高知ファンクラブ

“高知をもっと元気にする”ボランティア集団、「高知ファンクラブ」のブログです。

羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の地質~その4

2011-02-28 | 2011年2月~の記事

羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の地質~その4

33~佐川ナウマンカルスト
                とエドモンド・ナウマン

 「鳥の巣石灰岩」を定義し世界に知らしめた
 ドイツ人エドモンド・ナウマンの来町を記念して、
 同町唐岩に分布するカルスト地形を佐川町が
 整備し、「佐川・ナウマンカルスト」と命名し、
 その功績を称えることとした。
 過去・現在・未来の時間を超越した物質の
 無限性と変化を当地に表現したものである。

 小規模ながら石灰岩が雨水によって侵食された
 カルスト地形を観察することができる。

 

 

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

栗田真二(佐川町)さんの模型の世界

羽迫博己さんの、町屋あれこれ・・・いの町編

羽迫さんの世界  

四万十川流域のひなまつり・・・羽迫博己さんの世界 

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羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の地質~その3

2011-02-27 | 2011年2月~の記事

羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の地質~その3

 

31~鳥の巣石灰岩

 わが国の地質学発展の基礎を築いたエドムント・ナウマン
 によって、明治18年(1885)、佐川町「鳥の巣」周辺に
 分布する石灰岩を「鳥の巣石灰岩」と定義したことから
 佐川を世界に発信し、今尚、研究者・観光客を惹き付けて
 止まない。
 暗灰色をした礁性の石灰岩で、サンゴ類・二枚貝・巻貝・
 ウニ類などの化石を多産する地層です。
 また泥質物を多量に含むため、ハンマーで叩くと石油臭を
 発することでも有名です。
 ごつごつした岩と特異な地層から、地元に石への畏敬と
 信仰心を育んでいます。
 さらには、牧野博士の幼少時、植生への興味・関心を
 深く脳裏に刷り込んだのも、当地の地層とその植生と
 思われます。

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

栗田真二(佐川町)さんの模型の世界

羽迫博己さんの、町屋あれこれ・・・いの町編

羽迫さんの世界  

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金ちゃん工房・・・2011 木の「おひなさま」①小枝の作品 ・・小枝で作る「ひな人形」

2011-02-26 | 2011年2月~の記事

木の「おひなさま」

雛人形の歴史
   ひな人形の歴史は、古代中国から伝わった「上巳(じょうし)の節句」の風習と、平安時代の貴族女児の「ひいなあそび」とが融合して生まれたようです。
 
   室町時代頃からは、ひとがたに似た人形を作って飾る習慣が生まれ、さらに江戸時代に入ると女性たちが「ひな人形」を飾って楽しく遊ぶ一日となり、後には誕生した女児の初節句を祝う日となったそうです。
 
   現在ひな人形は、七段一五人飾りなど、豪華な金襴衣裳の人形に唐草模様の道具を組み合わせたものなど何十万円もする「ひな人形」があります。


木で作る「ひな人形」
   私は森にたずさわって40年以上になります。森にはいろいろな種類の木が生育しています。
 
   この時期になると、毎年「木のひな人形」作りをしています。
 
   いままでに製作してきた「ひな人形」は ①小枝で作る「お雛様」や「立雛」「やじろべー雛」等があります。
   今年は②糸ノコを使った「おひな様」や「雛の吊し飾り」を製作しましたので紹介します。


 
①小枝の作品
  ○小枝で作る「ひな人形」


 この作品は、主に「サクラ」の枝で作りました。
 お内裏様の左右には、紅白の梅の木(サクラ)のみきを大きく花もたくさん付け豪華にしてみました。

   
 この作品も主に「サクラ」の小枝で作っています。
 お内裏様と、前には、三人官女、左右に梅の花と橘を配置しました。

 

この作品は、南国市立久礼田小学校5年生の森林教室や介良小学校の祭りの中で、木工教室の見本にした「小さなお雛様」です。 


    
この作品は、南国市立久礼田小学校5年生の森林教室や介良小学校の祭りの中で、木工教室の見本にした「小さなお雛様」です。

 

金ちゃんの手づくり木工品コーナー 目次

カテゴリーから連続画像で見ることができます) 

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高知工科大学ではこんなプロジェクトをやってます。

2011-02-26 | 2011年2月~の記事

皆さま、ご無沙汰してます。

物部川ファンクラブ代表の渡邊法美です。 

高知工科大学では、高知工科大生が物部川に関心を持ってもらうための講義として、地域共生概論2という講義を行っています。

講義では、物部川流域を元気にするために、こんなプロジェクトを行っています。

 

平成23年2月12日 

  

地域共生概論2 物部川フェスタグループ 最終課題 

 

 アユの漁獲量の大幅な低下、濁水の長期化、シカの食害など自然環境が危機的状況にある物部川において、この川に関心を持つ人々を増やすイベント案を企画して下さい。その際、以下の項目について考察し、A4用紙1枚以上にまとめて記述して下さい。 

 

[1]    タイトル

[2]    イベントが求められている背景

[3]    イベントの目的

[4]    イベントのターゲット

[5]    イベントの内容

 

 

 

参考事例として、「NPO法人 市民活動情報センター ハンズオン!埼玉」が実施している

「おとうさんのヤキイモタイム」の分析事例を次頁以降で紹介します。

(出典:http://yakiimotime.com/archives/2009/09/post_80.html

おとうさんのヤキイモタイム企画書)

 

提出期限:平成23年2月22日(火)17:00

提出先 :マネジメント学科メールボックス、

または、watanabe.tsunemi@kochi-tech.ac.jpまでメールにて提出。

 

 

 

  

 

[1] おとうさんのヤキイモタイム

 

[2] イベントが求められている背景

埼玉県:68.5%が核家族(全国2位)

母親 :終日1対1で子どもの相手...やってられん。

父親 :30代の父親の半数が9時以降、5人に1人が深夜に帰宅、土日は疲れて遊ぶ気力

なし...

■ 男女ともに、働きながら子育てができる環境を用意しない限り、子育ては楽しくなら

  ない(=少子化も改善しない)

■   「土日の公園の子どもとつまらなそうな疲れたお父さん」に子育てを楽しむ仲間作り

  ができないか。

■   保育所や幼稚園、児童館などに子どもが通っているが、お父さんのつながりは、なか

なかできない。

......でもきっかけさえ、あれば!

 

[3] イベントの目的

この「おとうさんのヤキイモタイム」は、育児参加、地域参加をしたいが、きっかけが持ちにくい子育て中のお父さんに、地域でつながり子育てする楽しさを味わってもらい、暮らしや地域、子育て、家族について考え、話す機会を持っていただくためのキャンペーンです。

 「子育て、やらなければ」とは思うけど、楽しくない。だから、つい遅くまで仕事をしてしまうお父さんもいます。あるいは、やらなくてはと思っているお父さんは増えてきているものの、子育てについて語る場もなく、他の人がどうしているかもわからず、孤立しがちな現状があります。

 一方、子どもが生まれ、保育所や幼稚園、市民活動団体などを通じて、はじめて地域と出会い、暮らしを楽しんでいる人もいます。つながることで、子育ては楽しいモノにかわる。子育てしていて孤立がつらいのは、父親も母親も同じ。とくに会社勤めの仕事人には、子育ての楽しさが体験しにくいものです。しかし、きっかけさえあれば、地域とつながり活躍することができます。

 まず知り合い、時間(タイム)をともにすること。

 

   

[4] イベントのターゲット

34歳のお父さん。5歳と2歳の息子あり。月曜日から金曜日までは、都内の職場にいったきり。夜おそくかえるので、寝顔しかみられない。土日は疲れて寝てしまいたいが、専業主婦の妻から「あなたも土日ぐらい子どものめんどうをみてよ。そうじするから公園にいって」と言われ、しぶしぶ子どもを連れて公園にいくと、公園には、同じような父親が数組。子どもはさっさと砂場へ。父親たちは、話すこともなく、なんとなく距離を置いてみている。あ、子どもが他のおもちゃをとってしまった。「スミマセン、スミマセン......」「あー、早く帰りたい」というパパ。

 

 

[5] イベントの内容

 県下一斉にヤキイモ大会を開催(11月〜1月)

  埼玉県内のさまざまな市民グループや施設などでヤキイモを開催していただきます。

  公園、畑、喫茶店、河原、保育園、幼稚園......など

 開催条件は、仲間内だけでなくオープンにひらくこと

 企画者は、参加者をお客様としてではなく、ともにイベントを創りあう仲間と捉え、ともに地域を創っていくつながりのきっかけを、意識的に作っていく。

 楽しいこと、大変なことを共にする(=苦楽を共にする)プロセスを重視するイベント。例えば、ヤキイモの火をつけること、焼くものを用意する、食べること、後片付けなどをすべて共に行うように仕掛けていく。

 主催者およびボランティアスタッフのルール

参加者の方に「手伝って頂けますか?」「ありがとうございます」という言葉をかけてい

くこと。

 

2月26日(土曜日)物部川ゴミ拾いが開催されます

物部川ファンクラブ

4月2日(土)、第3回土佐塩の道30kmウォーキング大会 参加者募集!

第1回 平和団地 こどもとお年寄り・大人の 交流フェスティバル


羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の地質~その1

2011-02-25 | 2011年2月~の記事

羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の地質~その1

 

30~佐川地質館

 世界的に注目されている佐川盆地の特異性をはじめ
 高知県内の地形とか地質についての展示説明。
 著名なナウマン博士並びに小林博士の佐川での活動記録。
 国内外の化石コレクションや動く恐竜
 「ティラノザウルス」、プレート運動を解説する動く
 大陸装置「プレート・テクトニクス」などが展示されており、
 「地質・化石の佐川」ならではのミュージアムとして、
 地球の生命の歴史を学ぶことが出来ます。

      ~壮大な地球の宝物を見に来ませんか~

 

2月27日(日)ジオパーク佐川説明会を・・・宇宙桜(稚木の桜)、今年の春には花が

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

栗田真二(佐川町)さんの模型の世界

羽迫博己さんの、町屋あれこれ・・・いの町編

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四万十川流域のひなまつり・・・羽迫博己さんの世界 

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羽迫博己さんの町屋あれこれ・・・四万十街道ひなまつり2011(その1)

2011-02-25 | 2011年2月~の記事

羽迫博己さんの町屋あれこれ・・・四万十街道ひなまつり2011(その1)

 

 

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

栗田真二(佐川町)さんの模型の世界

羽迫博己さんの、町屋あれこれ・・・いの町編

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2月26日(土曜日)物部川ゴミ拾いが開催されます

2011-02-24 | 2011年2月~の記事

monobe.jpg

2月は県民一斉美化活動月間です。みんなで物部川のごみを拾いましょう!

【日時】平成23年2月26日(土曜日)※小雨決行

【集合場所】物部川橋下河川敷(県道に架かっている橋)

【日程】 8時30分から9時    受付

     9時から10時       開会式・ごみ拾い

     10時から11時      ごみの分別・集計

     11時から11時30分  閉会式(ごみのパネルの紹介)

【その他】 終了後、温かいものを用意しますので、汁椀をご持参ください。

【問い合わせ先】ごみのない物部川をつくる連絡会 横田(電話090-6280-3634)

※会場地図、当日のスケジュール等の詳細は、次のパンフレットをご覧ください。
 パンフレット AdobeAcrobatPDF形式

場所


より大きな地図で 物部川のごみ拾い会場 を表示

 

 

物部川の環境保全 さんの記事

物部川ファンクラブ

 


羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~その4

2011-02-24 | 2011年2月~の記事

羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~その4

17~西谷退三旧邸

 本名は竹村源兵衛で、住居と書斎である。
 西谷退三は昭和17年からペンネームに使い活躍す。
 家は薬種問屋でその長男に生れた。
 札幌農学校で日本植物学会の草分け、三好学博士から
 セルボーンの植物誌の講義を受け傾注。
 翻訳の仕事に生涯を捧げている。
 訳書「セルボーンの植物誌」は死後、
 友人の森下雨村により出版された。

19~名教館の玄関

 安永元年(1772)佐川藩主、深尾氏が土居邸内に家塾
 として、「名教館」を創設、のちに藩校として士分の教育に
 資した。1830年東元町に広大な校舎を建設、以来幕末
 まで数多くの人材を育成し、佐川郡の文運を高めた。
 明治2年、版籍奉還により「佐川小学校」と改名し、
 中本町に佐川尋常小学校としての校舎の建築、
 玄関を移設した。

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

栗田真二(佐川町)さんの模型の世界

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羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~その3

2011-02-23 | 2011年2月~の記事

羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~その3

9~竹村分家(マル久呉服店)

 分家の初代は、安右衛門守信で安政6年(1777)に
 本家より分家する。
 当初は質屋を営み、次第に発展して呉服商となる。
 三代目安七守本のころ、土佐国西部では唯一の
 絹織物商として繁盛した。
 この安七が店舗と住居を別棟として
 連続させた家を新築している。

10~五段鉢巻の蔵

 司牡丹酒造の本社の西隣りの漆喰壁の蔵。
 その壁には、五段もの鉢巻がある。
 水切り瓦も大変多く、下のなまこ壁も見事に残っている。

11~臨済宗妙心寺派「青源寺」

 開山したのは慶長8年(1603)。
 掛川・長蓮寺の高僧だった丈林宗規が、戦国大名、
 山内一豊や重臣である深尾重良と交わりが深く、
 静観の地 佐川を好んで青源寺を開いた。
 深尾家の菩提寺となる。
 この高僧は特に天皇が許す僧衣に紫の衣があり、
 紫衣僧(しえそう)として人々から尊敬されている。
 青源寺は代々紫衣僧の高僧、名僧を輩出している。

12~青山(せいざん)文庫

 幕末の勤皇志士から、伯爵に登りつめた田中光顕が蒐集し、寄贈した志士の墨書や史書を展示している。
 領主深尾家に関るものや、河田小龍のもの、西谷の蔵書、坂本龍馬の手紙なども残っている。

13~酒ギャラリー「ほてい」

 昭和初期、浜口家「野菊」から譲り受け、料亭を経営。
 骨薫貿易商「布袋商会」を京都で営んでいた竹村仁作は
 「布袋さん」と呼ばれていたため、料亭もいつしか「ほてい」
 となったそうで、人々の集まる場所でもありました。
 料亭とはいえ、対象客は文人墨客の集う司牡丹の社交
 クラブの様なもので、土佐の酒文化の発信基地でした。

14~佐川町 鳥瞰図

 佐川町上町の東の入口に立つ看板。
 ここから、西に約300mが「酒造の道コース」です。
 さらに、「地質探訪コース」、「桜花見コース」、
 「歴史・文教探訪コース」と広がって行きます。

      ~空を飛ぶ鳥になって~

15~土居八枝生家

 佐川深尾家家臣、林 繁の次女。
 上野の音楽学校に入学、本科に進んだ年に、
 詩人の土居晩翠と結婚する。
 八枝は著書「仙台の方言」、「土佐の方言」、
 「随筆」を出版している。

16~西谷の清水

 西谷地区。金峰神社西麓に沿って流れ、春日川に注ぐ
 西谷の川の上流にある。
 清水の傍らには、芭蕉句碑が苔むして佇んでいる。
 「むすぶより 早や歯にひびく 清水哉」

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

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「高知ファンクラブ」メーリングリストより・・・2/20エ土佐市でエコカーニバル

2011-02-23 | 2011年2月~の記事

「高知ファンクラブ」メーリングリストより・・・2/20エ土佐市でエコカーニバル

 

仁淀川町地域支援企画員の西森です。
いつもお世話になっています。

2/20(日)に土佐市高岡で下記のブログ内容のような
エコイベントを行い、盛況でした。
スタッフも頑張りました。なお、この模様はKUTVエコ応援団で
3/13に放送予定だそうですので、ご興味のおありの方は
ぜひ、ご覧ください。


ブログは大きく3つに分かれています。(2/20内容)

2/20エコカーニバル(前編)
http://ameblo.jp/sup2410/entry-10807732481.html

2/20集いあった仲間たち(関係団体等のご紹介)
http://ameblo.jp/sup2410/entry-10808658880.html

2/20エコカーニバル(後編)
http://ameblo.jp/sup2410/entry-10809695459.html


お知り合い、スタッフ、その他の皆様へ転送大歓迎です♪


************************************************
高知県 産業振興推進部 地域づくり支援課
地域支援企画員(仁淀川町駐在)
Name: 西森文明(ニシモリフミアキ) 
Add:fumiaki_nishimori@ken4.pref.kochi.lg.jp
Tel: 0889-20-2072   携帯 090-7780-8073
〒781-1501 仁淀川町大崎214 仁淀川町基幹集落センター
私のツイッターはこちら↓
http://twitter.com/nishimori69
私のブログはこちら↓
http://ameblo.jp/sup2410/
************************************************
仁淀川町PR 特色あるサイト!ぜひアクセスを!
■仁淀川町役場(行政・観光総合案内)
 http://www.town.niyodogawa.kochi.jp/
■武田勝頼土佐の会(伝説歴史ミステリー)
 http://katsuyoritosa.web.fc2.com/
■によど自然素材等活用研究会(エコ・地域づくり)
 http://www.2410riv.jp/
■山村自然楽校「しもなの郷」(自然体験型宿泊施設)
 http://www14.plala.or.jp/shimona23/index.html
■中津渓谷「ゆの森」(渓谷と温泉そして、フレンチ)
 http://www.yunomori.jp/
■安居渓谷「宝来荘」(紅葉、滝の渓谷美!バンガロー)
 http://www11.ocn.ne.jp/~horaiso/
■秋葉の宿「仁淀川町観光センター」(湖水の眺め最高!)
 http://www2.ocn.ne.jp/~niyodo/
■池川茶業組合(農林水産大臣賞受賞のおいしい新茶!)
 http://ikegawacha.jp/
■木と人交流館「木どり家」(安価に木工づくり)
 http://www5.ocn.ne.jp/~kidoriya/index.html
■田舎のコンビニ「おしおか」(お弁当もやっています!)
 http://oshioka.web.fc2.com/
■(有)土佐自然工場(イタドリキムチはいかが?)
 http://www.tosako.com/
さらにリンクは増えていくかもしれません。
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に淀川ファンクラブ

 

羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~その2

2011-02-22 | 2011年2月~の記事

羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~その2

1~町並み模型館
 
 ここには佐川町の上町周辺の古民家を、1/20に縮小した
 模型を展示しています。
 建物の外観は勿論のこと、内部の障子やふすま・
 掛軸まで細かく再現しています。
 なお、模型造りと製作者のガイドを通して、
 建物の構造と昔の職人の技が見学できます。

2~伊藤蘭林塾(寺子屋)

 蘭林は深尾家に仕える儒官となり、郷校「名教館」及び
 「蘭林塾」で教授すること50余年であった。
 当時の佐川では、大半の学徒の人々は蘭林塾の教えを
 受けている。
 牧野富太郎、田中光顕、広井勇、古沢滋などもすべて
 門下生で、この寺子屋から育っていった。

3~司牡丹 酒蔵

 長大な酒蔵は、長さ85mで国内でも有数の長さを誇る。
 建築は天保9年(1839)で、東西2棟を繋いでいる。
 幕末の頃は、上町だけで9軒の造り酒屋があったが、
 大正7年には3軒になり、竹村本家・竹村出店・浜口家が
 合併して「佐川醸造」を設立した。
 その後、「司牡丹」に発展した。

4~牧野富太郎の生家跡

 植物学者で「日本植物学の父」と呼ばれている。
 富太郎は造り酒屋「岸屋」の跡とりであったが、幼少の
 時代から植物に関心を示し、東京帝大植物学教室に
 出入りするも、さらには独学で研究を深めながら、
 日本人では初めての植物の新種を発見、
 命名を数多く行っている。
 ~草をしとねに木の根をまくら、花を恋して50年~

5~元青山文庫 庫舎

 旧須崎署佐川分署として明治19年に建てられた。
 県内では、最も古い洋風建築である。
 その後、図書館として川田文庫に。時の宮内大臣、
 田中光顕から大量の書物を寄贈され、田中光顕の
 雅号「青山(せいざん)」をとり、青山文庫となる。
 民具館を経て、現在はイベント等で利用されている。

6~浜口家住宅

 浜口家は天正の頃、長宗我部信親の家臣であり、
 江戸中期に香南市手結から移り住み、
 高知・佐川・須崎で酒造業を営んだ。
 屋号を「生金屋(あらがねや)」と言い、大正7年に
 竹村本家、出店、浜口家 三軒の酒屋が合併し、
 佐川醸造(後の司牡丹)を設立した。

7~竹村家住宅  国指定重要文化財

 東の店舗部分は230年、西の客間は170年前のもの。
 幕府の巡検使を迎えた程の格式の高い住宅で、
 高知城「懐徳館」と同様の貼り付け壁(和紙貼り付け)。
 付け書院の花頭窓は、土佐でしか見られない特徴である。
 東棟(店舗)、中棟(住居)、西棟(客間)の
 三棟からなっている。
 入口は西と東の2ヵ所で、西門は巡検使や高官を迎える
 正門で、東門は家人の入口である。

8~町の駅、観光案内所

 この建物は武村本家の貸家棟であり、
 三軒長屋の形式を留めた古い建物である。
 中央の家は、町の駅として観光案内や、
 おみやげの販売もしています。
 一寸一服いかがでしょう

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

栗田真二(佐川町)さんの模型の世界

羽迫博己さんの、町屋あれこれ・・・いの町編

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日高酒蔵ひなまつり開催 2月26日(土)~27日(日)

2011-02-21 | 2011年2月~の記事
 
2月26日(土)~27日(日)
日高酒蔵ホールにて第3回 酒蔵ひな祭りが開催されます
日高酒蔵ひな祭りパンフ.pdf

今年度は、参加型のひな祭りにしようと計画をしています。例年のステージ発表や雛飾りの展示、売店などに加えて、子どもから高齢者までが作ったオリジナル雛飾りの展示、その場で作って展示する手作り雛飾りのコーナーなどを設けます。そして、2日ともステージ発表の最後に大抽選会を開催し、お土産を持って帰っていただきます。多くの方のご来場をお待ちしています 。
今年のイベントの内容を紹介します。(写真はすべて昨年のもの)

ステージ発表(10:00~15:00)
 25年前の喜楽座公演ビデオの上映
 子どもの民話発表
 オカリナクラブ
 JAコスモス女性部のハーモニカ演奏、歌と寸劇
 佐川ギタークラブ などなど
 
ひな飾り展示(10:00~16:00)
 東蔵と、舟場、酒蔵ホールにひな飾りを展示
 保育園児や小学生、デイサービスの高齢者の手作り雛の展示







売店(10:00~15:00)
 コーヒー、イモ天、いちご大福、トマトようかん、ピザ、かす汁 シュガートマトやお茶、いもけんぴ などなど日高村特産品の販売予定。




茶道クラブによる抹茶の接待(おかし付き有料)
(11:00~14:00)


おたのしみ抽選会 
受付で半券を配り、ステージ発表の最後に抽選 豪華賞品(?)が当たります! お楽しみに!
皆様、是非お誘いあわせの上、お越し下さい!
 
 

日高酒蔵会(旧松岡酒造酒蔵保全活用委員会) に関する記事

日高村ファンクラブ


羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~その1

2011-02-21 | 2011年2月~の記事

羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~その1

司牡丹と坂本龍馬

 司牡丹酒蔵、竹村家の屋号は「黒金屋」と言い、
 慶長8年(1603)より佐川の地にて
 酒造りを営んでいました。
 一方、坂本龍馬の本家「才谷屋」も、質屋などと併せて、
 酒造りを営んでいました。
 才谷屋と佐川の酒屋との間には、煩雑な交流があり、
 竹村家には黒金屋弥三右衛門が
 才谷屋助十郎から、酒造りの株一軒分
 買ったという書状が残っています。
 更には、両家は姻戚関係に在り、
 極め付きは、竹本本家には龍馬の
 手紙(甥の高松太郎宛)も
 所蔵されており、
 代々受け継がれています。

司牡丹と宮尾登美子

 「揚梅(やまもも)の熟れる頃」という
 小説風・ルポ風エッセイ集があります。
 その中に「おきみさんと司牡丹」と題する短編があります
 が、この話は司牡丹に働く土佐の女「おきみさん」と
 蔵人の「恒さん」のほのかな恋心を描いた作品です。
 また、テレビ、映画で放映した
 「蔵」のあとがきには、司牡丹の酒造
 の雰囲気に憧れ、酒造りの文化に
 魅せられたとの記述もあります。

司牡丹と吉田茂

 戦後日本復興の立役者、吉田茂もまた、土佐が生んだ
 偉人ですが、彼の著書「世界と日本」の中に「味のお国
 自慢」として以下の文章があります。
 「土佐の酒はまずいから、よい酒を東京から持っていこう」
 と語ったことがある。これを伝え聞いた選挙区の有志たち
 から「土佐には自慢の酒がある」と叱られた。
 なるほど、飲まされた酒は上等だった。
 「司牡丹」という名の酒で、
 以来その酒を愛飲している。
 昭和35年、遊説のため来高した
 吉田茂元首相は、司牡丹酒造を訪ね、
 会長と快談している。そのときの写真と
 色紙は今も社宝として司牡丹酒造に
 所蔵されています。

司牡丹と牧野富太郎

 牧野富太郎博士の生家は、屋号を「岸屋」と称し、
 代々佐川の地で酒造りを営んでいました。
 明治の中頃、牧野博士はこの酒造を人手に譲り、上京し、
 植物の研究に生涯を捧げます。
 その後、この酒造は司牡丹に譲られますが、昭和中頃の
 台風で一部、牧野博士の
 勉強部屋を残し倒壊した。
 長らく「牧野蔵」として町民に
 親しまれてきましたが、
 平成16年の台風で
 倒壊してしまいました。 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

栗田真二(佐川町)さんの模型の世界

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羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~栗田真二の世界6

2011-02-21 | 2011年2月~の記事

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04~臨済宗妙心寺派「青源寺」

 開山したのは慶長8年(1603)創建。1766年再建。
 掛川・長蓮寺の高僧だった丈林宗規が、戦国大名、
 山内一豊や重臣である深尾重良と交わりが深く、
 静観の地 佐川を好んで青源寺を開いた。
 深尾家の菩提寺となる。
 この高僧は特に天皇が許す僧衣に紫の衣があり、
 紫衣僧(しえそう)として人々から尊敬されている。
 青源寺は代々紫衣僧の高僧、名僧を輩出している。

 

 02~名教館の玄関

 安永元年(1772)佐川藩主、深尾氏が土居邸内に家塾
 として、「名教館」を創設、のちに藩校として士分の教育に
 資した。1830年東元町に広大な校舎を建設、以来幕末
 まで数多くの人材を育成し、佐川郡の文運を高めた。
 明治2年、版籍奉還により「佐川小学校」と改名し、
 中本町に佐川尋常小学校としての校舎の建築、
 玄関を移設した。

 

 

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