JAHPON LAND( Pucci )

スケートファニチャーやステンドグラス作品などJAHPON.comとして活躍する作家 土屋隆亮(プチ)のメッセージ!

ネタとコンセプト

2007年05月15日 | Weblog
大学で学んだ特別な事が3つあります。1つは、優れた芸術には構造がある!という構造主義思想、2つめは、生活にデザインは必要か否か?モノを創る葛藤。そして最後にコンセプトの建て方です。あらゆる物事には必ずコンセプトが存在するでしょう。たとえ言葉になっていなくても人間が物を創る以上考えずには動けません。その時コンセプト文が成り立っているかどうかで大変な失敗を招くのです。まず一番誤解されたコンセプトが「癒し」などの形容詞ですが、これは願望や、目的です。これに対するアプローチの方法や回答がコンセプトに近いのですが、相互の噛み合わせが悪かったり、強引だったりと、作業したい方法が欲として邪魔して結果的に嘘の文になりがちです。こうして考えると純粋に必要な物を必要な方法でつくるのは難しい事で、過去の成功例、スタイルなどの表面だけを「ネタ」としてコピーしてコンセプトの代わりにプレゼンする、順序の狂った薄っぺらい軽い時代になってきています。新しい表現だけが素晴しいとは思いませんが、金だけですか?と疑います。「世界中から便利な形のバックを見つけて来て自分のブランド名で売る。」ファッション業界にもこんな仕組のネタ泥棒会社って人気ですよね。便利な物、良い物は喜ばれるけれど、コンセプトのスジが通っていなければ「食い物にしやがって!」と恨まれるでしょう。全てがポストモダン再構築のみで成り立ってオリジナル不在と叫ばれる時代ですが、このコンセプトから地道に建設されたモノこそが、例え何かに影響を受けて似ていたりサンプリング再構築したとしてもオリジナルだと思います。コンセプトとは、つまり「なにがやりたいのか?」魂に問う このリアリティを無しにして人間は生きられないという悲しい運命なのではないだろうか。人生を終えるまでには見つけたいです。