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やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

気管支拡張症について

2011年10月17日 05時11分48秒 | 気道病変
気管支拡張症はごく基本的な疾患概念でありながら、学問的対象としてはすでにあらかた研究しつくされたとみなされているのか、アカデミアの世界では必ずしもその重要性にふさわしい関心を払われていない。先進国においては減少傾向にあるといわれればそれもやむを得ないのかもしれないが、決してまれでないどころか他疾患にしばしば随伴し、最近では再び増加しつつあるとも指摘されている。一方で、プライマリケアの現場では認識されづらく、COPDの急性増悪と診断されたもののなかにも少なからず紛れ込んでいたことが見出された(Thorax 2000; 55: 635-642)。専門医がまともに取り上げようとしないからといって、実地医家まで軽く扱って済ますことのできる疾患ではないと思うのである。

気管支拡張症はその名のとおり気管支の不可逆的な拡張と定義されている(Fraser and Pare’s Diagnosis of Diseases of the Chest 4th ed. Saunders 1999)。つまりあくまでも肉眼所見に基づいた疾患概念であるので、その発現機序や病態の如何などは問われない。よってここには実に多様な原因によるものが含まれることとなった。とりわけ抗酸菌症や肺炎など感染症が関与するものが多いとされており、このことを踏まえれば、免疫グロブリン欠損症をはじめとする生体防御機能の低下をきたす疾患群が散見されるのも不自然ではないように思われる。一方で先天性疾患が重要な一角を占めているのも特徴的だ。Dyskinetic cilia syndromeやCystic fibrosisのようないわゆる副鼻腔気管支症候群のカテゴリーに分類されるものが目立つけれども、それ以外にも奇形や気管支壁を構成する成分の異常などに由来するさまざまな疾患がある。また免疫異常を伴うものとして、膠原病関連疾患や気管支肺アスペルギルス症等々も無視できない。なお、RosenbergがABPAの診断基準における重要な1項目として取り上げた中枢気管支拡張にしても、その初期には伴わないこともありうることを念のために付け加えておく(Chest 2003; 124: 890-892)。慢性誤嚥によるものもそれほど多くないとはいえ、危険因子をもつ患者では疑う必要がありそうだ(Am J Respir Crit Care Med 2000; 162: 1277-1284)。

気管支拡張症例の半数以上は徹底的に調べても原因を明らかにできないにせよ、ひととおり検索するプロセスを省いてもよいことにはならない(Chest 2008; 134: 815-823)。とりわけ見過ごせないのが腫瘍に随伴するものである。局所的な拡張を認めた場合には気管支鏡による閉塞機転の確認も必要になるだろう。Bubble-like appearanceは明らかな腫瘤を呈さない不整形陰影の中にみられる複数の気管支透亮像を指し、これも癌に関連するものがある(肺癌 2008; 48: 801-806)。一見、陳旧性炎症所見とみなされ放置されがちであるだけに、細心の配慮が求められる。

もう一つ、しばしば併存しているにも関わらず、意外に認識の薄いのが肺気腫ではないだろうか(Am J Respir Crit Care Med 2004; 170: 400-407)。COPD患者における気管支拡張の意義について興味がもたれるところではあるものの、残念ながらまだ充分に検討されているとはいえないようだ。それでも、気管支拡張を有するものは有しないものに比べ、下気道に細菌の定着している割合が高く急性増悪時に重症化しやすいとする研究や安定時の肺機能に対する影響はなかったとする報告がある(Am J Roentgenol 2005; 185: 1509-1515)。また、画像評価の場面でも問題がないわけではない。併存疾患のない患者でも、周囲の肺実質の透過性が低下すれば気管支の透亮像が強調されることにより、気管支径を過大評価する傾向にあることが指摘されているけれども、既存肺に肺気腫があればなおさら、牽引性気管支拡張の判定が難しくなるのだ。

上に記した定義はきわめて簡明なものである。平凡にすぎるあまり、わざわざ示されるまでもないとさえ感じられるかもしれない。だからこそ、しばしば無視されているポイントを確認しておきたいのだ。それは“不可逆的”と述べられていることの意味である。すなわち、気管支拡張は可逆性の現象でもありうるので、ただしく診断するにはこれを除外しなければならない。ある報告によれば、発病前に無症状であった肺炎患者の連続60例のうち25人が急性期に気管支の拡張を呈し、うち20人はその後正常化したという(Chest 2007; 132: 2054-2055)。このPseudobronchiectasis(functional bronchiectasis)は気管支の感染や炎症の結果として起こり、回復後も3~4か月認められることがある。したがって、気管支拡張症の診断を目的としたHRCT検査は少なくとも6か月経過してから行うべきであるとされているのだ。

以上、ごく入門的な内容であるけれども、気管支拡張症の概念を定義から振り返ってみた。もちろん必要事項を網羅しているわけではなく、せいぜい覚え書き程度のものである。かといって、教科書のように平板な記述をするつもりもない。そこから理解を深め広げることのできる核になればそれで充分だと思う。ここに刻まれた記録をまともに受けとめようとする者など誰一人としていないのかもしれないが、スタンダールでさえその原稿の最後に次のように書きつけずにはいられなかったのだ。――TO THE HAPPY FEW (2011.10.17)

喘鳴を呈する救急疾患

2011年02月14日 04時55分49秒 | 気道病変
修羅場を潜り抜けるたびに心の奥深く幾ばくかの自信が蓄積される。けれども、それと同時に現実を前にした医学が思いのほか非力であることをも感じずにはいられない。教科書では仄めかされてさえいないような非典型例などいくらでもあることが骨の髄にまでしみている。だから順調な経過に安堵しつつもどこかに陥穽がありはせぬかと疑い、些細な徴候にも心穏やかでないのだ。だが、おそらくは、そのように臆病であることを学んだ者だけが臨床の世界で生きていくことができる。医学理論が十全でないからといって研鑽を怠るわけにもいかないのだ。

喘鳴をきたす呼吸困難症例すなわち喘息発作と短絡的に思考する臨床医などいないはずだが、そこには多彩な疾患が含まれるだけにしっかり鑑別しようとすると意外に大変だ。呼吸器系ないし循環器系の疾患を中心に検索を進めていくにしても一度は鑑別診断集などで網羅的に確認し、自分なりに救急時のチェック項目を検討しておいたほうがいいと思う。ここでそのすべてを述べるつもりはないけれども、たとえば超緊急の対応を迫られる上気道閉塞については常に意識しておかなければならない。一度でも眼前で呼吸停止した症例に遭遇したことがあれば理屈はいらないはずだ。一方で、Vocal cord dysfunctionもWheezeないしStridorが頚部でもっとも強く聴取されるという、上気道閉塞に共通の特徴を示す。けれども、しばしば精神疾患を合併していることに加え、呼吸困難を強く訴えるわりには一文を最後まで途切れることなく話し、また息止めも可能なことが多い(Fraser and Pare’s Diagnosis of Diseases of the Chest 4th ed. Saunders 1999年)。吸気時に間欠的に声帯が閉鎖することを直接証明できれば診断は確定する。もっとも同時に喘息を合併する例もまれではなく、決めつけることは厳に慎むべきだろう。また、気胸症例で時に喘鳴を伴うことは案外知られていないのではないだろうか(呼吸 2007; 26: 469-473)。緊張性気胸が致命的になりうることは誰しも知るところだが、自然血気胸にも警戒を怠るわけにはいかず、発症初期の単純X線写真では指摘することが困難であるばかりか、しばしば出血性ショックに至ることが指摘されている(気管支学 2008; 30: 278-281)。また、念頭になければ見逃してしまいやすいものの代表として肺塞栓症もここに記しておきたい(Respiration 2009; 78: 36-41)。腫瘍性疾患や気道異物症例が喘息と誤診されがちなことも、折に触れて注意喚起されていることだ。脳血管障害などの基礎疾患をもつ高齢者ならとくに誤嚥の可能性を充分に検討する必要があるだろう。

そして油断できないのが心不全である。ありふれているだけに、ともすれば軽視されがちであるものの、意外に診断に難渋することがあるのだ。とりわけ胸部X線が典型的な所見を示さない場合には細心の注意が求められる(Chest 2004; 125: 669-682)。画像が症状に遅れて変化することはよく経験されるところで、水腫の程度とも相関しない(Fishman’s Pulmonary Diseases and Disorders 3rd ed. McGraw-Hill 1998年)。しかも、容易に想像されるように、既存肺に病変があれば読影はきわめて困難だ。心臓喘息をきたす群ではCOPDの合併頻度が高く、心拡大を呈しにくいことが知られている(BMC Cardiovasc Disord 2007; 7: 16)。肺水腫をきたすという点では病態を共にするARDS症例にしても、そのおよそ1/3が心不全を合併しているという。胸部単純写真で診断に至らない場合、あるいはその情報を補うものとして心エコーがおこなわれる。基礎にある心疾患の有無を検索するのに威力を発揮するのみならず、非侵襲的にPCWPを推定することも可能だという(吉川純一編 臨床心エコー図学 第3版 文光堂 2008年)。けれども、PCWP値そのものが様々な要因に左右され、必ずしも肺水腫と相関しないことをわきまえておかねばならない(Chest 2004; 125: 669-682、Fishman’s Pulmonary Diseases and Disorders 3rd ed. McGraw-Hill 1998年)。また、血清BNPは客観性に優れ、低値であれば心不全を否定する有力な根拠になるけれども(JAMA 2005; 294: 1944-1956)、残念ながら速報性に欠け、救急の場では参照できないのが欠点である。

結局のところ、治療反応性がもっとも信頼される証拠とみなされることも多い。しかしながら、心臓喘息症例でもβ刺激薬や抗コリン薬などの気管支拡張剤に反応するものがある(Am J Cardiol 1994; 73: 258-262)。心不全における気道閉塞の機序として、一般には肺容積の縮小に伴う変形や管腔内浮腫液、気管支壁浮腫によるとされているけれども、血管内圧上昇に対する反射性の気管支攣縮や副交感神経を介したトーヌスの亢進が関与しているとする研究もあり、メサコリンに対する気道反応性も亢進しているという(Jpn Circ J 1996; 60: 933-939)。ただし、気管支拡張作用があるにしても顕著なものではなく、また研究者によって見解が一致しているわけでもない。また、テオフィリンは気管支拡張作用のみならず、ホスホジエステラーゼ阻害による心筋陽性変力作用や血管拡張作用など、心不全に対しても望ましい効果をもつ。いずれにせよ、これらは催不整脈作用などの有害作用も懸念されることから、診断的治療をおこなうとすれば利尿剤を用いるのが一般的である。

典型的な症例なら一瞥のもとに診断を下すことも不可能ではないとはいえ、決してそのようなものばかりではなく、とくに救急・時間外診療の場では鑑別に苦慮する例も少なくない。だからといって、いたずらに逡巡し時間を浪費するわけにもいかず、ごく限られた情報のみをもとに、その場で何らかの決断を迫られることになる。得意分野のなかにこもり、アームチェアに深々と腰かけ、あらゆる検査のレポートとともに経過を振り返りつつ診療するのとはわけが違うのだ。その場で全知全能を尽くしたとしても、それが最善の結果をもたらすとは限らない、不条理に満ちた世界である。そして、その結果に満足しなければ自在に時間を遡って、ありえたはずの選択肢をいくらでも創造することができる。感情のうねりの前には沈黙するしかないけれども、漱石がかつて看破したように、そもそも状況を冷静に判断しようとする批評家と現場に投げ込まれている実行家の間には越えがたい深淵が横たわっている(夏目漱石 私の個人主義 講談社学術文庫 1978年)。理解してもらうどころか、よりよい結果を願い、心からの善意をもって事にあたったことさえ否定される。悪条件のなかで地域に貢献すべく這いずり回る者ほど非難の対象とされ、むしろあえてリスクをとろうとしない病院・医師のほうが世間的には評価される。そんな状況を“太陽のせい”だとつぶやいてはいけないだろうか。 (2011.2.14)

職業関連喘息

2010年10月25日 04時39分15秒 | 気道病変
日常診療のなかにとけ込んでいるといってもいいくらい、ごくありふれた疾患でありながら、実はきっちり診療しようとすると一筋縄ではいかないものがある。たとえば、気管支喘息がそのようなものではないだろうか。わかったふりをしてはいるが、病態が複雑で、さまざまな疾患の部分症としても現れる喘息は全体像をつかむのにも苦労する。それゆえ、常に念頭におかれてしかるべきであるにも関わらず、うっかり抜け落ちてしまうチェック項目もないわけではない。おそらく職業関連のものもそんな不遇の扱いを受けているひとつだろう。実際、就業年齢にある成人喘息の新規発症ないし再発例の9~15%は職業性の因子が関与しているとされ(Occup Environ Med 2005; 62: 290-299)、決してまれなものではないけれども、適切な評価のなされていることは少ないと指摘されているのである(Curr Opin Pulm Med 2007; 13: 131-136)。

ひと口にWork-related asthmaといっても、その病態が一様でないとすればさらに細分することにも意味があるだろう。まず、既往ないし合併している喘息が労働環境で再発・悪化したにすぎないものは作業増悪喘息Work-aggravated asthma(WAA)あるいは単にNonspecific occupational bronchoconstrictionなどと呼ばれる。一方、職業性喘息Occupational asthma(OA)はこれと区別されるべきもので、職場での暴露により喘息が初発したものだ。ガイドラインではこのOAをさらに感作型Hypersensitivity induced OAと刺激物質誘発型Irritant induced OAとに分けている(日本アレルギー学会. 喘息予防・管理ガイドライン2009. 協和企画)。このうち後者はReactive airways dysfunction syndrome(RADS)、あるいはIrritant induced asthmaの名称でも知られ、高濃度の塩酸・硫酸・硝酸・アンモニアなどの刺激性ガスや煙、蒸気への暴露後に気道閉塞による咳・呼吸困難・喘鳴などの症状が直後ないし数時間以内に生じるのが典型で、遅くとも24時間以内に発症する。つまり、潜伏期がないのが特徴だ。また、念のため確認しておくと、業務関連が多いのは確かだが、たとえば家庭での暴露例が除外されるわけではない。そして、急性期を過ぎても非特異的な気道反応性の亢進が数か月~数年持続する。通常の喘息に比べβ刺激薬などに対する反応は良いとはいえず、可逆性に乏しい。病理組織では上皮剥離や粘液細胞過形成などの炎症所見がみられるとはいうものの(Fishman’s Pulmonary Diseases and Disorders 3rd ed. McGraw-Hill 1988)、必ずしもすべての報告に共通しているものではなく、暴露のタイプや程度・治療・生検までの時間などに左右されるようだ(Chest 1996; 109: 1618-1626)。

説明の都合上RADSを先に述べたけれども、OAの中心に位置するのはやはり感作型の方でおおよそ9割を占める(Occup Environ Med 2005; 62: 290-299)。臨床的対応も異なる両者を同一視して扱うことには反対意見も根強く(Fraser and Pare’s Diagnosis of Diseases of the Chest 4th ed. Saunders 1999)、OAを感作型に限定している文献が多い。欧州のデータによれば、畜産を含む農業・塗装業・清掃業などが発症リスクの高い職種とされるけれども、原因となりうる物質をカテゴリー別に整理すると、①動物、貝・甲殻類、魚類、節足動物、②野菜を含む植物、③酵素類や薬品、④染料を含む化学物質、⑤金属、⑥粉塵・ガス、と多様で、関与する化学物質は300以上にものぼるという(GINA: Global Initiative for Asthmaホームページ、Global Strategy for Asthma Management and Prevention updated 2009)。もちろん、これらを吸入した者すべてがOAを発症するわけではない。喫煙者では感作されるリスクが著明に上昇し、アトピー素因をもち、労働環境内の抗原に対する即時型皮膚反応が陽性もしくは特異的RASTが陽性である者にOAを発症しやすいことが知られている。

OAの診断には喘息として求められる所見に加え、職業関連抗原への暴露が症状を引き起こしていることを証明すればよい。そのためには詳細な病歴聴取が必須で、多くの場合、まず時間的な関連を確認することになるだろう。OAの約半数は暴露開始後2年以内に発症するが、さらに10年を要するものも約20%ある。日内変動も重要な手がかりとなるが、注意を要するのは喘息症状が就業時間内に始まるものばかりではないことだ。作業終了後ないし夜間にのみ起こる例もあり、就業日/休日の変化なども含め慎重な評価が求められる。一方で、時間的な相関がみられたとしても、労働環境によるものとは限らず、たとえば就業中の喫煙量の増加など他の要因の影響もありうることを認識しておくべきだろう。より客観的な検査として1日4回、2週間のピークフローモニタリングは比較的簡便でもあり、ぜひ行われるべきである。血清学的検査の有用性も期待されるものの、すべての例で特異的IgE抗体が検出されるとは限らない。つまり、植物性・動物性抗原や酵素など高分子物質によるものではIgEが検出されうるが、イソシアネートなどの低分子によるものは、IgE抗体を検出しえないことが多い。また、たとえ検出できたとしても、それは感作されたことを示しはするが、それのみでOAを診断したり、原因抗原と判別するわけにはいかない。そもそも、商業ベースで測定可能なものはきわめて限られ、被疑物質をすべてカバーできるわけではない。しばしば、OA診断のgold standardとみなされる特異抗原への吸入暴露(Specific provocation test: SBPT)にしても課題は山積しており、たとえば、多くの職業性抗原に関しては標準化された検査方法がなく、最終暴露からの時間に結果が左右され、しかも非特異的な反応と区別することもできない。一方で、重篤な合併症を引き起こす懸念もあることから、安易に行われるべきではないとされる。メサコリン吸入などによる気道過敏性検査は喘息一般の診断に用いられるものだが、SBPT陽性例でも5~40%は正常となることから、非特異的過敏性が検出されなくともOAを除外することはできないと指摘されている(Occup Environ Med 2005; 62: 290-299)。

OAの予後について、WAAより不良とするものや同等とするものなど一定しない(Curr Opin Pulm Med 2007; 13: 131-136)。環境から隔離されたとしても改善せず、むしろ悪化することさえあり楽観はできないといわれるが、いずれにせよ、抗原を吸入し続けるほど寛解の可能性は低くなり、永久的な肺機能低下や重篤化をきたし、ついには致命的にもなりうる。したがって、禁煙はもちろんのこと、治療の原則は暴露機会の完全な排除である(Occup Environ Med 2005; 62: 290-299)。一般の喘息同様、薬物療法も有用ではあるけれども、抗原回避の代わりにはならない(GINAホームページ、Global Strategy for Asthma Management and Prevention updated 2009)。原因物質への暴露レベルがOA発症の大きなリスク要因とされ、完全な回避はできなくとも暴露の少ない職種への転換により症状の改善・治癒あるいは悪化の予防につながる可能性はあるものの、常に効果が期待できるわけではない。以上、淡々と述べてきたが、患者の生活がかかっているだけに喘息の原因に対する客観的なデータがなければ職場への介入を計画するなど困難である(Curr Opin Pulm Med 2007; 13: 131-136)。職業に関わる疾患の診断は場合によっては解雇・失職にもつながりかねない。このことを充分にわきまえ、セカンドオピニオンなども活用した慎重な対応を心がけるのが臨床医の本分である。 (2010.10.25)

COPDにみられる炎症

2010年07月20日 05時20分14秒 | 気道病変
気管支喘息とCOPDは閉塞性肺機能障害を呈する二大疾患である。前者においては気流制限が可逆性で構造変化も軽度であるのに対し、後者にみられる気流制限は不可逆性で、とくに肺気腫では組織破壊が顕著であるという対照的な特徴をもつ。このように両者は疑問の余地もなく明確に区別されるように思えるけれども、時に鑑別困難な症例も存在し、肺機能検査を行えない診療所レベルではCOPD患者が喘息と診断されている例もないわけではない。その大きな理由の一つとして、喘息発作に有効な治療がCOPDの増悪(exacerbation of COPD)に対しても有効であることが挙げられる。COPDそのものは長期的には一方的に進行・悪化するとしても、COPDの増悪は薬物治療(ABCアプローチ;日本呼吸器学会編. COPD診断と治療のためのガイドライン 第3版、2009年)に反応し、あたかも可逆性があるかのように感じられるのである。

両者が類似しているのは臨床的な見かけばかりではない。病態にも共通点のあることが認識され、お互いを意識しつつ研究が進められてきた。そこで焦点とされているのが慢性気道炎症である。喘息の本態がそれであることはもはや常識だろう。COPDでも慢性気管支炎に限らず、そのことを示す数多くの研究があり、それらの結果によれば、喘息における炎症は好酸球とTh2細胞優位であるのに対し、COPDのそれはマクロファージや好中球、CD8陽性リンパ球が重要な役割を果している。また、前者ではIL-13やIL-4、IL-5などのTh2サイトカインや、stem cell factor、thymic stromal lymphopoietinのようなケモカインが重要であるのに対し、COPDではTGF-βやTNF-α、FGF、IL-1β、IL-6が重要な因子であるという(J Allergy Clin Immunol 2009; 124: 873-880)。このような肺・気道局所の炎症は喀痰中の活性物質やNOなどの呼気、さらには呼気液中物質に反映される。一方で、血清CRP値などの急性相蛋白やサイトカインの増加にみられるような全身性の炎症も認められており、機序の詳細は明らかでないものの、単なる局所(気道)炎症の“spill-over”でもないようだ(Proc Am Thorac Soc 2009; 6: 638-647、Curr Opin Pulm Med 2009; 15: 133-137)。いずれにせよ、慢性炎症を生じる最初の段階に関わる最大の要因は喫煙であるが(Lancet 2007; 370: 797-799)、その後の過程では慢性感染もinnate lung defenseを障害し、炎症を慢性化させることにより、COPDの成立に寄与していることが示唆されている(Proc Am Thorac Soc 2009; 6: 532-534)。

COPDの増悪においてはさらに喀痰総細胞数、好酸球、好中球、リンパ球数が有意に増加する。さらに増悪の前後で喀痰中の炎症細胞の構成比には変化がなく、炎症の質が変化したものではないと示唆するものがある(Int J Chron Obstruct Pulmon Dis 2009; 4: 101-109)。また、急性増悪時に気道ないし全身性にTNF-αやIL-6、IL-8などが増加するとされるが(Clin Med 2009; 9: 170-173)、これまでの報告のそれぞれの結果は必ずしも一致していないようだ。これは細菌感染の有無など病態が均一でないこともその原因としてあるだろう(Int J Chron Obstruct Pulmon Dis 2009; 4: 101-109)。上述のように、喘息治療に範をとったステロイドの全身投与は既にCOPD増悪の治療として確立されており、結果として病態にも即した合理的なものであると感じられるかもしれない(Curr Opin Pulm Med 2009; 15: 133-137)。しかしながら、COPD患者の一部では十分量のステロイドにも反応しないことは多くの臨床医が経験しているはずだ。これはCOPDにおいては構造変化をきたしていることに加え、炎症細胞の主体がステロイドに抵抗性のマクロファージ、CD8陽性Tリンパ球であることも関与している可能性がある(日呼吸会誌 2004; 42: 710-716)。これを克服すべく抗TNF-α抗体などさまざまな治療が検討されているのだが(Lancet 2009; 374: 744-755)、現時点ではそれらの優位性が示されるどころか、むしろ肺炎や悪性腫瘍の発生が多かったと報告されており、抗サイトカイン療法の安易な適用は厳に慎むべきだと思う(Proc Am Thorac Soc 2009; 6: 638-647)。

三木清は現代ほど“成功”に重きを置く時代はなかったと指摘した(人生論ノート PHP研究所、2009年)。それから半世紀以上を経て、その頃とは比べものにならぬくらいに物質的には豊かになったが、今でも事情は異ならないように見える。むしろ、その傾向はますます強くなっているとさえ言えるかもしれない。かつて医は仁術であり、惻隠の情からわれを忘れて手をさしのべるがごとき行為とされていた。そして少なくとも建前の上では個人的な成功を追い求めることは医師にふさわしくない行為としてはばかられ、自ら矜持を保っていた。ところが、高度経済成長、バブル景気をくぐり抜け、さらに小泉改革に直面した日本の医療は大きく変わったのだ。経済的効率性、グローバリゼーションの掛け声とともに医療の市場化=自由競争の原理が導入され、そこでは勝ち残った者が善であるとされたのである。若手医師が自らの市場価値を高めることに躍起となったのも当然だ。キャリア形成には何の得にもならぬ地方の病院など見向きもせず、あえて苦労しなくともお膳立てされた研修システムに乗れば効率的に専門医資格を獲得することが可能で、一方、リスクから守られ、しかも世間的に見栄えのよい大都市の有名病院に殺到した。学問の府でさえ世間の動きとは無縁ではあり得ず、目端の利く研究者はベンチャー企業を設立し、未公開株で金儲けを企むものさえ出現した。ただひたすら地道に診療に汗を流すばかりでは評価の対象とはならない。生き延びるためには、社会が存続するための基本的な機能としての医療という視点を考えている暇などない。たとえあえて火中の栗を拾おうと志したとしても、息つく間もなく消耗し、あるいは専門医受験資格を得ることもできず、それぞれが持っていた理想を放棄させられた挙げ句の果てに訴訟リスクにさらされる。こんな時代はひっそりと息をひそめてやり過ごす。そして知己を千載の下に待とうと思うのである。 (2010. 7. 20)

びまん性嚥下性細気管支炎

2009年07月03日 05時01分40秒 | 気道病変
老年医学が対象とする疾患は多いが、中でも嚥下性肺疾患は重要な位置を占める。「嚥下性肺疾患の診断と治療(嚥下性肺疾患研究会編、ファイザー製薬発行、2003)」に嚥下性肺炎、人工呼吸器関連肺炎、メンデルソン症候群とともにびまん性嚥下性細気管支炎Diffuse aspiration bronchiolitis (DAB)が記載されているのだが、プライマリケアの現場ではあまり認知されていないように思う。これは1978年に山中らがびまん性汎細気管支炎(DPB)に類似した肉眼・組織所見を呈するものを誤嚥性DPBと記述したのがその発端とされているが、その後福地らがDPBとは異なる疾患単位としてDABの名称を提唱し(日胸疾会誌 1989; 27: 571-577)、今や欧米の教科書にも一項目を割いて記載されるようになったものである(Dail and Hammar’s Pulmonary Pathology第3版、Springer 2008)。

“異物を繰り返し誤嚥することにより引き起こされた細気管支の慢性炎症性反応を特徴とするもの”というのがその定義であるが(Chest 1996; 110: 1289-1293)、当初剖検肺で検討が開始された時には、“両側性に一葉以上にわたって黄白色の小結節散布を呈し、肺実質炎症所見を欠くか、または最小限度の合併にとどまるもの”とされていた(日胸疾会誌 1989; 27: 571-577)。嚥下性肺炎が日常的に見られるのに比べると、DAB症例に遭遇することは少なく稀といっても良いくらいだが、嚥下性肺疾患81例の中でDABは13例を占めていたと報告され(日胸疾会誌 1989; 27: 571-577)、連続剖検4880例中31例(0.64%)がDABであったという(Chest 1996; 110: 1289-1293)。

嚥下性肺炎は高齢者に多いこともあり臨床症状がしばしば非特異的であることに注意が促されているが、DABはそれ以上にその存在が想起されにくいものかもしれない。嚥下性肺炎と比べ突然の発症は少なく潜行性と表現され、喀痰・咳は比較的軽度、発熱を伴わない例もまれではない。炎症反応の上昇も比較的軽度にとどまる(日胸疾会誌 1989; 27: 571-577)。一方、喘鳴を伴う急性の呼吸困難発作を呈する場合には高年発症喘息などとの鑑別が必要であることが指摘されている(呼吸 1990; 9: 263-267)。約半数は多量の誤嚥や嘔吐のエピソードがなく、微量誤嚥の反復が原因とされており(日老医誌 1994; 31: 435-440)、脳神経疾患・認知症・心血管疾患を並存する高齢者や寝たきりの患者に多い(Chest 1996; 110: 1289-1293)。比較的若年者(40歳台~)あるいは小児でもアカラシアなどの嚥下障害を有する例で報告がある(Chest 1998; 114: 350-351)。その他誤嚥に関与するものとしてGERDやCOPDも知られている(Chest 2004; 125: 349-350、Chest 2002; 122: 1104-1105)。症状が食事に関連して発現・悪化すれば誤嚥の関与を疑う重要な契機になるが、必ずしも食事との関連が証明されるとは限らないことは銘記しておくべきだ。唾液の少量反復誤嚥によるものが推測された症例も報告されている(日呼吸会誌 1998; 36: 444-447)。

画像ではDPBと同様に小葉中心性粒状影が主要な所見である。小葉中心性陰影を呈した553例のHRCT所見をレトロスペクティブに検討したものによると、DAB13例のうち12例はcentrilobular nodules with tree-in-bud appearanceを呈し、しばしば気管支壁肥厚を伴っていた。さらに陰影の分布は肺野末梢領域で、ほとんどは下肺野であったと報告されている(Chest 2007; 132: 1939-1948)。DPBとの相違点として、小葉中心性粒状影の分布は主に下肺野で比較的限局する傾向があること、嚥下性肺炎による浸潤影が混在しこれは両下葉背側、右上葉に好発することが挙げられている。組織学的には細気管支壁へのリンパ組織球の浸潤を主体とし一部に泡沫化マクロファージを混在する慢性炎症が特徴で、しばしば細気管支内に異物やそれに関連した巨細胞がみられる(Chest 1996; 110: 1289-1293)。呼吸細気管支における狭窄、肉芽形成および粘膜剝脱の所見が強いのもDPBとは異なる所見である(日胸 1996; 55: 1027-1033)。また喀痰の細菌学的検討で、嚥下性肺炎ではS. pneumoniae、Enterococcusが上位を占めたのに対し、DABではK. pneumoniae、P. aeruginosaが約半数に観察されたという(日胸疾会誌 1989; 27: 571-577)。

DABの定義自体に明示されているように、診断には嚥下機能障害を確認することが必要である。しかしながら明らかな誤嚥エピソードがなく、video fluoroscopic swallow assessmentでも誤嚥所見が証明されない場合の診断は困難を極め、外科的生検で初めて診断されることもありえる(Mayo Clin Proc 2006; 81: 172-176)。臨床的に診断に至らない症例も少なからず存在するのかもしれない。
DAB治療は誤嚥の防止と気道感染のコントロールを目標とする。近年ACE阻害薬が嚥下性肺疾患の頻度を減少させることが示されているが、依然として厄介な存在であることに変わりはない。内科的治療で不十分な症例では輪状咽頭筋切除術なども有用である可能性がある(日胸疾会誌 1996; 34: 926-930)。一方、コントロール困難な嚥下性肺疾患に対し内視鏡的胃瘻造設術(PEG)が多用されるが、その有用性が疑問視されているのが現状だ(Geriat Med 2007; 45: 1289-1293)。

高齢化の進行は以前から予測されていたが、既に地方では深刻である。高齢者の抱える問題を医療の枠内で解決できれば幸運だ。多くの場合、そこに紛れ込んでくる介護をめぐる課題の解決に多大な労力を払い、消耗してしまうことになる。身一つで対応できるわけもなく結局は看護師が加わり、ケースワーカーに主導権を譲り、そのうちに何となくゴールが見えてくる。その過程で、従来の医師教育に欠けている指導力やコミュニケーション力が、プライマリケアの現場ではもっとも必要とされる能力であることに気づかされ、自分の専門性はチームの中でこそ発揮されるものであることが見えてくる、というのが多くの医師の実感ではないだろうか。(2009.7.3)