京阪神近郊の漁場で、漁師の指導を受けながら一緒に網やかごを引く漁業体験ツアーが家族連れなどの間で人気を集めている。漁業というと地方の産業をイメージしがちだが、交通アクセスが良く、都市圏の在住者でも気軽に海の醍醐味(だいごみ)を味わえるのが魅力だ。潮風を受け、体験を通して新鮮な海の恵みに触れることは、ストレスの解消だけでなく、身近な自然に感謝する絶好の機会といえそうだ。
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7月初めに訪れた大阪府田尻町はアナゴ漁で有名な港町。阪神間から車を利用する場合、阪神高速湾岸線を利用し、泉佐野南インターチェンジで降りる。所要時間は50―80分程度。水産振興の拠点施設「海洋交流センター」で長靴を履き、足元まである前掛けをかぶると、気分はもう“浪速の漁師”だ。
大阪府岸和田市の会社員、弓野克彦さん(50)の一家4人と漁船「梵天丸」(約5トン)に乗り込み、午前10時にいざ出港。この日は雨模様のあいにくの天候だったが、晴天であれば、北は六甲の山並み、西は淡路島、南は友ケ島などが一望できる。
潮風を体いっぱいに受けながら、まず向かったのはあらかじめ前日に沈めておいた「かご漁」のポイントだ。「それ引き揚げろ」。船長の馬野弘さん(72)の合図とともに網かごを引き揚げる。
水深8メートルの海中から顔を出したのはタコ、アナゴ、石ガニ、シャコなど。西日本有数の工業地帯である堺市から約30キロしか離れていないのにこんなに豊富で多様な生き物がいる。15個の網かごが揚がるたびに甲板からは歓声が上がった。
11月まで旬なのがタコ。まだ150グラムぐらいと小ぶりだが、これから2、3倍に成長し柔らかくてぷりぷりした食感が楽しめる。タコは雑食で、かごに入れた餌のイワシ目がけて入ってくるという。弓野さんの長男、紘平君(7)はタコがシャコや石ガニにへばりついて締め上げる姿に「すごい」と興味津々。
北西へ向かい、対岸と関西国際空港を結ぶ連絡橋の真下へ。漁師用語で「まげ」と呼ばれる目印のブイを棒で手繰り寄せると、200メートルに渡って仕掛けた刺し網が姿を見せる。
網の両端を手分けして引いていくが、力が弱いのか絡まってくる。「もっと強く顔の方まで引かなあかん」。再び馬野船長のげきが飛ぶ。
網には体長約40センチの黒ダイや20センチのカレイなどが何匹もかかっている。網から外された魚はかごから飛び出るくらい跳ねる跳ねる。長女の菜月ちゃん(6)は「生きている魚に触ったのは初めて」と目を輝かせた。
関空に着陸する飛行機を船から真上に眺めた後、1時間半後に帰港した。弓野さんは「おいしい魚が食卓に並ぶのも漁師さんの厳しい仕事ときれいな海のおかげ。子どもたちもそれがよく分かったのでは」と話していた。
この日の水揚げは約7キロ。ツアーを申し込む際、「体験フルコース」を頼むと、魚介類バーベキューや、刺し身などの料理をとれたてのままセンターで味わうことができる。「タイの刺し身は、皮の部分だけサッと熱湯をかけた後、すぐに氷水で冷やすのがおいしく食べる秘訣」と田尻漁業協同組合の西浦栄一組合長が教えてくれた。
田尻町の漁業体験ツアー事業は、漁獲高の低迷や関空の埋め立て工事に伴う漁場の減少などによって危機感を覚えた同組合が1996年に始めた。
「漁師は捕ってなんぼの世界」と、漁業を観光業の一種にする振興策に逆風は強かったが、今では組合員収入の約4割を稼ぎ出す。漁業の新たな形を示したモデルケースとして全国の水産関係者が視察に訪れるほどだ。西浦さんは「漁師は口べたで頑固者が多いが、人を相手にしていかないと海が廃れるという意識は強い」と指摘する。
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このほかにも、兵庫県赤穂市では、同市漁業協同組合が調理実習も含めて3時間のコースを用意。こちらは刺し網ではなく5メートル四方の定置網を数カ所に沈める。ガシラやメバルなどが捕れるとわっぱ汁や海水と梅干し、酒だけで煮た「塩梅煮」という魚料理を堪能できる。
京都府宮津市の養老漁業は、春夏は午前4時半出港と早朝のコースを設定。水平線から顔を出す朝日を眺めながら定置網にチャレンジできる。マグロの養殖が盛んな和歌山県串本町では、直径30メートルの養殖いけすに船で横付けし餌やりなどを体験。300キロ級の大物が泳ぐ姿は迫力満点だ。
日経ネット関西版 2005年7月8日
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