醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   68号   聖海   

2015-01-22 11:31:10 | 随筆・小説
 
  あやめ草足に結ん草鞋の緒   芭蕉

華女 「あやめ草足に結(むすば)ん草鞋(わらじ)の緒」。「おくのほそ道」、宮城野で芭蕉が詠んだこの句はすっきり分かる句ね。
句郎 あやめ草を草鞋の緒にして足に結んだ。ただそれだけの句だものね。
華女 句として、どこが良いのか分からないわ。芭蕉が「おくのほそ道」で詠んでいる句だからいい。「おくのほそ道」に載っている句だ知らなければ、読み飛ばされていくような句だと思うわ。句会で私がこの句を詠んだとしたら誰も採ってくれないような句じゃないかしら。
句郎 そうかもしれない。芭蕉がこの句にこめた気持ちを読み説いてみたいと思う。
華女 芭蕉がこの句を詠んだ状況はどうだったのかしら。
句郎 草鞋の緒をあやめ草にして草鞋を作ったという意味じゃないよね。あやめ草は草鞋の緒にはならないよ。だって、すぐ切れてしまうんじゃないかと思う。草鞋の緒にあやめ草を巻き付けたんじゃないかと思う。
華女 どうして芭蕉はそんなことをしたのかしら。
句郎 あやめ草と芭蕉は言っているから、この草はお風呂に入れて菖蒲湯にするあやめ(菖蒲)の事ではないかと思う。あやめを漢字で書くと菖蒲と書く。薬効があると言われるお風呂に入れる菖蒲とあやめ、花菖蒲とは違う。綺麗な花が咲くあやめを想像してしまうけれどもそうではなく綺麗な花が咲かない薬効のある菖蒲、すなわちあやめ草を草鞋の緒に巻き付けた。
華女 じゃー、旅の安全祈願のためにあやめ草を草鞋の緒に巻き付けたのかしらね。
句郎 菖蒲には実際本当に薬効があるらしいよ。腰痛や神経痛を和らげる効果が期待できるらしいし、その他に菖蒲の根にある精油成分には血行促進や保湿効果の薬効があると言われている。
華女 菖蒲は漢方薬の原料になっていたのね。
句郎 菖蒲の香には悪疫を退散させるという民間療法があったらしいからね。またあやめの湯に入ると暑い夏を丈夫に過ごすことができると信じられてもいたらしい。
華女 無事健康に旅を終える事ができますよう元気に歩いてくれよと足に祈願したのね。
句郎 芭蕉は「名取川を渡つて仙䑓に入る。あやめふく日也」と「おくのほそ道」に書いている。宮城野に着いたのは旧暦の五月五日、あやめを軒に挿し、子どもの健やかな成長を祈願した日だった。ここで画工加右衛門という人と知り合いになる。加右衛門は事前に芭蕉が訪ねてくれるのを知り、芭蕉たちを案内する今では分からなくなっていた宮城野にある歌枕を調べていてくれた。
華女 江戸の俳諧師芭蕉の名は仙台にまで轟いていたのね。
句郎 元禄時代は商品流通が盛んになっていた。商品流通の隆盛が同時に通信を発達させていた。加右衛門に一日、ここが「御(み)さぶらひ御傘と申せ宮城野の木の下露は雨にまされり」と古今集東歌にある歌枕の「木の下」ですよと、また「とりつなげ玉田横野のはなれ駒つつじが岡にあせみ咲くなり」と源俊頼が詠んだ馬酔木の歌枕、玉田、横野、つつじが岡はここですと、芭蕉は案内された。
華女 いつも驚くことなんだけれど、芭蕉は本当にたくさんの歌を覚えていたということなの。
句郎 そうだよね。自動車があったわけじゃないんだから、全部覚えるしかなかったから覚えたんだろうね。加右衛門は芭蕉と別れるときに餞(はなむけ)に紺の染緒を付けた草鞋二足を贈った。
華女 分かったわ。「あやめ草足に結ん草鞋の緒」。この句は草鞋二足の餞別に対するお礼の挨拶の句だったのね。
元気に旅立ちます。本当にありがとうございました。この気持ちを詠んだ句のなのね。
句郎 そうなんじゃないかと思う。
華女 俳句というのは挨拶の気持ちを表現すれば句になるのね。
句郎 俳句は挨拶なのかもしれない。
華女 俳句は独りで詠むものじゃないのかもしれないわね。
句郎 俳句は句会があってこそ成り立つ文芸なのかな。
華女 対話ね。