気管支拡張症はごく基本的な疾患概念でありながら、学問的対象としてはすでにあらかた研究しつくされたとみなされているのか、アカデミアの世界では必ずしもその重要性にふさわしい関心を払われていない。先進国においては減少傾向にあるといわれればそれもやむを得ないのかもしれないが、決してまれでないどころか他疾患にしばしば随伴し、最近では再び増加しつつあるとも指摘されている。一方で、プライマリケアの現場では認識されづらく、COPDの急性増悪と診断されたもののなかにも少なからず紛れ込んでいたことが見出された(Thorax 2000; 55: 635-642)。専門医がまともに取り上げようとしないからといって、実地医家まで軽く扱って済ますことのできる疾患ではないと思うのである。
気管支拡張症はその名のとおり気管支の不可逆的な拡張と定義されている(Fraser and Pare’s Diagnosis of Diseases of the Chest 4th ed. Saunders 1999)。つまりあくまでも肉眼所見に基づいた疾患概念であるので、その発現機序や病態の如何などは問われない。よってここには実に多様な原因によるものが含まれることとなった。とりわけ抗酸菌症や肺炎など感染症が関与するものが多いとされており、このことを踏まえれば、免疫グロブリン欠損症をはじめとする生体防御機能の低下をきたす疾患群が散見されるのも不自然ではないように思われる。一方で先天性疾患が重要な一角を占めているのも特徴的だ。Dyskinetic cilia syndromeやCystic fibrosisのようないわゆる副鼻腔気管支症候群のカテゴリーに分類されるものが目立つけれども、それ以外にも奇形や気管支壁を構成する成分の異常などに由来するさまざまな疾患がある。また免疫異常を伴うものとして、膠原病関連疾患や気管支肺アスペルギルス症等々も無視できない。なお、RosenbergがABPAの診断基準における重要な1項目として取り上げた中枢気管支拡張にしても、その初期には伴わないこともありうることを念のために付け加えておく(Chest 2003; 124: 890-892)。慢性誤嚥によるものもそれほど多くないとはいえ、危険因子をもつ患者では疑う必要がありそうだ(Am J Respir Crit Care Med 2000; 162: 1277-1284)。
気管支拡張症例の半数以上は徹底的に調べても原因を明らかにできないにせよ、ひととおり検索するプロセスを省いてもよいことにはならない(Chest 2008; 134: 815-823)。とりわけ見過ごせないのが腫瘍に随伴するものである。局所的な拡張を認めた場合には気管支鏡による閉塞機転の確認も必要になるだろう。Bubble-like appearanceは明らかな腫瘤を呈さない不整形陰影の中にみられる複数の気管支透亮像を指し、これも癌に関連するものがある(肺癌 2008; 48: 801-806)。一見、陳旧性炎症所見とみなされ放置されがちであるだけに、細心の配慮が求められる。
もう一つ、しばしば併存しているにも関わらず、意外に認識の薄いのが肺気腫ではないだろうか(Am J Respir Crit Care Med 2004; 170: 400-407)。COPD患者における気管支拡張の意義について興味がもたれるところではあるものの、残念ながらまだ充分に検討されているとはいえないようだ。それでも、気管支拡張を有するものは有しないものに比べ、下気道に細菌の定着している割合が高く急性増悪時に重症化しやすいとする研究や安定時の肺機能に対する影響はなかったとする報告がある(Am J Roentgenol 2005; 185: 1509-1515)。また、画像評価の場面でも問題がないわけではない。併存疾患のない患者でも、周囲の肺実質の透過性が低下すれば気管支の透亮像が強調されることにより、気管支径を過大評価する傾向にあることが指摘されているけれども、既存肺に肺気腫があればなおさら、牽引性気管支拡張の判定が難しくなるのだ。
上に記した定義はきわめて簡明なものである。平凡にすぎるあまり、わざわざ示されるまでもないとさえ感じられるかもしれない。だからこそ、しばしば無視されているポイントを確認しておきたいのだ。それは“不可逆的”と述べられていることの意味である。すなわち、気管支拡張は可逆性の現象でもありうるので、ただしく診断するにはこれを除外しなければならない。ある報告によれば、発病前に無症状であった肺炎患者の連続60例のうち25人が急性期に気管支の拡張を呈し、うち20人はその後正常化したという(Chest 2007; 132: 2054-2055)。このPseudobronchiectasis(functional bronchiectasis)は気管支の感染や炎症の結果として起こり、回復後も3~4か月認められることがある。したがって、気管支拡張症の診断を目的としたHRCT検査は少なくとも6か月経過してから行うべきであるとされているのだ。
以上、ごく入門的な内容であるけれども、気管支拡張症の概念を定義から振り返ってみた。もちろん必要事項を網羅しているわけではなく、せいぜい覚え書き程度のものである。かといって、教科書のように平板な記述をするつもりもない。そこから理解を深め広げることのできる核になればそれで充分だと思う。ここに刻まれた記録をまともに受けとめようとする者など誰一人としていないのかもしれないが、スタンダールでさえその原稿の最後に次のように書きつけずにはいられなかったのだ。――TO THE HAPPY FEW (2011.10.17)
気管支拡張症はその名のとおり気管支の不可逆的な拡張と定義されている(Fraser and Pare’s Diagnosis of Diseases of the Chest 4th ed. Saunders 1999)。つまりあくまでも肉眼所見に基づいた疾患概念であるので、その発現機序や病態の如何などは問われない。よってここには実に多様な原因によるものが含まれることとなった。とりわけ抗酸菌症や肺炎など感染症が関与するものが多いとされており、このことを踏まえれば、免疫グロブリン欠損症をはじめとする生体防御機能の低下をきたす疾患群が散見されるのも不自然ではないように思われる。一方で先天性疾患が重要な一角を占めているのも特徴的だ。Dyskinetic cilia syndromeやCystic fibrosisのようないわゆる副鼻腔気管支症候群のカテゴリーに分類されるものが目立つけれども、それ以外にも奇形や気管支壁を構成する成分の異常などに由来するさまざまな疾患がある。また免疫異常を伴うものとして、膠原病関連疾患や気管支肺アスペルギルス症等々も無視できない。なお、RosenbergがABPAの診断基準における重要な1項目として取り上げた中枢気管支拡張にしても、その初期には伴わないこともありうることを念のために付け加えておく(Chest 2003; 124: 890-892)。慢性誤嚥によるものもそれほど多くないとはいえ、危険因子をもつ患者では疑う必要がありそうだ(Am J Respir Crit Care Med 2000; 162: 1277-1284)。
気管支拡張症例の半数以上は徹底的に調べても原因を明らかにできないにせよ、ひととおり検索するプロセスを省いてもよいことにはならない(Chest 2008; 134: 815-823)。とりわけ見過ごせないのが腫瘍に随伴するものである。局所的な拡張を認めた場合には気管支鏡による閉塞機転の確認も必要になるだろう。Bubble-like appearanceは明らかな腫瘤を呈さない不整形陰影の中にみられる複数の気管支透亮像を指し、これも癌に関連するものがある(肺癌 2008; 48: 801-806)。一見、陳旧性炎症所見とみなされ放置されがちであるだけに、細心の配慮が求められる。
もう一つ、しばしば併存しているにも関わらず、意外に認識の薄いのが肺気腫ではないだろうか(Am J Respir Crit Care Med 2004; 170: 400-407)。COPD患者における気管支拡張の意義について興味がもたれるところではあるものの、残念ながらまだ充分に検討されているとはいえないようだ。それでも、気管支拡張を有するものは有しないものに比べ、下気道に細菌の定着している割合が高く急性増悪時に重症化しやすいとする研究や安定時の肺機能に対する影響はなかったとする報告がある(Am J Roentgenol 2005; 185: 1509-1515)。また、画像評価の場面でも問題がないわけではない。併存疾患のない患者でも、周囲の肺実質の透過性が低下すれば気管支の透亮像が強調されることにより、気管支径を過大評価する傾向にあることが指摘されているけれども、既存肺に肺気腫があればなおさら、牽引性気管支拡張の判定が難しくなるのだ。
上に記した定義はきわめて簡明なものである。平凡にすぎるあまり、わざわざ示されるまでもないとさえ感じられるかもしれない。だからこそ、しばしば無視されているポイントを確認しておきたいのだ。それは“不可逆的”と述べられていることの意味である。すなわち、気管支拡張は可逆性の現象でもありうるので、ただしく診断するにはこれを除外しなければならない。ある報告によれば、発病前に無症状であった肺炎患者の連続60例のうち25人が急性期に気管支の拡張を呈し、うち20人はその後正常化したという(Chest 2007; 132: 2054-2055)。このPseudobronchiectasis(functional bronchiectasis)は気管支の感染や炎症の結果として起こり、回復後も3~4か月認められることがある。したがって、気管支拡張症の診断を目的としたHRCT検査は少なくとも6か月経過してから行うべきであるとされているのだ。
以上、ごく入門的な内容であるけれども、気管支拡張症の概念を定義から振り返ってみた。もちろん必要事項を網羅しているわけではなく、せいぜい覚え書き程度のものである。かといって、教科書のように平板な記述をするつもりもない。そこから理解を深め広げることのできる核になればそれで充分だと思う。ここに刻まれた記録をまともに受けとめようとする者など誰一人としていないのかもしれないが、スタンダールでさえその原稿の最後に次のように書きつけずにはいられなかったのだ。――TO THE HAPPY FEW (2011.10.17)