goo blog サービス終了のお知らせ 

やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

分子標的薬、抗体医薬と薬剤性肺障害

2009年09月24日 04時39分53秒 | びまん性肺疾患
分子標的薬の登場はまさに新世紀の幕開けにふさわしいものに思われた。理論的に創造された薬物は分子生物学の輝かしい勝利を実感させ、何より従来の抗腫瘍化学療法につきものだった副作用から患者を解放できるのではないかという期待を抱かせたのだ。ところが世界で最初に日本で承認されたイレッサのその後の展開は夢見心地の臨床医を覚醒させるに余りあるものだった。治験段階では重篤な副作用が少なく安全な薬であると評価されていたのに反し、市販直後から薬剤性間質性肺炎による死亡例が多発し社会問題にまでなったのだ。もっともこれには思わぬ“薬効”も付随した。国が製薬企業に全例調査を求めるようになったため、それまで日本では稀だった数千例の規模のデータが得られるようになり、それなりにエビデンスを創出することができるようになったのである。

薬剤性肺障害の機序としてこれまでしばしば語られてきたのは、直接的な細胞障害によるものと免疫反応を介したアレルギー性のものの二つである(Am Rev Respir Dis 1986; 133: 321-340、Am Rev Respir Dis 1986; 133: 488-505)。詳細に関してはブラックボックスのままであったのだが、近年上市された分子標的薬や抗体医薬の場合には、種々のサイトカインやそのレセプター、あるいは細胞内シグナル伝達に特異的に作用することから、肺傷害のメカニズムをもそれらの薬剤固有の働きに直接関連させて説明することも不可能ではない。たとえばEGF(epidermal growth factor;上皮増殖因子)は傷害された肺胞上皮の再生に必須であるとされるのだが、ゲフィチニブなどのEGFR-TKI(epidermal growth factor receptor-tyrosine kinase inhibitor)によって上皮の再生が阻害されると線維芽細胞が肺胞腔内に侵入し線維化を形成する可能性が考えられる(Cancer Res 2003; 63: 5054-5059)。マウスのブレオマイシン誘発肺傷害の発生にMHC class Ⅱ抗原(H2-Ea遺伝子)の機能欠損が関与し(Cancer Res 2004; 64: 6835-6839)、また欧米人に比し日本人で薬剤性肺障害の発症頻度が高いとされるなど(日内会誌 2006; 95: 1058-1062)、背景に遺伝的要因の関与も推測されているが、本邦で多数例の解析が行われているEGFR-TKIであるゲフィチニブとエルロチニブにおいて、間質性肺疾患の発症頻度、危険因子が互いに類似した結果であったことは上記の仮説を裏付けるものかもしれない。

間質性肺疾患の病態に関連するものとしてEGF以外にも様々な因子が検討されている。たとえばVEGF(vascular endothelial growth factor;血管内皮増殖因子)は血管形成や血管透過性に関与し、肺胞構造と機能を維持するために毛細血管内皮細胞のアポトーシスを抑制するのに寄与していると考えられているものだが(Respir Res 2006; 7: 128)、このVEGFの作用を阻害することによって肺胞上皮のアポトーシスを速め、蜂巣肺形成や肺機能悪化を促進させる可能性が示唆されている(Thorax 2005; 60: 171)。実際、肺線維症患者(特発性、膠原病関連)ではBALF中のVEGFが低下していることが示され(Am J Respir Crit Care Med 2002; 166: 382-385)、抗VEGF抗体であるベバシズマブ投与例での間質性肺炎が報告されている(Clin Oncol 2007; 19: 803-805)。

しかし、これらサイトカインの役割に関して一貫した結果が得られているわけではない。上述の報告とは逆に過剰なVEGFがARDSやIPFの病態に関与することや(Respir Res 2006; 7: 128)、マウスブレオマイシン肺傷害モデルにおいてはVEGFの作用を阻害することによってむしろBALF中の細胞数・炎症性サイトカインの発現・アポトーシス・肺線維化が減少するという報告もあり(J Immunol 2005; 175: 1224-1231)、VEGFの関わりは単純ではないことがうかがわれる。このような相反する結果はEGFについてもみられており、マウスブレオマイシン肺傷害モデルにおいてゲフィチニブがブレオマイシンによる線維化を抑制したとするものがあり(Am J Respir Crit Care Med 2006; 174: 550-556)、TGF-αによる線維芽細胞増殖をゲフィチニブが抑制した可能性が考察されている。このようにEGFR-TKIは線維芽細胞の増殖因子受容体シグナルを阻止することから、肺線維症の治療薬として有望であるという議論さえある(医学のあゆみ 2004; 208: 410-406)。分子標的薬の作用は特異的であるものの、他のサイトカインへの影響の程度ははかり知れず、作用のタイミングなどで帰結が異なる可能性も考えられ、結果の解釈には細心の注意が要求される。

かつて“歴史は進歩する”と唱えられていた時代があった。科学技術への限りない信頼に裏打ちされ、21世紀には多くの問題が解決されるだろうと夢想されていたのだ。今から考えればいかにも楽天的なそのような思想はいつしか忘れ去られ、今や科学は警戒される対象である。応用科学の一分野である医学も例外ではない。そのような時代の雰囲気の中にあって医療における安全性の確保もこれまでになく強調されている。もちろんないがしろにされるべきではないが、個人や一医療機関の質を保証すればすむ問題ではなく、処理能力を超えた数の患者が押し寄せる場合には容易に破綻してしまうものであることも認識しておく必要があるだろう。

また、これは医師自身や製薬企業にもその責任の一端があるのだが、薬剤性肺障害は社会的にも厳しい視線にさらされている。ともすれば非合理的とも感じられるほどだが、一方で、進行した悪性疾患患者で予後への影響が少なかったことをもって責任が減じられるかのような言い訳がなされているとすれば、それは正当ではないと思う。犠牲になったのがもし自分の身内だとすればどうだろうか。現代日本で先進的であるはずの医療の恩恵に与るどころか、安らかとは言えない最期を迎えることを強いられるのである。いくらriskとbenefitに基づいた科学的な評価から集団での有用性が証明されていると強調されても、ともに苦しんだ者にとっては到底納得しがたく、口には出さなくともわだかまりを抱えるものだろう。医師として自らの判断に一点の非もなかったと確信してはいても、このような場面で相手の心の奥底に届けられる言葉はないのかもしれない。しばしば、医者は他人の不幸を飯の種にしているなどと揶揄され、一片の真理をついているとは思うのだが、そこに印象されるような気楽な商売という見方には同意できない。科学と人間が折り合いをつけることができないぎりぎりの地点で、ともすれば人々の憎悪の言葉を一身に浴びながら立ちすくむ。これが偽らざる日常である。 (2009.9.24)

気腫を伴う間質性肺疾患

2009年06月21日 05時16分54秒 | びまん性肺疾患
肺気腫と間質性肺疾患はプライマリケアの現場においても重要な疾患であるが、時に両者の合併例に遭遇する。ある報告によればIPF連続110例のうち31例(28%)に肺気腫を合併していたとされ(Chest 2009, doi:10.1378/chest.08-2306)、思いのほか多いのに驚く。これまで決して無視されていたわけではなく、かつて本邦では非定型(B群)間質性肺炎として関心を惹いていたのだが(日胸疾会誌 1992; 30: 1371-1377)、2005年にCottinらが上肺野優位に肺気腫、下肺野にILDを認める61症例を取り上げ、combined pulmonary fibrosis and emphysema (CPFE)という概念を提唱したのを機に俄然注目を集めるようになった(Eur Respir J 2005; 26: 586-593)。彼らの報告によれば、ILD病変に関しては画像上IPFないしfibrosing NSIPパターンを呈していたのが84%を占め、組織が得られた8例のうち5例はUIPで、その他DIP、OP、unclassifiable IPがそれぞれ1例ずつであった。一方、肺気腫病変についてはcentrilobular emphysema が95%にみられたのに加え、paraseptal emphysemaも93%と高頻度であったのは特徴的である。他の点ではCPFEに合併するILDないし肺気腫をそれぞれ単独例と比べても画像や病理像に特異な所見はみられていないようだ(Respir Med 2008; 102: 1753-1761)。ほとんどの症例が安静時に低酸素血症を呈し(82%;50/61)、拡散能も低下していた(98%;56/57)のとは対照的に、1秒率が低下していたのは49%(30/61)、拘束性障害を呈していたのは21%(12/56)にとどまっていた。この点は他の報告でも一致しており(Respir Med 2005; 99: 948-954、Respiration 2008; 75: 411-417、Respir Med 2009, doi:10.1016/j.rmed.2009.02.001)、肺気腫による閉塞性障害とIPFによる拘束性障害が互いに相殺されるため、通常行われる肺機能検査の範囲内では軽度の異常にとどまることがあると説明されている。またしばしば肺高血圧を合併し予後に関連する重要な因子として重視される。ただし生存期間については、IPF単独例に比べ予後不良であるとするものと(Chest 2009, doi:10.1378/chest.08-2306)、差はみられないとするものがあり(Respir Med 2009, doi:10.1016/j.rmed.2009.02.001)、予後因子の評価を含めさらに検討が必要である。

肺気腫と間質性肺炎とを関連づけて検討されるようになったのはこのようにごく最近のことだ。これまでそのような研究が少なかった第一の原因は、両者が呼吸生理学のみならず病理学的にも明瞭に異なり、互いに対極に位置するとさえ言ってよいほどであるため、両者の病態がどのように相関するのか想像しにくいことにある。ここで簡単に肺気腫の側から基本事項を再確認しておこう。まず終末細気管支より末梢の気腔が拡大している群を“respiratory airspace enlargement”と総称する。これは肺胞構造の破壊のないもの(Down症候群のような先天性のものや加齢に伴うものなど)と肺胞構造の破壊を伴うものに分けられる。さらに後者のうち、明らかな線維化がみられないものを“肺気腫”と定義し、一方で線維化を伴うものは“airspace enlargement with fibrosis (AEF)”と呼ばれる(Am Rev Respir Dis 1985; 132: 182-185)。つまり肺気腫は肺胞構造が破壊されながらも原則として線維化を形成しないものとされているため、肺線維症をはじめとする間質性肺炎と合併することはあっても、それは機序を異にする偶然の事象とされたのである。そうはいうものの、特に遠位細葉型肺気腫(distal acinar emphysema)では線維化をしばしば伴うことが知られており(Int J Chron Obstruct Pulmon Dis 2008; 3: 193-204)、この理由としてFraserの教科書では組織破壊や感染性肺炎などの局所の炎症が続発性の線維化を伴うためと記述している(Fraser and Pare’s Diagnosis of Diseases of the Chest 第4版、Saunders 1999)。しかしながら一般に肺気腫症例の肺胞隔壁ではコラーゲン量が増加していることも報告されており(Thorax 1994; 49: 319-326)、上記の肺気腫の定義は検討の余地がありそうだ。

一方、AEFについてはむしろirregular emphysemaの名称のほうが知られている。組織学的に病変が細葉内の一定の領域に局在する傾向が見られないものをいい、多くの場合近傍に存在する線維性瘢痕によるものだ。病変は軽度であることが多いが広範に見られることもあり、結核やサルコイドーシス、好酸球性肉芽腫症などに加えhoneycombingによるものが記載されている(Am Rev Respir Dis 1985; 132: 182-185、Am J Respir Crit Care Med 1995; 152: S77-S121)。ところが最近このような概念から一歩踏み出し、AEFを肺気腫と間質性肺炎の接点にあるものと捉える病理学の側からの研究がある(Histopathology 2008; 53: 707-714)。それによれば、AEFの肉眼所見は、大きさにばらつきがある薄い壁をもつ嚢胞、網状病変ないしそれらの混在としてみられ、一見honeycombingに似ているが嚢胞の壁がより薄いことに加え、その分布はUIP症例と同様に下肺野優位ではあるがやや頭側に存在している(AEFは“costal region”にみられ、UIPは横隔膜面に多い傾向が見られた)ことが異なる点として挙げられている。組織学的には構造改変を伴った線維性間質(しばしばhyaline化している)や気腫性変化が通常 細気管支を中心に分布し、fibroblast fociを欠くものとされている。このAEFの頻度は喫煙量とともに増加することが示され、臨床的にsmoking-related ILDと認識されているものの一部を説明できるかもしれないと主張している。
これとは独立に同様の病理像を示すものが、respiratory bronchiolitis-associated interstitial lung disease with fibrosisとして臨床病理学的な観点から報告された(Mod Pathol 2006; 19: 1474-1479)。これもやはり気腫性変化を伴うが、著者はむしろfibrotic NSIPと区別されるべきことを強調している。その9例中8例はcurrent smokerであり、肺機能検査では閉塞性障害優位の混合性換気障害を示し、肺気量は比較的保たれているにも関わらず、拡散能は著明に低下していたのが特徴的であった。画像では両側のmicronodularないしlinear infiltrateが主な所見でGGOや肺気腫像もみられたという。

このように肺気腫と間質性肺炎の合併が注目を集めるのは、その臨床的な意義によるばかりではない。それ以上に病因の面から両者をsmoking-related lung diseasesとしてひと括りに捉えようとする壮大な企てが多くの研究者を惹きつけているのである。言うまでもなく肺気腫、間質性肺炎ともに危険因子として喫煙を有する。同一の刺激に対する個人毎の感受性・反応の程度・様式とその結果としての表現型はかなり異なるように見えても、その根幹の機序は共有される部分が多いのではないかと考えるのは自然だろう。実際、TGF-βとそのSmadシグナル伝達経路(Proc Am Thorac Soc 2006; 3: 696-702)をはじめとして、TNF-α(Am J Respir Crit Care Med 2005; 171: 1363-1370)、PDGF(Am J Pathol 1999,154,1763-1775)、VEGF(Respiration 2008; 75: 411-417)、MMPs(Respir Med 2008; 102: 1753-1761)の関与が検討されている。このように考えてくると、ゲフィチニブやエルロチニブによる間質性肺炎は既存肺にCOPD/肺気腫を有する例に多いことが指摘されているのは興味深く思える(医薬ジャーナル 2005; 41: 772-789)。

以上2回に分けて、蜂巣肺の概念が提出されてからの半世紀を概観した。そこには先人による無数の苦闘の積み重ねがある。それでも病因・病態を極める道程のいまだ通過点に過ぎない。しかも表現型を細かく分類した上で、その原因をサイトカイン、さらに遺伝子のレベルまで分け入って分析するという現在の方法論ではこれ以上先に進めないのではないかという予感も漂う。かつてトマス=クーンは科学の進歩は不連続であると説いたのだが、今後この分野でもパラダイムの変換があるのだろうか。 (2009.6.21)

蜂巣肺をめぐって

2009年06月10日 05時07分00秒 | びまん性肺疾患
蜂巣肺honeycomb lungという用語は1949年OswaldとParkinsonによって造語されて以来、広く使われている(ハイツマン 肺の診断. メディカルサイエンスインターナショナル 1995)。「Diseases of the Lung」(Lippincott Williams & Wilkins 2003)の記載に従えば、径2~10mmの密集した嚢胞状の気腔で、明瞭な壁を持つものをさす。主に呼吸細気管支と肺胞道が周囲組織の線維化により牽引され拡張したものであり、単にcystic air spacesないしcystsと呼ばれる薄い壁に境界された空間とは区別される。つまりその壁は線維性組織からなるそれなりの厚さを持つことがhoneycombingの特徴で、この点Webbの教科書(High-resolution CT of the Lung 第4版. Lippincott Williams & Wilkins 2008)は壁の厚さを1~3mmと記述し具体的である。以上を踏まえ「特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き」(2004)にも、「線維化のはっきりしない場合には蜂巣肺とせず、単に嚢胞性病変と表記すべきである」と記載されている。また日本では、嚢胞の大きさがそろっていること、胸膜直下に二層以上並ぶこと、も重視する立場があり、欧米とはやや異なるように思う。
このhoneycombingを認める疾患として反射的に特発性肺線維症(IPF)が意識されるけれども、特異的所見というわけではない。臨床的にはIPFやリウマチ肺はもちろん、肺LCHやサルコイドーシスで見られる頻度が高く、塵肺症(特に石綿肺)でも時にみられるものだ(Radiologic Diagnosis of Diseases of the Chest. Saunders 2001)。慢性過敏性肺炎も近年しばしば言及されるように忘れるわけにはいかない。

一方、Genereux は肺既存構造の完全な破壊を伴っている重度の非可逆的な線維化により特徴づけられる、非特異的な病理学的・放射線学的な所見をend-stage lung(ESL)と呼んだ(Radiology 1975; 116: 279-289)。具体的にはhoneycombing、extensive cystic air spaces with well-defined walls、conglomerate fibrosisが挙げられる(Radiology 1993; 189: 681-686)。この概念の背景には、間質性肺疾患はその表現型や原因の如何にかかわらず最終的に線維化の進行した段階に至るという仮説があり(Am J Med 1981; 70: 542-568)、COPDや嚢胞状気管支拡張症は除外されている。ただし肝や腎のように臓器全体に一様に病変がみられ機能不全を伴うとは限らず、あくまでも形態的に定義されており、しかも病変はしばしば肺のごく一部分に限られ、呼吸状態や肺機能などの生理学的な異常を反映するものではないことに注意を要する。そのためか案外ESLという呼称が使われるのを見ることは少なく、欧米の代表的な教科書にも項目として取り上げられていない。

上述のように肺全体がESLで占められることはむしろ稀であることから、画像でその基礎疾患を指摘するのはそれほど困難ではない。病変の存在部位・気管支血管束との関係・その他の所見の存在が有用な手がかりになる(Radiology 1993; 189: 681-686)。また、「Interstitial Lung Disease」(BC Decker Inc 2003)にはhoneycombingの径が5mmより大きなものはサルコイドーシスでみられること、一般に間質性肺疾患では肺気量は減少するが、サルコイドーシス・慢性過敏性肺炎・末期の好酸球性肉芽腫症では肉芽腫が細気管支に存在することにより肺過膨張を伴うこと、が記載されている。

結局、読影する上で最も注意を要するのは肺気腫を合併している症例ではないだろうか。細菌性肺炎が胸部X線上あたかも蜂巣肺のように見えることがあるのは以前から知られていたが(Ann Intern Med 1970; 72: 835-839)、honeycombingの存在を指摘するには胸部X線は不十分で、圧倒的にCTが有利であるのはいまさら述べるまでもない(Radiology 1987; 162: 377-381)。しかし肺気腫が存在しているとHRCTをもってしてもNSIPとUIPの鑑別は困難になるなど画像診断上の課題が指摘されている(Radiology 2009; 251: 271-279)。それどころかhoneycombingと遠位細葉型肺気腫(distal acinar emphysema)の鑑別に悩む臨床医も多いはずである。さらに気腫を伴う間質性肺疾患は最近特に注目されているテーマだ。パターンとしては、肺気腫自体ないし感染等により線維化を伴ったもの、合併した肺気腫と間質性肺炎の分布が異なるもの、間質性肺炎の中に気腫性病変が混在するもの、の三つが考えられるのだが項を改めて述べることにしたい。 (2009.6.10)

肺の間質interstitiumと実質parenchyma

2009年04月25日 05時45分34秒 | びまん性肺疾患
病理所見はしばしばgold standardとして位置づけられるが、こと間質性肺炎に関してはいまだ混沌としており複雑怪奇とも言いたくなる状況だ。ATS/ERSや日本呼吸器学会による分類基準が現時点でのコンセンサスではあるとはいえ、著明な病理医の間でさえしばしば診断が一致せず(Thorax 2004; 59: 500-505)、そのため臨床・画像情報をも総合して決定されたものが最終診断とみなされる(Am J Respir Crit Care Med 2004; 170: 904-910)。臨床医にしてみればはなはだ頼りない状況であり、ある程度の病理の知識を要請される所以である。

さて、肺の“間質”と“実質”という用語は病理学の基本概念であり、いまさら整理するまでもないかもしれない。が、文献を読んでいると著者ごとに様々な内容で使われているのに気づくのだ。気道・血管・小葉間隔壁・胸膜を間質とし、それ以外の気腔・肺胞隔壁を実質と記載するものもある(びまん性肺疾患の臨床、金芳堂、2003)が、むしろ現時点の日本においては日本呼吸器学会による「特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き」(2004)にあるように、「肺の実質は気腔および気腔を囲む上皮組織からなり、これら以外の支持構造が肺の間質」である、とするのが大多数の理解ではないだろうか。さらにまた“狭義の間質”を肺胞隔壁の部分の間質とし、“広義の間質”はそれ以外の気管支血管周囲や小葉間隔壁、胸膜下の間質を指すとしている。すなわち、間質と実質はお互いに補完し合うように定義されており、間質性肺炎とはこの「肺の間質を病変の主座としてびまん性に炎症が広がる病態」である、と非常にクリアカットな形で述べられている。

一方、この「手引き」が準拠しているというATS(American Thoracic Society)とERS(European Respiratory Society)による「International Multidisciplinary Consensus Classification」(Am J Respir Crit Care Med 2002; 165: 277-304)にはIdiopathic Interstitial Pneumonias (IIPs)はDiffuse parenchymal lung diseases (DPLDs)の中の一つのグループである」との記述がみられ、上記の定義からすれば違和感のある表現である。そこで手元にある海外の教科書をいくつか確認してみると例えば、Fishmanの教科書(Pulmonary Diseases and Disorders 第3版)には、「Interstitial lung diseases (ILD)よりDPLDのほうがより適切な名称である。というのは間質とは肺胞上皮と血管内皮の基底膜で境されたごく狭い空間を指す用語であり、多くの場合これらの疾患では病変が間質に限定されているわけではないからである」とあり、Schwarz & Kingによる教科書(Interstitial Lung Disease 第4版)でも同様に、「ILDとはいうもののこれらのほとんどの疾患は気道、肺実質、血管、胸膜も広範に侵すので、間質という用語は幾分誤解を招くものである」と記載され、「間質性肺炎は肺実質にさまざまな程度の線維化や炎症をきたすもので、細菌性肺炎に典型的にみられるようなair space diseaseとは対照的である」と述べられている。さらに肺の間質は「parenchymal interstitium (alveolar wall or the alveolar septae)」と「loose-binding connective tissue (peribronchovascular sheaths, interlobular septa, and visceral pleura)」に分けられる、などのような言葉遣いがされていることから推測すると、欧米における“間質”は狭い範囲に限局して用いられていること、さらに“間質”と“実質”とは同列にある概念ではなく、前者は後者に含まれるものと捉えられていることが伺われる。

このように日本と欧米との間にはごく基本的な概念においてさえも微妙な相違があり、しかも同様の事例は案外多いのではないかと推測する。学生時代に、炎症の主体が間質にあれば「肺臓炎pneumonitis」、肺実質なら「肺炎pneumonia」と使い分けることを教えられたけれども、現在のガイドラインでは採用されていない。一方、病理形態学的観察から、肺胞末梢領域の間質の炎症が主たる病変であると考えられていた間質性肺炎であるが、実はその炎症は二次的に惹起されたもので、上皮細胞障害と肺胞領域の線維化のほうが一次的所見である(日内会誌 2006; 95: 1858-1862)などという議論もある。このように、病態の理解にも変遷があることを考慮すれば、一つの定義にこだわる意義は少ないかもしれない。しかしながら現実世界を認識する道具としての言葉の影響は思いのほか大きく、国際的なコミュニケーションを阻害する可能性を懸念せずにはいられないのだ。 (2009.4.25)

びまん性肺疾患に対する外科的肺生検

2009年04月11日 05時08分37秒 | びまん性肺疾患
びまん性肺疾患(diffuse pulmonary diseases;DPD)には様々な病態が含まれ、呼吸不全をきたし致命的になりうることから、専門施設で対応されるべきであるのは当然だ。だが現実を知ればそれは理想に過ぎない。僻地・離島など地理的条件のみならず患者や医療環境など様々な要因により地域の医療機関で対応せざるを得ないことも稀ではない。今回はこのDPDの診断をめぐる欧米と日本の相違に焦点を当ててみたい。

DPDの中で重要な部分を占める特発性間質性肺炎(IIPs)の確定診断には外科的肺生検(surgical lung biopsy;SLB)が必要であることが、日本呼吸器学会による「特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き(2004)」にも明記されている。地方の片隅で四苦八苦している者にすれば専門施設ならごく日常的に行われている検査であるかのような印象を持つが、実際には必ずしもそうではないようだ。たとえば、ある調査によれば1998年1年間のSLBは132施設で410例にすぎず、1施設当たり平均3.1例/年程度である(日呼吸会誌 2000; 38: 770-777)。一方、Mayo Clinicでは1975年から1985年の10年間に1628例が施行されたと報告(Am Rev Respir Dis 1988; 137: 90-94)されるなど、欧米の専門施設での施行数は桁違いであり、この分野における彼我の学問的レベルの差の源泉をみるのである。

しかしながらDPDのすべてにSLBが必要とされるわけではなく、過敏性肺臓炎、サルコイドーシス、肺胞蛋白症、癌性リンパ管症についてはTBLBで診断されるのがむしろ普通だろう。それでもDPD一般に対するTBLBの診断率は50%程度と言われるのに対し、SLBでは90~100%であることから最終的な診断法として位置づけられている。SLBの方法に関しては従来開胸肺生検(open lung biopsy;OLB)が行われてきたが、近年はより侵襲の少ない胸腔鏡下肺生検(videothoracoscopic lung biopsy;VTLB(あるいはVATS(video-assisted thoracoscopic surgery)肺生検)が行われることが多い。

さらに安全性の面においても、DPDに対するVTLB報告のまとめによれば手術関連死亡率は0~6%、術後合併症率は3~25%で、持続するエアリーク、肺炎、血胸がその主なものであったという(気管支学 2005; 27: 442-446)。この成績は肺癌手術における術後30日死亡率0.5~2.9%、合併症17~41%(EBMの手法による肺癌診療ガイドライン2005年版)に比べても決して高率とは言えないだろう。

以上教科書的に概観したが、DPDの病態は一様でなくしばしば基礎疾患を持ち、それ自体予後不良であることも多いなど、IIPsと同列に論じることができない面がある。そのため血液悪性腫瘍やAIDSを含む免疫異常者におけるDPDもSLBの対象とされることが多い欧米ではDPDに対するSLBの有用性について議論のあるところである。

たとえばDPD患者では呼吸状態が悪化していることが少なくない。一般に急性呼吸不全においては原因の早期診断が予後の改善に関連すると言われており、確実な診断能を持つSLBの有用性が期待される。ところが、80例の急性呼吸不全症例における検討では生存退院したものは24例(30%)に過ぎず(Am Rev Respir Dis 1988; 137: 90-94)、呼吸不全群とそうでない群の間で診断された疾患分布に差はみられなかったにもかかわらず治療への反応や生存退院は呼吸不全群で有意に低かった(J Thorac Cardiovasc Surg 2005; 129: 984-990)と報告されるなど、SLB自体の死亡率、合併症率は低いとは言うものの、術前の呼吸状態が不良である場合には院内ないし術後30日の死亡率は38~75%(Chest 1994; 106: 706-708、Ann Surg 1994; 60: 564-570)と高率であることが知られている。

このような問題を抱えるDPDをSLBの対象にするには合理的な根拠がなければならないが、SLBが生存率に影響することを明確に示す研究はまだ存在しないようである。代替的指標として“得られた結果に基づく治療の変更”を診療上の利益とみなして患者背景別に検討された報告が数報ある。

まず呼吸不全については、人工呼吸管理下の患者にOLBを行なった27例全例で特異的な組織診断が得られ、治療の変更を要しなかったのは9例(33%)、ステロイド増量が7例(26%)、ステロイド開始が6例(22%)、新たな抗生剤追加が5例(19%)であったとの報告(J Cardiovasc Surg 1994; 35: 151-155)や、急性呼吸不全患者80例のOLBの結果56例(70%)で治療が変更されたが、呼吸不全の特異的な診断が得られたこと、術前診断が変更されたこと、そしてそれをもとに治療の変更をしたこと、による生存率の改善は確認されなかった(Am Rev Respir Dis 1988; 137: 90-94)と否定的に考察するものがある一方で、進行する肺浸潤影のOLB62例のうち40例で治療が変更され、術前に呼吸不全を呈していた群に限れば治療が変更されたものは治療が変更されなかったものより生存者が多かった(Ann Surg 1994; 60: 564-570)と評価するものがある。

免疫能との関連では、肺浸潤影が進行しOLBを施行された62例の検討で免疫障害の程度は予後に関連がなかった(Ann Surg 1994; 60: 564-570)とされ、待機的ないし準緊急の肺生検は免疫異常のない患者では死亡率が低く治療の変更にもつながり、さらに緊急肺生検においても死亡率が高いものの免疫抑制状態の患者では治療の変更が見込まれること(J Thorac Cardiovasc Surg 1999; 118: 1097-1100)や、何らかの免疫抑制状態にあるDPD患者に対し行われたOLB74例のうち42%で治療が変更された(Surg Gynecol Obstet 1992; 175: 8-12)とする報告がある。一方で103例のOLB後も56例(54%)では治療に変更がなく、特に免疫異常のない群では既にステロイド治療が開始されていたため治療の変更は18%に過ぎず、免疫異常のある群でも72%が術前診断と異なっていたため多くは治療が変更されたにも関わらず予後の改善には結びつかず39%が死亡したことから否定的見解を述べる研究者もいる(Ann Thorac Surg 1998; 65: 198-202)。

以上のように、特に正確な診断と適切な治療が要求されるものを対象として検討が繰り返されているが、SLBにより適切な治療が導かれたとしても、予後の改善につながっているか確認されていない。死亡に寄与する危険因子として、上述した呼吸不全に加え、高年齢、緊急生検、昇圧治療、腎不全、出血素因が挙げられており(Am Rev Respir Dis 1988; 137: 90-94、Ann Thorac Surg 1998; 65: 198-202、J Thorac Cardiovasc Surg 1999; 118: 1097-1100)、リスクに見合った有用性が得られるかに関してそれぞれの症例毎に十分検討することが必要であろう。

日本からの報告によればSLBによる病理診断の結果、間質性肺疾患がそのほとんどを占めている(日呼吸会誌 2000; 38: 770-777、日呼吸会誌 2006; 44: 675-680)。欧米では感染症や悪性腫瘍の割合が比較的多いことを考慮すると、本邦では予後不良が予測される場合に侵襲的な検査を避ける傾向があるのは確かであろうが、それだけではなくSLBの対象を精選していることも考えられる。学問的興味ないし自己満足に流されず、意義の少ない検査を排除しようとする慎重な態度を反映しているとすれば、SLBの施行数が少ないからといって恥ずべきことではないと思う。 (2009.4.11)