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断腸亭日乗 (永井荷風 岩波版)を読む⑭ 財産税ではなく相続税だったのではないか

2022-10-24 14:04:09 | 日記

断腸亭日乗 (永井荷風 岩波版)を読む⑭ 財産税ではなく相続税だったのではないか

 大正7年米騒動がおきますが、このころの日記にはそのことには数行他人事のように書かれているだけで、相変わらず三味線のけいこへ行ったり仲間と語り合ったりたまには小説も書いているようですが優雅な生活をしているようです。米騒動は銀座でも起きているのですが、荷風さんは全く他人事の扱いです。のみならず、召使の老婆が亡くなったので不自由で仕方ないと別の人を探したりしています。

 どうやら、当時の日本は2つの階級にきれいに分かれていたと想像されます。もう日本のほとんどの人はそうであったことすら知らないか忘れている。私は知らなかったほうに属する。上層階層のうち政治や実業に携わる方はまた忙しかったでしょうが、荷風さんのような有閑階層は優雅というか退屈というかちょっと競争に明け暮れする今の私どもには理解できない状況であったようです。その状況が日記に記載されているので、こんなことが本当に百年前にあったのかという好奇心に駆られてこの部分を読んでしまいます。ここでは今の私たちは大正時代は米騒動と大正デモクラシーと軍縮しかイメージがありませんが、人数は少ないにせよ江戸情緒を楽しむ一群の人々が世の中または人生を楽しんでいた時代であったこと、また少なくとも東京ではほぼ交わることのない二つの階層に分かれていたことが見て取れます。

 ここではじめの目的である昭和21年預金封鎖のことを思い出します。荷風さんはこの預金封鎖してその間のインフレで財産の目減りがあることや、財産税に関して淡々としていました。それがあのちょっとでも値上がりがあると日記に記載する荷風さんにしては不思議だったのですが、そのくらい大きな損失ではなかったのではないか。上の階層というのは、そのくらいでああえらいことやどうしようとは思わないくらい持っていたんではないかと思うのです。

 昭和40年ころまでは、私どもの周りには何をしているのかわからない財産家が結構いたのです。大きなお屋敷に住んでいるのにこれと言った仕事をしているように見えないのです。あっても人に任せて自分は趣味をしているのです。昭和40年と50年の違いはこのゆったりした人が居なくなったところにあります。

 私は、これは相続税によるものだと考えます。おそらく家督を継ぐ者の相続税は軽かったために有閑階級が戦後しばらくの間日本には存在しえたのでしょう。荷風さんはその一番最後にあたるのではないか。この階級がなくなるのと、歌舞伎や三味線が振るわなくなるのとが同時です。また、三島や川端のような作風の小説家がいなくなるのも同時です。

 

 

 



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