関東甲信地方で一部の農協が家畜向け抗菌剤など動物用医薬品(動物薬)を無許可で販売していることがわかった。劇薬や人体に有害な薬剤も含まれ、薬事法に違反する疑いが強い。こうした不正取引について農林水産省は80年代半ばに是正に向けた措置を一時打ち出しながら、その後は抜本的な改善策をとっていなかった。
動物薬の中には、乱用すると人間の医療現場で薬が効かなくなる耐性菌を生む恐れがあるものもある。販売するには薬事法に沿って薬剤師を置くなどし、都道府県知事の許可を得る必要がある。少数だが許可をもつ農協もある。
ところが、複数の卸売業者が朝日新聞記者に対し、許可を得ていない農協と取引していると証言した。農協の組合員である畜産農家も、農協経由で動物薬を買っていると認めた。
ある卸売業者は牛や豚に使う合成抗菌剤「エンロフロキサシン」や、乳牛に使う抗菌剤「セファゾリン」など20種類を5カ所前後の農協や支所に納入していた。
別の農協の購入記録には抗生物質に加え、妊娠中の女性らが注射作業をすることを禁じたホルモン剤などもあった。これらの農協は薬事法上の許可をいずれも取っていなかった。
農水省と全国農業協同組合連合会(全農)の内部文書などによると、農水省は84年6月、違法性の高い取引を改善するための「粗案」を全農に提出させた。全農側は無許可販売をなくす努力をする一方で、無許可の農協が動物薬の注文を許可がある農協に取り次いで手数料収入を得ることは認めるよう求めた。
これに対して農水省は「(注文を取り次いで手数料を取る)伝票操作のみの販売行為は認めることはできない」(85年8月付文書)という見解を示し、86年には農水省の指示で36都道府県が農協に立ち入り調査した。
その後、農水省は徹底した指導はしなかった。近畿地方では昨年4月、違法の恐れがあるとして動物薬の取り次ぎを全廃した農協もある。
食品安全委員会の専門委員で動物薬の安全性を検討している井上松久・北里大学医学部教授は「動物薬にも人間向けと同等の厳密さが必要だ。流通の適切さと透明さが確保できなければ、我々は何のために食品の安全性の議論をしているのか、わからない」と指摘している。
●乱用で耐性菌発生例も
動物薬は以前から流通と使用の実態がはっきりしない側面がある。
農林水産省などによると、動物の治療に使われる抗菌剤は年間約1060トン(01年)、成長促進などのための飼料添加物は約230トン(01年度)に上る。
院内感染による死者が相次ぐバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)の発生原因の一つは、バンコマイシンと化学構造の似た抗菌剤アボパルシンが鶏の餌に添加されたためと指摘されている。この抗菌剤は97年に使用が禁止されたが、6年後の03年、農水省が家畜のふん328サンプルを対象に行った調査で、VREが見つかった養鶏場が1カ所あった。
食の安全に関心が高まり、「抗生物質不使用」を掲げる畜産品も多いが、調査会社「富士経済」(本社・東京)によると、04年度に卸業者が扱った牛、豚、鶏用の抗菌剤は約167億円分で、この5年間は微減にとどまっている。
卸売業者が無許可農協への納入を認めたエンロフロキサシンについて、米食品医薬品局(FDA)は00年、鶏への使用禁止を提案し、検討が続いている。日本の食品安全委員会も1日許容摂取量(ADI)を設定する作業を進めている。
朝日新聞 2005年9月5日
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