山口 香の「柔道を考える」

柔道が直面している問題を考え、今後のビジョン、歩むべき道を模索する。

選抜体重別選手権2日目

2009-04-05 22:44:13 | Weblog
 2日目の大会は、女子が軽量級から3階級、男子が重量級から4階級行われた
 
 女子48kg級は、女王・谷不在の中、世界への切符をかけた熾烈な代表争いが展開された。IJFランキングにおいて1位、2位、4位までが日本人というレベルの高さを考えれば、いかに日本で代表権を獲得することが難しいかがわかる。決勝は、予想通り、山岸(ランキング1位)対福見(ランキング2位)の対戦となった。結果は有効ポイント2を獲得して福見が勝利した

 勝負を分けたのはどこだったのか?昨年、同大会決勝で谷に圧勝した山岸が、それ以降も福見をリードする形で進んでいった。昨年から今年にかけての両者の対戦成績こそ2勝2敗ではあるが、印象は山岸優位だった。その優勢が山岸にプレッシャーを与え、動きを固くしてしまったように思う。初戦から決勝まで自分を見失ったかのような戦いぶりだった。比べて福見は挑戦者として臨んだ分、向かっていくという姿勢から余計な打算なく戦えた

 この結果で、福見は世界へ初めての挑戦権を得た。谷というとてつもない壁の前に何度となく跳ね返され、やっと、本当に’やっと勝ち取った’というのが本音だろう。理不尽と思える選考に泣いたこともあった。しかし、本当の戦いは実はここからである。この階級の層の厚さを考えると世界で負けることは脱落の烙印を押される。これまで背負ってきたものとは別のプレッシャーと戦うことになる

 63kg級で初の代表権を得た上野も同様である。与えられたチャンスはチャンスでもあるし、評価を落とすことにもなりうる。万が一、負ければ、やはりこの階級は’谷本しかいない’という印象を残す

 福見と上野が歩んできた長く苦しい道のりを考えれば、今日だけは二人を祝福してやりたい思いもある。しかし、私は’おめでとう’とは言いたくない。その言葉、本当の賞賛は二人が世界の頂点に立った時にとっておきたい

 女子の試合を全体的に見ると、一本勝ちも多く(49試合中20)、若い力を感じることもできた。7階級中、6階級の代表が発表されたがどの階級の代表をみてもメダルに絡んでいくことはもちろん、金を狙える選手達がそろった。頼もしいチームだ

 これに比べて心配なのは男子である。今日行われた100kg超級は、棟田、高井という両エースが共に準決勝で敗れた。この階級が象徴するように、試合全体をみても明るい材料はあまりなかったというのが正直なところである

 ベテランの活躍は話題性はあるが、裏を返せば若手が育っていないということだ。13人出場した大学生のうち、初戦を勝ち上がれたのは4人、その4人も準決勝で敗れた

 100kg超級を除いて代表が発表されたが、びっくりしたのは81kg級で決勝で一本負けした塘内選手が代表に選出されたことだろうか。確かにオリンピック以降の大会成績をみると優勝した高松選手を上回っている。しかし、31歳という年齢を考えたときにどうなのか?

 100kg超級は29日の全日本選手権を見た上で代表を選考する。もし、ここで棟田、高井両選手が優勝しなかったらどうするのか?それでもこれまでの実績から、どちらか一方を選ぶのか?つまり、男子の強化は、今年の世界選手権を勝つための選考をしているのか、それとのロンドンを見据えた強化を念頭において選考しているのかということだ

 実績というのは、谷選手がそうであったように、「金メダルに限りなく近い」という理由があれば、説得力がある。現在の男子選手にそこまでの期待をかけられるのは内柴ぐらいしかいない。となれば、なぜ、負けてでも選考するという’守りの選考’をする必要があるのか?

 はっきりいって、誰を使っても今の男子は負ける!そう腹をくくって3年後のロンドンを考えて若手を抜擢するという思い切った選考があってもよかったと痛切に感じる

 内柴、穴井がいても、金メダルゼロとなる可能性は少なくない。そんな逼迫した状況にあるのだから、思い切った強化方針、選考を打ち出すことが必要でそうでなければ未来はない。それをやるために篠原ヘッドが大抜擢されたのではなかったのか?これまでと同じ路線に乗ってやるのなら、誰がやっても同じだ

 北京五輪のときにも感じたことだが、男子よりも女子の方が鍛えられた選手が多いと感じる。鍛えられた時間が長かった分、勝負に対しての執念もある。これまでは、男子と女子の試合が同じ会場でやっていると、男子の試合の方が面白くてついつい目は男子の試合を追ってしまっていた。しかし、今大会、男女交互に試合があったが、男子の試合が退屈で’早く終わってほしい’と思った試合が多かった。スピード、力強さ、気迫、申し訳ないがどれをとっても見るべきものがなかった

 「男子柔道頑張れ」と思う。頑張るためには、何が足りないのか、何が必要なのかを今一度検証して世界を目指してもらいたい

選抜体重別選手権1日目

2009-04-04 15:38:58 | Weblog
 選抜体重別選手権大会1日目は、男子が軽い級から3階級、女子が重い方から4階級の計7階級が行われた

 今日注目されたのは、63kg級の因縁の対決とも言っていい、谷本ー上野戦、北京チャンピオン66kg級内柴の戦いぶりだろうか

 谷本ー上野戦は、ゴールデンスコアまで持ち込まれたが、上野が意地の大外刈で技ありを奪って勝利した。谷本はチェコ国際で優勝した後、膝を痛めたらしく、出場辞退も考えたほど状態は良くなかったらしい。しかし、初戦、準決勝は意地の一本勝。ただ、決勝戦に関しては「今年どうしても勝ちたい」といった執念はなく、淡々と試合をしていた感じであった。オリンピック2連覇をして、さらにロンドンも目指すと決めたことで、安易に大会を欠場せず厳しい環境に自分をおく意味での出場は立派であったし、価値もあったと思う。谷本としては今年の世界選手権は休んで仕切り直しの年と位置づけるのもいいだろう

 勝った上野は、おそらく初の世界代表に選ばれると思われる。常に、谷本に比べポイント柔道である点を指摘されてきた。この先、谷本との国内での争いが続くことを考えれば、世界選手権では何が何でも優勝し結果を残さなければならない。挑戦者として挑むのと、自分が日の丸を背負って戦うプレッシャーの違いを実感することだろう。ここからはある意味で自分との戦いとなる

 内柴の戦いぶりは見事だった。機をみて攻め込む思い切りの良さはすばらしい。谷本の柔道もそうだが、「柔道に華がある」。決勝は32歳、ベテランの江種との対戦であった。ベテラン同士の味のある戦いではあったが、若手の顔が見えてこなかったことが残念でもあるし、男子柔道のさらなる厳しさも感じる

 初日全体を振り返ってみると、いくつか気がついたことがあった。
ゴールデンスコアが多かった:49試合中18試合がゴールデンスコアで、そのうち10試合が判定までもつれ込んだ。中には見応えのある試合もあったが、多くは互いに攻めあぐんだり、組み手争いが多かったりの’つまらない’試合が多かった。また、「効果」がなくなったことも一つの要因だと思われる。
一本勝ちの数:49試合中13試合が一本勝ち。階級によって、随分差があった。男子60kg級、73kg級、女子70kg級、78kg級はいずれも一本勝ちが少なく、ゴールデンスコアが多かった。これらの階級は国際大会でも苦戦している階級であることを考えると納得できる。
白柔道着同士:世界選手権、オリンピックはもちろん、ブルー柔道着に目が慣れているので白柔道着同士の試合は見辛さを感じる。国際審判規定であり、世界選手権の選考会であるのであれば、国際使用(畳はそうしている)でやるべきだろう。
コーチ席の排除:国際柔道連盟がコーチ席を排除したことに伴って、今大会もコーチ席はおかれなかった。コーチ達は観客席の最前列に陣取って大きな声で指示を出していた。確かに、コーチ達の態度等に問題があるケースはあるが、観客席から叫ぶのであれば、コーチ席をおいた方がスマートのような気もする。また、審判の明らかな間違いなどが起きた場合には、選手が抗議できるのか?ジュリー(審判補佐?管理?)がいるので大丈夫というのがIJFの見解だが、何か起きてからよりも起きる前に確認しておくことが大事である。

 試合をみるといつも疲れるが、各階級8人で、敗者復活戦もない割には時間が長く、疲労感を感じた。面白い試合も多かったが、ゴールデンスコアも多かったことが原因だろうか?最終試合では女王塚田選手がまさかの一本負けもあった。塚田選手が一本負けしたのはいつだったか思い出せない。7階級4階級は初タイトルの選手だった。オリンピック翌年にふさわしく新しい波を感じる。明日は男子が重い階級、女子が軽い階級である。今日以上に見ている人に「ワクワクさせる戦い」が多く見られることを期待したい

スター不在の大会に期待

2009-04-02 14:35:38 | Weblog
 今週末(4月4日、5日)、世界選手権の代表選考を兼ねた全日本選抜体重別選手権大会が行われる。この大会は、強化選手の選考や入れ替えを目的にしたものではないので、各階級の上位8名、敗者復活戦なしで行われる

 敗者復活戦がない理由は、優勝者=世界選手権代表を決める大会であるから、2位や3位は関係ないという前提であった。しかし、ここ数年では優勝者=代表というように簡単なものではなく、優勝者以外から代表が選考されることが多くなってきた。そういった意味では、この大会も2位、3位という位置づけが必要な大会になりつつあり、敗者復活もある意味で必要かもしれない

 今年の大会の特徴は、近年にないスター不在ということだろう。ここ10年、いやそれ以上の長い間、柔道界を牽引してきた選手達が引退、休養など様々な理由から欠場している。男子の野村、井上、鈴木、女子の谷などがそうである。

 スター不在というと一見した華やかさには欠けるものの、実は見所もある。スターの陰に隠れて代表の座を射止めることができなかった選手が、そういった選手がいなくなった状況の中でいかに力を発揮するかである

 北京五輪において100級で鈴木選手が敗退したが、この原因は井上選手の引退にあったのではないかと密かに考えている。なんだかんだいっても、いつも脚光を浴びるのは井上選手であり、鈴木選手はいい意味でその陰に隠れて伸び伸びと力を発揮してこられた。北京五輪では井上選手が引退し、初めて矢面に立たされた。もちろん、それまでもプレッシャーはあっただろうが、2番手としてのものであった。柔道人生の目標でもあったであろう井上選手が突然いなくなり、自分の立ち位置が急に不安定なものになったのではないだろうか

 自分の前に立ちはだかっていた壁が大きければ大きいほど、逆にそれがバネになって頑張る原動力になっていることが多い。そういった意味では、今回、いくつかも大きな壁がなくなった後、2番手、3番手といわれてきた選手達がどういった戦いを見せるかに興味がある。自分が矢面に立たされ、絶対勝たなければならないプレッシャーを受けて初めてトップを走っていた人の背負っていた重みがわかる

 また、これまでは最終選考会といいながらも「この大会で勝っても選ばれないのでは?」といった疑心暗鬼の部分があったに違いない。まあ、今大会でもヨーロッパツアーで成績を残した選手達が有利であることは間違いない。しかしながら、彼らや彼女たちが絶対といえるまでのものもないのも事実だ。そういった状況のなかで、出場選手の多くが「自分でも」という可能性を持って挑んでいける

 最近の柔道は見ていて面白くないという指摘を受けることが多い。私もそう感じる。組み手に時間がかかりすぎること、お互いの手の内を知っていることもあろうが、思い切った技をしかけず小手先の勝負が目立つ

 女子はヨーロッパで行われた国際大会の成績をみても、誰が選ばれてもおそらく世界で全階級においてメダルに絡むだけの力を持っている。ただ、そのメダルが何色になるかが当たり前だが重要だ。この大会で「無難に優勝すれば」ぐらいの戦いだったとしたら金メダルは難しい。世界を目標にするのであれば、この大会はステップに過ぎない。それぐらいの強気の姿勢で負けを恐れず勝負する度胸がみたい。その勝負度胸こそが世界のトップを競う段になれば必須の要素だからである。今大会の出場選手で、実は世界選手権の金メダリストは塚田真希(2007カイロ無差別級金)しかいない。メダルは獲れても金はそう簡単には獲れない

 男子は女子とは比較にならないほど厳しい。金どころかメダルに絡める選手がどれほどいるか。期待できるのは、66kg内柴選手と100kg穴井選手だろう。内柴選手は経験、実績は申し分ないが、ベテランだけに調整次第という部分もある。また、女子の谷本同様に世界選手権では金がない。穴井も力をつけているものの、全幅の信頼をおけるほどではない。ということは、今年の世界選手権を戦うにあたって大黒柱がいないということだ。そういうチームが成功する場合には、意外な選手の活躍など、その大会で生まれるスターがでるかどうかにかかっている。そのスターに成りうるような選手が今大会で出てくるかに期待がかかる。若さと勢い、意外性を兼ね備えた選手が必要だそして日本の男子柔道は、北京の時の石井選手のように苦しい時期に、そういった選手を生み出せる底力があった

 谷、野村、井上という選手達が大スターであっただけに、これに匹敵するスターが出てくるまでにはしばらく時間がかかると思われる。しばらくの間は、スター不在の時代が続くだろう。そういった時代だからこそ柔道の本質が問われる。これまでは、柔道を知らない人でも、スターの名前だけでみてくれたが今はそうはいかない。見るに値する戦いかどうかが問われる。しかし、この時期に認められれば本物でもある。技術が超一流でなくても、引きつけられる試合はある。WBCがなぜあれだけ人々を魅了したのかといえば、普段とは違う(プロで百何十試合もあればある程度割り切った勝負に成るのは仕方がない)彼らの真摯な態度、取り組む姿勢にあった

 今大会に出場する選手一人一人が次の時代を担う一人としての柔道を背負う自覚を持った戦いぶりを期待したい