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SiriusとAldebaranとPolaris

昭和・戦争・失敗の本質

2016-06-22 21:14:16 | 日記

先の戦争に至る以前、十五年戦争の発端から記された本。

批判とは違うし礼賛でもない。事実を掘り起こし作者の想いを述べている。


 

昭和二十年初めの時点で大日本帝国には勝利はおろか、有利な講和を望めるチャンスすら

百に一つもなかったことは明らかである。

連合国が対日戦争の終結は「無条件降伏以外にはない」と決めたのは昭和十八年十一月のこと。

この時点で日本のジリ貧的な敗北は目に見えていた。

日本政府にも軍部にもある程度は予想されていたことだ。

そうした現実に目をつむり、特に陸軍統帥部は躍起となった。

一億特攻、神州不滅、最後の一兵までというスローガンを絶叫し

「本土決戦」という無謀な戦略に、日本の運命をくくりつけた。


このあたり、今の自公選挙によく似ている感じがする。

誰が見ても破たんしたアベノミクスにすがり、かたや、「民共」と叫んでいる。

安倍氏は「憲法」を変え戦前のこのような国に後戻りさせるつもりだ。


 

「戦略」も「戦術」もない。

B29の落とす焼夷弾に「バケツリレー、はたきで払い落す」というバカげた教練をやらせた。

燃え盛る油をこれで防ぐなど「愚か」としか言いようがない。


 

このあたりのことがこの後出てくる。

 

 

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