本多秋五『物語戦後文学史』を読んで
この本で記憶に残った、以下六点に絞って、書いてみた。
1 「敗戦当時、自衛のための戦争まで否定する必要はない、という共産党員の発言が不審に念で受け取られた。」という。今の共産党と全く反対の考えではないか、とわかった。
2 「加藤秀俊の『中間文化論』によると、戦後文化の第一段階は「高級文化中心」であり、第二段階は「大衆文化中心」であり、第三段階は「中間文化中心」であるというが、敗戦直後は、まさしく高級文化中心の段階だった。」とある。
戦後に本が並べられると、列を競って並んだと、聞いたことがあるが、戦争という生きるか死ぬかの最低限の食糧難に対抗するのは知的満足感だったのか、と思う。
現代はあまりにも飢餓がなさすぎる。だから、知性が衰えるのではないか。知性と飢餓は反比例になっているのではないか。
3「近代文学の同人たちも、戦後間もない一時期には、大ていヒロポンを使用した。山室静を除いて、ヒロポンをいちども使ったことのないものはいないだろう。著者の本多秋五もヒロポンを経験した。遅筆速度の遅い者には向かない。遅筆速度が上昇すると思ったが、仇な望みだった。アクセルを踏みながらブレーキをかけたようなものだ。ヒロポンの一番愛用者は荒正人だった。荒正人の文体は、織田作之助や坂口安吾の文体と共通している。ヒロポンのなせる文体である。ヒロポン文体は船山肇にも歴然たるものがあった。」という。
戦後はこのような麻薬めいたものを使うのが文学者の常套だとは、初めて知った。煙草を吸っている写真は何度も見たが、ヒロポンを打ってまで本を書くとは。今は、煙草まで禁じる風潮だ。現代の健康信仰を吹き飛ばす荒々しい行動だ。おもしろい文章を書くには、現代の悪と言われる習慣が役立つようだ。
4「梅崎は『桜島』の中で、「海軍下士官になる。その傾向にますます磨きをかける。そして善行賞を三本も四本もつけて、やっと兵曹長です。やっとこれで生活ができる。人間の一番大切なものを失うことによって、そんな生活を確保するわけですね。思えば、こんな苛烈な人生ってありますか。人間を失って、生活を得る。」という。
人を殴って出世する世界がほんの数十年前にあった、ことを記憶にとどめたい。殴っていい事をしている、と思った人もきっとといたに違いない。でも、そう言う人は顔の人相に出てくるはずだ。
5「批評家のなかの達筆家といえば、福田恒存、寺田透に屈すべきだが、これらの人たちの筆跡には筆勢がある。毛筆でいえば、筆に墨をふくませたところと、書き下したところの差がある。花田清輝の原稿の字は全部が同じ力、同じスピードで書かれている。美術品である。精緻な論理を幾何学模様のように駆使した。」という。
普段、読書する場合、批評家の本は面白くない、というイメージがあった。しかし、この一文を読んで、そうか、じっくり読むと、美術品めいたものや、落ち着いた文体等探しながら、読むのもおもしろいと、思った。
6 「後進国の文化輸入の二つの型として、竹内好は「鴎外型」と「魯迅型」ということをいい、日本と中国を対比している。「鴎外型」は、いきなり第一流とされるものに飛びつき、ヨーロッパで近代文学の主流とされるものを、次から次へと漁る態度であり、「魯迅型」は二流でも三流でもかまわない。主流でなくて傍流であってもかまわない。自己の本質ににとって必要なものだけを摂取するのである。」という。
日本は今でも、海外の一流に敏感だ。日本が大東亜戦争で負けた時、どうして、あんなに日本人を殺したアメリカの言いなりになって、今だに抜けずにいるのはなぜか、とふと思った。やはり、アメリカの生き方が日本人には一流に見えているからではないか。アメリカがもし、今後、二流、三流に落ちるとすると、すぐに鞍替えして、一流国の物真似をする、と思う。
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この本で記憶に残った、以下六点に絞って、書いてみた。
1 「敗戦当時、自衛のための戦争まで否定する必要はない、という共産党員の発言が不審に念で受け取られた。」という。今の共産党と全く反対の考えではないか、とわかった。
2 「加藤秀俊の『中間文化論』によると、戦後文化の第一段階は「高級文化中心」であり、第二段階は「大衆文化中心」であり、第三段階は「中間文化中心」であるというが、敗戦直後は、まさしく高級文化中心の段階だった。」とある。
戦後に本が並べられると、列を競って並んだと、聞いたことがあるが、戦争という生きるか死ぬかの最低限の食糧難に対抗するのは知的満足感だったのか、と思う。
現代はあまりにも飢餓がなさすぎる。だから、知性が衰えるのではないか。知性と飢餓は反比例になっているのではないか。
3「近代文学の同人たちも、戦後間もない一時期には、大ていヒロポンを使用した。山室静を除いて、ヒロポンをいちども使ったことのないものはいないだろう。著者の本多秋五もヒロポンを経験した。遅筆速度の遅い者には向かない。遅筆速度が上昇すると思ったが、仇な望みだった。アクセルを踏みながらブレーキをかけたようなものだ。ヒロポンの一番愛用者は荒正人だった。荒正人の文体は、織田作之助や坂口安吾の文体と共通している。ヒロポンのなせる文体である。ヒロポン文体は船山肇にも歴然たるものがあった。」という。
戦後はこのような麻薬めいたものを使うのが文学者の常套だとは、初めて知った。煙草を吸っている写真は何度も見たが、ヒロポンを打ってまで本を書くとは。今は、煙草まで禁じる風潮だ。現代の健康信仰を吹き飛ばす荒々しい行動だ。おもしろい文章を書くには、現代の悪と言われる習慣が役立つようだ。
4「梅崎は『桜島』の中で、「海軍下士官になる。その傾向にますます磨きをかける。そして善行賞を三本も四本もつけて、やっと兵曹長です。やっとこれで生活ができる。人間の一番大切なものを失うことによって、そんな生活を確保するわけですね。思えば、こんな苛烈な人生ってありますか。人間を失って、生活を得る。」という。
人を殴って出世する世界がほんの数十年前にあった、ことを記憶にとどめたい。殴っていい事をしている、と思った人もきっとといたに違いない。でも、そう言う人は顔の人相に出てくるはずだ。
5「批評家のなかの達筆家といえば、福田恒存、寺田透に屈すべきだが、これらの人たちの筆跡には筆勢がある。毛筆でいえば、筆に墨をふくませたところと、書き下したところの差がある。花田清輝の原稿の字は全部が同じ力、同じスピードで書かれている。美術品である。精緻な論理を幾何学模様のように駆使した。」という。
普段、読書する場合、批評家の本は面白くない、というイメージがあった。しかし、この一文を読んで、そうか、じっくり読むと、美術品めいたものや、落ち着いた文体等探しながら、読むのもおもしろいと、思った。
6 「後進国の文化輸入の二つの型として、竹内好は「鴎外型」と「魯迅型」ということをいい、日本と中国を対比している。「鴎外型」は、いきなり第一流とされるものに飛びつき、ヨーロッパで近代文学の主流とされるものを、次から次へと漁る態度であり、「魯迅型」は二流でも三流でもかまわない。主流でなくて傍流であってもかまわない。自己の本質ににとって必要なものだけを摂取するのである。」という。
日本は今でも、海外の一流に敏感だ。日本が大東亜戦争で負けた時、どうして、あんなに日本人を殺したアメリカの言いなりになって、今だに抜けずにいるのはなぜか、とふと思った。やはり、アメリカの生き方が日本人には一流に見えているからではないか。アメリカがもし、今後、二流、三流に落ちるとすると、すぐに鞍替えして、一流国の物真似をする、と思う。
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