やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

MPO-ANCAと肺線維症

2013年08月31日 04時47分19秒 | アレルギー・膠原病関連疾患
疾患特異性の高いマーカーが、詳細な病歴の聴取と正確かつ漏れのない理学所見に取って代わることはないにしても、患者の負担と現場の労力を軽減するものであるのは間違いない。ANCAなどはまさにそうであり、血管炎のマーカーとしてのみならず、その病態にも深く関わっている(血管炎症候群の診療ガイドライン. 日本循環器学会ホームページ)。とはいえ、ANCAが引き起こす病態は思いのほか多様で、たとえばMPO-ANCAとの関連が想定されるのはMicroscopic polyangiitis(MPA)だけではない。Churg-Strauss症候群はもちろん、関節リウマチやWegener肉芽腫症なども陽性となりうる。一方、一つの疾患が呈しうる病理所見も実にさまざまだ。MPAの肺病変の特徴はneutrophilic capillaritisであり肺胞出血をきたす、とは誰しも知るところだろう。ところが最近、少なからぬ頻度で肺線維症をも合併することが注目されているのだ。

きっかけは特発性肺線維症(IPF)の経過中に顕在化したMPO-ANCA関連血管炎だった(Mayo Clin Proc 1990; 65: 847-856、Am J Med Sci 2001; 321: 201-202)。このことからIPFと診断されている症例のなかにMPAなどが紛れ込んでいる可能性が検討され、実際調べてみると、しばしばANCA陽性であることが判明したのである。53例のIPF患者を対象とした後ろ向きの検討によれば、17例がMPO-ANCA陽性、2例がPR3-ANCA陽性だった(Respiration 2009; 77: 407-415)。また、連続61例のIPF患者においてMPO-ANCAを測定したところ、初診時陽性は3例(4.9%)のみであったけれども、経過中にさらに6例が陽転し、この合計9例中2例がその後MPAを発症したと報告されたのだ(Respir Med 2013; 107: 608-615)。

一方、MPO-ANCA陽性の膠原病ないし糸球体腎炎患者46例における肺病変を検討した結果、28例(60.8%)に腫瘍や感染症以外の肺病変を認め、その内訳は肺線維症が20例(43.5%)、肺胞出血が11例(23.9%)、両者の合併が7例(15.2%)であった(リウマチ 1995; 35: 46-55)。生検で証明されたp-ANCA陽性MPA患者に限定しても、33例中12例(38%)が診断時に肺線維症を有していた(Eur Respir J 2010; 36: 116-121)。これらの結果をもとに、肺線維症はMPAの肺病変の一つとして認識されるに至ったのである。

その病理組織の基本的所見はUIPパターンであるとされる。血清MPO-ANCA陽性で原因が明らかでない間質性肺炎患者における外科的肺生検のレビューによれば、その9例中8例がUIPで1例はDADを呈していたという(Respir Med 2012; 106: 1765-1770)。毛細管炎・血管炎はみられなかったとする報告がある一方で(Respir Med 2013; 107: 608-615)、膠原病症例を含むMPO-ANCA陽性肺線維症の剖検にてUIPパターンに加え11例中5例に血管炎所見を認めたとするものもある(Respirology 2004; 9: 190-196)。この違いは疾患経過の異なる時期を見ていることによるのかもしれない。多くの研究が肺線維症はしばしばMPAに先行していると述べているのだ(Chest 2003; 123: 297-301、Respir Med 2008; 102: 1392-1398、Eur Respir J 2010; 36: 116-121)。

上に述べたように、ANCAそのものも肺線維症に遅れて出現する場合には、前者が後者の原因だとは考え難い。むしろ肺病変の存在が自己抗体の出現に影響しているのではないかと考えたくなる。実際、気管支拡張症などの慢性気道病変にANCA関連血管炎などを合併する例が知られており、感染を介した機序などが想定されているようだ(Postgrad Med J 1995; 71: 24-27、Lung 2005; 183: 273-281)。あるいは、肺病変ないしは血管炎を引き起こす要因が別に存在しているのかもしれない。粉塵吸入はその代表的な例で、阪神淡路大震災でのMPO-ANCA関連血管炎の発現頻度増加に建築物の倒壊とその後の復興事業による著しい大気汚染が関わっていることが示唆され(Am J Kidney Dis 2000; 35: 889-895)、なかでも注目されているのはシリカである(Adv Exp Med Biol 1993; 336: 435-440)。もちろん、MPO-ANCA値と肺線維症の活動性の間に直接的な関連はみられていないとはいうものの(Respirology 2004; 9: 190-196)、症例によっては潜在的な肺胞出血が反復することにより線維化をきたすこと、また、MPO-ANCAそのものが活性化好中球からさまざまな組織傷害産物を放出させ、その修復過程としての線維化を導いていることもありえるだろう。

MPA合併肺線維症例の約半数に喀血がみられ(Chest 2003; 123: 297-301)、経過中にMPO-ANCA陽性となったIPF患者ではMPO-ANCA陰性IPF患者に比べBALF中の好酸球の割合が高く、肺気腫の合併が多かった(Respir Med 2013; 107: 608-615)とする報告はあるけれども、肺機能や画像所見などからIPFとMPAないしANCA関連血管炎に合併した肺線維症とを区別するのは困難である(Respir Med 2008; 102: 1392-1398、Respiration 2009; 77: 407-415)。ANCA陽性肺線維症はステロイドやcyclophosphamideが有効である傾向があるとされるものの(Respiration 2009; 77: 407-415)、MPO-ANCA陽性肺線維症の5年生存率はMPO-ANCA陰性膠原病関連肺線維症より不良で、IPFと同等であると報告され(Respirology 2004; 9: 190-196)、MPO-ANCA陽性間質性肺炎症例においても致死的な急性増悪がみられているのだ(Respir Med 2012; 106: 1765-1770)。

IPF症例ではANCAに限らず自己抗体陽性であることが稀ではない。抗核抗体(ANA)も10~20%の症例にみられるとされるが、ANCAはその有用性の面でANAを圧倒する。他の全身性血管炎に比べてANCA関連血管炎は呼吸器系に病変を認めることが多いことが知られ(Mayo Clin Proc 1994; 69: 819-824、Clin Exp Rheumatol 2006; 24(Suppl 41): S48-S59)、また、c-ANCAないしp-ANCAが陽性なら何らかの血管炎が存在する可能性が96%、一方、共に陰性であれば90%以上の確率で血管炎がないとも紹介された(N Engl J Med 1999; 340: 1099-1106)。最終的にはしばしば病理所見がものをいうびまん性肺疾患の領域においても、その意義は決して少なくないことが理解されるだろう。

医薬品の有効性と安全性に関する臨床試験については日米欧の間でICHガイドラインが策定されており、科学的・倫理的に妥当、かつ信頼性のおける方法で実施することが求められている(医薬品医療機器総合機構ホームページ)。すなわち、GCPを遵守することが必須とされるのだ。治験に携わった経験があればわかると思うが、その信頼性確保には大変な労力を必要とする。違反なく忠実に行われていることの確認はもちろん、カルテなど原資料の直接閲覧にいたるまで多大な資金と人的資源なくしては行えない。治験以外の医師主導臨床試験にしても欧米ではGCPに則って行われるのだが、日本においてはGCPでなく“倫理指針”として条件が緩和されている。つまり信頼性が十分に担保されていないのだ。今社会を揺るがしているディオバンにまつわるスキャンダルは“医師主導”という看板の裏で実は企業の強い影響を受けていたというカラクリばかりか、世界標準を外れた日本の臨床試験の実状を海外にまで曝してしまったのではないだろうか。ついこの間まで日本の研究者たちが、中国発の論文は鵜呑みにできない、などと口にしていたのは自らを棚に上げた発言だった。今後、日本で行われた試験がそのような目で見られ、海外のトップジャーナルへの掲載にも影響があるかもしれない。これからの日本を支えるべき科学技術の分野での不祥事は想像以上に大きな代償を払うことになりかねないとも危惧するのだ。(2013.8.31)