散日拾遺

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天候不良/残心

2014-06-26 06:58:01 | 日記
2014年6月25日(水)

 帰りの便は25分遅れた。
 使用する飛行機が羽田から到着するのが遅れたからで、それというのが「羽田空港周辺の天候不良と空路混雑のため」という。何となく不得要領だったが、離陸時にこちら向きに(つまり機の後方に向かって)着席したスチュワーデスが、目の前の男性と声高に会話しているのを聞いて納得した。
 羽田を飛び立ち、あるいは羽田に着陸する飛行機が使用する空の道筋が何本かある。そのうちの一本が、昨日来の雹や大雨に関連した大気の不安定で使えないらしい。本来このルートを使うべき便がすべて他のルートへ回らねばならないため、混雑を生じているということなのだ。だから待たされるが、件の一本以外は天候上の問題はないので、安全に関しては「どうぞご安心ください」ということである。
 それにしても女性の声はよく通る。
 出身地に略歴、平均的な週間スケジュールまでみんな聞こえちゃってますけど、大丈夫ですか?
 知らないぞ~・・・

***

 機内で流す『もうひとつのニッポン』、4月はドイツ出身の漫画家、カロリン・エックハルトだった。今日は誰?
 ニュージーランド出身の武道家、アレキサンダー・ベネット。『日本人の知らない武士道』ほか著書多数。今年五月に上梓された『Hagakure: The Secret Wisdom of the Samurai』は、世界に向けて武士道を発信している。
 高校生の時、何となく知った日本と日本語に憧れて留学、部活の剣道部が初めは地獄と思われたのに、ある日の地稽古でふと有卦に入り、気がついた時は限界をはるかに超えた自分を見出した。以来この道に専心、剣道七段、薙刀五段、居合二段。薙刀では2011年度の世界選手権で準優勝を遂げている。

 詳しくは著書を読むとして、映像で語られた彼のキーワードは「残心」だ。
 これは即物的には、「技をかけ終えた後、力を緩めながらも注意を払い続ける状態」を指す。倒れたと思ったのが相手の擬態である可能性もあり、止めを刺すまでは油断禁物という勝負心得が源にある。

 折りえても 心ゆるすな 山桜 さそう嵐の 吹きもこそすれ

 しかし「残心」はそれを超え、勝負を超えた良き緊張の持続や所作の美しさ、さらには試合と勝負を成立させてくれる相手への感謝までの内包するものとして、武道のみならぬ日本の芸事の基本的なマナーとして発達した(棋道も同じだ!)。勝者のガッツポーズとは対極にある思想で、高校野球の勝者が挨拶もしないでマウンドに駆け寄り、申し合せたように人差し指立ててはしゃぎ回る見苦しさは、要するに残心が欠けているのである。
 ベネットは「残心」こそ武道の要諦だという。夫婦(日本人の奥さんがいる)の間でも残心が大事だと。そういう彼を評して、かつての剣道の師匠が「日本人よりも日本人らしい」というのは、ありがちの表現であり最高の賛辞でもあるのだが、考えてみるとちょっとおかしいのだな。
 「日本」とか「日本人」とかは、生物学的な血統の概念ではなくて社会学的な文化の概念ではないか。(「人種」と「民族」の違いについて、国語辞典でも百科事典でも引いてみたらよい。)だとすれば、「日本」の伝統をよく理解し、生活万般にこれを体現しようとするベネットの輩こそが正真正銘の「日本人」なのである。そうあるべきだし、それで良い。横綱がモンゴル生まれ、本因坊が韓国あるいは台湾出身、「残心」を説く武道家がNZ系の白人、少しも、ちっとも構わない。顔だけモンゴロイドで日本について何も知らない者と、比較にも何もなりはしない。

 彼は日本に対する愛国心すら、映像の中で語る。それでいて時に窮屈になると、カナダ出身の茶道家ランディ・チャネルの店へ出かけて「いつものコーヒー」を喫するという。これがまた面白いだろう、彼らは武道を通じて知り合った無二の親友なんだそうだ。カナダ人とNZ人が日本で義兄弟になっている。

***

 疲れもあり、早く休むつもりがつい遅くなったのは、『百年の孤独』の最後20頁を明日に残す気になれなかったから。
 傑作、快作だ。怪作でもある。
 
 


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