山口 香の「柔道を考える」

柔道が直面している問題を考え、今後のビジョン、歩むべき道を模索する。

全日本選手権

2010-04-30 09:45:24 | Weblog
 昨日は日本武道館で男子の全日本選手権が行われた。勢いのある穴井選手の2連覇なるか、鈴木選手、棟田選手などベテランが意地を見せるかなどが注目された。しかしながら、やはりスター不在であることは否めず、柔道界はともかく世間の注目は薄かったように思う。

 結果は、高橋和彦選手(新日本製鉄)が決勝で立山広喜選手(日本中央競馬会)を破って初優勝を飾った。高橋選手は準々決勝で鈴木選手を破り、準決勝では穴井選手を破っての優勝だけに価値は高い。立て続けに強豪と対戦し、フルに闘い、決勝戦では体力的にも極限の状況であったと思われるが「勝ちたい」という執念が感じられた。疲労の色は濃くとも前に出る姿勢は失わず、闘い抜いた姿勢には拍手を送りたい

 確かに井上康生、鈴木桂治、穴井隆将などといった歴代のチャンピオンたちに比べれば地味な印象は否めない。しかし、このような選手が優勝することも意味がある。誰もが好むのは「一本をとれる技」を持つ選手であるが、一方で柔道はいわゆる「柔道センス」が足りなくても努力によってチャンピオンになれる競技でもある。実はそこが重要なポイントでもある。

 高橋選手は優勝の瞬間も喜びを爆発させることもなく、泣くこともなく、冷静で謙虚であった。最近は過剰なパフォーマンスが多く見られる中で新鮮だった。世界選手権のことを聞かれた時に「自分の力ではまだ勝てない」と語っていた。実際にその通りだと思うが、今大会で見せてくれた気迫と執念で世界選手権でも頂点に立ってほしい。それにはまず、本人も周囲も「世界で勝つ」という意識を持つことだろう。

 日本選手は技がきれ、見栄えのいい選手を評価し、そうでない選手は低く見る傾向がある。そういったイメージが本来「強くなれる選手も伸ばしきれない」といったことはないだろうか?現在、この100kg超級で頂点にいるリネール選手(フランス)が技がきれるかといえば、そんなことはない。海外の場合は、その選手の長所を最大限引き出して「勝つ」柔道を目指させる。「勝つ」ことによって選手に自信がつき、柔道自体も良くなってくる。

 決勝を争った立山選手も体格的には日本人離れしており、海外の選手と比べても見劣りしない。こういった選手たちをどうやって世界一のレベルまで育て上げていくかが今後は問われていくだろう。そういった意味では、全日本が国士舘大学に協力要請をして、重量級特別担当コーチをお願いするのも手である。これまで育てたコーチが最後の仕上げに関われば効果は必ずあるはずである。これは重量級に限ったことではないが、現場のコーチたちの手をもっと借りて強化を行っていくことをそろそろ考えるべきだろう。コーチの役目は叱ったり、脅かしたりするばかりではなく、常に側にいてあげること、共に歩むことだと思う。全日本のコーチは「お尻をたたく」役目だろうが、それだけでは選手は・・・

 試合は全般に「さすが男子の全日本」と思わせる試合が多く見られた。見事な一本勝ちもあった。そのせいか、試合進行が早く、テレビの放映上の都合で、準々決勝前に40分間の休憩が入ってしまい、会場からはため息が漏れた。試合進行は読めないものだが、テレビ放映の関係で4時から準々決勝と決まっているならそれを前もってアナウンスしておくほうが良いのではないか。また、今回は小さなモニターで過去の全日本の映像が流されていたが、モニターが小さすぎて見ている人は少なかった。会場に足を運んでくれた人のためのサービスがやはり足りないと感じる。

 来年からはこの大会も国際審判規定で行われる。そういった意味でも区切りの大会であった。国際審判の経験がある審判員も多く、また、すでに国際規定への移行がわかっているからか、昨年よりは国際規定に近い感覚での審判が多かったように思われた。1試合場で皆が注目している試合を捌くのは想像する以上に緊張し、プレッシャーがあるに違いない。とくに無差別の大会は体重差が大きな試合も多く、観客の多くは判官びいきで軽量の方を応援する傾向にある。そういった中で観客にとっては「あれ?」という判定もあった。国際規定になれば自動的にゴールデンスコアの延長戦が導入されるので「判定」の数も少なくなるに違いない。

 準々決勝戦で微妙な判定で敗れた高木海帆選手(東海大学)は会場を多いに湧かせた。19歳と若く、100kg級で世界選手権代表にも選ばれている。こういった若い選手の活躍は多いに楽しみである。国際規定が採用されれば「反則」も早くなる。今大会もそうであるが、勝ち上がっていくためには精神的にも肉体的にもタフさが求められる。そういった意味でベテラン勢には厳しい状況となると思われる。

 最後にもうひとつ、決勝戦は福岡県大牟田高校出身、同級生同士の対決という珍しい対戦であった。決勝を捌いた主審も同校の出身というおまけもついた。これは粋な計らいではなく、たまたまだろうが
 全日本選手権で優勝すると選手は特別昇段がある。高橋選手は現在4段だが5段となる。今回のように同一高校から決勝に上がるというケースは非常に稀である(おそらく過去には国士舘高校ぐらいだろうか)。この二人を指導された先生にも是非特別昇段をお願いしたい。もちろん、今回のケースのみならず、優れた選手を育ててくださった指導者の方に敬意を払う意味で、指導者への特別昇段も積極的に行ってもらいたい。さらに提案したいのは、今年、東京で開催される世界選手権に出場する選手の指導者は全員招待してもらいたい。予算の都合はあると思うので、旅費、宿泊費に関しては自費でということも仕方がないかもしれないが、チケットを用意し「是非お越し下さい」という招待をしてもらいたい。

 ここ数年、男子は厳しい闘いが続いているが、全日本を見る限り、「柔道の醍醐味」を伝えることのできる試合がたくさんあった。柔道もまだまだ捨てたものではない!ただし、私たちは柔道界の外の人にも柔道の魅力をわかってもらう努力を怠ってはならない

全日本女子柔道選手権大会

2010-04-18 22:49:06 | Weblog
 第25回全日本女子柔道選手権大会が横浜文化体育館で行われた。注目は9連覇を狙う塚田選手と、それを追う杉本選手の対決だった。昨年同様に先に行われた選抜体重別選手権大会では杉本選手が2連覇を果たし、今大会でこれも昨年同様に塚田選手のリベンジなるか、それとも杉本選手が2大会を制して真の女王としての名乗りを挙げるのか?

 塚田選手は、アテネ五輪(2004)金メダル、リオ世界選手権(2007)金メダルを獲得し、北京五輪(2008)銀メダル、ロッテルダム世界選手権(2009)3位と国内外で長くトップに君臨してきた。そして五輪、世界選手権という二つの大きなタイトルを獲得しており、モチベーションを保つには相当の努力と苦労が必要なはずである。アテネ五輪で金メダルを獲得した他の4人は引退、休養状態であることを考えても、舞台に立ち続けることの難しさがわかる。

 今大会の試合では彼女の現在の気持ちを映すように、強さと脆さが見え隠れしていた。決勝戦、準決勝戦で見事な一本勝ちをした杉本選手が前に出る。勢いの差か、わずかな守りの姿勢に塚田に「教育的指導」が与えられる。その直後、杉本選手がさらに攻勢を強めようと前に出た瞬間、塚田選手が大外刈りを合わせた。一瞬の間、「これぞ五輪の覇者の勝負強さ」と思わせた見事な技であった。苦しみながらの優勝は塚田選手の意地を見た思いだった。

 杉本選手とすれば調子が良く、自信があっただけに起きた一瞬の隙だったようにも見えた。おそらくこの負けは今までのどの敗戦よりも悔しかったに違いない。9月の世界選手権の決勝で再び二人が交わることを期待したい。

 さすがに準々決勝戦ぐらいからは、手に汗握る好勝負が続いて目が離せなかった。しかし、そこまでの試合は正直レベルの低さを感じさせる試合が多かった。観客席からは「日本の女子は現在、世界で一番強いと言うけど試合を見た限りでは強さを感じないなあ・・・。力が拮抗しているからなのか、一本で投げるような場面も少ないし・・・。」と言った声も聞こえていた。おそらく会場にいた多くの人が同じような感想を持ったに違いない。

 試合の面白さにも一因があるのだろうか、観客の少なさにもびっくりする。それほど大きくない観客席が埋まらない。企業関係者、大学関係者などを除けば、一般の観客はどれほどいたのだろうかと思う。

 何度も同じことを書いているが、会場に足を運んでもらうには、試合もそうだが様々な工夫が必要であろう。例えば、オーロラビジョンを設置するなどである。素晴らしい一本勝ちを見逃してしまうこともあるし、見ていたとしてもスローなどでもう一度状況を確認したい。設置にはお金もかかるだろうが、「損して徳とれ」というように見に来てくれた人を一時的には損をしてでも満足させて帰ってもらわなければ右肩上がりの観客増など見込める訳もない。

 9月には世界選手権が東京で開催されるが、5日間という長丁場であることを考えると集客も難しいことが予想される。これも何度も書いているが、他の競技では来場者が試合観戦以外でも楽しめるような工夫や女性への配慮など様々な工夫がなされている。選手が頑張り、メダルを獲ることはもちろんだが、同じ試合でも工夫次第でもっと理解してもらえる、もっと楽しんでもらえるようにすることが可能だ。他競技を観戦して良いところは取り入れるなど積極的な試みを期待したい。

 現在は国内外ほとんどの大会が男女同時開催となっていることを考えれば、全日本選手権でも可能性はある。女子は試合のレベルを考えて人数をさらに絞って午前中に行う。お昼休みを挟んで午後から男子とする。セットのチケット料金と別々の料金設定にすれば、両方観戦したい人も片方の人も問題ない。女子の試合は全員が女子の審判で行うのも良いと思う。全日本選手権でありながら、女子のそれはあまりにも雰囲気がないのが残念だ。女子と言えども全日本である以上、日本武道館で行うのがふさわしいと私は思う。

 来年から男女の全日本選手権も国際審判規定で行われる。これを機会に是非男女合同開催を期待したい!

 

ひのまるキッズ2

2010-04-13 14:05:03 | Weblog
 2年目を迎えた「スポーツひのまるキッズ」であるが今年度のスタートとなった関東大会は、昨年を大きく上回る800名強の参加者であった。これだけの大会をうまく仕切って滞りなく行うのは容易ではないが、様々な工夫がなされており、参加者にはある程度の満足を持って帰ってもらったのではないかと思う。

 どんなに主催者側が努力をしても相手が満足してくれなければ自己満足に終わってしまい、将来はない。次回はもっと良い大会になるようにと願いつつ、気がついたことを挙げてみたい。昨年の大会で「託児所があったらいいのでは」と書いたら今年は実行されていたことを考えれば、私達の意見が反映される可能性がある!

 大会のコンセプトが「柔道の本質」とあり、そのことから体重無差別の試合となっている。確かに理解できる部分もあるが、実際みていると親子ほどの体格の違う対戦も多く、技術の完成されていない小学生は体重が武器となるケースもある。軽量の子供にとっては挑戦する気持ちが薄れていき、参加者が減っていく可能性も否めない。また、最も多かった学年は182名の参加者で、一試合終わって次の試合まで2時間近く待たされていたケースもあった。こういったことを考えれば無差別という概念を残したざっくりと2階級ぐらいに分けるのもいいかもしれない。50kg以下、それ以上とか、参加者が確定した段階で半分ずつ分けることもできる。どんなにイベントなど付随的な部分の努力をしても、やはり試合で勝ちたいに出てくる以上、勝ちたいと願うのは当然であり、勝つチャンスがある大会であることも大事な要素となる。

 前回も苦言を呈したことだが、終わりの時間は4時もしくは5時ぐらいであってほしい。小学生の大会は、次の日の学校のことも考えると夕食の時間までには家に帰り着けるのが望ましい。今大会は、修了予定は5時であったが結局終わったのは6時だった。指導者で着ていた先生のアイデアは、試合場を狭くして試合場の数を増やすというものである。審判の数が足らないという問題が出てくるかもしれないがこれも工夫できる。例えば、試合についた指導者の先生が次の試合の副審に入るという考えもある。審判資格の問題もあるだろうが、小学生の大会でそんなに固く考える必要はないと私は思う。指導者の先生も審判をすることで審判員の気持ちも理解するとことある。

 決勝戦ぐらいはアナウンスをして、会場の観客に周知することも大事である。ボヤッとしていると知らないうちに決勝が終わっていたこともあった。

 ネガティブな意見はこのぐらいにしてポジティブな意見を少し。まず、試合のみでなく様々なイベントが行われて負けてしまった子供でも充実感を味わえるようになっている。私はその場にいなかったが聞いたところによると障害のあるお子さんが試合には参加できなかったが「受け身コンテスト」「打ち込みコンテスト」に参加して、賞状をもらったそうである。その姿を見て親御さんが感激の涙を流されていたそうである。すばらしい話しだと思う

 場所が横浜であったこともあって、栃木や群馬といった少し距離のある地域の人は前日から泊まりがけで参加された人もいたようだ。さぞかし大変かと思いきや、お母さん達は子供が試合をしている間に子供は指導者とお父さんにまかせて観光?買い物?など出かけたそうである。「親子の絆」をコンセプトにしている大会だが、普段忙しいお母さんにゆっくり楽しんでもらえることも大事である。思わぬメリットも生まれるものだ

開会式のときに10分ほどのスピーチをした。内容は「嘉納治五郎先生、精力善用、自他共栄」を簡単に話した。柔道を学んでいる以上、最低限知っていてもらいたいことであり、子供達はちゃんと聞いていた。行われたセミナーは技術、体力に焦点をあてたものであったが、簡単な講話みたいなものが親子それぞれに向けてあってもいいかもしれない。柔道知識検定、嘉納治五郎先生のビデオ上映、栄養講座などなど・・・。

 言うのは簡単で実行は難しいことは承知しているが、先日行われた体重別選手権は日本の最高峰を競う大会であったにもかかわらず観客も少なく盛り上がりに欠けていたという話しなどを聞くと非常に残念に思う。なんとか柔道が盛り上がっていけるように工夫し、努力を重ねていきたい

ひのまるキッズ

2010-04-11 23:03:33 | Weblog
 今日、横浜文化体育館で第2回スポーツひのまるキッズ関東小学生柔道大会が行われ、講師として参加した。大会の主催などは明日以降にゆっくり書こうと思うがとても印象深かった出来事についてのみ書いておきたい。

 大会も表彰式を残すのみという時間帯に賞状の名前書きに要する時間を使ってキッズ柔道セミナーを行った。私の担当は小学生1~3年生。様々な道場が集まっていたので、せっかくの機会であるし、打ち込みなどを行った後に学年別に何本か乱取りを行った。

 大会のために朝早くに起きて来ている子もいたのだろう。そうでなくても一日試合などで頑張って疲れていたのかもしれない。乱取りをしていると足がぶつかったり、投げられてうまく受け身がとれなかったりで、泣き出したす子が・・・。怪我が深刻なものではないかと確認をし、なだめながら、相手をしていた子に「痛くしちゃったみたいだからゴメンねって言おうね」と声をかけた。相手の子どもは私の言葉に素直に「ゴメンね」と言う。それを聞いた痛がって泣いていた子どもが「いいよ」と言う。そして不思議と泣き止む!

 子どもというのは何と素直なのだろう。「ごめんね」「いいよ」で終わらせることができるのだ。その話をした友人が子どもは「許す天才だから」と言っていた。本当にそうだなあと思う。大人は子どもを教える立場にあるが、子どもに教えられることも多い。大人はこんなふうに簡単に謝れないし、許すこともできない。大人になっていく間に学ぶことや得ることも多いが失ってしまうことも多い。

 子供達の大会にはいつも癒される

昇段規定改正

2010-04-07 16:03:34 | Weblog
 4月1日付けで講道館昇段規定が改正された。改正前後のものを詳しく見比べていないが、女子柔道家にとっては非常に大きな改正となった。これも新館長の英断といえるのだろう。

 これまでの昇段規定は男女の間に大きな違いがあった。例えば昇段審査の内容である。女子の場合には初段から「柔の形」が義務づけられていた。(男子は5段の昇段時)また、昇段に必要な修行年数にも開きがあった。

 今回、4段までは審査内容、修業年限に男女の違いはほとんどなくなった。5段以上については依然修行年数などに違いがある。

 女子の競技がここまで盛んになり、人口も増えていることを考えれば改正は当たり前であり、遅すぎるといえる。しかしながら、講道館の昇段に関してはこれまでアンタッチャブルとでもいおうか、誰も触れないような部分があった。それが、新館長になって2年目において実現されたことは嬉しい驚きである。逆に言えば、なぜこれまではできなかったのか?という疑問も残る。

 以前にも書いたが、講道館の段の権威が徐々に薄れている現実がある。若い選手達は、競技成績こそが自分の実力の証明であり、段にこだわらなくなってきている。オリンピックのメダリストや強化選手が現役時代はもちろんのこと、引退後にも昇段を望むかどうかも段の価値を左右する。岡野功先生とお話をしたときに「現在6段だが、もう段なんていらない。」とおっしゃっていた。先生が海外で講習会をしたときに教わる方に何人も紅白帯をつけている者がいてびっくりしたともいっておられた。岡野先生はカリスマ的な柔道家のお一人だが、そういった先生が6段ということになると、段の価値はなんなのか?という議論にもなるだろう。今後は、引退後に柔道を離れてセカンドキャリアを築く選手達も増えてくるだろう。その人たちが昇段にこだわるだろうか?

 段は資格である以上、そこに権威がなくてはならない。柔道に比べて剣道の段位は明確な権威がある。とくに最高段位の8段は日本で最も難しい資格審査とも言われるほどハードルが高いが、毎年、多くの人たちが審査に挑戦している。何度落ちても挑戦する理由は、全日本チャンピオン、世界チャンピオンというものとは違う権威があるからであろう。

 今回の改正は非常に大きな一歩であることは間違いない。年々減少していく登録人口に歯止めをかけたいという思いから、改正は必要に迫られてのものであったとも読み取れる。しかしながら、今後、講道館が段の権威を維持し、多くの修行者が昇段を目指すものとしていくには講道館の更なる取り組みが必要であろう。

講道館段位昇段に関する審議規則

安全に対する配慮

2010-04-06 18:47:31 | Weblog
 先日行われた選抜体重別を見ていて「危ない」と思ったシーンがあった。ブログのコメントにも寄せられていたが、66kg級の決勝戦で海老沼選手が腰車をかけた際に頭を突っ込むような形になった。審判は協議の結果、反則とはしなかった。反則であったかどうかについては、近くで見ていた審判員やジュリー(審判員を補佐、監督する役目)が判断したので問題はないと思うが、見ている限りにおいては非常に危険な技だと感じた。技をかけている本人は投げることに必死なので怖さや危険であるという認識は無いと思うので、周りの人間がビデオで見せるなどして指導をしてあげるべきであろう。事故というのは一度でも起きてしまえば取り返しがつかない。勝負云々の話しではなく、命に関わるのである。また、世界に出て行く選手がかける技は往々にして子供達も真似する傾向にあるので余計に心配である。おそらく、ほんの少し意識を変え、気をつければ安全かつ威力のある技となるに違いない。
 先週、「全国柔道事故被害者の会」(仮称)が発足したというニュースを見た。柔道で我が子を亡くされた方、重い障害を負った子供の家族の方で立ち上げられた会である。記事によると1983年~2009年の27年間に柔道の授業や部活動で死亡した中学・高校生は108人にも上るという。おそらくこの数字は他のいずれのスポーツよりも高いに違いない。学年別では中学・高校ともに1年生が多かったという。受け身などの技能面はもちろん、体力的にも未熟な初心者が事故に遭いやすいと言えるだろう。この会の目的は、柔道を批判するものではなく、事故にあった家族への支援や再発防止を呼びかけていくものであるという。子供が事故にあって亡くなった場合の遺族の悔しさや悲しみ、やり切れなさは察するにあまりある。そういった方々が柔道を憎んだとしても責めることはできないが、前向きに活動をされていくことには頭が下がる思いである。
 柔道は心身を鍛えることのできる素晴らしいものだと思う。しかしながら、身体接触を伴う格闘技であることから危険と隣り合わせであることも事実である。このことを指導者は十二分に認識した上で指導を行わなければならない。どんなに注意をしていても防ぎようのない事故はあると思う。車の運転も同じだと思うが、慢心や油断が事故を誘発することも多い。そういった意味でも、私達指導者は、常に細心の注意を払っていく必要がある。また、自動車事故がそうであるように「どのような状況で事故は起きたのか」「何が原因であったのか」といった事例を多く共有することも必要だと思われる。「全国柔道被害者の会」とも柔道界は積極的に連携をとって活動していくべきであろう。
 他方、柔道や受け身が命を救ってくれることがあることも私達は忘れてはならない。「自動車事故で何十メートルも飛ばされたが受け身をとって助かった」という話しは時々耳にする。柔道の厳しい稽古が社会に出たときにも役立ったという人も多い。
 平成24年から中学校において武道が必修化されることで、これまで以上に柔道を経験する子供達が増えるはずである。柔道の素晴らしさを伝えていくことはもちろんだが、同時に危険な部分を併せ持っていることを認識し、安全で効果的な指導を行っていく方法を探っていかなければならない。

全国柔道事故被害者の会

選抜体重別選手権

2010-04-04 17:32:31 | Weblog
 昨日、今日と二日間に渡って選抜体重別選手権が開催された。この大会は、欠かすことなく会場で見てきたが今年は勤務先の入学式と重なったこともあってテレビでの観戦だった。放映内容に関しては様々意見もあるが、今回見た限りでは各階級の決勝戦を中心に比較的満遍なく放映されていたのではないだろうか。

 今大会は、実力者は揃っているものの絶対的なスターと呼べる選手が存在しない。柔道というのは、「世界でメダルを獲るのが当たり前」という印象が強く、世界チャンピオンというだけでは絶対的なスターにはなり得ないところが辛い。おそらく他の競技であれば世界のトップクラスにいるというだけで大きく注目されるに違いないのに・・。まあ、愚痴を言っても仕方がない。絶対的なスターがいない分だけ、放映も落ち着いた見やすいものになったのかもしれない。

 この大会は9月に行われる世界選手権(東京)の代表選考を兼ねていた。今年の世界選手権からは各国から2名(これまでは1名)の選手が参加できるようになった。試合を見ていても今ひとつ緊迫感を感じなかった(私自身が)のは、これが原因かもしれない。決勝戦でも比較的ゆったり見ることができた。

 日本男子は昨年の世界選手権で史上初めて金メダルゼロという結果に終わった。こういった苦しい状況の男子にとって、2人がエントリーできるということはありがたい。世界代表の顔ぶれを見ても6階級(100kg超級は全日本選手権後に選出)12人中6人が大学生である。若い選手達が世界の舞台で経験を積んでいけば飛躍的な伸びも期待できる。強化としてはわかってはいても、結果を求められるので、1階級1人であれば、実績のない学生を抜擢するのは難しい。そういった意味では、今回のIJFの方針は日本にとっては追い風である。しかしながら、1階級2名出場していてメダルが獲れなかったとなっては日本の威信がさらに落ちることは間違いない。ここは正念場だろう。

 女子の場合には、選ばれた選手のほとんどがIJFランキング上位であるので、世界選手権においても全員メダル獲得も夢ではない。おそらく日本女子の強さはしばらく続くと思われるので、世界選手権のメダリストが五輪には参加できない(オリンピックは各国代表1名のため)となると、五輪の価値がどうなるのか・・・IJFとしては悩ましい問題になるかもしれない。

 会場で見ていた人の感想を聞くと、観客があまり多くなく、盛り上がりに欠ける大会だったという。テレビで見た限り、良い試合も多かったようだが、テレビはダイジェストのように見せてくれるからかもしれない。試合を見に行くのは、その競技自体への興味もあるが付帯的なものも大きい。野球やサッカーなどは、試合以外でも売店での買い物、食べる楽しみなど、女性や子供でも退屈しないような工夫がなされている。柔道も競技の魅力を上げることはもちろんだが、それ以外の面でももっと工夫がなされるべきだろう。一度見に来たお客さんが、「もう一度きたい」と思うこと、リピーターをいかに増やすことも大事だ。最近の全日本クラスの大会会場は企業の応援団ばかりが目立つ。企業からの応援はありがたいが、やはり個人のファンをもっと獲得したい。選手が練習を重ね、一歩ずつ力をつけていくのと同様に大会をマネジメントする側も一歩一歩の努力と積み重ねが大事なのだろう。この両方がうまく機能しなければ今以上の柔道の発展は難しい。