 先日、熱燗の酒を大衆酒場で飲んだ。旨かったね。
呑助 日本酒は燗酒ですよ。年を取るにしたがって酒の味が分かってくると燗酒が美味しくなるのじゃないですか。
侘助 普段より呑み過ぎちゃったよ。
呑助 大丈夫だったですか。
侘助 ほろ酔い気分だったのか、夜風の寒さがこんなに気持ちのいいものかと思ったよ。
呑助 私なんかも燗酒が好きですね。昔、燗酒の匂いが嫌だと言った女がいましたがね。
侘助 今の吟醸酒はいい香がするよ。日本酒は日本が世界に誇る世界的な文化財だからね。
呑助 日本酒は日本の文化財ですか。
侘助 ノミちゃんは日本酒が日本の文化財だということに疑問でもあるの。
呑助 世界的な文化財だなんてちょっと大げさ過ぎるかなと思いましてね。
侘助 私は自信を持って言いたい。日本酒は日本が世界に誇る文化財だとね。
呑助 文化財ですか。呑むのも恐れおおい飲み物ですね。
侘助 ノミちゃんは文化財とは、でのようなものだと思っているの。
呑助 例えば日光の東照宮とか、鎌倉にあるお寺の仏像とかですか。
侘助 日本酒のようなものは文化財に値しないということなのかな。
呑助 まぁー、そうですかね。一合、百万円ぐらいする日本酒があったら、文化財だといえるかもしれませんがね。
侘助 ノミちゃん、そもそも文化とはどのようなものだと考えているの?
呑助 昔、文化の起源は耕作にあるという話を聞いたことがありますよ。
侘助 文化を意味する英語カルチャーの語源は耕作にあるという話だよね。
呑助 私は米作農家の息子なんですよ。子供の頃は水車に載って田んぼに水を入れたもんですよ。
侘助 水田耕作は昔の人の知恵の集積のようなものだからね。すべての田んぼに水を張る。これは大変なことなんだ。まず田の土を平らにする。一枚一枚の田に順々と水が流れていくようにする。苗づくりの作業手順、気温に合わせた作業、米の品種改良、これらはすべて昔から伝わってきた経験が集積したものなんだ。
呑助 確かに考えてみれば凄いことですね。昔の人の経験に学んで農作業は行われているということですか。
侘助 文化とは昔の人の経験を集積したものなんだ。
呑助 文化財とは昔の人の経験を集積した結果出来上がったものが文化財だということですか。
侘助 そうなんだ。日本酒は日本の風土に生きた日本人が創造した文化財だと言える。
呑助 日本の稲作文化が生んだ飲み物だということですね。
侘助 そうなんだ。稲作する地域は日本に限ったものではない。インドにも中国にも、インドネシア、ベトナムにもあるが、日本にのみ生れたアルコール飲料が日本酒なんだ。
呑助 どうして日本にしか生れなかったんでしょうかね。
侘助 いろいろな説があるようだけれどね。日本の風土にあったカビが稲に付いたということなんじゃないのかな。このカビをアスペルギリス・オリゼというんだ。このカビが日本酒を生んだ。

醸楽庵だより  946号  白井一道

2018-12-23 14:42:08 | 随筆・小説


 呑み明けて花生(はないけ)にせん二升樽   芭蕉   元禄4年



句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』の注に次のような説明がある。「土芳全伝元禄4年の条に(此句ハ尾張ノ人ヨリ濃酒一樽ニ木曽のうど・茶一種ヲ得ラレシヲひろむるトテ、門人ヲ多ク集テノ時也)」とある。この時、芭蕉は郷里の伊賀上野にいた。
華女 芭蕉は郷里の門人に声をかけ、俳諧を楽しみ、一杯やりましょう。旨い酒が届いていますと、いうことね。
句郎 芭蕉は一人酒を楽し
むことをしなかった。仲間と一緒に飲む酒が好きだった。
華女 俳諧の座とは、宴席でもあったのね。だから人が集まったのね。
句郎 楽しくなければ人は集まって来ない。酒があり、笑いがあるから人は集まってくる。説教されるような所に人が自主的に集まってくることはないよ。
華女 学校とは、惨いところね。一日中生徒はつまらない授業を無理やり強制されて教えられるのだものね。
句郎 そうなんだよね。だ
から生徒たちの目からは輝きがなくなる。学校はある意味、生徒の生命力のようなものを殺すところでもあるのかもしれないと思っているんだ。
華女 学校とは生徒の生きる力を養う所ではなく、削ぐような所だというの。
句郎 学校にはそのような一面があると考えているんだ。小中学校を義務教育と言うでしょ。教育を受けることが義務だと考えている人が多いのじゃないのかな。
華女 そのような考えに対して児童生徒に教育をする義務が政府、地方公共団体にあるという考えもあるように聞いているわ。
句郎 教育とは、本来そうでなくちゃならないところだよね。芭蕉にとって俳諧の座とは、俳諧を一緒に学び合う場であった同時に俳諧を教え、普及する場所だった。
華女 お酒と笑いの座は同時に文字を学び、文章を読み書きする能力を身につける場所でもあったということね。
句郎 二升樽の酒を飲み干し、呑み明けたこの樽には桜の花を活けてはどうかなと、ニコニコ笑いながら芭蕉は言った。
華女 伊賀上野、赤坂の芭蕉庵にも花が咲きますなぁーと、門人の誰かが言う姿が目に浮かぶわ。
句郎 集まってきた俳諧の弟子たちも旨い酒が飲めると浮き浮きしていたんだろうな。
華女 そうよ。きっと、そうよ。楽しい時間があったのよ。どのような俳諧を門人たちは詠んだのかしら。
句郎 「呑み明けて」の発句のみ伝えられ、俳諧の全体は伝わっていないようだ。
華女 どんな座であったのか、残念なことね。
句郎 記録しておくということは大事なことだよね。こんなつまらないものと思ってしまいがちだけれど、後世の人にとって、もしかしたら役に立つということがあるかもしれないから。
華女 友人のお母さんが亡くなったのよ。実家に帰り、お母さんのものを整理するのに大変苦労したという話を聞いたわ。
句郎 子には何も残さず、銀行カード一枚残して死にたいと言っている友人がいる。そんな死に方もいいかもしれない。

醸楽庵だより  945号  白井一道

2018-12-22 15:43:43 | 随筆・小説



防衛費の異常な増加に抗議し、教育と社会保障への優先的な公的支出を求める声明を転載させていただきます。
2018年12月20日 研究者・実務家有志一同
声明の趣旨
世界的にも最悪の水準の債務を抱える中、巨額の兵器購入を続け、他方では生活保護や年金を引き下げ教育への公的支出を怠る日本政府の政策は、憲法と国際人権法に違反し、早急に是正されるべきである。
1.安倍政権は一般予算で史上最高規模の防衛予算を支出しているだけでなく、補填として補正予算も使い、しかも後年度予算(ローン)で米国から巨額の兵器を購入しており、これは日本国憲法の財政民主主義に反する。
2.米国の対日貿易赤字削減をも目的とした米国からの兵器「爆買い」で、国際的にも最悪の状態にある我が国の財政赤字はさらにひっ迫している。
3.他方で、生活保護費や年金の相次ぐ切り下げなど、福祉予算の大幅削減により、国民生活は圧迫され貧困が広がっている。
4.また、学生が多額の借金を負う奨学金問題や大学交付金削減に象徴されるように、我が国の教育予算は先進国の中でも最も貧弱なままである。
5.このように福祉を切り捨て教育予算を削減する一方で、巨額の予算を兵器購入に充てる政策は、憲法の社会権規定に反するだけでなく、国際人権社会権規約にも反する。
以下、具体的に理由を述べる。
1 莫大な防衛費増加と予算の使い込み
現在、安倍政権の下で防衛費は顕著に増加し続け(2013年度から6年連続増加)、2016年度予算からは、本予算単独でも5兆円を突破している。加えて、防衛省は、本来は自然災害や不況対策などに使われる補正予算を、本予算だけでは賄いきれない高額な米国製兵器購入の抜け道に使い、2014年度以降は毎年2,000億円前後の補正予算を計上して、戦闘機や輸送機オスプレイ、ミサイルなどを、米側の提示する法外な価格で購入している。
しかも、これには後年度負担つまり次年度以降へのつけ回しの「ローン」で買っているものが含まれ、国産兵器購入の分を合わせると、国が抱えている兵器ローンの残高は2018年度予算で約5兆800億円と、防衛予算そのものに匹敵する額に膨れ上がっている(2019年度は5兆3,000億円)。米国へのローン支払いが嵩む結果、防衛省が国内の防衛企業に対する装備品代金の支払いの延期を要請するという異例の事態まで起きている(「兵器ローン残高5兆円突破」「兵器予算 補正で穴埋め 兵器購入『第二の財布』」「膨らむ予算『裏抜』駆使」「防衛省 支払い延期要請 防衛業界 戸惑い、反発」東京新聞2018年10月29日、11月1日、24日、29日記事参照)。毎会計年度の予算は国会の議決を経なければならないとしている財政民主主義の大原則(憲法86条)を空洞化する事態である。
防衛省の試算によれば、米国から購入し又は購入を予定している5種の兵器(戦闘機「F35」42機、オスプレイ17機、イージス・アショア2基など)だけで、廃棄までの20~30年間の維持整備費は2兆7,000億円を超える(「米製兵器維持費2兆7,000億円」東京新聞11月2日)。さらに、これに輪をかけるように、政府は、「F35」を米国から100機追加取得する方向で検討しており、取得額は1機100億円超で計1兆円以上になる見込みである(2018年11月27日日本経済新聞)。

2 米国のための高額兵器購入による財政逼迫
このような防衛費の異常な膨張について、根源的な問題の一つは、米国からの高額の兵器購入が、トランプ政権の要請も受け、米国の対日貿易赤字を解消する一助として行われていることである。
歳入のうち国債依存度が約35%を占め、国と地方の抱える長期債務残高が2018年度末で1,107兆円(対GDP比196%)に途するという、「主要先進国の中で最悪の水準」(財務省「日本の財政関係資料」2018年3月)の財政状況にある日本にとって、他国の赤字解消のために、さらなる借金を重ねてまで兵器購入に巨額の予算を費やすことは、国政の基盤をなす財政の運営として常軌を逸したものと言わざるを得ない。
また、導入されている兵器の中には、最新鋭ステルス戦闘機「F35」のような攻撃型兵器が多数含まれている。戦闘機が離着陸できるよう海上自衛隊の護衛艦「いずも」を事実上「空母化」する方針も示されている。これらは専守防衛の原則を逸脱する恐れが強い。
政府は北朝鮮情勢や中国の軍備増強を防衛力増強の理由として挙げるが、朝鮮半島ではむしろ緊張緩和の動きが活発化しているし、近隣国を仮想敵国として際限なく軍拡に走ることも、武力による威嚇を禁じ紛争の平和的解決を旨とする現代の国際法の大原則に合致せず、それ自体が近隣国の警戒感を高める、かえって危険な政策というべきである。

3 福祉切り捨ての現状
このように防衛費が破格の扱いで膨張する一方、政府は、生活保護費や年金の受給額を相次いで引き下げている。
生活保護については、2013年からの大幅引き下げに続き、今年10月からは新たに、食費など生活費にあてる生活扶助を最大で5%、3年間かけて引き下げることとされ、これにより、生活保護世帯の約7割の生活扶助費が減額となる。
しかし、削減にあたってば、減額された保護費が最低限の生活保障の基準を満たすのかどうかにっいての十分な検討がされておらず、厚生労働省の生活保護基準部会の報告書がこの点で提起した疑問は反映されていない。特に大きな影響を受ける母子世帯や高齢者世帯を含め、受給当事者の意見を聴取することも一切されていない。
生活保護基準は、最低賃金や住民税非課税限度額など様々な制度の基準になっているため、引き下げによる国民生活への悪影響は多方面にわたる。
また、年金については、2013年からの老齢基礎年金・厚生年金支給額の減額に続き、長期にわたり自動的に支給額が削減される「マクロ経済スライド」が2015年から発動されており、高齢者世帯の貧困状況は悪化している。
政府は生活保護減額によって160億円の予算削減を見込んでいるが、そもそも、国家財政を全体としてみた場合、この削減は、青天井に増加している防衛費の増加、とりわけ米国からの野放図な兵器購入を抑えれば、全く必要がなかったものである。
日本の国家財政は、米国の兵器産業における雇用の剔出iと維持のために用いられるべきものではない。国民の生存権よりも同盟国からの兵器購入を優先するような財政運営は根本的に間違っている。

4 主要国で最も貧弱な日本の教育予算
日本は、GDPに占める教育への公的支出割合が、主要国の中で例年最下位である。特に、日本は「高等教育の授業料が、データのあるOECD加盟国の中で最も高い国の一つであり、過去10年、授業料は上がり続けている。「高等教育機関は多くを私費負担に頼っている。日本では、高等教育段階では68%の支出が家計によって負担されており、この割合は、OECD加盟国平均30%の2借を超える」(OECD.Educalion at a Glance 2018)。
給付型奨学金は2017年にようやく導入されたものの、対象は住民税非課税世帯に限られ、学生数は各学年わずか2万人、給付額は月2~4万円にすぎない。大学生の75%は私立大学で学んでいるが、国の私学助成が少ないため家計の負担が大きいところ、私大新入生のうち無利子奨学金を借りられるのは15%にすぎず(東京私大教連調査)、多くの卒業生は奨学金という名のローン返済に苦しんでいる。「卒業時に抱える平均負債額は32,170ドルで、返済には学士課程の学生で最大15年を要する。これは、データのあるOECD加盟国の中で最も多い負債の一つである」(OECD,supra)。2011年から2016年の5年間で延べ15,338入が、奨学金にからんで自己破産している(「奨学金破産、過去5年で延べ1万5千人 親子連鎖広がる」朝日新聞デジタル2018年2月12日)。
国立大学法人化後、その基盤経費となる運営費交付金も年々削減され(2004年から2016年までで実質1,000債円以上。文部科学省調査)、任期付き教員の増加など大学の教育・研究に支障をきたしている(「土台から崩れゆく日本の科学、疲弊する若手研究者たち これが『科学技術立国』の足元」Wedge Infinity2017年11月27日)。
高等教育だけではない。教育予算が全体としてきわめて貧弱であり人員が少ないため、公立の小・中・高等学校では半数以上の教員が過労死レベルで働いている(「過労死ライン超えの教員、公立校で半数 仕事持ち帰りも」朝日新聞デジタル2018年10月18日)。
教育に予算を支出しない国に未来はあるだろうか。納税者から託された税金を何にどう用いるかという財政政策において、教育を受ける権利の実現は最優先事項の一つでなければならない。

5 日本は社会権規約に違反している
憲法25条は国民の生存権を保障している。また、日本が批准している「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(社会権規約)は、社会保障についての権利(9条)、適切な生活水準についての権利(11条1項)を認め、国はこれらの権利の実現のために、利用可能な資源を最大限に用いて措置を取る義務があるとしている(2条1項)。
権利を認め、その実現に向けて措置を取る義務を負った以上は、権利の実現を後退させる措置を取ることは規約の趣旨に反する(後退禁止原則)。社会権規約の下で設置されている社会権規約委員会は「一般的意見」で、「いかなる意図的な後退的措置が取られる場合にも、国は、それがすべての選択肢を最大限慎重に検討した後に導入されたものであること、及び、国の利用可能な最大限の資源の完全な利用に照らして、規約に規定された権利全体との関連によってそれが正当化されること、を証明する責任を負う」としている。
このような観点から委員会は、日本に対する2013年の「総括所見」で、社会保障予算の大幅な削減に懸念を示している。また、日本の最低賃金の平均水準が最低生存水準及び生活保護水準を下回っていることや、無年金又は低年金の高齢者の聞で貧困が広がっていることにも懸念を表明した(外務省ウェブサイト「国際人権規約」参照)。
今年(2018年)5月には、10月からの生活保護引き下げについて、「極度の貧困に関する特別報告者」を含む国連人権理事会の特別報告者ら4名が連名で、引き下げは日本の国際法上の義務に違反するという声明を発表し政府に送る事態となった。「日本のような豊かな先進国におけるこのような措置は、貧困層の人々が尊厳をもって生きる権利を直接に掘り崩す、意図的な政治的決定を反映している。」「貧困層の人権に与える影響を慎重に検討しないで取られたこのような緊縮措置は、日本が国際的に負っている義務に違反している」。
また社会権規約は、国はすべての者に教育の権利を認め、中等教育と高等教育については、無償教育を漸進的に導入することにより、すべての人に均等に機会が与えられるようにすることと規定している。適切な奨学金制度を設立することも定めている(13条2項)。
教育に対する日本の公的支出の貧弱さはこれらを遵守したものになっていない。

*****  ****  *****  *****  ****  *****

 後年度負担まで組んで莫大な額の兵器を買い込み国家財政を逼迫させる一方で、十分な検討も経ずに生活保護を引き下げることや、きわめて貧弱な教育予算を放置し又は削減することは、憲法の平和主義、人権保障及び財政上の原則のみならず、国際法上の義務である社会権規約(及び、同様の規定をもつ子どもの権利条約や障害者権利条約など)に違反している。我々は、安倍政権による防衛予算の異常な運営に抗議し反対の意を表明するとともに、教育と社会保障の分野に適切に予算を振り向けることを強く求めるものである。

<呼びかけ人>(五十音順、*発起人)
荒牧 重人(山梨学院大学教授、憲法学・子ども法)
井上 英夫(金沢大学名誉教授・佛教大学客員教授、人権論・社会保障法学)
大久保 賢一(弁護士)
小久保 哲郎(弁護士、生活保護問題対策全国会議事務局長)
今野 久子(弁護士)
澤藤 統一郎(弁護士、日本民主法律家協会元事務局長・日本弁護士連合会元消費者委員会委員長)
*申 ホンヘ(青山学院大学教授、国際人権法学会前理事長、国際人権法学)
田中 俊(弁護士)
谷口 真由美(大阪国際大学准教授、国際人権法学)
角田 由紀子(弁護士)
*徳岡 宏一朗(弁護士)
戸室 健作(千葉商科大学専任講師、社会政策論)
根森 健(神奈川大学特任教授、新潟大学・埼玉大学名誉教授、憲法学)
尾藤 廣喜(弁護士、生活保護問題対策全国会議代表幹事)
藤田 早苗(エセックス大学研究員、国際人権法学)
藤原 精吾(弁護士・日本反核法律家協会副会長・日本弁護士連合会元副会長)
吉田 雄大(弁護士)