山口 香の「柔道を考える」

柔道が直面している問題を考え、今後のビジョン、歩むべき道を模索する。

大学指導者研修会

2010-03-28 17:08:38 | Weblog
3月22日~24日まで第27回全国大学指導者研修会が開催された。大学の柔道指導者を対象に日本武道館と全日本学生柔道連盟が共催で行っているものである。27年間続いたこの事業も近年は参加者が減少傾向にあることなどから、今年が最後の研修会となった。

数年ごとにテーマを決めて取り組んできたとのことで、始めの頃は世界チャンピオンクラスの先生を招いての技術講習、その後、柔道はもとより柔道を取り巻く様々な分野も含めての教養講座と移っていき、ここ数年は女子柔道をテーマに開催されてきた。今回の参加者は80名強であり、テーマに沿って女子学生の参加者が多かった。2泊3日にという短い時間であるが、講師の先生、講義内容は充実しており、もっと多くの柔道家に聞かせたい内容であった。

オープニングの講義は、佐藤宣践先生(学生柔道連盟会長)の「選手強化における指導者の役割」であった。とても素晴らしいお話だったので心に残ったポイントを紹介したい。

① コーチングで重要なポイント
*選手のやる気を起こさせること、やる気を持続させること
*自信をつけさせること・・選手は勝って自信をつける→いかに勝たせるか?
負けは勉強になる→闘犬などのように動物は一度負けると2度と勝てないが人間は負けても考えることによって勝つことができる。 
自信と過信は紙一重!
* 場慣れ・・ある一定以上の刺激を受けると力の発揮は落ちる。一定のラインは経験値によって変わってくる。

② 目標の設定・・目標を数値化できればベストだが、柔道のように数値化できない場合には課題を与える。
 
③ 指導はマンツーマンがベスト・・マンツーマンができない場合には、そうであるように選手が感じられるように→一人一人に声をかける。レポート(ノート)の活用。レポートを見ることでコーチは選手の考えを理解し、書かれたコメントで選手はコーチの考えを理解し、励みとする。

④ 若き日の山下泰裕選手に送った言葉・・怪童から怪物になった者は少ない。本物の怪物になるためには怪我をしないこと。怪我には「心の怪我」というのもある。ちやほやされて天狗になるな!→聞く耳を持て。素直な心。
勝負の世界ではチャンスは意外と少ない→チャンスを逃すな!

⑤ 感謝の心・・指導者が選手に教えてあげなければならない。「ありがとう」と言葉に出すことが大事。「ありがとう」の対局にある言葉は「当たり前」。どんなことでも「当たり前」と思ってはいけない。

⑥ 優れたコーチの条件・・熱意、誠意、創意、勝負勘、忍耐、広い教養
*「妙力」という言葉がある。お釈迦様(指導者)は手を広げ、差し伸べている。その手にすがろうと人(選手)が思わなければ、救うことはできない。信じ、すがろうと思った時に不思議な力が生まれる。→信頼関係の大切さ 
* 選手を勝つ機会に終わらせてはいけない→柔道に限らず広い教養を身につけることの大切さ

佐藤先生は、選手時代は全日本チャンピオン、2度の世界チャンピオンという輝かしい成績を収められ、指導者としては、東海大学を率いて、山下泰裕氏を筆頭に多くの世界チャンピオンを育てた。「名選手名監督にあらず」という言葉があるが、氏は選手としても指導者としても成功を収めている。選手時代には、何度となく全日本選手権に挑戦し、ダメだと思った30歳で優勝を果たしている。こういった経験が指導にも生かされたに違いなく、本人は競技者としてよりも指導者としてのほうが「やりがい」を感じたという。

日本には優れた指導者の方々が大勢いるが、そういった先生の話を直接伺うチャンスが多くないことは残念に思う。

他の講義については次回紹介します。

審判規定の統一

2010-03-18 13:33:35 | Weblog
 全日本柔道連盟は本日、理事会・評議員会において5月以降に行われる国内大会すべてにおいて国際柔道連盟審判規定を採用することを正式決定する見通しである。

 これまでも実質的には、男女の全日本選手権、国体などを除くほとんどの大会において国際規定が採用されていた経緯からすれば、今回の決定は現場や実質に即した決定であると思われる。

 柔道の競技化が進み、競技力向上を考えた場合に国内の大会においても国際規定によって試合が行われることが多くなり、講道館試合審判規定が採用される大会はどんどん減少されてきた。しかしながら、講道館と名のついた規定を実質廃止するには大きな抵抗があったようで、現場の選手や審判などからは一本化を望む声が多かったにも関わらず踏み切れずにここまできていた。

 昨年4月に上村新館長が誕生した。嘉納の姓ではない館長が誕生した背景には、「国際化が進む柔道において様々な対応が求められる」時代であるとの考えがあった。今回の決定は、日本柔道の新しい動きを実感できるものであり、評価したい。

 課題もある。国際規定は今年の1月から「帯から下の道衣や脚をいきなり握る」(双手刈、肩車、朽木倒などが含まれる)行為を反則負けとするとした。この他で、国内の規定と違う点は抑え込みが国内では30秒で一本だが(技ありは25秒)、国際は25秒で一本(技ありは20秒)などがある。このように、国際規定はその時々の柔道のスタイルや傾向をみながら、それをルールに反映してきた経緯がある。双手刈や朽木倒、肩車といった技は「小さいものが大きいものに対抗するには有効な技となる」ために、無差別での試合にどういった影響がでてくるのかが、現段階では計り知れない。

 国際規定はこれまでも様々な変更を重ねてきた。おそらくこれからもそうであろう。これまでは「国内規定で日本柔道の理念・本質を守る」といった堤防のようなものがあったが、これからはそうはいかない。今後日本が、国際規定の動きにもさらに敏感になり、緊張感と覚悟を持って「柔道のルールをどうするべきか」という議論を重ねていく必要がある。また、国際規定を決めていく段階においての話し合いの中に必ず日本人を送り込み、発言権を行使していくことも必須であろう。

 

柔道着の規制

2010-03-06 00:22:09 | Weblog
国際柔道連盟(IJF)から各国に、公式大会で使用できる柔道着の通達があった。以前にも紹介したがIJFは柔道着メーカーとスポンサー契約を行った。その結果、今回通達されたのは、IJFが主管となる世界選手権、ジュニア、カデ世界選手権はもちろん、グランドスラム、グランプリ大会といった大会はもちろん、ベテラン大会(マスターズ)などすべての大会においてIJFが契約した4つのメーカー(以下に示す)のものしか着用が認められないというものである。これに関しては厳しく管理し、徹底して行うと明言している。

以前にも書いたが、国際競技連盟が用具メーカーと契約して、そのメーカーに限定して使用を認めるといったことは前代未聞である。テニスで「このメーカーのラケットしか使うな」とかサッカーで「このメーカーのユニフォームしか着るな。シューズはここだけ。」などということは考えられない。こういったあり得ないルールに理事達は、賛同しているのか、文句がいえないのか、どう考えているのか聞いてみたい。

柔道は現在199の国と地域が加盟している。世界中のそれらの国がたった4つのメーカーで自分たちの柔道着を調達するのは極めて難しい。また、4つのメーカーはIJFに納めた上納金を回収するために値段を上げることも考えるだろう。値段は上げても自分たちの「柔道着しか着てはいけない」というIJFのお墨付きがあるのだから怖くもない。貧しい国は大会に出場する柔道着すら買えなくなる。

さらに、一般的には各国の連盟がメーカーと契約を結んでナショナルチームに柔道着を提供してもらったり、スポンサー料を得て、強化資金などに充てるケースが多い。しかし、今回のことで例えばミズノは全日本柔道連盟と契約を結ぶこともナショナルチームに柔道着を提供する必要性はなくなる。(そうするかどうかはわからない)他の3社と競合しても日本人がミズノを選択するのは目に見えているからである。日本はよいが、これまでメーカーと連盟が契約して提供を受けていても、そのメーカーが4社に含まれていなければ、今後は購入するほかなく、選手個人の負担が増える可能性が高い。

興味深いのは最近柔道着に進出してきたアディダスは契約を結ばなかったことだ。おそらく高い契約金を払ってまで柔道に参入する価値がないと判断したのであろう。ヨーロッパではこれまでアディダスを着用してきた選手も多く、それらの選手達はいずれかのメーカーに変更せざるを得なくなる。

何度も言うが、あらゆるスポーツで自分たちの使う用具やユニフォームに国際連盟が制約を設けることは前代未聞であり、言語道断である。おそらく日本では「ミズノが入っているんだからいいじゃないか。日本には影響がない。」という論調になるだろう。しかし、本当にそれでいいのか?日本とフランスは柔道大国である。この2カ国が世界の中でも最も発言力を持っているはずである。下のメーカーを見ればわかるがこの両国のメーカーが含まれている。おそらく世界は「日本、フランスは自分たちが痛くも痒くもないことには目をつぶる」とみるだろう。こういった横暴に目をつぶって「見ざる、言わざる、聞かざる」を通すのであれば柔道において大国であるとか、リーダーであるという看板は外して世界のなかの一国にすぎないと認めるしかない。

以下は着用が認められる柔道衣メーカー(ドイツ1社、日本1社、フランス2社)
1)Green Hill
GmbH Firedrich‐Vorwerk‐Str. 4 21255 Tostedt Germany .
www.greenhillsports.com
2)MIZUNO Corporation
3)Double D Martial Arts & Combat Sports Division
2 rue Vladimir Jankelevitch F77436 Marne la Vallee Cedex 2 France
4)SFJAM ‐ NORIS FRANCE
11 rue de la pompe ‐R.N.14 ‐ BP 8249, 95801 Cergy Pontoise, France

バンクーバー五輪

2010-03-04 00:09:18 | Weblog
 バンクーバー五輪が終わった。普段は見ることのないような競技も多くあり、興味深く見ることができた。日本選手もスケート種目を中心に活躍し、多くの感動があったしかし、お隣の韓国を含めて海外の強さも大きく浮き彫りにされた

 韓国は勝てる種目に強化を集中して徹底した強化を行っているようである。その例が、スケート種目では強いが、スキー系、いわゆる雪上種目は存在感がみられない。日本は、優先種目はあるが、韓国に比べると満遍なく強化している感が否めず効率が悪い。「オリンピックはメダルだけが目的ではない」という前提に立てば良いのかもしれないが、ここまで競技力が上がってくると浅く広くの強化でメダル獲得争いではなかなか勝負できないのが現実かもしれない。また、焦点を絞って強化されていることも影響しているのか、韓国選手の気迫、自信は日本人にはないものであった。「勝って当たり前」というオーラが感じられた。韓国のナショナルトレーニングセンターでは全種目的に合宿が常時行われており、トレーニングの厳しさは半端ではない。「科学的」とはいい難い根性論的なものも残っている。欧米人に負けない体力を養うために徹底してトレーニングを行う。日本の男子柔道において近年競技力が低下しているのも実は技術ではなく体力の低下である可能性もある。強靭な体力は強い精神力につながる。
 
 カナダは史上最高の14個の金メダルを獲得したそれぞれの種目で金メダル争いを演じた選手達は、見ていてもずば抜けた技術と体力、精神力を兼ね備えていたようにみえた。ジャンプのアマン選手(スイス)、スノーボード ハープパイプのホワイト選手(アメリカ)などは、他の選手とは異次元で闘っているように見えた五輪となるとつい日本中が「頑張れニッポン」になってしまうのは致し方ないが、上述したような選手達にもっとスポットを当てて見せて欲しかった気もする。オリンピックの価値は世界最高峰のパフォーマンスが見られることにある。日本人であっても外国人であっても素晴らしさに変わりはない。そういった技をみて子供達は「自分も」という夢を描く。メダルの裏にある苦労や人間関係をみせてもらうことは感動をより強くするが、そういった部分が多すぎて競技力という部分に焦点が当たらなかったのはスポーツ好きには少し残念だった。今回に限らず最近のスポーツ中継はドラマ仕立ての向きが強いが、とくにNHKぐらいはタレントを使わずに淡々と競技を中継してもらいたかった

 今日のテレビで、パシュートで銀メダルを獲得した3人がインタビューで橋本聖子団長からレース前に「死ぬ気で行け!死ぬつもりでいっても死ぬことはないんだから!」と言われたと笑いながら話していた。最近は試合前から「プレッシャーにならないように」とか「自分の力を出し切れば」というような甘い論調が多い中で橋本団長の「死ぬ気で行け」という言葉は「その通り」と思わず言いたかった国を代表し、数えきれない人々に支えられ、その選手に負けて出られなかった選手達の夢も背負って闘うのに「楽しんで・・」などと言っている場合ではない。(と私は思う)「死ぬ気で行け」という橋本会長の激に「オリンピックはそうあるべき!」と溜飲を下げたのは私だけだろうか